労働安全衛生総合研究所

研究紹介(センターが取り組む研究に関連する研究論文の紹介 D: 疲労/ストレス)


  1. 過労死問題を初めてとりあげた科学論文:過労死発症につながる要因を事例調査によって検討(上畑鉄之丞, 労働科学, 1982)
  2. 循環器疾患を発症した労働者の発症前の疲労状態(斉藤良夫. 労働科学. 1993)
  3. 睡眠をとっていない人の顔の特徴(Sundelin et al., Sleep 2013)
  4. 休暇中より睡眠の質が悪い教師とそうでない教師の社会的職業特性の比較
  5. 長距離バス運転手におけるストレスと炎症マーカーの関連(Tsai et al. J Occup Health Psychol. 2014)
  6. 11時間未満の勤務間インターバルと夜勤は労働災害の発生と関連する(Vedaa et al. International Archives of Occupational and Environmental Health. 2019)
  7. ソーシャルジェットラグは、有害な内分泌、行動、心血管リスク特性と関連するか?(Rutters F, et al. J Biol Rhythms. 2014)
  8. 認知的疲労による脳機能の低下を補う前頭領域の活動
  9. シフトワークとメンタルヘルス:系統的レビューとメタ分析
  10. 終業後の仕事のポジティブな振り返りと翌日のワーク・エンゲイジメント:媒介メカニズムと循環プロセスの検証(Sonnentag et al. J. Occup. Organ. Psychol. 2021)
  11. 日本の小中学校教員における時間外労働と心理的ストレス反応との関連:大規模横断的研究(Furihata R et al. Ind Health. 2021)
  12. 協働ロボットとの向き合い方~シニアと若手労働者の主観的経験
  13. 睡眠の損失は個人,集団,社会のいずれのレベルでも他者への援助を抑制する
  14. 客観的な労働時間のデータの蓄積に基づいて作成された交代勤務の働き方に関するガイドラインの効果検証
  15. ストレス対処と死亡率との関連:性別による違い
  16. うつや不安の改善に向けた身体活動介入の有効性について

過労死問題を初めてとりあげた科学論文.過労死発症につながる要因を事例調査によって検討

出典論文:

上畑鉄之丞. 脳・心血管発作の職業的誘因に関する知見. 労働科学58(6), 1982

著者の所属機関:

杏林大学医学部

内容:

1973年から80年までの8年間の間に、著者の元に相談に訪れた脳心血管障害の急性発作を生じた52名の事例を対象にして、過労死発症の誘因となった職業性ストレスの内容について検討した。その内訳は以下のとおりであった。対象者の年齢は30-54歳までが48名と全体の9割を占めており、病名は脳血管疾患36名、心疾患16名であった。作業態様としては、管理的職務に従事する者が7名、知的・専門的技術労働を主とする者が15名、運転労働に従事する者が9名、夜勤・交替制労働に従事する者が11名、重筋労働に従業する者が7名で、その他が3名であった。過労死発症前の災害的な職業性ストレスの要因として考えられたのは、作業態様の違いによって、若干の相違が考えられたが、次の要因であった。慢性あるいは急性反復ストレスとして、長時間労働、休日なし労働、深夜勤労働の増加、作業上の責任負担、出張機会及び作業密度の増大があげられた。さらに、発症直前の急性ストレスとしては、一時的な激しい重筋労作、寒冷、暑熱などの気象条件、発熱などの身体的不調であった。

解説:

過労死の概念の提唱者として知られる著者の論文で、過労死の研究を行うに当たり、重要な論文として知られている。論文が出たのは過労死問題が社会に広く認知されるようになった1980年代であるが、ここにあげられている過労死発症につながる職業性ストレス要因は、現代社会においても同様に指摘できる重要なことである。


循環器疾患を発症した労働者の発症前の疲労状態(斉藤良夫. 労働科学. 1993)

出典論文:

斉藤良夫.循環器疾患を発症した労働者の発症前の疲労状態.労働科学 69巻,9号;387-400.

