労働安全衛生総合研究所

研究紹介(センターが取り組む研究に関連する研究論文の紹介 H: その他)


  1. ツイッターの発言を活用して地域レベルでの心血管疾患死亡率の予測を試みた論文
  2. 従業員の健康に対する組織(職場)レベルの介入がもたらす効果:系統的レビュー
  3. 流産と職業活動:交代勤務、労働時間、持ち上げ作業、立ち作業、身体的労働負荷についてのシステマティック・レビューとメタ分析
  4. 中国人医師の命を奪う過重労働: 2013年~2015年の中国における過労死のレビュー(Shan HP, et al. Public Health. 2017)
  5. ソーシャルジェットラグは、有害な内分泌、行動、心血管リスク特性と関連するか?(Rutters F, et al. J Biol Rhythms. 2014)
  6. 45歳以上の副業・兼業従事者のグループ分けとグループ間の健康の差異(Bouwhuis et al. Int Arch Occup Environ Health. 2019)
  7. 協働ロボットとの向き合い方~シニアと若手労働者の主観的経験

ツイッターの発言を活用して地域レベルでの心血管疾患死亡率の予測を試みた論文

出典論文:

Eichstaedt JC, Schwartz HA, Kern ML, et al. (2015) Psychological language on twitter predicts county-level heart disease mortality. Psychological Science, Vol. 26(2) 159-169.

著者の所属機関:

ペンシルバニア大学心理学部

内容:

敵意や慢性的なストレスは心疾患のリスクファクターとして知られているが、それらの関連性について検証するために大規模な調査を行うことは非常にコストがかかる。著者らは、ツイッターでの心理的な発言を用いて、米国において最も死亡率の高いアテローム動脈硬化性心疾患(Atherosclerotic Heart Disease;AHD)による年齢調整死亡率と、地域レベルでの心理的な特性との関連性を検討した。使用データは、2009年から2010年における米国の1,347の群における148百万のツイッターでの発言(発言地域が特定されたもの)と、米国疾病予防センター(Centers for Disease Control and Prevention; CDC)より得られた地域ごとの年齢調整したAHDによる死亡率であった。 結果、ネガティブな社会的な関係性や、やる気の低下(Disengagement)、ネガィブな感情(とくに怒り)を反映したツイッターでの発言パターンが、心疾患のリスクファクターとして抽出された。一方、ポジティブな感情や仕事への没頭(Engagement)は心疾患の予防要因として抽出された。このような関連性は、収入や教育レベルを調整したとしても、ほとんどの関連性が有意であった。さらに、ツイッターの発言のみを用いてAHDを予測する横断的な回帰モデルでは相関係数が0.42で、人口統計、社会経済状態、健康リスク要因(喫煙や糖尿病、肥満、高血圧)等、10個の因子を用いた予測モデルでは0.36で、ツイッターの発言のみを使用した予測モデルの方がAHDによる死亡率を有意に高い予測率であった。さらに、ツイッターでの発言のみを用いた予測モデルとCDCによって報告された地域ごとのAHDによる死亡率は非常に類似していることが示唆された。
以上の事から、著者らは、ソーシャルメディアを通じて地域の心理的特徴を把握することは実現可能性が高い手法であることと、地域レベルでの心疾患の死亡率の有力な予測指標として活用できると結論付けた。

コメント:

 本研究は、ソーシャルメディアを活用して地域レベルで心疾患による死亡率を予測したユニークな研究である。ツイッターでのネガティブおよびポジティブな発言を収集し、予測モデルを構築するという手法は、従来の大規模調査に比べてコストが非常に低く抑えられるという利点がある。また、研究の発展性と言う視点から言えば、例えば、心疾患に限らず慢性的な疲労やメンタルヘルス、睡眠障害、事故の発生等の予測にも応用可能かもしれない。ただし、本論文でも著者らが触れているように、ソーシャルメディアを使用する年齢層は比較的、若年者であるのに対して、心疾患で死亡するのは高齢の者であり、ネガティブな発言が原因となって、心疾患を引き起こすという因果関係については、本論文のデータから論じることはできないとしている。その点について著者らは、ツイッターでの発言は彼らを取り巻く職場や、地域等の環境に対する反応であるので、複雑な経路を経て、それらが結びついているのかもしれないという推測を呈している。様々な研究の限界はあるものの、本研究はビッグデータを応用、活用した調査研究であり、今後の発展性が期待される1つの知見である。


従業員の健康に対する組織(職場)レベルの介入がもたらす効果:系統的レビュー

出典論文:

Diego Montano, Hanno Hoven, Johannes Siegrist. Effects of organisational-level interventions at work on employees’ health: a systematic review BMC Public Health 2014, 14:135.

