労働安全衛生総合研究所

研究紹介(センターが取り組む研究に関連する研究論文の紹介 C: 労働時間/勤務形態)


  1. 1日当たり3-4時間の残業が心疾患リスクを高める(Virtanen M et al. Eur Heart J. 2010)
  2. 長時間労働が24時間自由行動下血圧に及ぼす影響(Hayashi T et al. J Occup Environ Med. 1996
  3. 過労死問題を初めてとりあげた科学論文:過労死発症につながる要因を事例調査によって検討(上畑鉄之丞, 労働科学, 1982)
  4. 労働者の労働時間,睡眠時間,休日数と運動負荷試験中の血圧反応との関係(道下ら. 産業衛生学雑誌. 2016)
  5. 長時間労働と冠動脈性心疾患の起こる10年先の確率
  6. 長時間労働と脳・心臓疾患との関連についてのシスマティックレビュー(Kivimäki et al. Lancet. 2015)
  7. 週55時間以上働く労働者は心房細動が起こりやすい(Kivimäki et al. Eur Heart J. 2017)
  8. 労働時間と心血管疾患リスクの用量反応関係(Conway et al. J Occup Environ Med. 2016)
  9. 労働時間がメンタルヘルスに及ぼす影響(オーストラリア人を対象とした研究報告)(Milner A et al. Occup Environ Med. 2015)
  10. 週55時間を超えて働く女性労働者は抑うつや不安の症状が起こりやすい(Virtanen M et al. Psychol Med. 2011)
  11. 長時間労働と飲酒習慣との関連性について:有意に関連している(Virtanen M et al. BMJ. 2015)
  12. 交替制勤務、長時間労働と早産との関連性について(van Melick MJ et al. Int Arch Occup Environ Health. 2014)
  13. わが国のホワイトカラー男性労働者における長時間労働と睡眠問題の関連(Nakashima et al. J Sleep Res. 2011)
  14. 女性の夜勤と乳がん:スウェーデンコホートスタディ(Akerstedt T, et al. BMJ Open. 2015)
  15. 労働者の座位行動の評価方法(松尾ら., 産業衛生学雑誌 2017)
  16. 交代勤務における短い勤務間隔と健康との関係—文献レビューより
  17. 流産と職業活動:交代勤務、労働時間、持ち上げ作業、立ち作業、身体的労働負荷についてのシステマティック・レビューとメタ分析
  18. 休暇中より睡眠の質が悪い教師とそうでない教師の社会的職業特性の比較
  19. 日本における過労死:最近の動向と予防対策促進のための国策の展開(Yamauchi et al. Ind Health. 2017)
  20. 過重労働関連疾患(脳・心疾患)と労働時間との非線形的関係(Lin RT et al., Sci Rep. 2018)
  21. 長時間労働と冠動脈性心疾患:システマティックレビューとメタ分析(Virtanen M et al., Am J Epidemiol. 2012)
  22. 長距離バス運転手におけるストレスと炎症マーカーの関連(Tsai et al. J Occup Health Psychol. 2014)
  23. 11時間未満の勤務間インターバルと夜勤は労働災害の発生と関連する(Vedaa et al. International Archives of Occupational and Environmental Health. 2019)
  24. 職業と自殺に関する再解析:職場のネガティブ認知は自殺企図につながる(Howard and Krannitz. J Psychol. 2017)
  25. 中国人医師の命を奪う過重労働: 2013年~2015年の中国における過労死のレビュー(Shan HP, et al. Public Health. 2017)
  26. 模擬長時間労働時の正常血圧および未治療の高血圧男性間の血行力学的反応の比較(Ikeda H. et al., Scand J Work Environ Health. 2018)
  27. シフトワークとメンタルヘルス:系統的レビューとメタ分析
  28. 長時間労働と仮面高血圧および持続性高血圧の有病率について(Trudel et al. Hypertension. 2020)
  29. 45歳以上の副業・兼業従事者のグループ分けとグループ間の健康の差異(Bouwhuis et al. Int Arch Occup Environ Health. 2019)
  30. 日本の小中学校教員における時間外労働と心理的ストレス反応との関連:大規模横断的研究(Furihata R et al. Ind Health. 2021)
  31. 客観的な労働時間のデータの蓄積に基づいて作成された交代勤務の働き方に関するガイドラインの効果検証
  32. 長時間労働、身体測定、肺機能、血圧、血液検査のバイオマーカー: CONSTANCES 研究の横断的調査結果

長時間労働が24時間自由行動下血圧に及ぼす影響

出典論文:

Hayashi T et al. Effect of overtime work on 24-hour ambulatory blood pressure. J Occup Environ Med. 1996 Oct;38(10):1007-11. PubMed PMID: 8899576.

著者の所属機関:

日立健康管理センター等

内容:

過労死等の主要なリスク要因として長時間労働があげられる。本研究では、長時間労働が心血管系に及ぼす影響を調べるため、47名のホワイトカラーの男性労働者の中で、正常血圧(収縮期血圧<140mmHg、かつ拡張期血圧<85mmHg)を示す21名と,軽度(Ⅰ度、Ⅱ度)高血圧(140mmHg ≤ 収縮期血圧<160mmHg、または90mmHg ≤ 拡張期血圧<105mmHg)を示す26名を対象にして、24時間自由行動下血圧測定を行った。さらに、これらの参加者を、月の時間外労働の長さによって、長時間労働のグループ(60時間以上の者)と、そうではない対照グループ(30時間以下の者)に分類した。最終的に、本研究では、1)正常血圧の長時間労働者10名(平均年齢42歳)、2) 軽度高血圧の長時間労働者15名(平均年齢47歳)、3)正常血圧の対照者11名(平均年齢39歳)、4) 軽度高血圧の対照者11名(平均年齢46歳)の4つのグループを設定し、血圧と心拍数の数値を比較した。その結果、正常血圧者において、長時間労働者の収縮期血圧と拡張期血圧は、対照者に比べて、統計的に高い値が示された。また、軽度高血圧者において、長時間労働者の拡張期血圧と心拍数は、対照者に比べて統計的に高かった。さらに、労働時間が不規則であった正常血圧者も調査した結果、繁忙期(月の時間外労働96時間程度)の血圧と心拍数は、繁忙期ではない時期(月の時間外労働43時間程度)と比べて、統計的に高いことが分かった。これらの結果は、長時間労働が正常血圧者と軽度高血圧者の心血管系負担を増大することを示している。

解説:

心血管系の過剰反応が慢性化すると、虚血性心臓病や高血圧症などの心血管系疾病リスク、さらにはこれらの疾患が原因とある死亡リスクの増加が報告されている。本研究の結果も、長時間労働が心血管系の負担を増大することを示していることから、長時間労働は心血管系疾病、さらには過労死等へのリスク増大につながるものと考えられる。


過労死問題を初めてとりあげた科学論文.過労死発症につながる要因を事例調査によって検討

出典論文:

上畑鉄之丞. 脳・心血管発作の職業的誘因に関する知見. 労働科学58(6), 1982

著者の所属機関:

杏林大学医学部

内容:

1973年から80年までの8年間の間に、著者の元に相談に訪れた脳心血管障害の急性発作を生じた52名の事例を対象にして、過労死発症の誘因となった職業性ストレスの内容について検討した。その内訳は以下のとおりであった。対象者の年齢は30-54歳までが48名と全体の9割を占めており、病名は脳血管疾患36名、心疾患16名であった。作業態様としては、管理的職務に従事する者が7名、知的・専門的技術労働を主とする者が15名、運転労働に従事する者が9名、夜勤・交替制労働に従事する者が11名、重筋労働に従業する者が7名で、その他が3名であった。過労死発症前の災害的な職業性ストレスの要因として考えられたのは、作業態様の違いによって、若干の相違が考えられたが、次の要因であった。慢性あるいは急性反復ストレスとして、長時間労働、休日なし労働、深夜勤労働の増加、作業上の責任負担、出張機会及び作業密度の増大があげられた。さらに、発症直前の急性ストレスとしては、一時的な激しい重筋労作、寒冷、暑熱などの気象条件、発熱などの身体的不調であった。