著者の所属機関:

中央大学文学部心理学研究室

内容:

 本研究は、循環器疾患の被災者遺族を対象にして、「過労死」発症前の疲労状態について明らかにするために、17名の被災者の妻あるいは母親に対して面接調査を実施したものである。面接は、1991年10月から約1年間の間に実施された。面接対象者1名につき2時間から3時間かけて、過労死の被災者における疾病の発症状況、労働状況、平日や休日の生活、勤務日の帰宅後や休日における疲労感の表出、休息や睡眠に関する行動などであった。これまでの先行研究では、過労死発症に関連する労働環境の要因(長時間労働や勤務形態など)を抽出することが主な目的であった。それに対して、本研究では、労働者個々人が、過労死発症に至るまでに、どのような訴えや生活上の変化があったのかについて焦点を当てている点に特徴がある。

 主な結果は次の通りであった。多くの発症者は虚血性心疾患や脳血管系の疾患に特有な心臓部の痛みや頭痛を訴えていた。それに加えて、過労死発症者に認められた過労や疲弊徴候としては、1)週末の休日での昼間の生活が睡眠中心になること、つまり、活動性の非常に低い過ごし方をしていたこと、2)新聞を玄関まで取りに行けなくなるといったように、活動力や気力の著しい低下によって、普段行ってきたことができなくなること、3)朝の起床時の寝起きの異常な悪さ、朝食後に家を出る時間まで寝室で横になること、または帰宅後の夕食や入浴もできないことなどの行動上に現れる著しい睡眠欲求、4)食欲減退や体重の減少がみられたこと、にまとめられた。さらに、過労死発症の労働負担要因によって、著しく、かつ長期間持続する緊張感、焦燥感、不安感、抑うつ感などの心理的負担感の表出や、夜眠れない、就寝しても深夜目覚めてしまうなどの睡眠障害の徴候が認められた。

解説:

 本研究は1991年に実施されたものではあるが、過労死研究の中でも重要な知見として位置づけられる論文である。従来の研究では、長時間労働やノルマの高い勤務などの過労死発症の環境要因(労働時間や勤務形態など)について検討する事例研究が多かった。しかし、本研究では、労働者個々人に注目して、彼らの疲労状態から労働・生活上での行動上の変化を抽出しようとしている点に特徴がある。また、本研究は、過労死特有の疲労徴候という視点で、家族の気づきを促し、家族の側からの過労死発症の予防策の可能性を呈している。そのような点からも、本研究は、現在の過労死研究につながる多くの示唆に富んだ知見であると考えられる。


睡眠をとっていない人の顔の特徴(Sundelin et al., Sleep 2013)

出典論文:

Sundelin et al. Cues of fatigue: effects of sleep deprivation on facial appearance. Sleep 2013; 36(9):1355-1360.

著者の所属機関:

Department of Clinical Neuroscience, Karolinska Institute, Stockholm, Sweden(カロリンスカ研究所)

内容:

 睡眠をとっていない人の顔の特徴を調べるために、40名の観察者が、20枚の顔写真を疲労や顔の特徴(目、皮膚、口、悲しみ)の観点からVisual Analog Scaleによって評定した。10枚の顔写真は通常の睡眠の後に撮られたものであり、残りの10枚の顔写真は断眠(5時間の夜間睡眠とそれに引き続く31時間の覚醒状態)の後に撮られたものであった。断眠した人の顔写真は、通常の顔写真と比較して、疲労が高いと評定されるとともに、まぶたが垂れ下がっている、目が赤い、目がはれている、くまがある、血色が悪い、乾燥じわが多い、口角が垂れ下がっている、悲しく見えると評定された(p < 0.01)。また、これらの8つの特徴に加えて、目の生起のなさは、評定された疲労と有意に関連していた(p < 0.01)。発疹・湿疹、口元の引き締まりについての評定は断眠の影響は認められなかった。

解説:

 疲労はアンケートなどの自己報告法によって評価されることが多いが、それは本人の内省能力によって大きく左右されるものであり、簡便かつ客観的な評価法は見当たらないのが現状である。この研究の結果は基礎的なものであるが、顔の特徴によって、その人の疲労度を客観的に評価できる可能性を示している。最近の双子を対象とした疫学研究では、見た目に老けていると評価された人は死亡率が高かったことも報告されており、このような“見た目”は、疲労や過労死のリスクをアセスメントする際に有効であるかもしれない。


休暇中より睡眠の質が悪い教師とそうでない教師の社会的職業特性の比較

出典論文:

Teacher's sleep quality: linked to social job characteristics? Industrial Health. 2018, 56, 53-61. PMID: 28804097

著者の所属機関:

ベルン大学(スイス)等

内容:

  仕事量は多いものの、教師という職業は社会的にもやりがいのある職業である。本研究では、スイスの教師を対象とし、「睡眠の質の悪化」(“休暇中よりも質の悪い睡眠”と定義)と、「時間に関連した職業ストレッサー」、「仕事に関する資源」、および「社会的職業特性」との関連について検討した。
 調査対象は、スイスの教師48名(男性28名、女性20名)であり、休暇(1?5週間)の1週間前(time1)と休暇の1週間後(time2)の計2回、調査への回答を求めた。休暇1週間前(time1)には、デモグラフィック変数と、過去1か月の仕事に関連した内容(「時間のコントロール」、「上司からのサポート」、「仕事での成功」、「仕事での失敗」、「感情的不協和」、「社会的排斥」等)、過去1週間の睡眠の質を尋ね、休暇1週間後(time2)には、休暇中の睡眠の質について尋ねた。
 結果から、平均値でみると、睡眠の質は休暇中の方が高かった。また、睡眠の質が悪化していた教師(18名)は、そうでない教師(30名)よりも、「仕事での失敗」、「社会的排斥」、「感情的不協和」が高かった(Ps < .05)。「時間に関連した職業ストレッサー」、「時間のコントロール」、「上司からのサポート」については、差は見られなかった。

解説:

 学校の教職員は、「過労死等防止のための対策に関する大綱」で過労死等の多発が指摘されている5つの業種・職種の中に含まれており、業務が多忙で精神的負担も大きい職業の1つである。本研究では、休暇前・休暇中の睡眠の質と社会的職業特性に着目し、睡眠の質が悪い教師は、「仕事の失敗」の経験が多いなどの特徴があることを明らかにしている。調査対象者や調査項目の点で問題点はあるものの、今後職業別の予防対策を検討していく上で、参考になる知見であると考えられる。


長距離バス運転手におけるストレスと炎症マーカーの関連(Tsai et al. J Occup Health Psychol. 2014)

出典論文:

Tsai et al. High job strain is associated with inflammatory makers of disease in young long-haul bus drivers. J Occup Health Psychol. 2014 Jul; 19 (3): 336-47. doi: 10.1037/a003600.

著者の所属機関:

国防医学院(台湾)

内容:

本研究の目的はジョブストレイン(仕事上の要求度が高く、裁量度が低い状態)と炎症マーカーの関連を調べることであり、また、ジョブストレインに関与する要因を調べることであった。825名の長距離バス運転手が台湾の交通会社からリクルートされた。心理社会的な職場環境の要因は、Job Contents Questionnaireによって調べられた。炎症マーカーとしては血中の高感度C反応性蛋白(hs-CRP)とホモシステイン(Hcy)が測定された。ロジスティック回帰分析の結果、ジョブストレインの炎症マーカー高値(hs-CRP > 1.0 mg/L、Hcy > 15.0 µmol/L)に対するオッズ比は有意でなかった。しかしながら、ジョブストレインと年齢の交互作用が有意であり(p = .014)、35歳未満のドライバーにおいては、ジョブストレインが高いとCRPが高値である事が示された(OR = 2.71)。一方で、35歳から49歳のドライバー、50歳以上のドライバーではそのような関連は認められなかった。若いドライバーにおいて、高いジョブストレインは、シフト間の休憩が8時間未満であること、休日に身体的に非活動的であること、頻繁に1日12時間以上の運転をすることと関連していた。オフの時間を増やし、睡眠制限を減らし、身体活動を増やすために、適切な仕事のシフトのシステムが必要である。

解説:

平成29年度に発表された過労死白書では、脳・心臓疾患による過労死等の事案数は運輸業・郵便業で最も多かったことが報告されており、その対策の必要性が指摘されている。長距離ドライバーを対象とした研究は日本や海外において十分に行われているとはいえず、本研究のような比較的大規模なサンプルの研究の知見は重要である。また、循環器疾患に関連する炎症マーカーを用いている点もこの研究の一つの特徴的な点である。ジョブストレインという観点から分析がされているが、シフト形態についても話が及んでおり、有益な情報を提供している。


11時間未満の勤務間インターバルと夜勤は労働災害の発生と関連する(Vedaa et al. International Archives of Occupational and Environmental Health. 2019)

出典論文:

Vedaa et al. Short rest between shifts (quick returns) and night work is associated with work-related accidents. International Archives of Occupational and Environmental Health. 2019 [Epub ahead of print]

著者の所属機関:

ノルウェー科学技術大学等

内容:

目的:本研究は看護師を対象として、11時間未満の勤務間インターバル(※海外では11時間未満の勤務間インターバルをクイック・リターンと定義して研究がされている)と夜勤が自己報告に基づく労働災害、ニアミスあるいは仕事中の居眠りと関連があるかどうかについて検討することが目的であった。
方法:本研究は1,784名の看護師(回答率;60%、平均年齢±標準偏差;40.1±8.4歳、女性の割合;91%)を対象として横断調査を行った。負の二項回帰分析を用いてシフトへの曝露と8種類の労働災害(1.仕事中に不意に居眠り、2.車で出勤あるいは退勤の途中に居眠り、3.自分自身を傷つけてしまった事、4.もう少しで自分自身を傷つけてしまいそうになった事、5.患者あるいは他の人を自分のせいで傷つけてしまった事、6.もう少しで患者あるいは他の人を自分のせいで傷つけてしまいそうになった事、7.機器を自分のせいで壊してしまった事、8.もう少しで機器を自分のせいで壊してしまいそうになった事)の関連性について検討した。その際、年齢や性別などの背景要因と労働関連要因を調整して解析を行った。
結果:過去1年間のクイック・リターンの回数と8種類の労働災害の内、7つがポジティブな関連性にあった(つまり、クイック・リターンの回数が増えれば増える程、労働災害の数も増える関連性)。くわえて、過去1年間の夜勤回数と5つの労働災害でポジティブな関連性が観察された(つまり、夜勤回数が増えれば増える程、労働災害が増える関連性)。具体的には、クイック・リターンと自分自身を傷つけてしまう事 (incidence rate ratio [IRR] = 1.009; 95% CI = 1.005–1.013)、患者あるいは他者を傷つけてしまう事 (IRR = 1.006; 95% CI = 1.002–1.010)、機器を壊してしまう事 (IRR = 1.004; 95% CI = 1.001–1.007)と関連性が認められた。一方、夜勤回数は仕事中に不意に居眠りしてしまう事 (IRR = 1.015; 95% CI = 1.013–1.018)、出勤あるいは退勤時の運転中に居眠りしてしまう事 (IRR = 1.009; 95% CI = 1.006–1.011)、患者あるいは他者を傷つけてしまう事 (IRR = 1.005; 95% CI = 1.001–1.009)と関連性が確認された。
結論:クイック・リターンと夜勤はともに自己報告による労働災害、ニアミス、仕事中の居眠りと関連性があった。今後は、クイック・リターンと労働災害の因果関係の検討が必要である。

解説:

本研究は、看護師を対象として、過去1年間の11時間未満の勤務間インターバル(クイック・リターン)と夜勤の回数が労働災害等の発生とどのような関連性にあるのかについて自記式の質問紙により、横断調査デザインで検討したものである。主な知見としては、クイック・リターン回数は調査で尋ねた8つの労働災害の内、7種類の労働災害と有意な関連性が、夜勤回数は8つの内、5つの労働災害と有意な関連性が認められた。著者らは、この結果は、一見、クイック・リターンの方が夜勤よりも労働災害の発生に密接に結びついているという印象を与えるものだが、解釈には十分な注意が必要であると結論付けている。つまり、クイック・リターンの短期的な影響(睡眠や眠気、疲労)については、これまでの知見でも検討されているが、長期的な影響については、夜勤の影響に比べて、まだ不明な点が多い事を理由として上げている。くわえて、本研究は過去1年間のクイック・リターンと夜勤の回数を回答者に思い出させて尋ねているため、想起バイアスの影響があることは否めない。また、今後の課題としては、勤務先の勤怠記録を用いた客観的な労働時間データによるクイック・リターンおよび夜勤の回数の把握や、縦断調査での検討が本研究での知見を強化するためのカギになるだろう。いずれにしても、これまでは主に健康の側面で検討がなされてきた勤務間インターバルの研究が安全の側面にも焦点を当てた研究が広がってきたことは注目すべき動向であろう。


ソーシャルジェットラグは、有害な内分泌、行動、心血管リスク特性と関連するか?(Rutters F, et al. J Biol Rhythms. 2014)

出典論文:

Rutters F, et al. Is social jetlag associated with an adverse endocrine, behavioral, and cardiovascular risk profile? J Biol Rhythms. 2014; 29(5): 377-383.

著者の所属機関:

アムステルダム自由大学医療センター、疫学と生物統計学部(オランダ)

内容:

 ソーシャルジェットラグは、就業日と休日の睡眠の中間点での時間の差として測定され、概日時計と社会時計の不一致を表す。これまでの研究では、ソーシャルジェットラグは体格指数(Body Mass Index, BMI)、糖化ヘモグロビンレベル(HbA1c)、心拍数、抑うつ症状、喫煙、精神的苦痛およびアルコール摂取と関連していることが示されている。この研究は、明らかに健康な145人の参加者グループ(大学の学生および職員のうち睡眠障害者や交代勤務者を除いた、男性67人、女性78人、18-55歳、BMI 18-35 kg / m2)において、ソーシャルジェットラグの有病率および有害な内分泌、行動および心血管リスク特性との関連を調べることを目的とした。アンケートで判定された、ソーシャルジェットラグが2時間以上の者は参加者の3分の1にみられた。ソーシャルジェットラグが2時間以上の者は1時間以下の者と比較して、血圧や血糖レベルを上昇させるコルチゾール値が高く、週内の睡眠時間が短く、身体活動が活発でなく、安静時心拍数が増加した。以上の結果から著者らは、ソーシャルジェットラグは、健康な参加者において、内分泌、行動、および心血管の有害なリスク特性と関連していると結論付けた。これらの有害な特性により、健康な参加者は、近い将来、糖尿病やうつ病などの代謝性疾患や精神障害の発症リスクにさらされると述べた。

