労働安全衛生総合研究所

研究紹介(センターが取り組む研究に関連する研究論文の紹介 F: 体力/身体活動)


  1. 体力(心肺持久力)と心疾患発症リスクとの関係(メタ解析)(Kodama S et al. JAMA. 2009)
  2. 自己報告による業務中の身体活動量と心肺持久力との関係について:循環器疾患と総死亡率の重要性(Holtermann A et al, Scand J Work Environ Health, 2016)
  3. 労働者の労働時間,睡眠時間,休日数と運動負荷試験中の血圧反応との関係(道下ら. 産業衛生学雑誌. 2016)
  4. 中年期の心肺持久力が老年期の医療費に及ぼす影響(Bachmann JM et al., J Am Coll Cardiol. 2015)
  5. 労働者の座位行動の評価方法(松尾ら., 産業衛生学雑誌 2017)
  6. 流産と職業活動:交代勤務、労働時間、持ち上げ作業、立ち作業、身体的労働負荷についてのシステマティック・レビューとメタ分析
  7. ソーシャルジェットラグは、有害な内分泌、行動、心血管リスク特性と関連するか?(Rutters F, et al. J Biol Rhythms. 2014)
  8. うつや不安の改善に向けた身体活動介入の有効性について

体力(心肺持久力)と心疾患発症リスクとの関係(メタ解析)

出典論文:

Kodama S et al. Cardiorespiratory fitness as a quantitative predictor of all-cause mortality and cardiovascular events in healthy men and women: a meta-analysis. JAMA. 2009 May 20;301(19):2024-35. PMID: 19454641.

著者の所属機関:

筑波大学等

内容:

心肺持久力(cardiorespiratory fitness:CRF)が低いと脳・心疾患の発症やそれらによる死亡率が高まるなど、CRFが循環器疾患に強く関与することは多くの疫学研究で示されている。それにも関わらず産業衛生や公衆衛生の現場でCRFが活用されていない背景には、測定技術に関わる課題(いかに簡便に、安全にCRFを評価するか)や基準値に関わる課題(健康維持に必要なCRFの値はどの程度か)があるとされる。本研究は、筑波大学の研究グループがまとめたメタ解析(一定の条件を満たす多数の論文の結果をまとめて解析し、結論を導く研究手法で、エビデンスレベルが高い方法の一つとされている)の結果で、10,679の論文から基準を満たす33の論文が選出、分析され、CRFと心疾患との関係が検討されている。解析の結果、CRFが1単位(1 MET)増加すると心疾患発症が15%軽減することや、心疾患の発症を予防するには、男性(50歳)で8 METs、女性(同)で6 METsのCRFが必要であることが示された。

解説:

MET(metabolic equivalent)は身体活動の強さを表す単位であり、静かに座っている状態(安静)を1 METとしている。犬の散歩などでの歩行は3 METs(安静時の3倍)、軽いジョギングは6-7 METs(安静時の6-7倍)である。CRFを1 MET増加するために必要な体力はランニングスピードを時速1 km増加させる体力に相当する(論文内での著者らの説明)。JAMAからの発表ということもあり、CRFと心疾患との関係を明確にした研究として多くの論文で引用されている。


自己報告による業務中の身体活動量と心肺持久力との関係について:循環器疾患と総死亡率の重要性(Holtermann A et al, Scand J Work Environ Health, 2016)

出典論文:

Holtermann A et al. Self-reported occupational physical activity and cardiorespiratory fitness: Importance for cardiovascular disease and all-cause mortality. Scand J Work Environ Health. doi: 10.5271/sjweh.3563. [Epub ahead of print] PubMed PMID: 27100403.