内容:

従業員の健康に対する組織(職場)レベルの介入は、従業員個人の行動を対象とした介入よりも、持続可能な効果をもたらすと考えられている。しかし、介入の研究から得られた科学的根拠は、この考えを必ずしも裏付けるものではない。そのため、著者らは、さまざまな労働条件を対象として実施された、健康に関連する介入にまつわる研究結果39件について、その有効性の評価を系統的レビューした。従業員の健康状態を改善することを目的とした組織(職場)レベルの介入研究について、その評価をCochrane Back Review Groupガイドラインに準じて実施した。多種多様な条件の研究を比較しやすくするため、労働条件の改善に向けて採用された主なアプローチごとに、介入活動を分類し、この分類に基づき、ロジスティック回帰モデルを適用することで、有意な介入効果を推定した。その結果、1993-2012年の間に発行された39件の介入研究をレビューの対象とされ、介入研究の過半数は、質が中程度で、高レベルのエビデンスとして認められる研究は4件のみであった。研究の約半数(19件)では、有意な効果が報告された。複数の組織レベルの介入が同時に行われた場合に何らかの改善効果が報告される確率は、(介入ターゲットが1つだけの場合と比べて)有意傾向であった(オッズ比(OR)2.71; 95% CI 0.94-11.12)。本レビューの対象となった組織(職場)レベルの介入39件は、広義の分類カテゴリーを適用することで、その効果を比較できるようになった。物質的条件、組織に関連する条件、および労働時間に関連する条件に同時に対処した包括的な介入の方が、成功率は高かった。今後、組織レベルの介入の成功件数を増やしていくためには、これらの研究で共通して報告されている実施プロセス上の障害を克服する必要がある。

解説:


流産と職業活動:交代勤務、労働時間、持ち上げ作業、立ち作業、身体的労働負荷についてのシステマティック・レビューとメタ分析

出典論文:

Bonde JP et al. Miscarriage and occupational activity: a systematic review and meta-analysis regarding shift work, working hours, lifting, standing, and physical workload. Scand J Work Environ Health. 2013 Jul;39(4):325-34. PMID: 23235838.

著者の所属機関:

コペンハーゲン大学ビスペビヤ病院等

内容:

 先行研究において、交代勤務、長時間労働、持ち上げ作業、立ち作業、身体的労働負荷が流産のリスクを高めるという報告はあるが、明確な証拠は示されていない。そこで、システマティック・レビュー(文献調査)を行った。方法は、2つの文献データベースで1966年から2012年まで検索し、上記の5つのうち1つ以上の職業活動と流産との相対リスク(RR)を報告している30論文を選び出し、統合したRRを算出した。結果は、常夜勤は流産のリスク増加と関連していた(RR 1.51 [95%信頼区間(95%CI)1.27~ 1.78]、5論文)。一方、三交代勤務、週40~ 52時間労働、1日に100kg超の持ち上げ作業、1日に6~ 8時間以上の立ち作業、身体的労働負荷と流産とのRRは1.12(3交代勤務、7論文)~ 1.36(労働時間、10論文)と、リスクの増加は小さく、質の高い研究に限定した場合、労働時間と立ち作業のRRは更に減少した。結論として、選出された研究結果からも流産に関連する職業活動についての有力な証拠は見出されなかった。しかし、証拠は限られているものの、妊娠している女性で、かつ上記5つの職業活動(三交代勤務、週40~ 52時間労働、1日に100kg超の持ち上げ作業、1日に6~ 8時間以上の立ち作業、身体的労働負荷)に従事する者には流産のリスクについて個別のカウンセリングなどの配慮が重要であろう。