解説:

 脳・心臓疾患による過労死において睡眠の量と質の影響が少なからずあることは言われているものの、メカニズムについては明らかでない点が多い。本研究は過労死を直接扱ったものではなく、参加者の就業日と休日の睡眠ともに平均8時間程度と十分に取られていた。また、得られたデータに統計的に有意差があったとは言え、どのくらい「有害」であるのかは明確には決められないという限界もある。そうであっても、睡眠をとるタイミングの持つ意義について検討した点から、示唆に富む知見である。日本の労働者に置き換えて考えると、週末に休日がとれたとしても、平日の睡眠時間が極端に短く休日との睡眠中間点の時間差が2時間以上もあるような生活スタイルは、将来の脳・心臓疾患発症リスクを高めるかもしれない。


認知的疲労による脳機能の低下を補う前頭領域の活動

出典論文:

Wang, C., Trongnetrpunya, A., Samuel, I. B. H., Ding, M., & Kluger, B. M. (2016). Compensatory Neural Activity in Response to Cognitive Fatigue. The Journal of Neuroscience, 36(14), 3919?3924. doi:10.1523/JNEUROSCI.3652-15.2016

著者の所属機関:

Wang C, Trongnetrpunya A, Samuel IBH, Ding M: J. Crayton Pruitt Family Department of Biomedical Engineering, University of Florida, Gainesville, Florida 32611
Kluger BM: Departments of Neurology and Psychiatry, University of Colorado Denver, Aurora, Colorado 80045

内容:

 高度の情報処理を要する作業課題を継続して行うと認知的疲労が引き起こされ、時間とともに作業パフォーマンスが低下する。本研究では、このパフォーマンス低下の前段階において、作業課題に関係する脳領域の機能低下がどのように補われるかについて、脳波を用いて検証することを目的とした。
 本研究の実験では、160分間の認知的作業課題中における被験者の脳波を頭部に貼付された128箇所の電極から記録し、脳活動の部位ごとの経時変化を調べた。ほとんどの部位において脳活動は時間とともに単調に低下した一方で、前頭領域においては山なりの変化が認められた。より具体的には、この前頭領域の活動は作業課題開始から増加し60?100分の間にピークを迎えた。興味深いのは、「前頭領域の活動が活発であるほど作業パフォーマンスが良い」という関連性がこのピーク期間においてのみ示されたことである。ピーク以降は、前頭領域の活動低下に伴って作業パフォーマンスも低下した。これらの実験結果から、作業課題に関係する脳領域が疲労によって機能低下した際に、前頭領域がそれを補うように働いて作業パフォーマンスを一定時間維持することが分かった。しかし、作業課題が進み更に疲労が高まると、前頭領域の活動も低下して作業パフォーマンスが低下することが示された。

解説:

 パフォーマンスの低下を防ぐために脳活動が変化する事例は本研究の他にも報告がされている。例えば、運動疲労時に運動機能を保つものや、加齢や構造的変化が起こったときに認知機能を保つものが存在する。
 脳機能を高度に使う作業が継続すると認知的疲労が生じるが、その生じやすさは個人や状況により異なる。認知的疲労の生じやすさについての神経学的な説明はこれまでなされていなかったが、本研究により前頭領域の活動が主に関係していることが示唆された。本研究で得られた知見は、いわゆる「頭の疲れやすさ」の個人差を理解すること、さらに疲労感に苦しめられる症状を治療する方法の開発に役立つと考えられる。


シフトワークとメンタルヘルス:系統的レビューとメタ分析

出典論文:

Zhao, Y, Richardson, A, Poyser, C, Butterworth, P, Strazdins, L, Leach, L.S. (2019). Shift work and mental health: a systematic review and meta-analysis. International Archives of Occupational and Environmental Health, 92, 763-793. doi: 10.1007/s00420-019-01434-3.

著者の所属機関:

Zhao, Y, Richardson, A, Poyser, C, Butterworth, P, Strazdins, L, Leach, L.S.: National Centre for Epidemiology and Population Health (NCEPH), Research School of Population Health, The Australian National University, Canberra, 2601, Australia.
Poyser, C: Centre for Mental Health, Melbourne School of Population and Global Health, The University of Melbourne, Melbourne, Australia; Melbourne Institute of Applied Economic and Social Research, The University of Melbourne, Melbourne, Australia.