解説:

過労死の概念の提唱者として知られる著者の論文で、過労死の研究を行うに当たり、重要な論文として知られている。論文が出たのは過労死問題が社会に広く認知されるようになった1980年代であるが、ここにあげられている過労死発症につながる職業性ストレス要因は、現代社会においても同様に指摘できる重要なことである。


労働者の労働時間,睡眠時間,休日数と運動負荷試験中の血圧反応との関係

出典論文:

道下ら. 労働者の労働時間,睡眠時間,休日数と運動負荷試験中の血圧反応との関係. 産業衛生学雑誌. 2016;58(1):11-20. doi: 10.1539/sangyoeisei.B15021. Epub 2015 Oct 23. PMID: 26497611.[Article in Japanese]

著者の所属機関:

産業医学大学等

内容:

 本研究では、勤労者の職場環境や労働形態、労働時間、睡眠時間、休日数と運動負荷試験中の収縮期血圧の反応との関係について横断的に検討した。安静時血圧が正常であった労働者362名(男性79名、女性283名、平均年齢49.1±11.1歳)を対象とし、自転車エルゴメータを使用して多段階漸増運動負荷試験を実施した。各負荷終了1分前に血圧を測定し、運動負荷試験中の収縮期血圧の最大値が男性210mmHg以上、女性190mmHg以上を過剰血圧反応と定義した。また、職場の有害環境(粉じん、特定化学物質など)や労働形態、労働時間、睡眠時間、休日数、通勤時および仕事中の身体活動時間、余暇時の運動時間について自己式調査票により調査した。その結果、362名中94名(26.0%)に運動負荷試験中の過剰な収縮期血圧の上昇が認められた。有害環境や労働時間、睡眠時間、休日数、通勤時の身体活動時間別による過剰血圧反応発生率について検討したところ、過剰血圧反応発生と関連する要因は、労働時間が1日10時間以上、睡眠時間が1日6時間未満、休日数が週1日以下であった。労働時間、睡眠時間、休日数を3分割し、それぞれの組み合わせによる過剰血圧反応発生率について検討したところ、労働時間が長く、睡眠時間、休日数が少ないほど、過剰血圧反応発生率が高かった。

解説:

 労働時間が長く、睡眠時間や休日数が少ない勤労者は、将来の高血圧症や心血管疾病発症のリスクが高いことが報告されている。これらの労働者の日常生活や職場において、運動負荷時の血圧変動を把握し健康指導の情報として活用することは高血圧症や心血管疾病の新規発症、過労死の予防につながるではないかと考えられる。今後、労働時間、睡眠時間、休日数と運動負荷試験中の過剰血圧反応との直接的な因果関係についてさらに詳細に検討していく必要がある。


長時間労働と冠動脈性心疾患の起こる10年先の確率(Kang et al. Am J Ind Med. 2014)

出典論文:

Kang MY et al. Long working hours may increase risk of coronary heart disease. Am J Ind Med. 2014 Nov;57(11):1227-34. PMID: 25164196.

著者の所属機関:

韓国ソウル大学等

内容:

 韓国健康栄養調査に参加した8,350名(19歳超、正規雇用で非交代勤務、慢性疾患なし;平均46歳、女性43%)に対して、健康診断や週当たりの賃金の支払われた労働時間を含む各種の問診を行った。年齢、総コレステロール、HDLコレステロール、血圧、糖尿病の有無、喫煙の有無に基づいてフラミングハムリスクスコアを男女別に計算した。このスコアは冠動脈性心疾患の向こう10年間における起こりやすさを表す。冠動脈性心疾患の起こる確率が健康群より10%高まると高リスクとみなされる。所得水準、職種、身体活動、飲酒による影響を統計的に調整して分析すると、週労働時間が31-40時間群に比べて、男性では71?80時間群で1.4倍、81時間以上群で1.5倍ほど高リスクとなりやすかった。女性では、61-70時間群で2.9倍、71-80時間群で2.2倍、81時間以上群で4.7倍ほど高リスクとなりやすかった。

解説:

 労働時間と冠動脈性心疾患の起こりやすさとの関連をある一時点で調べているため、どちらがどちらの原因かを決められない。とは言え、フラミングハムリスクスコアという従来から認められている指標を韓国人労働者に用いているのは有効である。長労働時間と冠動脈性心疾患との関連が女性でよく認められたのは家事労働の影響が指摘されているが、今後の検証が待たれる。いずれにしても、この研究と同様な結果が我が国の労働者についても得られるかを検証する価値はある。また欧米人と日本人との様々な違いを考慮すると、日本人に即したスコアを用いることも視野に入れてよい。


長時間労働と脳・心臓疾患との関連についてのシスマティックレビュー(Kivimäki et al. Lancet. 2015)

出典論文:

Kivimäki M, Jokela M, Nyberg ST, et al. Long working hours and risk of coronary heart disease and stroke: a systematic review and meta-analysis of published and unpublished data for 603838 individuals. Lancet. 2015; 386: 1739-1746. doi: 10.1016/S0140-6736(15)60295-1. Epub 2015 Aug 19. PMID: 26298822.

著者の所属機関:

Department of Epidemiology and Public Health, University College London, London, UK.

内容:

 本研究はヨーロッパ、アメリカ、オストラリアの24件のコホート研究に基づいて、長時間労働と脳・心臓疾患の関連を分析した。計603,838人の対象者を約8.5年間追跡した結果、4,768人に冠動脈疾患が発症した。計528,908人を約7.2年追跡した結果,1,722人に脳卒中が発症した。全ての対象者は追跡開始時に冠動脈疾患及び脳卒中の持病はなかった。年齢、性別、社会経済地位などを調整した上でメタ分析を行った結果、週労働時間は35-40時間の対照群と比べて、週労働時間が55時間以上の長時間労働者群の冠動脈疾患(relative risk[RR]: 1.13, 95%CI: 1.02-1.26, p=0.02)と脳卒中(relative risk [RR]: 1.33, 95%CI: 1.11-1.61, p=0.002)の発症率はそれぞれ1.13倍と1.33倍に増加した。特に脳卒中は対照群と比べて、週41-48時間労働の場合は1.10倍、週49-54時間労働の場合は1.27倍、週55時間労働の場合は1.33倍の発症率の増加が認められ、労働時間が長くなるほど脳卒中の発症リスクが高くなることが示された。

解説:

 長時間労働の健康への影響は世界中から研究され、過労死(脳・心臓疾患)の誘因としても注目されてきた。長時間労働が健康問題を引き起こす過程には、労働時間以外に、他の仕事の負担要因、疲労回復時間の減少などの要因が複雑に絡んでいると考えられる。本論文は複数国の研究データを用いて総合的に分析した結果、週労働時間が55時間以上の長時間労働(労基法で週40時間労働となっている日本の基準に合わせると、月当たり約60時間の時間外労働)が脳・心臓疾患の増加との関連があることを科学的に立証した点に注目すべきである。また、脳疾患が心臓疾患より長時間労働による影響を受けやすい点も重要な知見である。上述したように脳・心臓疾患リスクの増加は労働時間以外の要因の影響も否定できないが、長時間労働が仕事負荷の増加、疲労回復時間の減少と直結しているため、その影響は大きいと予想される。


週55時間以上働く労働者は心房細動が起こりやすい(Kivimäki et al. Eur Heart J. 2017)

出典論文:

Long working hours as a risk factor for atrial fibrillation: a multi-cohort study. Eur Heart J. 2017 doi:10.1093/eurheartj/ehx324.