解説:

 アブストラクトに詳細な記載はないが、労働時間と流産についての10論文を統合したRR:1.36の95%CIは1.25~ 1.49と統計学的には有意な関連性があると見なされるが、質の高い3論文に限定するとRR:1.17、95%CI:0.80~ 1.71と有意な関連性が認められなくなった。この結果から、著者らは有力な証拠は見出されなかったと、その結果に慎重な評価を下したと思われる。なお、労働時間についての10論文の調査対象国はアメリカ合衆国が7論文、カナダ、オーストラリア、韓国が各々1論文、調査期間は最も古いものが1982~ 84年、最も新しいものが2003年であった。流産と職業活動の関連性については、地域や人種差などの影響も考えられるため、今後、それらの違いも検討可能な調査研究の結果の集積が待たれる。


中国人医師の命を奪う過重労働: 2013年~2015年の中国における過労死のレビュー(Shan HP, et al. Public Health. 2017)

出典論文:

Shan HP, Yang XH, Zhan XL, Feng CC, Li YQ, Guo LL, Jin HM. Overwork is a silent killer of Chinese doctors: a review of Karoshi in China 2013-2015. Public Health. 2017 Jun;147(1): 98-100. doi: 10.1016/j.puhe.2017.02.014.

著者の所属機関:

復旦大学浦東病院浦東医療センター腎臓内科等(中国、上海市に所在する国立大学)

内容:

 近年中国では、医師、大学教授、エンジニア、ブルーカラーの労働者などで過労死が発生しており深刻な問題となっている。また、中国では医師と患者との間で不信感だけでなく暴力にも及ぶような乏しい関係が急速に拡大している。そこで本研究では中国人医師の過労死の文献レビューを行い、医師の労働環境を改善する必要性について言及することとした。過労死の文献抽出は、中国語または英語にて公表されたローカルメディア、医療ウェブサイト、公文書、PubMed、Google Scholar、China National Knowledge Infrastructure、www.dxy.cnにて行った。検索語を“doctors' Karoshi”、“physicians' Karoshi”、“doctors' sudden death”、“physicians' sudden death”とし、検索年は2013~2015年とした。その結果、46件(内女性3件)の過労死が該当した。過労死数は経年増加しており、30~39歳の年齢層が最も多かった。また、突然死が生じた直前の勤務時間は8~12時間では半数以上であり、24時間以上では11件であった。診療科は麻酔科が最も多かった。その背景として、若・中年齢層における高い労働強度、不適切な医療資源の配分、心理社会的な仕事のストレス、医師自身のケア不足だけでなく低賃金や医療従事者の少なさも指摘できる。実際、医療資源の1つである人口1000人に対する医師数は、先進国の2.8人に比して中国では1.2人である。また、麻酔科の医師1人が年間に携わる患者数は中国では約1500人に対し先進国では約500~1000人であり、過労死が多く発生した原因の1つである可能性がある。さらに2003~2013年には深刻な医療暴力が101件発生し、このうち医師と看護師の死亡は24人であり、中国の医療スタッフは常に職場で危害を受けるリスクからストレスが増加する可能性がある。さらに、低賃金ということから医科大学の学生数や職業として医学を選択する人が減っている。このように、医師の過労死は医学的問題であると同時に社会的問題であり、過労死防止のためには政府が労働時間に関する法律の策定・施行をする必要性と国民が携わる医師スタッフとの理解と信頼を高める必要がある。

解説:

 本研究では、中国人医師の過労死の文献レビューから、中国人医師の過労死の背景を勤務時間数や低賃金、医師と患者との関係性等の面において労働環境を改善する必要性を指摘している。中国では勤務中の突然死、脳・心臓疾患を発症した事例をKaroshiと呼んでいる。本報告では、過労死の定義や具体的な疾患、認定要因等に関し記されていない点は考慮する必要があるが、東アジア地域において過労死への関心が高まっていることを示している。今後、過労死等の事案の収集、データの精緻化、検証等が東アジア地域等で実施されることが期待される。わが国においても「過労死等防止のための対策に関する大綱」で医療等は過労死等防止の重点業種であり、過労死等防止調査研究センターから見出された医師を含む医療・介護従事者の過労死等の実態と背景要因と比較検討も含め、労働環境等からの予防対策を今後も検討していく必要があるだろう。


ソーシャルジェットラグは、有害な内分泌、行動、心血管リスク特性と関連するか?(Rutters F, et al. J Biol Rhythms. 2014)

出典論文:

Rutters F, et al. Is social jetlag associated with an adverse endocrine, behavioral, and cardiovascular risk profile? J Biol Rhythms. 2014; 29(5): 377-383.