内容:

背景:シフトワークがメンタルヘルスへ与える影響については、さまざまな知見が混在している。この系統的レビューでは、様々なシフトワークの型とメンタルヘルスの関連を調べた先行研究を包括的にまとめる。このレビューでは特定の職業に特化しない大規模な研究を対象とする。
方法:4つの電子データベース(PubMed、PsychoINFO、Web of Science、SCOPUS)を利用して、住民を対象としてシフトワークとメンタルヘルスの関連を調べた研究を検索した。2人の検索者が研究の特徴やデータを抽出した。また、broad binary measure(2件法で大きくたずねる形式)でシフトワークを調べた縦断的研究についてメタ分析を実施した。
結果:33の研究が最終的に選択された。10研究が横断的デザイン、22研究が縦断的デザイン、1研究が両方のデザインを採用していた。結果は、シフトワークの項目の内容によって、(1)夜/夕方勤務、(2)週末勤務、(3)不規則勤務・予測不可能な勤務、(4)broad binary measure、にグループ化された。全体的にbroad binary measureを利用した場合、シフトワークはメンタルヘルスの悪さと関連しており、これはメタ分析によっても支持された。また、不規則勤務・予測不可能な勤務はメンタルヘルスの悪さと関連しているエヴィデンスが多く認められた。一方で、夜/夕方勤務や週末勤務ではそのようなエヴィデンスは少なかった。
考察:シフトワークとメンタルヘルスの関連は、シフトワークの型によって異なった。broad binary measureを利用した場合や、不規則勤務・予測不可能な勤務は、メンタルヘルスとの関連が強かった。シフトワークの一貫したわかりやすい測定項目を利用した研究を実施する必要性が示された。

解説:

 本研究は、職種や組織の特有のバイアスを避けて、包括的にシフトワークの影響を調べるために、特定の職業に特化しない大規模な集団を扱った研究について系統的レビューをしていることが特徴的な点である。特定の職業の労働者サンプルを対象とした研究には様々なバイアスがある。たとえば、シフトワークに合わない人(シフトワークによってメンタルヘルスが悪くなった人)は、比較的早期にその仕事を辞めてしまい、その結果、調査の対象となる集団に含まれないという傾向がある(生存者バイアス)。また、仕事の内容とシフトワークは密接に関連しており、その二つを厳密に切り離して、メンタルヘルスとの関連を調べることは難しい。そのようなバイアスを避けるために、特定の職業の労働者に限定しない大規模な集団を扱った研究のみを検討の対象とすることは一つの興味深い試みである。
医療福祉の分野では精神障害による労働災害の申請件数が多く、同時に、シフトワークも多い業態である。夜勤などのシフトワークが精神障害の発症に直接的、あるいは間接的に関わっているかは、まだわかっていないことも多い。不規則勤務・予測不可能なシフトワークの労働者ではメンタルヘルスが悪いという結果は、現場で対策を考える際にも重要な知見であると考えられる。考察の最後に書かれていたように、今後はシフトワークについて明確に定義をした上で研究を実施する必要がある。


終業後の仕事のポジティブな振り返りと翌日のワーク・エンゲイジメント:媒介メカニズムと循環プロセスの検証(Sonnentag et al. J. Occup. Organ. Psychol. 2021)

出典論文:

Sonnentag et al. Positive work reflection during the evening and next‐day work engagement: Testing mediating mechanisms and cyclical processes. J. Occup. Organ. Psychol. 2021 June; https://doi.org/10.1111/joop.12362

著者の所属機関:

University of Mannheim, Germany

内容:

 本研究では、終業後の余暇時間に仕事をポジティブに(前向きに、肯定的に)振り返ることが、就寝時や翌朝の心理面の恩恵だけでなく、翌日の日中にも持続するかどうかを検証した。具体的には、終業後の仕事のポジティブな振り返りと翌日のワーク・エンゲイジメントとの関連と、その間連を他の要素が仲介するメカニズムを検証した。西オーストラリアの自治体職員152名の1週間の調査データ(延べ687日)に基づき、仕事のポジティブな振り返りが、翌日午前の知覚された仕事の意味深さ、心理的余裕、翌日の同僚のサポートを予測することを明らかにした。また、知覚された仕事の意味深さと同僚のサポートは、その後のワーク・エンゲイジメントを予測した。逆に、ワーク・エンゲイジメントは、その後の仕事のポジティブな振り返りを予測した。本研究は、余暇時間に仕事に関連する問題をポジティブに考えることが、翌日の仕事での良い結果につながり、それがその後の仕事のポジティブな振り返りを促すという好循環の存在を示唆している。  終業後は、仕事から心理的に完全に距離を取るのではなく、一日の仕事をポジティブに振り返ることを奨励すべきである。日中のワーク・エンゲイジメントが高いと、終業後に仕事をポジティブに振り返ることができ、その結果、翌日も、活力と情熱に満ちた状態で仕事に没頭することができると思われる。仕事の意義を自覚し、同僚のサポートを受けることは、仕事のポジティブな振り返りをワーク・エンゲイジメントの促進につなげるのに有効である。つまり、仕事の意義を強調する心理的なエクササイズや、同僚のサポートを促進する活動は、ワーク・エンゲイジメントを高めるための有効な手段になりうる。