著者の所属機関:

英国ロンドン大学等

内容:

 心房細動は不整脈の一つで、心臓が速く不規則に拍動するため、全身に血液を送り出す働きが悪くなる病気である。心房細動によって心臓の中で血液がよどむと、「血の塊」(血栓)ができやすくなる。この血栓が脳に運ばれて脳の血管が詰まると脳梗塞になる。英国、デンマーク、スウェーデン、フィンランドの労働者のべ85,494名(うち女性55,915名、平均43才、心房細動なし)を約10年間追跡調査し、労働時間と心房細動との関連を調べた。追跡期間中に合計1,061名が心房細動を発症した。性別、年齢、社会経済状態による影響を統計的に調整した解析によると、週35-40時間働く群に比べて、週35時間未満群11%、週41-48時間群2%、週49-54時間群17%、週55時間以上群42%(P<0.01)ほど、心房細動が起こりやすかった。喫煙、体格指数、飲酒、身体活動、慢性疾患の有無等の影響を調整しても、週55時間以上群では心房細動は同じく40%程度、起こりやすいことが分かった。

解説:

 同じ研究グループは2015年に「週55時間以上働く労働者は脳卒中(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血など)になりやすい」ことを報告しており、その原因の一つとして心房細動に着目したと思われる。膨大なデータから明らかにされた今回の知見は重要ではあるが、いくつかの疑問に答える必要がある。労働時間は初回調査時の申告値を利用しているので、その後10数年間に渡ってどのくらい変化したかは分からない。労働時間以外の要因として、勤務体制や職種などによる影響は調べていない。幾多の限界はあるにしても、長時間労働に伴う健康障害を定量化しようとする努力は価値がある。


労働時間と心血管疾患リスクの用量反応関係(Conway et al. J Occup Environ Med. 2016)

出典論文:

Conway et al. Dose-Response Relation Between Work Hours and Cardiovascular Disease Risk: Findings From the Panel Study of Income Dynamics. J Occup Environ Med. 2016; 58(3):221-6.

著者の所属機関:

The University of Texas Health Science Center, School of Public Health, Houston(テキサス大学)

内容:

目的:本研究の目的は、アメリカの代表的なパネル調査における労働時間と心血管疾患(CVD)の用量反応関係を調べることである。
方法:所得動向のパネル調査(PSID: the Panel Study of Income Dynamics、1986年から2011年)の1,926人を少なくとも10年間さかのぼった後ろ向きコホート研究を行った。制限3次スプライン回帰により、労働時間とCVDの用量反応関係を推定した。
結果:少なくとも10年間の平均週労働46時間以上がCVDのリスク増加と関連した用量反応関係が観察された。1週間に45時間働く場合と比較して、週10時間以上をさらに10年間続けることで、CVDリスクが少なくとも16%増加した。
結論:少なくとも10年間、週に45時間を超えて働くことは、CVDの独立した危険因子である可能性がある(訳者注:統計的有意差が認められるのは週労働55時間からである→解説参照)。

解説:

 アメリカの大規模パネル調査(同じ調査対象に対して一定期間に繰り返しアンケートを行う調査)を利用した長時間労働と心血管疾患(CVD)との関連を検討した報告である。本論文で用いたのは所得動向に関するパネル調査で、全体では9,000家族、22,000人以上が参加しており、1986年(ベースライン時)から2011年に18歳以上であること等を条件に調査対象を絞って最終的に1,926人の労働者が分析対象となった。結論では週労働45時間超(46時間以上)でCVDの増加と記載されており、これまでの報告より更に短い労働時間でのCVDとの関連が見出されたかと思われたが、論文中の表では週労働50時間では相対危険度(RR):1.03で統計的有意差は認められず、週労働55時間からRR:1.16で有意差が認められ週労働75時間でRR: 2.03で最大であり、週労働55時間が本論文のメルクマールであり、これまでの報告と大きな違いはないことに注意する必要がある。この研究の限界は、雇用形態が自営か否か、産業(業種)がサービス業か否か、職種が肉体労働か否か、といった職業要因しか押さえられていないことである。最近の労働時間の健康影響の調査研究では、職業要因として交代制勤務、深夜勤務、職場での人間関係等、生活習慣として睡眠や休息等といった要因が考慮されていることが多い。そのような限界はあるものの、2,000名弱の労働者を後ろ向きとはいえ10年という長きに渡って追跡した結果としてその学術的価値は十分にあると思われる。


労働時間がメンタルヘルスに及ぼす影響(オーストラリア人を対象とした研究報告)

出典論文:

Milner A et al. Working hours and mental health in Australia: evidence from an Australian population-based cohort, 2001-2012. Occup Environ Med. 2015 Aug;72(8):573-9. PMID: 26101295.

著者の所属機関:

Deakin University(オーストラリア)等

内容:

労働時間と健康に関するこれまでの研究では、長時間労働が疾患発症(精神疾患や心疾患)に関与することを示した報告がある一方で、労働時間とこれらの疾患には有意な関係はなかったとする報告もあり、一致した見解が得られていない。その理由として、このような調査では特定の企業等の従業員が対象とされることが少なくないため、研究ごとに対象とする職種が異なり、比較が難しいことが挙げられる。本研究は、特定の企業等ではなくオーストラリア人全般(労働者18,420名)を対象とした調査であることが特長とされている。週当たり35-40時間を基準労働時間に設定し、それより長いまたは短い労働時間がメンタルヘルス(mental component summary: MCS_SF36)に及ぼす影響が検討された。本研究における労働時間の分類は以下の通りである:基準労働時間未満(34時間以下/週)、基準労働時間(35-40時間/週)、長時間労働A(41-48時間/週)、長時間労働B(49-59時間/週)、長時間労働C(60時間以上/週)。 解析の結果、男女とも49時間以上の労働がメンタルヘルス低下に影響することが示唆された。この結果に関する著者らの考察では、長時間労働(49時間以上/週)が睡眠不足に伴う疲労蓄積や生活習慣の乱れを引き起こし、これらがメンタルヘルス低下の要因となる可能性が指摘されている。また、高い業務能力を要する職種(マネジャーや専門職)において、労働時間が長くなるほどメンタルヘルス低下の程度が大きいことが示された。業務上の責任が大きいことがメンタルヘルス低下に影響した可能性がある。さらに、女性は男性より長時間労働によるメンタルヘルス低下の程度が大きい傾向が見られた。家事等の職場以外での無償労働が影響している可能性が指摘されている。

解説:

メンタルヘルス低下に影響する労働時間のボーダーライン(49時間以上/週)を提示した重要な報告である。本研究で設定された基準労働時間(34時間/週)は、日本の法定労働時間(40時間/週)より短い点にも留意する必要がある。


週55時間を超えて働く女性労働者は抑うつや不安の症状が起こりやすい

出典論文:

Virtanen M et al. Long working hours and symptoms of anxiety and depression: a 5-year follow-up of the Whitehall II study. Psychol Med. 2011 Dec;41(12):2485-94. PMID: 21329557.