著者の所属機関:

アムステルダム自由大学医療センター、疫学と生物統計学部(オランダ)

内容:

 ソーシャルジェットラグは、就業日と休日の睡眠の中間点での時間の差として測定され、概日時計と社会時計の不一致を表す。これまでの研究では、ソーシャルジェットラグは体格指数(Body Mass Index, BMI)、糖化ヘモグロビンレベル(HbA1c)、心拍数、抑うつ症状、喫煙、精神的苦痛およびアルコール摂取と関連していることが示されている。この研究は、明らかに健康な145人の参加者グループ(大学の学生および職員のうち睡眠障害者や交代勤務者を除いた、男性67人、女性78人、18-55歳、BMI 18-35 kg / m2)において、ソーシャルジェットラグの有病率および有害な内分泌、行動および心血管リスク特性との関連を調べることを目的とした。アンケートで判定された、ソーシャルジェットラグが2時間以上の者は参加者の3分の1にみられた。ソーシャルジェットラグが2時間以上の者は1時間以下の者と比較して、血圧や血糖レベルを上昇させるコルチゾール値が高く、週内の睡眠時間が短く、身体活動が活発でなく、安静時心拍数が増加した。以上の結果から著者らは、ソーシャルジェットラグは、健康な参加者において、内分泌、行動、および心血管の有害なリスク特性と関連していると結論付けた。これらの有害な特性により、健康な参加者は、近い将来、糖尿病やうつ病などの代謝性疾患や精神障害の発症リスクにさらされると述べた。

解説:

 脳・心臓疾患による過労死において睡眠の量と質の影響が少なからずあることは言われているものの、メカニズムについては明らかでない点が多い。本研究は過労死を直接扱ったものではなく、参加者の就業日と休日の睡眠ともに平均8時間程度と十分に取られていた。また、得られたデータに統計的に有意差があったとは言え、どのくらい「有害」であるのかは明確には決められないという限界もある。そうであっても、睡眠をとるタイミングの持つ意義について検討した点から、示唆に富む知見である。日本の労働者に置き換えて考えると、週末に休日がとれたとしても、平日の睡眠時間が極端に短く休日との睡眠中間点の時間差が2時間以上もあるような生活スタイルは、将来の脳・心臓疾患発症リスクを高めるかもしれない。


45歳以上の副業・兼業従事者のグループ分けとグループ間の健康の差異(Bouwhuis et al. Int Arch Occup Environ Health. 2019)

出典論文:

Bouwhuis et al. Distinguishing groups and exploring health differences among multiple job holders aged 45 years and older. Int Arch Occup Environ Health 2019; 92(1): 67-79.

著者の所属機関:

アムステルダム大学医療センター、オランダ

内容:

目的:近年、フルタイムで安定した標準的な雇用関係(standard employment relation; SER)ではない雇用(non-SER)が各国で増加しており、non-SERによる健康へのネガティブな影響が研究課題になっている。non-SERの下で働く人々の例として、複数の仕事(副業・兼業)を持つ人(Multiple job holders; 以下MJHとする)が、特にヨーロッパの北西の各国(アイスランド、北欧各国、オランダ)で増加している。MJHであることが健康に及ぼす影響は明らかにされていない。本研究は、オランダのMJHを、背景や特性が異なるグループに分類し、グループ間の心身の健康の違いを探索したものである。
方法: 45~64歳の人々を対象にし、雇用、生産性、およびモティベーションの動向を調査するオランダのコホート研究(STRAM; Study on Transitions in Employment, Ability and Motivation, 2010~2013年)の対象者から、MJH(N = 702)を選んだ。MJHの背景と特性は、複数の仕事をする理由、満足度、仕事の特徴、仕事や生活を変えることができるかどうか、社会的要因、および経済的要因の各領域を含む質問紙で調査し、グループを同定するために潜在クラス分析を適用した。心身の健康を評価する尺度であるSF-12®(12 Short Form Health Survay ; 健康関連QOL尺度の短縮版12項目)の結果とグループの関連を直線回帰分析によって横断的および縦断的(1年間のフォローアップ)に検討した。