解説:

 仕事以外の時間に仕事から物理的・心理的に距離を取ることが、疲労から回復し、慢性的なストレスやメンタル不調を予防するために重要ということは広く知られている。しかし、仕事についてポジティブに考えることの効果は、短期的にしか検討されていなかった。また、疲弊している時こそ、回復のために必要な運動や睡眠を十分に行うことができないという回復のパラドックスの存在も指摘されており(Sonnentag, 2018)、仕事によって消耗したエネルギーを回復させる方法の解明が研究課題となっている。本研究は終業後に仕事についてポジティブに振り返ること(例えば、自分の仕事の好きな面に気づく、自分の仕事の良い面を思い浮かべる、自分の仕事の良い面について考える)が、翌日の働き方に良い影響を与えることを示しており、このような方法に回復のパラドックスを打破する効果があることが期待される。


日本の小中学校教員における時間外労働と心理的ストレス反応との関連:大規模横断的研究(Furihata R et al. Ind Health. 2021)

出典論文:

Furihata R et al. Association between working overtime and psychological stress reactions in elementary and junior high school teachers in Japan: a large-scale cross-sectional study. Ind Health. 2021 Oct. doi: 10.2486/indhealth.2021-0069.

著者の所属機関:

東京大学大学院等

内容:

日本(岐阜県)の小中学校の教員(校長、副校長・教頭、栄養教諭、養護教諭除いた、フルタイムで授業を教えている)6,135名(男性2,710名、女性3,409名、不明16名)を対象に、小中学校教員の時間外労働と心理的ストレス反応の関係を検討した。職業性ストレス簡易調査票(the Brief Job Stress Questionnaire:BJSQ※1)と時間外労働に関する質問紙を用いて、時間外労働(平日、休日、持ち帰り)と仕事内容(教育業務※2、周辺業務※3、教育・周辺業務両方)について評価した。3つの時間外労働は、いずれも強い心理的ストレス反応と統計的に有意に関連していた。平日と休日の時間外労働では、教育業務のみ行うのに比べて教育・周辺業務の両方を行うと、心理的ストレス反応はより高いことがわかった。教員の心理的ストレス反応を軽減するためには、時間外労働自体を減らすことが重要である。それに加えて、平日と休日の時間外労働は、仕事内容を限定することで心理的ストレス反応を抑制できる可能性がある。
※1 職業性ストレス簡易調査票(the Brief Job Stress Questionnaire:以下BJSQ)は、合計57項目構成され、項目は、仕事のストレス要因: 17項目、心理的ストレス反応:18項目、身体的症状:11項目、周囲のサポート:11項目である。評価方法は、心理的ストレス反応を例にすると4尺度(1ほとんどなかった、2ときどきあった、3しばしばあった、4ほとんどいつもあった)で評価され、18項目の合計スコアが高いほどストレス反応が強いことを示している。
※2 教育業務とは、生徒指導、授業計画と準備、補習や宿題に関する業務、テストの準備や生徒の成績評価、学校行事の準備、部活の指導などである。
※3 周辺業務とは、学校運営に関わる事務的業務、会議への参加、PTAなどである。

解説:

 2018年に報告されたOECD国際教員指導環境調査(TALIS:Teaching and Learning International Survey)では1)、参加48か国・地域の中で、教員1週間あたりの労働時間の合計は、参加国平均(中学校)38.3時間であるのに対し、日本の小学校は、54.4時間、中学校は56.0時間と参加国の中で最も長い労働時間であった。特に、教育業務の中学校の部活動の指導が7.5時間(参加国平均1.9時間)、周辺業務の事務業務が平均2.7時間に対して小学校が5.2時間、中学校が5.6時間と参加国平均を大きく上回っていた。既存の研究では、日本の教員の長時間労働によるメンタルヘルス不調は報告されている。しかし、平日・休日・持ち帰りといったどの時間外労働が教員のメンタルヘルス不調と関連しているかは明らかではなく、本論文はこの点について検討した研究である。その結果、平日・休日・持ち帰りの時間外労働すべてが、メンタルヘルス不調に影響を及ぼしていた。また、平日と休日の時間外労働における仕事内容では、教育・周辺業務両方行うことが教育業務のみ行うより心理的ストレス反応が高かった。時間外労働自体を減らすことが最も重要であるが、仕事内容を限定することも大切であることが本論文の新たな知見として得られたものである。今回、教育業務の範囲が、授業準備等から部活の指導等と広範囲であったため、より詳細な仕事内容のメンタルヘルスについての検討が望まれる。