著者の所属機関:

フィンランド労働衛生研究所等

内容:

英国の自治体職員2,960名(男性2,248名,女性712名;平均52才)を約5年間追跡して調査したところ、週35-40時間働く女性に比べて、週41-55時間群は2.2倍、週55時間を超える群は2.7倍ほど、抑うつの症状が起こりやすかった。また、週41-55時間群は1.7倍、週55時間を超える群は2.8倍ほど、不安の症状が起こりやすかった。男性では労働時間と抑うつや不安の症状との関連は認められなかった。

解説:

週55時間を超えて働くと抑うつや不安の症状が起こりやすいことが女性にのみ認められた背景をよく調べる必要がある。そうすることで、労働時間以外の対策も見出される。この研究では抑うつ等を自覚症状として測っているが、精神的不調の客観的な指標(診断結果や休業等)を用いた研究は今後求められる。業種や職種ごとの違いも興味のあるところである。


長時間労働と飲酒習慣との関連性について:有意に関連している

出典論文:

Virtanen M et al. Long working hours and alcohol use: systematic review and meta-analysis of published studies and unpublished individual participant data. BMJ. 2015 Jan 13;350:g7772. PubMed PMID:25587065.

著者の所属機関:

フィンランド労働衛生研究所等

内容:

システマティック・レビュー(文献調査)を行い、メタ分析(複数の研究を統合した統計解析)を行った。長時間労働と飲酒習慣のオッズ比(95%信頼区間)は1.11(1.05-1.18)、新たに発生した危険な飲酒習慣は1.12(1.04-1.20)であり、いずれも統計学的に有意に関連していた。

解説:

長時間労働がある人に飲酒習慣がある人が多い、また長時間労働によって新たに危険な飲酒習慣が発生する可能性が示唆された。長時間労働によって危険な飲酒習慣が発生し、健康を害する危険があり得ることを示唆した論文である。


交替制勤務、長時間労働と早産との関連性について

出典論文:

van Melick MJ et al. Shift work, long working hours and preterm birth: a systematic review and meta-analysis. Int Arch Occup Environ Health. 2014 Nov;87(8):835-49. PMID: 24584887.

著者の所属機関:

マーストリヒト大学医療センター等

内容:

システマティック・レビュー(文献調査)を行い、メタ分析(複数の研究を統合した統計解析)を行った。対象としたのは質の高い8つの研究と中程度の質の8つの研究である。妊娠中の交替制勤務と早産のオッズ比(95%信頼区間)は1.04(0.90-1.20)で統計学的に有意な関連は認められず、妊娠中の長時間労働と早産は1.25(1.01-1.54)で統計学的にわずかに有意に関連していた。

解説:

これまでも同様のテーマのレヴュー論文がでているが(2000年、2007年、2011年)、その他の研究論文も含め、交替制勤務と長時間労働に焦点を絞ってメタ分析を行った論文である。


わが国のホワイトカラー男性労働者における長時間労働と睡眠問題の関連

出典論文:

Nakashima et al. Association between long working hours and sleep problems in white-collar workers. J Sleep Res. 2011 Mar; 20 (1): 110-6. PMID: 20561174

著者の所属機関:

金沢医科大学等

内容:

ホワイトカラー男性常勤労働者1,510名(18-59歳)を対象に、長時間労働と睡眠問題の関連を検討した。睡眠問題をピッツバーグ睡眠質問票(PSQI、※1)で得点化した。月当たりの平均残業時間を過去6か月のタイムカードの記録から算出し、5群に分けた(26時間未満、26-40時間、40-50時間、50-63時間、63時間以上)。月平均残業時間が長くなるにつれて、睡眠時間は短く、睡眠効率は低く、日中機能不全は多くなった。睡眠障害の疑われる(PSQI得点-5.5点)労働者の割合は、月残業26時間未満の群と比較して26-40時間群で1.22倍(95%信頼区間:0.86-1.75)、40-50時間群で1.27倍(0.89-1.82)、50-63時間群で1.67倍(1.17-2.38)、63時間以上群で1.87倍(1.30-2.68)多かった。以上より、長時間労働は複数の睡眠問題と関連し、特に月残業時間が50時間以上になると関連は明確になることが明らかになった。
※1:PSQIは国内外問わず睡眠障害のスクリーニングのために臨床場面や研究で多く使用されている。PSQI日本語版は、18の質問項目からなり、7つの構成要素がある(睡眠の質、睡眠潜時、睡眠時間、睡眠効率、睡眠妨害、眠剤の使用、日中の機能不全)。そのため、総合的に睡眠問題を判定できる。PSQIの総合得点は0-21点の範囲で、睡眠障害のカットオフ値は5.5点となっている。

解説:

本研究以前も、残業が睡眠の量・質に悪影響を及ぼすという報告はあったが、それらは残業時間が主観的に評価されたものであり、また、PSQIのように総合的に睡眠問題を扱う指標は用いられていなかった。本研究は、これらの問題を解消し、残業時間が種々の睡眠問題に関連することを改めて明らかにした。特に短時間睡眠は心筋梗塞等と関連することが報告されており、注意が必要である。


女性の夜勤と乳がん:スウェーデンコホートスタディ

出典論文:

Åkerstedt T, et al. Night work and breast cancer in women: a Swedish cohort study. BMJ Open. 2015; 5(4):e008127.

著者の所属機関:

カロリンスカ研究所(スウェーデン)

内容:

2007年に国際がん研究機関は文献レビューの結果より女性の夜勤・交代勤務者が乳がんになるリスクが高いことを報告した。しかし曝露の長さとの関係ははっきりしておらず、本研究は女性の夜勤に従事した年数と乳がん発症の関係を調べて新たに情報提供することを目的とした。調査対象はスウェーデンの女性13656名(調査開始時に41-60歳であった者)で平均8.7年追跡された。そのうち3404名が夜勤に従事しており、また463名が追跡終了までに乳がんになった。夜勤をしたことのない群に対して、夜勤に21年以上従事した群で、1.68倍乳がんになりやすいことが示された。また60歳まで追跡した群でも、夜勤に21年以上従事した群で1.77倍乳がんになりやすいことが示された。20年以下の夜勤従事では、乳がんとの関係が示されなかった。

解説:

これまで行われた研究結果と同じく、長期間の夜勤曝露と女性の乳がんリスクとの関係が示された。夜勤曝露と乳がんの関係を調べた研究では、本研究のような追跡調査はわずかである。また、スウェーデン国民全体について調べており、追跡対象の偏りが少ない研究であった。ただし、著者も指摘するように、どの程度の夜勤曝露量が乳がん発症と関係があるのかは未だ明らかにされておらず、今後の研究が待たれる。


労働者の座位行動の評価方法(松尾ら., 産業衛生学雑誌 2017)

出典論文:

松尾知明、蘇リナ、笹井浩行、大河原一憲.産業衛生学雑誌. doi: 10.1539/sangyoeisei.17-018-B. Vol.59 (2017), No. 6 pp. 219-228.