結果: 潜在クラス分析の結果、MJHは以下の4つのグループに同定された。(1)脆弱なグループ(n=145)、(2) 無頓着グループ(n=134)、(3)満足・ハイブリッドグループ(n=310)、(4)満足・コンビネーショングループ(n=113)。(1)は、仕事は一つの方が良いと思っていて、高いデマンドと低いリソースの仕事をしている、(2)は複数の仕事を持つことによる利益も不利益も経験していない。満足度の高い群は2つに分類され、(3)は全員の第2の仕事が自営である場合、(4)は全員が雇用されている第2の仕事を持っている場合であった。(3)と(4)の双方とも、複数の仕事を持つことを好み、それによる利益を経験していた。ベースラインにおいて、(1)の脆弱グループは他のグループよりも統計的に有意に低い健康状態であった。1年後の健康の変化に関しては、いずれのグループにおいても有意な差は見出されなかった。

結論:MJHは4グループに区別できた。脆弱グループはベースラインにおいて他の3つのグループと比較してより低い健康状態であった。脆弱グループを支援する政策と介入が必要であろう。今後の研究では複数の仕事を持つ人たちの多様性を考慮することが推奨される。

解説:

 副業・兼業は日本において許容・推奨される動向であるが、長時間労働や休息不足をもたらす可能性もあり、企業等による適切な管理方法が行政で検討されている1)。厚労省のガイドラインでは条件によって全ての勤務先を通算した労働時間への配慮が推奨され、過労死等の認定基準においても通算した労働時間が適用されることになった。副業・兼業が労働者の健康に及ぼす影響に関しては、現在までの学術研究において結論は得られていない。MJHの安全と健康に関する実証的な研究は、この研究以外にも少数ながら欧州を中心に実施されてきた。副業・兼業の健康影響に関連するリスクとして、睡眠時間の短縮2)、事故の増加3)等の報告もある。副業・兼業は、条件によっては長時間労働や休息不足に結びつく可能性がある。副業・兼業への従事が労働者の安全と健康に及ぼす影響の実態把握に基づいた管理や行政の規制の在り方の検討を継続する必要がある。
 副業・兼業は背景が多様であるために、その健康影響の有無および介入の必要性に関する明確な結論を得るのが難しいことは容易に推測できる。たとえば、安定した雇用や経済的余裕のある条件下で追加的な収入源、あるいは新しいキャリアの開発のために副業・兼業を持つ人と、不安定な雇用や貧困が背景にあって、複数の仕事を掛け持ちしなければ生活ができない人では、その実態や健康・安全への影響がまったく異なることは想像に難くない。Bouwhuisらの研究は、おそらくこうした背景の違いを取り上げた定量的で実証的な最初の研究であり、45歳以上のオランダのMJHにおいて、背景や条件が異なるために健康状態も異なるグループがあることが示された。この研究においても、MJHのグループの種類やその背景条件が十分に網羅・同定されているか、日本の実情にどの程度適合しているかは明らかではない。しかし、この研究結果から、少なくともこの問題のさらなる検討と対策においては、正規・非正規雇用労働者、副業許可有無など多様な条件の労働者を管理する企業が各労働者に対して実施すべき対策、MJHのリスクに関する労働者への啓発、自営業の安全衛生、雇用と収入の安定に関する政策などの複数の領域の問題が関わってくると思われる。

参考文献
1) 厚生労働省 副業・兼業の促進に関するガイドライン. 平成 30 年1月策定 、令和2年9月改定.
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000192844.pdf(2021年12月22日閲覧)
2) Marucci-Wellman HR, Lombardi DA, Willetts JL Working multiple jobs over a day or a week: Short-term effects on sleep duration. Chronobiology International, 2016, Vol. 33(6), 630-649.
3) Marucci-Wellman HR, Willetts JL, Lin TC, Brennan MJ, Verma SK Work in multiple jobs and the risk of injury in the US working population. Am J Public Health, 2014, Vol.104(1):134-42.