参考文献
1)文部科学省.OECD 国際教員指導環境調査(TALIS)2018報告書Vol.2のポイント.2020年3月23日登録.https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/data/Others/__icsFiles/afieldfile/2020/20200323_mxt_kouhou02_1349189_vol2.pdf


協働ロボットとの向き合い方~シニアと若手労働者の主観的経験

出典論文:

Rossato, C., Pluchino, P., Cellini, N., Jacucci, G., Spagnolli, A., & Gamberini, L.(2021). Facing with collaborative robots: the subjective experience in senior andyounger workers. Cyberpsychology, Behavior, and Social Networking,24(5), 349-356.

著者の所属機関:

パドヴァ大学ヒューマンインスパイア―ド技術センター(イタリア)Human Inspired Technology Center, University of Padova, Padova, Italy.

内容:

 製造業において人間と協働し、人間の作業をサポートするロボットを協働ロボットやコラボレーティブ・ロボット(コボット)という。本研究は、コボットの使用感を成人労働者とシニア労働者との間で比較した実験研究である。参加者は20名で、55歳以上をシニア群とし(平均63.3歳、女性4名)、35~54 歳を成人群とした(平均43.3歳、女性4名)。参加者は、コボット(UNIVERSAL ROBOT(UR10e))を使った簡単な作業課題を、手動操作とタブレット操作で行い、事前と各操作の後の計3回質問票に回答した。質問票はロボットの受容性、ユーザビリティ、ユーザ・エクスペリエンス(UX)、知覚された作業負荷に関する標準化された項目で構成されていた。実験の結果、先行研究や事前予想と異なって、成人だけでなく高齢者でもシステムの受容度が高かった。また、参加者は、事前に予想したよりも実際の操作が簡単だったと回答した。作業時間は、シニア群において、タブレット施行の方が手動施行よりも長かった。ユーザビリティは、シニア群に比べ、成人群で高かった。UXについて、シニア群はロボットをより「支援的」「競争的」「支配的」と評価していた。また、シニア群は、手動施行をタブレット施行よりも「楽しい」「魅力的」と答えたのに対して、成人群は逆の回答だった。シニア群は課題への関与が高いのに対して、成人群は満足感が高かった。タスク負荷について、シニア群は成人群よりも高い身体負荷、時間的プレッシャー、フラストレーションを感じ、低い知覚的パフォーマンスを報告した。以上の結果から、高齢者は慣れないタブレット操作から身体的負荷(重さなど)や時間的プレッシャーを感じるが、受容性は高く、支援的という認識もあった。これらは、使いやすさの実感(PEOU: perceived ease of use)や知覚された有用性(PU: perceived usefulness)がロボットの利用意向(IU: intention ofusage)に直接影響を与えるとする技術受容モデル (TAU: technology acceptancemodel)1を支持する結果だった。コボットの導入が高齢者にとって必ずしも深刻な障壁となるわけではないと考えられる。より複雑な作業課題に関する大規模な検証が必要。
1 Davis FD. Perceived usefulness, perceived ease of use, and user acceptance of information technology. MIS Quarterly 1989; 13:319–340.

解説:

本研究は、EUホライズン2022( https://cordis.europa.eu/project/id/826266 )に採択された「CO-ADAPT: Adaptive Environments and Conversational AgentBased approaches for Healthy Ageing and Work Ability / CO-ADAPT ヘルシーエイジングと就労能力のための適応環境と会話型エージェントアプローチ」というプロジェクト(2018年12月~2022年3月)の一環で行われたものである。 小規模な実験で、結果を直ちに一般化するべきではないが、高年齢者の障害ではなく、能力や可能性に着目している点に好感が持てる。手動操作の様子が明確には示されていないが、タブレット端末でロックを解除しつつ、もう片方の手で本体を直接操作したものと思われる。ロボットとの協働は、製造業に限らず、多くの職場で取り入れられていくことが予想される。日本においても細かな検証を重ねることで、ロボットの導入に伴う労働者の心身の負担を明らかにし、効果的な導入方 法を検討する必要がある。


研究グループ 研究活動の紹介

研究グループ

センター・調査研究センター