著者の所属機関:

National Research Centre for the Working Environment, Denmark(デンマーク国立労働環境研究センター)

内容:

北欧デンマーク・コペンハーゲンの住民を対象とした循環器疾患に関する長期コホート研究(Copenhagen City Heart Study)からの報告である。1991年から1994年の間に登録された10,135人のうち、ベースライン調査時の年齢が20-67歳で、循環器疾患の既往歴がなく、勤務中の身体活動量(occupational physical activity:OPA)と心肺持久力の回答のデータが得られた男性2,190人、女性2,534人が対象とされた。追跡期間(中央値)は18.5年であり、期間中の全死亡852名のうち257名が循環器疾患により死亡した。循環器疾患による死亡のリスクを年齢、性、喫煙状況、体格、糖尿病の有無、収入、飲酒状況、余暇身体活動で調整し、コックス比例ハザード回帰分析により算出した。その結果、自己報告による心肺持久力が低い者は高い者より2.17倍(95%CI: 1.40-3.38)、OPAが高い者は少ない者より1.45倍(1.05-2.00)循環器疾患による死亡リスクが高まることが分かった。さらにOPAと心肺持久力のデータを統合した分析では、OPAが高く、心肺持久力が低い者は、OPAが低く心肺持久力が高い者より死亡リスクが6.22(2.67-14.49)倍高まることが分かった。

解説:

本研究は質の高いコホート研究からの報告であり、労働者の身体的負荷と疾病発症リスクとの関係を明らかにした点で重要である。一方、勤務中の身体的負荷と疾患との関係については、本研究のように身体活動量が多い(身体的負荷が高い)ことをリスクとする報告がある一方で、身体的負荷が低い(座位時間が多い)ことをリスクとする報告も少なくなく、やや混沌とした状況である。この点については労働者の身体活動量の評価方法に課題があるとされている。本研究でもOPAは4択、心肺持久力は3択から構成される単一の質問で評価されており、論文内でもこの点を研究の限界としている。労働者の身体活動量と疾患リスクとの関係を検討する今後の疫学調査に向けては、質問紙の信頼性、妥当性を高めることが課題となっている。


労働者の労働時間,睡眠時間,休日数と運動負荷試験中の血圧反応との関係

出典論文:

道下ら. 労働者の労働時間,睡眠時間,休日数と運動負荷試験中の血圧反応との関係. 産業衛生学雑誌. 2016;58(1):11-20. doi: 10.1539/sangyoeisei.B15021. Epub 2015 Oct 23. PMID: 26497611.[Article in Japanese]

著者の所属機関:

産業医学大学等

内容:

 本研究では、勤労者の職場環境や労働形態、労働時間、睡眠時間、休日数と運動負荷試験中の収縮期血圧の反応との関係について横断的に検討した。安静時血圧が正常であった労働者362名(男性79名、女性283名、平均年齢49.1±11.1歳)を対象とし、自転車エルゴメータを使用して多段階漸増運動負荷試験を実施した。各負荷終了1分前に血圧を測定し、運動負荷試験中の収縮期血圧の最大値が男性210mmHg以上、女性190mmHg以上を過剰血圧反応と定義した。また、職場の有害環境(粉じん、特定化学物質など)や労働形態、労働時間、睡眠時間、休日数、通勤時および仕事中の身体活動時間、余暇時の運動時間について自己式調査票により調査した。その結果、362名中94名(26.0%)に運動負荷試験中の過剰な収縮期血圧の上昇が認められた。有害環境や労働時間、睡眠時間、休日数、通勤時の身体活動時間別による過剰血圧反応発生率について検討したところ、過剰血圧反応発生と関連する要因は、労働時間が1日10時間以上、睡眠時間が1日6時間未満、休日数が週1日以下であった。労働時間、睡眠時間、休日数を3分割し、それぞれの組み合わせによる過剰血圧反応発生率について検討したところ、労働時間が長く、睡眠時間、休日数が少ないほど、過剰血圧反応発生率が高かった。

解説:

 労働時間が長く、睡眠時間や休日数が少ない勤労者は、将来の高血圧症や心血管疾病発症のリスクが高いことが報告されている。これらの労働者の日常生活や職場において、運動負荷時の血圧変動を把握し健康指導の情報として活用することは高血圧症や心血管疾病の新規発症、過労死の予防につながるではないかと考えられる。今後、労働時間、睡眠時間、休日数と運動負荷試験中の過剰血圧反応との直接的な因果関係についてさらに詳細に検討していく必要がある。


中年期の心肺持久力が老年期の医療費に及ぼす影響

出典論文:

Bachmann JM et al., Cardiorespiratory Fitness in Middle Age and Health Care Costs in Later Life. J Am Coll Cardiol. 2015 Oct 27;66(17):1876-85. PMID: 26493659.