著者の所属機関:

(独)労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所

内容:

質問紙「労働者生活行動時間調査票(Worker’s Living Activity-time Questionnaire)(JNIOSH-WLAQ)」の信頼性と妥当性を検証した論文である。WLAQは座位時間評価を主な目的とした10項目で構成された質問紙であり、WLAQにより、一般的な労働者の生活を想定し分類された4つの時間区分(勤務中、通勤中、勤務日の余暇時間、休日)の座位時間が算出される。また、WLAQでは各座位時間を求める過程で、勤務時間、通勤時間、勤務間インターバル(daily rest period: DRP)、睡眠時間が算出されるため、本研究では、それらの生活活動時間の信頼性と妥当性も検証している。対象者は、週当たりの勤務日数が3日以上である労働者男女138名である。座位時間の妥当基準には身体活動量計(activPAL)が、勤務時間、通勤時間、DRP、睡眠時間の妥当基準には、対象者が1週間記録した日誌が使われた。分析では、級内相関係数(intraclass correlation coefficients:ICC)により信頼性を、順位相関係数(Spearman’s p)により妥当性を検討している。その結果、信頼性については、勤務時間、通勤時間、勤務間インターバル、睡眠時間、座位時間全てにおいて良好な(0.72-0.98)ICC値が得られ、妥当性については、勤務時間(0.80)とDRP(0.83)が“強い”、通勤時間(0.96)が“とても強い”、睡眠時間が勤務日(0.69)、休日(0.53)ともに“中程度な”、座位時間は、勤務中(0.67)と勤務日の余暇時間(0.59)が“中程度な”、通勤中(0.82)が“強い”、休日(0.40)が“弱い” p値であったことが示されている。これらの結果をもって筆者らは、WLAQが一定水準にあり、疫学調査などでの活用が期待できる質問紙だと結論づけている。

解説:

質問紙評価を目的とした研究では、本研究のように、再検査信頼性(同一の対象者による回答の一致度)と基準関連妥当性(基準とされる評価方法で得られた数値との一致度)が検証される場合が多い。activPALは座位時間の測定機器として精度が最も高いとされる身体活動量計である。本研究の主な成果は、WLAQによる座位時間の妥当性をactivPALによる座位時間を基準とし示したことである。一方、WLAQでは座位時間算出の過程で勤務時間やDRP、睡眠時間が算出される。最近は、労働者の働き方が議論される中で、勤務時間やDRPが重要なキーワードとなっていることを考えると、質問紙で得られるこれらの数値の妥当性が検証されたことは重要である。また、労働者を対象とした疫学調査では、勤務時間をいかに評価するかが課題とされる。出退勤時刻が打刻されたタイムカードを使うなど、客観的指標が用いられることが望ましいが、実際にはそのような資料を企業から入手することは難しい場合が多い。そのため質問紙が使わることになるがその妥当性を検証した論文は少ないため、本研究はそのような観点からも貴重なデータである。他方、本研究では、対象者自らが記録した日誌から得た数値を勤務時間等の妥当基準として用いている。そのため妥当性評価に客観性が欠ける面があることが課題である。


交代勤務における短い勤務間隔と健康との関係—文献レビューより

出典論文:

Vedaa Ø, et al. Systematic review of the relationship between quick returns in rotating shift work and health-related outcomes. Ergonomics. 2016; 59(1): 1-14.

著者の所属機関:

ベルゲン大学、ノルウェー公衆衛生研究所(ノルウェー)

内容:

 本研究は、交代勤務におけるクイックリターンズ(quick returns:2つの連続する勤務の間隔が11時間未満のもの)と、その結果もたらされる健康や睡眠、ワークライフバランスへの影響との関係を21本の論文の系統的レビューによって調べた。クイックリターンズのタイプは夕勤-日勤、夜勤-夕勤、日勤-夜勤の3つの勤務の組み合わせに分けられ、勤務間隔の長さだけでなく、それぞれの配置される時刻によっても睡眠の長さや眠気が異なって現れた。例えば、勤務間隔時間が8-10時間の場合において、その配置される時刻が夜間となる夕勤-日勤では睡眠時間が5時間以上とられていたのに対して、反対に昼間となる日勤?夜勤では睡眠時間が2.5時間程度になった。また、眠気のリスクはクイックリターンズにおいて、それ以上長い条件と比して高かった。しかし、クイックリターンズにより、睡眠や眠気、疲労などの急性的な悪影響は示されたが、身体的また精神的健康やワークライフバランスなどのより慢性的な影響については結論が示されなかった。

解説:

 勤務間に配される休息期間の適切な長さについては、永らく交代勤務研究において議論されてきた。それは、常日勤と異なり交代勤務では長時間労働でなくとも勤務の組み合わせによって非常に短い勤務間隔となる場合があるからである。クイックリターンズは、EU労働時間指令にある24時間につき最低連続11時間の休息期間を求める内容を参照して定義されている。このクイックリターンズは逆循環の8時間3交代制においてみられるが、欧米でもっとも一般的なのは夕勤の後に日勤が配置される組み合わせであり、日本では看護労働において日勤の後に深夜勤務が配置される組み合わせが多く見られる。本研究の結果は、勤務間隔時間の長さとともに配置される時刻の効果を示しており、勤務間インターバル制度を導入する上での重要な視点を与えている。


流産と職業活動:交代勤務、労働時間、持ち上げ作業、立ち作業、身体的労働負荷についてのシステマティック・レビューとメタ分析

出典論文:

Bonde JP et al. Miscarriage and occupational activity: a systematic review and meta-analysis regarding shift work, working hours, lifting, standing, and physical workload. Scand J Work Environ Health. 2013 Jul;39(4):325-34. PMID: 23235838.

著者の所属機関:

コペンハーゲン大学ビスペビヤ病院等

内容:

 先行研究において、交代勤務、長時間労働、持ち上げ作業、立ち作業、身体的労働負荷が流産のリスクを高めるという報告はあるが、明確な証拠は示されていない。そこで、システマティック・レビュー(文献調査)を行った。方法は、2つの文献データベースで1966年から2012年まで検索し、上記の5つのうち1つ以上の職業活動と流産との相対リスク(RR)を報告している30論文を選び出し、統合したRRを算出した。結果は、常夜勤は流産のリスク増加と関連していた(RR 1.51 [95%信頼区間(95%CI)1.27~ 1.78]、5論文)。一方、三交代勤務、週40~ 52時間労働、1日に100kg超の持ち上げ作業、1日に6~ 8時間以上の立ち作業、身体的労働負荷と流産とのRRは1.12(3交代勤務、7論文)~ 1.36(労働時間、10論文)と、リスクの増加は小さく、質の高い研究に限定した場合、労働時間と立ち作業のRRは更に減少した。結論として、選出された研究結果からも流産に関連する職業活動についての有力な証拠は見出されなかった。しかし、証拠は限られているものの、妊娠している女性で、かつ上記5つの職業活動(三交代勤務、週40~ 52時間労働、1日に100kg超の持ち上げ作業、1日に6~ 8時間以上の立ち作業、身体的労働負荷)に従事する者には流産のリスクについて個別のカウンセリングなどの配慮が重要であろう。

解説:

 アブストラクトに詳細な記載はないが、労働時間と流産についての10論文を統合したRR:1.36の95%CIは1.25~ 1.49と統計学的には有意な関連性があると見なされるが、質の高い3論文に限定するとRR:1.17、95%CI:0.80~ 1.71と有意な関連性が認められなくなった。この結果から、著者らは有力な証拠は見出されなかったと、その結果に慎重な評価を下したと思われる。なお、労働時間についての10論文の調査対象国はアメリカ合衆国が7論文、カナダ、オーストラリア、韓国が各々1論文、調査期間は最も古いものが1982~ 84年、最も新しいものが2003年であった。流産と職業活動の関連性については、地域や人種差などの影響も考えられるため、今後、それらの違いも検討可能な調査研究の結果の集積が待たれる。


休暇中より睡眠の質が悪い教師とそうでない教師の社会的職業特性の比較

出典論文:

Teacher's sleep quality: linked to social job characteristics? Industrial Health. 2018, 56, 53-61. PMID: 28804097

著者の所属機関:

ベルン大学(スイス)等

内容:

  仕事量は多いものの、教師という職業は社会的にもやりがいのある職業である。本研究では、スイスの教師を対象とし、「睡眠の質の悪化」(“休暇中よりも質の悪い睡眠”と定義)と、「時間に関連した職業ストレッサー」、「仕事に関する資源」、および「社会的職業特性」との関連について検討した。
 調査対象は、スイスの教師48名(男性28名、女性20名)であり、休暇(1-5週間)の1週間前(time1)と休暇の1週間後(time2)の計2回、調査への回答を求めた。休暇1週間前(time1)には、デモグラフィック変数と、過去1か月の仕事に関連した内容(「時間のコントロール」、「上司からのサポート」、「仕事での成功」、「仕事での失敗」、「感情的不協和」、「社会的排斥」等)、過去1週間の睡眠の質を尋ね、休暇1週間後(time2)には、休暇中の睡眠の質について尋ねた。
 結果から、平均値でみると、睡眠の質は休暇中の方が高かった。また、睡眠の質が悪化していた教師(18名)は、そうでない教師(30名)よりも、「仕事での失敗」、「社会的排斥」、「感情的不協和」が高かった(Ps < .05)。「時間に関連した職業ストレッサー」、「時間のコントロール」、「上司からのサポート」については、差は見られなかった。

解説:

 学校の教職員は、「過労死等防止のための対策に関する大綱」で過労死等の多発が指摘されている5つの業種・職種の中に含まれており、業務が多忙で精神的負担も大きい職業の1つである。本研究では、休暇前・休暇中の睡眠の質と社会的職業特性に着目し、睡眠の質が悪い教師は、「仕事の失敗」の経験が多いなどの特徴があることを明らかにしている。調査対象者や調査項目の点で問題点はあるものの、今後職業別の予防対策を検討していく上で、参考になる知見であると考えられる。


日本における過労死:最近の動向と予防対策促進のための国策の展開

出典論文:

Yamauchi et al. Overwork-related disorders in Japan: recent trends and development of a national policy to promote preventive measures. Ind Health. 2017; 55 (3): 293-302. PMID: 28154338

著者の所属機関:

労働安全衛生総合研究所、他

内容:

脳・心臓疾患や精神障害による過労死等は、世界的に、特に東アジア諸国において産業保健や公衆衛生の主要な問題の一つである。本報告は、日本における過労死等の予防対策に向けた国策の展開とともに、労災認定事案の全体像から過労死等の最近の動向について述べた。近年、精神障害による労災請求と決定の件数が大幅に増加している。それは脳・心臓疾患によるものと比べると、特に男女ともに若年労働者で顕著であった。これらの社会状況を鑑みて、国の主導による過労死等の予防を進めるための過労死等防止対策推進法が2014年6月に成立した。日本における経験を他国でも活かせるように、法的根拠と政府主導のもと、過労死等の動向は注意深く観察されなければならない。

解説:

本論文は、過労死等防止対策推進法に記されている、過労死等の防止対策に向けた調査研究の成果として、労災認定事案の解析結果を労働安全衛生総合研究所内に設置された過労死等調査研究センターのメンバーが海外向けに発表したものである。本文でも述べているように、過労死という言葉は1970年代に日本で初めて使われたものであり、国際的にも「Karoshi」と表記される。過労死に関する法律ができたのも日本が初めてである。内容は、脳・心臓疾患や精神障害による労災認定事案(公務員を除く)の特徴を、性別、年齢、業種に注目してまとめた初めての報告であり、これから過労死対策を進めていく上での足掛かりとなる重要なデータを示している。当研究所のHPでも、本論文の内容を含む研究報告書(https://www.jniosh.go.jp/publication/houkoku.html)が公開されているのでそちらもぜひ読まれたい。


過重労働関連疾患(脳・心疾患)と労働時間との非線形的関係(Lin RT et al., Sci Rep. 2018)

出典論文:

Lin RT, Chien LC, Kawachi I. Nonlinear associations between working hours and overwork-related cerebrovascular and cardiovascular diseases (CCVD). Sci Rep. 2018 Jun 26;8(1):9694. doi: 10.1038/s41598-018-28141-2. PubMed PMID: 29946079

著者の所属機関:

中国医科大学(台湾)等

内容:

労働時間と脳血管・心血管疾患(cerebrovascular and cardiovascular diseases: CCVD)との関係を重症度別(死亡、恒久的後遺障害、疾患発症)に検討した台湾からの報告。2006年から2016年の政府データが使われている。国内全体だけでなく業種別での検討もなされている。政府データによると、2006年から2016年の間に台湾では619ケースのCCVDが労災認定されている。業種別の分析では、特に“運輸業・情報産業”のリスクが高い傾向が示された。重症度別の分析では、重症度が最も高い“死亡”のケースでは、“業種別月平均労働時間(※解説参考)”が168.1時間を超えるとリスクは(統計的に有意となる)1.0倍を超え、196.6時間で9.6倍になるまで直線的に増加する。次に重症度の高い“後遺障害”のケースでは、168.6時間で1.8倍となり183.9時間で8.7倍となるまで直線的に増加した後、184時間以降は頭打ちとなる。重症度の最も低い“疾患発症”のケースでは、173.0時間で統計的に有意となる1.0倍を超え、191.1時間までは1.0倍を超えた状態にあるものの、183.1時間で4.1倍のピークとなった後、リスクは軽減する。
分析結果から注目すべき点として著者らは、労働時間が増えるほど重症度の高い死亡や後遺障害のリスクが増加した点をまず挙げており、労働者のCCVD予防策としてはやはり労働時間減少が重要であると指摘している。次に注目すべき点として、重症度の低いケース(疾患発症)で労働時間が増えるとリスクが軽減する現象が見られた点を挙げ、この現象は台湾の労災保険を取り巻く環境が背景にあると考察している。台湾では“疾病”は、労災保険ではなく健康保険でカバーされる仕組みがあるため、手続が煩雑な労災保険への申請が重症度の低いケースでは敬遠される傾向にあり、実際は過重労働による疾患発症であっても政府データには労災事案として記録されないケースも多いという。

解説:

「研究紹介」で取りあげた別の論文「日台比較からみる脳・心疾患労災認定基準変更の影響(Lin RT et al., Sci Rep. 2017)」と同じ著者らによる続報である。この分析を行った理由として著者らは「CCVDは労災案件全体の10%であり件数は多くないが、死亡ケースに限ると81%を占めるため詳細な分析が必要と考えた」と述べている。本研究の解釈にあたり注意すべきは、本研究における労働時間は労働者の個人データではなく、“業種別月平均労働時間”が使われている点である。分析に使われた月当たりの労働時間の最少値は162.3時間(週換算で40.6時間)、最大値は196.6時間(週換算で49.2時間)である。著者らも考察で述べている通り、本研究の結果は個人レベルでの労働時間ではなく、あくまで業種レベルでの平均労働時間として捉える必要がある。そのような研究の限界点はあるものの、労災に関する公的データが詳細に分析された貴重な報告である。


長時間労働と冠動脈性心疾患:システマティックレビューとメタ分析(Virtanen M et al., Am J Epidemiol. 2012)

出典論文:

Virtanen M, Heikkilä K, Jokela M, Ferrie JE, Batty GD, Vahtera J, Kivimäki M. Long working hours and coronary heart disease: a systematic review and meta-analysis. Am J Epidemiol. 2012 Oct 1; 176(7):586-96. doi: 10.1093/aje/kws139 PubMed PMID: 22952309

著者の所属機関:

フィンランド労働衛生研究所等

内容:

著者らは、長時間労働と冠動脈性心疾患(CHD)との関連性を調べた研究の結果をまとめた。使用されたデータソースはMEDLINE(2011年1月19日まで)およびWeb of Science(2011年3月14日まで)であった。出版バイアスなどを評価した結果、英国、米国、日本などの12編の研究(症例対照研究7編、前向きコホート研究4編、および横断研究1編)が選定された。計22,518名の労働者(うちCHDは2,313例)を対象としたメタ分析を行った結果、長時間労働群(>50時間/ 週、あるいは>10時間/日)は対照群(<50時間/ 週、あるいは<10時間/日)と比べて、冠動脈性心疾患リスクは1.59倍(95% 信頼区間:1.23?2.07)?1.80倍(95% 信頼区間:1.42?2.29)に上昇した。4編の前向きコホート研究では相対リスクが1.39倍(95%信頼区間:1.12?1.72)、7編の症例対照研究では相対リスクが2.43倍(95%信頼区間:1.81?3.26)に上昇した。結論として、前向きコホート研究の結果は、長時間労働の従業員のCHDリスクは対象群と比べ、約40%高くなることを示唆している。