協働ロボットとの向き合い方~シニアと若手労働者の主観的経験

出典論文:

Rossato, C., Pluchino, P., Cellini, N., Jacucci, G., Spagnolli, A., & Gamberini, L.(2021). Facing with collaborative robots: the subjective experience in senior andyounger workers. Cyberpsychology, Behavior, and Social Networking,24(5), 349-356.

著者の所属機関:

パドヴァ大学ヒューマンインスパイア―ド技術センター(イタリア)Human Inspired Technology Center, University of Padova, Padova, Italy.

内容:

 製造業において人間と協働し、人間の作業をサポートするロボットを協働ロボットやコラボレーティブ・ロボット(コボット)という。本研究は、コボットの使用感を成人労働者とシニア労働者との間で比較した実験研究である。参加者は20名で、55歳以上をシニア群とし(平均63.3歳、女性4名)、35~54 歳を成人群とした(平均43.3歳、女性4名)。参加者は、コボット(UNIVERSAL ROBOT(UR10e))を使った簡単な作業課題を、手動操作とタブレット操作で行い、事前と各操作の後の計3回質問票に回答した。質問票はロボットの受容性、ユーザビリティ、ユーザ・エクスペリエンス(UX)、知覚された作業負荷に関する標準化された項目で構成されていた。実験の結果、先行研究や事前予想と異なって、成人だけでなく高齢者でもシステムの受容度が高かった。また、参加者は、事前に予想したよりも実際の操作が簡単だったと回答した。作業時間は、シニア群において、タブレット施行の方が手動施行よりも長かった。ユーザビリティは、シニア群に比べ、成人群で高かった。UXについて、シニア群はロボットをより「支援的」「競争的」「支配的」と評価していた。また、シニア群は、手動施行をタブレット施行よりも「楽しい」「魅力的」と答えたのに対して、成人群は逆の回答だった。シニア群は課題への関与が高いのに対して、成人群は満足感が高かった。タスク負荷について、シニア群は成人群よりも高い身体負荷、時間的プレッシャー、フラストレーションを感じ、低い知覚的パフォーマンスを報告した。以上の結果から、高齢者は慣れないタブレット操作から身体的負荷(重さなど)や時間的プレッシャーを感じるが、受容性は高く、支援的という認識もあった。これらは、使いやすさの実感(PEOU: perceived ease of use)や知覚された有用性(PU: perceived usefulness)がロボットの利用意向(IU: intention ofusage)に直接影響を与えるとする技術受容モデル (TAU: technology acceptancemodel)1を支持する結果だった。コボットの導入が高齢者にとって必ずしも深刻な障壁となるわけではないと考えられる。より複雑な作業課題に関する大規模な検証が必要。
1 Davis FD. Perceived usefulness, perceived ease of use, and user acceptance of information technology. MIS Quarterly 1989; 13:319–340.

解説:

本研究は、EUホライズン2022( https://cordis.europa.eu/project/id/826266 )に採択された「CO-ADAPT: Adaptive Environments and Conversational AgentBased approaches for Healthy Ageing and Work Ability / CO-ADAPT ヘルシーエイジングと就労能力のための適応環境と会話型エージェントアプローチ」というプロジェクト(2018年12月~2022年3月)の一環で行われたものである。 小規模な実験で、結果を直ちに一般化するべきではないが、高年齢者の障害ではなく、能力や可能性に着目している点に好感が持てる。手動操作の様子が明確には示されていないが、タブレット端末でロックを解除しつつ、もう片方の手で本体を直接操作したものと思われる。ロボットとの協働は、製造業に限らず、多くの職場で取り入れられていくことが予想される。日本においても細かな検証を重ねることで、ロボットの導入に伴う労働者の心身の負担を明らかにし、効果的な導入方 法を検討する必要がある。


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