著者の所属機関:

ヴァンダービルト大学、クーパー研究所等

内容:

体力研究で著名なクーパー研究所によるthe Cooper Center Longitudinal Study(CCLS)からの報告。この論文では、米国の社会保険プログラム(メディケア)の医療費情報を用いて、中年期(平均49歳時)の体力が老年期(平均71歳時)の医療費に及ぼす影響を分析している。分析対象者は、諸条件(運動負荷テストなど全てのベースライン情報が利用できる、メディケアデータとの連結が可能、心筋梗塞、脳卒中、ガンの既往歴がない、65歳より前にメディケアによる給付を受けていない)を満たした19,571名の男女である。結果では、1)65歳を超えてからの年間医療費が、中年期の体力が高い群より低い群で有意に多いこと(例えば男性の医療費は体力低位群が中位群より37%多く、高位群が中位群より19%少ない等)、2)この傾向は循環器疾患の医療費で顕著だったこと、3)体力以外のリスク因子(喫煙、糖尿病、総コレステロール、収縮期血圧、BMI)の影響を取り除いた分析でも結果は同様で、体力が1単位(1 MET)増加すると年間医療費が男性で6.8%、女性で6.7%減少したことなどが示されている。

解説:

CCLSは1970年に開始され、現在も継続中のコホート研究である。参加者は登録の際、身体計測、医学検査、既往歴やライフスタイルなどの調査に加え、ランニングマシンによる運動負荷テスト(心肺持久力測定)を行っている。興味深いのは、メディケア給付期間中に死亡した人(2,691人)と存命の人(16,880人)に分けた分析を加えている点である。一般的に、死亡前は医療費が増加することが知られており(この研究でも死亡者群の医療費は生存者群の5倍であったことが示されている)、また、体力が高い人は死亡率が低いことも多くの疫学研究で示されている。つまり、体力が高い人の医療費が低いのは単に死亡前の医療費増加がないためではないかと考えられる。さらには、体力が高く長生きしても、長生きした分だけ医療費が上乗せされる可能性も指摘される。そういった懸念を取り除く手段の一つとして、この論文では死亡者群と生存者群とに分けた分析を行っており、両群の結果が同様であったことから、中年期の体力水準が高いと老年期の医療費が抑制されると結論付けている。大規模研究で心肺持久力を評価する場合は質問紙等による推定値を用いる場合が多いが、CCLSでは対象者が疲労困憊に至るまでの運動負荷テストで評価しており、体力評価の妥当性が高い。さらに本研究は、個人の医療費情報を公的な社会保険プログラムを用いて正確に捉えている点が特長である。本研究は、働き盛り世代(中年期)にスポットを当てた点で労働衛生研究としても興味深い。体力や医療費情報と同様に労働者の労働時間等を客観的に評価することも簡単ではないが、過労死対策研究のように過重労働が健康に及ぼす影響を検討することを目的とした研究では重要なポイントとなる。


労働者の座位行動の評価方法(松尾ら., 産業衛生学雑誌 2017)

出典論文:

松尾知明、蘇リナ、笹井浩行、大河原一憲.産業衛生学雑誌. doi: 10.1539/sangyoeisei.17-018-B. Vol.59 (2017), No. 6 pp. 219-228.