解説:

長時間労働は過労死(脳・心臓疾患)の誘因としても注目されてきた。本論文に含まれた研究は、サイズ、デザイン、地域、対象者、長時間労働者群の設定など様々な点で異なるが、長時間労働が冠動脈疾患の増加との関連が認められた。一方、長時間労働と心血管系疾患リスクの増加との関連が認められない研究も少なからず存在している。長時間労働が健康問題を引き起こす過程には、労働時間以外に、他の仕事の負担要因、疲労回復時間の減少などの要因が複雑に絡んでいると考えられる。上述したように冠動脈疾患リスクの増加は労働時間以外の要因の影響も否定できないが、長時間労働が仕事負荷の増加、疲労回復時間の減少と直結しているため、その影響は大きいと予想される。今後、これらの要因を総合的に考慮した研究は必要であると考えられる。


長距離バス運転手におけるストレスと炎症マーカーの関連(Tsai et al. J Occup Health Psychol. 2014)

出典論文:

Tsai et al. High job strain is associated with inflammatory makers of disease in young long-haul bus drivers. J Occup Health Psychol. 2014 Jul; 19 (3): 336-47. doi: 10.1037/a003600.

著者の所属機関:

国防医学院(台湾)

内容:

本研究の目的はジョブストレイン(仕事上の要求度が高く、裁量度が低い状態)と炎症マーカーの関連を調べることであり、また、ジョブストレインに関与する要因を調べることであった。825名の長距離バス運転手が台湾の交通会社からリクルートされた。心理社会的な職場環境の要因は、Job Contents Questionnaireによって調べられた。炎症マーカーとしては血中の高感度C反応性蛋白(hs-CRP)とホモシステイン(Hcy)が測定された。ロジスティック回帰分析の結果、ジョブストレインの炎症マーカー高値(hs-CRP > 1.0 mg/L、Hcy > 15.0 µmol/L)に対するオッズ比は有意でなかった。しかしながら、ジョブストレインと年齢の交互作用が有意であり(p = .014)、35歳未満のドライバーにおいては、ジョブストレインが高いとCRPが高値である事が示された(OR = 2.71)。一方で、35歳から49歳のドライバー、50歳以上のドライバーではそのような関連は認められなかった。若いドライバーにおいて、高いジョブストレインは、シフト間の休憩が8時間未満であること、休日に身体的に非活動的であること、頻繁に1日12時間以上の運転をすることと関連していた。オフの時間を増やし、睡眠制限を減らし、身体活動を増やすために、適切な仕事のシフトのシステムが必要である。

解説:

平成29年度に発表された過労死白書では、脳・心臓疾患による過労死等の事案数は運輸業・郵便業で最も多かったことが報告されており、その対策の必要性が指摘されている。長距離ドライバーを対象とした研究は日本や海外において十分に行われているとはいえず、本研究のような比較的大規模なサンプルの研究の知見は重要である。また、循環器疾患に関連する炎症マーカーを用いている点もこの研究の一つの特徴的な点である。ジョブストレインという観点から分析がされているが、シフト形態についても話が及んでおり、有益な情報を提供している。


11時間未満の勤務間インターバルと夜勤は労働災害の発生と関連する(Vedaa et al. International Archives of Occupational and Environmental Health. 2019)

出典論文:

Vedaa et al. Short rest between shifts (quick returns) and night work is associated with work-related accidents. International Archives of Occupational and Environmental Health. 2019 [Epub ahead of print]

著者の所属機関:

ノルウェー科学技術大学等

内容:

目的:本研究は看護師を対象として、11時間未満の勤務間インターバル(※海外では11時間未満の勤務間インターバルをクイック・リターンと定義して研究がされている)と夜勤が自己報告に基づく労働災害、ニアミスあるいは仕事中の居眠りと関連があるかどうかについて検討することが目的であった。
方法:本研究は1,784名の看護師(回答率;60%、平均年齢±標準偏差;40.1±8.4歳、女性の割合;91%)を対象として横断調査を行った。負の二項回帰分析を用いてシフトへの曝露と8種類の労働災害(1.仕事中に不意に居眠り、2.車で出勤あるいは退勤の途中に居眠り、3.自分自身を傷つけてしまった事、4.もう少しで自分自身を傷つけてしまいそうになった事、5.患者あるいは他の人を自分のせいで傷つけてしまった事、6.もう少しで患者あるいは他の人を自分のせいで傷つけてしまいそうになった事、7.機器を自分のせいで壊してしまった事、8.もう少しで機器を自分のせいで壊してしまいそうになった事)の関連性について検討した。その際、年齢や性別などの背景要因と労働関連要因を調整して解析を行った。
結果:過去1年間のクイック・リターンの回数と8種類の労働災害の内、7つがポジティブな関連性にあった(つまり、クイック・リターンの回数が増えれば増える程、労働災害の数も増える関連性)。くわえて、過去1年間の夜勤回数と5つの労働災害でポジティブな関連性が観察された(つまり、夜勤回数が増えれば増える程、労働災害が増える関連性)。具体的には、クイック・リターンと自分自身を傷つけてしまう事 (incidence rate ratio [IRR] = 1.009; 95% CI = 1.005–1.013)、患者あるいは他者を傷つけてしまう事 (IRR = 1.006; 95% CI = 1.002–1.010)、機器を壊してしまう事 (IRR = 1.004; 95% CI = 1.001–1.007)と関連性が認められた。一方、夜勤回数は仕事中に不意に居眠りしてしまう事 (IRR = 1.015; 95% CI = 1.013–1.018)、出勤あるいは退勤時の運転中に居眠りしてしまう事 (IRR = 1.009; 95% CI = 1.006–1.011)、患者あるいは他者を傷つけてしまう事 (IRR = 1.005; 95% CI = 1.001–1.009)と関連性が確認された。
結論:クイック・リターンと夜勤はともに自己報告による労働災害、ニアミス、仕事中の居眠りと関連性があった。今後は、クイック・リターンと労働災害の因果関係の検討が必要である。

解説:

本研究は、看護師を対象として、過去1年間の11時間未満の勤務間インターバル(クイック・リターン)と夜勤の回数が労働災害等の発生とどのような関連性にあるのかについて自記式の質問紙により、横断調査デザインで検討したものである。主な知見としては、クイック・リターン回数は調査で尋ねた8つの労働災害の内、7種類の労働災害と有意な関連性が、夜勤回数は8つの内、5つの労働災害と有意な関連性が認められた。著者らは、この結果は、一見、クイック・リターンの方が夜勤よりも労働災害の発生に密接に結びついているという印象を与えるものだが、解釈には十分な注意が必要であると結論付けている。つまり、クイック・リターンの短期的な影響(睡眠や眠気、疲労)については、これまでの知見でも検討されているが、長期的な影響については、夜勤の影響に比べて、まだ不明な点が多い事を理由として上げている。くわえて、本研究は過去1年間のクイック・リターンと夜勤の回数を回答者に思い出させて尋ねているため、想起バイアスの影響があることは否めない。また、今後の課題としては、勤務先の勤怠記録を用いた客観的な労働時間データによるクイック・リターンおよび夜勤の回数の把握や、縦断調査での検討が本研究での知見を強化するためのカギになるだろう。いずれにしても、これまでは主に健康の側面で検討がなされてきた勤務間インターバルの研究が安全の側面にも焦点を当てた研究が広がってきたことは注目すべき動向であろう。