著者の所属機関:

(独)労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所

内容:

質問紙「労働者生活行動時間調査票(Worker’s Living Activity-time Questionnaire)(JNIOSH-WLAQ)」の信頼性と妥当性を検証した論文である。WLAQは座位時間評価を主な目的とした10項目で構成された質問紙であり、WLAQにより、一般的な労働者の生活を想定し分類された4つの時間区分(勤務中、通勤中、勤務日の余暇時間、休日)の座位時間が算出される。また、WLAQでは各座位時間を求める過程で、勤務時間、通勤時間、勤務間インターバル(daily rest period: DRP)、睡眠時間が算出されるため、本研究では、それらの生活活動時間の信頼性と妥当性も検証している。対象者は、週当たりの勤務日数が3日以上である労働者男女138名である。座位時間の妥当基準には身体活動量計(activPAL)が、勤務時間、通勤時間、DRP、睡眠時間の妥当基準には、対象者が1週間記録した日誌が使われた。分析では、級内相関係数(intraclass correlation coefficients:ICC)により信頼性を、順位相関係数(Spearman’s p)により妥当性を検討している。その結果、信頼性については、勤務時間、通勤時間、勤務間インターバル、睡眠時間、座位時間全てにおいて良好な(0.72-0.98)ICC値が得られ、妥当性については、勤務時間(0.80)とDRP(0.83)が“強い”、通勤時間(0.96)が“とても強い”、睡眠時間が勤務日(0.69)、休日(0.53)ともに“中程度な”、座位時間は、勤務中(0.67)と勤務日の余暇時間(0.59)が“中程度な”、通勤中(0.82)が“強い”、休日(0.40)が“弱い” p値であったことが示されている。これらの結果をもって筆者らは、WLAQが一定水準にあり、疫学調査などでの活用が期待できる質問紙だと結論づけている。

解説:

質問紙評価を目的とした研究では、本研究のように、再検査信頼性(同一の対象者による回答の一致度)と基準関連妥当性(基準とされる評価方法で得られた数値との一致度)が検証される場合が多い。activPALは座位時間の測定機器として精度が最も高いとされる身体活動量計である。本研究の主な成果は、WLAQによる座位時間の妥当性をactivPALによる座位時間を基準とし示したことである。一方、WLAQでは座位時間算出の過程で勤務時間やDRP、睡眠時間が算出される。最近は、労働者の働き方が議論される中で、勤務時間やDRPが重要なキーワードとなっていることを考えると、質問紙で得られるこれらの数値の妥当性が検証されたことは重要である。また、労働者を対象とした疫学調査では、勤務時間をいかに評価するかが課題とされる。出退勤時刻が打刻されたタイムカードを使うなど、客観的指標が用いられることが望ましいが、実際にはそのような資料を企業から入手することは難しい場合が多い。そのため質問紙が使わることになるがその妥当性を検証した論文は少ないため、本研究はそのような観点からも貴重なデータである。他方、本研究では、対象者自らが記録した日誌から得た数値を勤務時間等の妥当基準として用いている。そのため妥当性評価に客観性が欠ける面があることが課題である。


流産と職業活動:交代勤務、労働時間、持ち上げ作業、立ち作業、身体的労働負荷についてのシステマティック・レビューとメタ分析

出典論文:

Bonde JP et al. Miscarriage and occupational activity: a systematic review and meta-analysis regarding shift work, working hours, lifting, standing, and physical workload. Scand J Work Environ Health. 2013 Jul;39(4):325-34. PMID: 23235838.

著者の所属機関:

コペンハーゲン大学ビスペビヤ病院等

内容:

 先行研究において、交代勤務、長時間労働、持ち上げ作業、立ち作業、身体的労働負荷が流産のリスクを高めるという報告はあるが、明確な証拠は示されていない。そこで、システマティック・レビュー(文献調査)を行った。方法は、2つの文献データベースで1966年から2012年まで検索し、上記の5つのうち1つ以上の職業活動と流産との相対リスク(RR)を報告している30論文を選び出し、統合したRRを算出した。結果は、常夜勤は流産のリスク増加と関連していた(RR 1.51 [95%信頼区間(95%CI)1.27~ 1.78]、5論文)。一方、三交代勤務、週40~ 52時間労働、1日に100kg超の持ち上げ作業、1日に6~ 8時間以上の立ち作業、身体的労働負荷と流産とのRRは1.12(3交代勤務、7論文)~ 1.36(労働時間、10論文)と、リスクの増加は小さく、質の高い研究に限定した場合、労働時間と立ち作業のRRは更に減少した。結論として、選出された研究結果からも流産に関連する職業活動についての有力な証拠は見出されなかった。しかし、証拠は限られているものの、妊娠している女性で、かつ上記5つの職業活動(三交代勤務、週40~ 52時間労働、1日に100kg超の持ち上げ作業、1日に6~ 8時間以上の立ち作業、身体的労働負荷)に従事する者には流産のリスクについて個別のカウンセリングなどの配慮が重要であろう。

解説:

 アブストラクトに詳細な記載はないが、労働時間と流産についての10論文を統合したRR:1.36の95%CIは1.25~ 1.49と統計学的には有意な関連性があると見なされるが、質の高い3論文に限定するとRR:1.17、95%CI:0.80~ 1.71と有意な関連性が認められなくなった。この結果から、著者らは有力な証拠は見出されなかったと、その結果に慎重な評価を下したと思われる。なお、労働時間についての10論文の調査対象国はアメリカ合衆国が7論文、カナダ、オーストラリア、韓国が各々1論文、調査期間は最も古いものが1982~ 84年、最も新しいものが2003年であった。流産と職業活動の関連性については、地域や人種差などの影響も考えられるため、今後、それらの違いも検討可能な調査研究の結果の集積が待たれる。


ソーシャルジェットラグは、有害な内分泌、行動、心血管リスク特性と関連するか?(Rutters F, et al. J Biol Rhythms. 2014)

出典論文:

Rutters F, et al. Is social jetlag associated with an adverse endocrine, behavioral, and cardiovascular risk profile? J Biol Rhythms. 2014; 29(5): 377-383.

著者の所属機関:

アムステルダム自由大学医療センター、疫学と生物統計学部(オランダ)

内容:

 ソーシャルジェットラグは、就業日と休日の睡眠の中間点での時間の差として測定され、概日時計と社会時計の不一致を表す。これまでの研究では、ソーシャルジェットラグは体格指数(Body Mass Index, BMI)、糖化ヘモグロビンレベル(HbA1c)、心拍数、抑うつ症状、喫煙、精神的苦痛およびアルコール摂取と関連していることが示されている。この研究は、明らかに健康な145人の参加者グループ(大学の学生および職員のうち睡眠障害者や交代勤務者を除いた、男性67人、女性78人、18-55歳、BMI 18-35 kg / m2)において、ソーシャルジェットラグの有病率および有害な内分泌、行動および心血管リスク特性との関連を調べることを目的とした。アンケートで判定された、ソーシャルジェットラグが2時間以上の者は参加者の3分の1にみられた。ソーシャルジェットラグが2時間以上の者は1時間以下の者と比較して、血圧や血糖レベルを上昇させるコルチゾール値が高く、週内の睡眠時間が短く、身体活動が活発でなく、安静時心拍数が増加した。以上の結果から著者らは、ソーシャルジェットラグは、健康な参加者において、内分泌、行動、および心血管の有害なリスク特性と関連していると結論付けた。これらの有害な特性により、健康な参加者は、近い将来、糖尿病やうつ病などの代謝性疾患や精神障害の発症リスクにさらされると述べた。

解説:

 脳・心臓疾患による過労死において睡眠の量と質の影響が少なからずあることは言われているものの、メカニズムについては明らかでない点が多い。本研究は過労死を直接扱ったものではなく、参加者の就業日と休日の睡眠ともに平均8時間程度と十分に取られていた。また、得られたデータに統計的に有意差があったとは言え、どのくらい「有害」であるのかは明確には決められないという限界もある。そうであっても、睡眠をとるタイミングの持つ意義について検討した点から、示唆に富む知見である。日本の労働者に置き換えて考えると、週末に休日がとれたとしても、平日の睡眠時間が極端に短く休日との睡眠中間点の時間差が2時間以上もあるような生活スタイルは、将来の脳・心臓疾患発症リスクを高めるかもしれない。


うつや不安の改善に向けた身体活動介入の有効性について

出典論文:

Singh B, Olds T, Curtis R, et al. Effectiveness of physical activity interventions for improving depression, anxiety and distress: an overview of systematic reviews [published online ahead of print, 2023 Feb 16]. Br J Sports Med. 2023;bjsports-2022-106195. doi:10.1136/bjsports-2022-106195

著者の所属機関:

南オーストラリア大学

内容:

 “うつや不安”に対する身体活動の効果について「アンブレラレビュー」(解説参照)という研究手法を用いて検証している。検証のために収集された論文は、“うつや不安”と身体活動との関係をランダム化比較試験で検証した複数の実験結果をまとめた論文(レビュー論文)である。つまり著者らの目的は、複数の総括論文をさらに総括するための分析を行い、このテーマに関して現段階での結論を示すことである。分析に使われたレビュー論文は97編であり、それらには1,039件のランダム化比較試験が含まれ、参加者の総数は128,119人であった。参加者は成人(29~86歳)男女で、健常者、精神疾患者、慢性疾患者など様々である。「身体活動を高める介入」には、有酸素運動や筋トレだけでなく、ストレッチやヨガによる介入も含まれている。
 アンブレラレビューの作法に準じた手順で分析が施され、その結果として、「身体活動を高める介入は“うつや不安”の改善に(効果量を示す数値レベルでは)中程度の効果があり、これは薬物療法や心理療法の効果と同等か、やや高い」、「身体活動の強度は低めより高めの方が効果は高い」、「一週間あたりの運動時間が多いほど効果が高まるわけではない」などが示された。著者らは結論として「“うつや不安”の改善に明らかな効果のある身体活動介入を対策の主体として扱ってもよいのではないか」と述べ、またその方法については「運動の頻度を多くしなくても、また、短期間であっても効果は期待できる。ただし、運動強度は少し高めに設定することを意識した方がよいかもしれない」と提案している。

解説:

 介入効果を検証する実験では、エビデンスレベルを高める実験方法としてランダム化比較試験が推奨されるが、その方法で検証したとしても、一つの試験結果のみでは結論を得にくい。そこで複数の試験結果を総括的に分析(メタアナリシス)することで結論を得ようとする研究方法(システマティックレビュー)がある。しかしテーマによってはシステマティックレビュー論文が乱立する場合があり、それらの総括(総括の総括)がまた必要になる。その方法が「アンブレラレビュー」であり、今回の論文で使われた手法である。掲載された雑誌は体力科学分野で著名な研究誌で、学界での影響力は強い。
 世界中で精神疾患者数が増加する中、その対策としては薬物療法や心理療法が主体とされており、運動療法はそれらの補完・代替的方法として扱われる場合が多い。しかし最近は運動療法の効果を示す論文が増加している。今回の論文でも著者らは「“うつや不安”に対する運動療法の効果の程度は薬物療法や心理療法と同等か、やや高い。このような効果があり、副作用もなく、精神疾患以外への効果も期待できるのであれば、運動療法を主体に考えても良いのではないか」と主張している。
 一方、システマティックレビューの結果には“出版バイアス”(介入効果がなかったことを示す実験結果は論文として公表されにくいため、メタアナリシスに含まれないことによる偏り)が影響することが懸念されている。この論文では出版バイアスの影響を検証する分析が施され、その影響はなかったことが示されているが、2023年6月に開催された体力科学分野の国際学会(American College of Sports Medicine: ACSM)でこの論文が取り上げられ、出版バイアスについてはさらに慎重に考えるべきとの意見が出ていた。


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