職業と自殺に関する再解析:職場のネガティブ認知は自殺企図につながる(Howard and Krannitz. J Psychol. 2017)

出典論文:

Howard, M., and Krannitz, M. (2017). A Reanalysis of Occupation and Suicide: Negative Perceptions of the Workplace Linked to Suicide Attempts. The Journal of Psychology, 151(8), 767-788

著者の所属機関:

University of South Alabama

内容:

 職業と自殺の関連は、その重要度と比してあまり深く検証されてこなかった背景がある。本研究では、アメリカでのコホート調査(AddHealth)のデータを用いて、Job Characteristics Model (JCM:職務特性モデル※1)とConservation of Resources model (COR:資源保全理論※2)を取り入れて評価した仕事に対する認知と、仕事に起因する自殺の関連について検証している。用いられたサンプルは2855名分(うち女性1366名)のデータで、最終調査時の平均年齢は29.04±1.77歳であった。
 媒介解析を用いた解析で、JCMに基づく「仕事における自律性(意思決定権があるか)」や「技能多様性(多様な能力が求められるか⇔単調な仕事)が低いこと」、CORに基づく「仕事の満足感が低いこと」、またその他の項目である「家庭と仕事の両方向のコンフリクトが激しいこと」は、うつ症状の高まりや自殺念慮(自殺について真剣に考える)の回数増加を介して、自殺未遂の回数につながることが示された。

解説:

 職業と自殺の関連については先行研究もあるが、職業のどのような側面が、特に自殺と関連が深いかを示した点で新しい知見である。特に、職業に対する悪い認識が直接自殺に結びつくのではなく、うつ症状の悪化や自殺について考える回数の増加を介して自殺未遂の回数につながる、ということを示した研究はこれまでになかった。研究デザインに起因する限界もあるが、本研究によって仕事のどのような点を特に改善すべきかだけでなく、うつ症状や自殺念慮が高まり始めたところでの早期介入の重要性も示された。

※1 職務特性モデル(JCM)は、心理学者のHackmanと経営学者のOldhamによって提唱された、職務におけるモチベーションについての理論。仕事の5つの特性がモチベーションを左右するとする。1)技能多様性、2)タスク完結性、3)タスク重要性、4)自律性、5)フィードバック。5項目の点数を用いて一つのスコアが算出できる(数式上、自律性とフィードバックの重要度が高い)。
Hackman R., & Lawler E. (1971) https://doi.org/10.1037/h0031152 [外部サイトへ]
Oldham R., & Hackman R. (2005) “How job characteristics theory happened”
※2 資源保全理論(COR)は、Hobfollによって提唱された、職場ストレスと職務満足感の関連に関する理論。この理論では、人々は自分が保有する資源の量や質を保護し、さらには新たな資源を獲得するモチベーションを持っているとする。そして、その資源が喪失あるいは喪失の可能性があると感じた時に、心理的ストレスが生まれるとする。なおここでの資源とは、金銭や時間といった物的資源に限らず、知識や自尊感情といったものまで広く含む。
Hobfoll E. (1989) https://doi.org/10.1037/0003-066X.44.3.513 [外部サイトへ]


中国人医師の命を奪う過重労働: 2013年~2015年の中国における過労死のレビュー(Shan HP, et al. Public Health. 2017)

出典論文:

Shan HP, Yang XH, Zhan XL, Feng CC, Li YQ, Guo LL, Jin HM. Overwork is a silent killer of Chinese doctors: a review of Karoshi in China 2013-2015. Public Health. 2017 Jun;147(1): 98-100. doi: 10.1016/j.puhe.2017.02.014.

著者の所属機関:

復旦大学浦東病院浦東医療センター腎臓内科等(中国、上海市に所在する国立大学)

内容:

 近年中国では、医師、大学教授、エンジニア、ブルーカラーの労働者などで過労死が発生しており深刻な問題となっている。また、中国では医師と患者との間で不信感だけでなく暴力にも及ぶような乏しい関係が急速に拡大している。そこで本研究では中国人医師の過労死の文献レビューを行い、医師の労働環境を改善する必要性について言及することとした。過労死の文献抽出は、中国語または英語にて公表されたローカルメディア、医療ウェブサイト、公文書、PubMed、Google Scholar、China National Knowledge Infrastructure、www.dxy.cnにて行った。検索語を“doctors' Karoshi”、“physicians' Karoshi”、“doctors' sudden death”、“physicians' sudden death”とし、検索年は2013~2015年とした。その結果、46件(内女性3件)の過労死が該当した。過労死数は経年増加しており、30~39歳の年齢層が最も多かった。また、突然死が生じた直前の勤務時間は8~12時間では半数以上であり、24時間以上では11件であった。診療科は麻酔科が最も多かった。その背景として、若・中年齢層における高い労働強度、不適切な医療資源の配分、心理社会的な仕事のストレス、医師自身のケア不足だけでなく低賃金や医療従事者の少なさも指摘できる。実際、医療資源の1つである人口1000人に対する医師数は、先進国の2.8人に比して中国では1.2人である。また、麻酔科の医師1人が年間に携わる患者数は中国では約1500人に対し先進国では約500~1000人であり、過労死が多く発生した原因の1つである可能性がある。さらに2003~2013年には深刻な医療暴力が101件発生し、このうち医師と看護師の死亡は24人であり、中国の医療スタッフは常に職場で危害を受けるリスクからストレスが増加する可能性がある。さらに、低賃金ということから医科大学の学生数や職業として医学を選択する人が減っている。このように、医師の過労死は医学的問題であると同時に社会的問題であり、過労死防止のためには政府が労働時間に関する法律の策定・施行をする必要性と国民が携わる医師スタッフとの理解と信頼を高める必要がある。

解説:

 本研究では、中国人医師の過労死の文献レビューから、中国人医師の過労死の背景を勤務時間数や低賃金、医師と患者との関係性等の面において労働環境を改善する必要性を指摘している。中国では勤務中の突然死、脳・心臓疾患を発症した事例をKaroshiと呼んでいる。本報告では、過労死の定義や具体的な疾患、認定要因等に関し記されていない点は考慮する必要があるが、東アジア地域において過労死への関心が高まっていることを示している。今後、過労死等の事案の収集、データの精緻化、検証等が東アジア地域等で実施されることが期待される。わが国においても「過労死等防止のための対策に関する大綱」で医療等は過労死等防止の重点業種であり、過労死等防止調査研究センターから見出された医師を含む医療・介護従事者の過労死等の実態と背景要因と比較検討も含め、労働環境等からの予防対策を今後も検討していく必要があるだろう。


模擬長時間労働時の正常血圧および未治療の高血圧男性間の血行力学的反応の比較(Ikeda H. et al., Scand J Work Environ Health. 2018)

出典論文:

Ikeda H, Liu X, Oyama F, Wakisaka K, Takahashi M. Comparison of Hemodynamic Responses between Normotensive and Untreated Hypertensive Men under Simulated Long Working Hours. Scand J Work Environ Health. 2018; 44(6): 622-630. doi:10.5271/sjweh.3752 PubMed PMID: 29982843

著者の所属機関:

労働安全衛生総合研究所等

内容:

 本研究では、実験室で模擬長時間労働時(休憩を含む13時間)の正常血圧群(安静時収縮期血圧(SBP)≤140mmHgかつ拡張期血圧(DBP)≤90mmHg、21名、平均年齢49.2歳)、および未治療の高血圧群(SBP = 140-160 mmHgまたはDBP = 90-100 mmHg、13名、平均年齢51.9歳)の血行動態反応を調べた。正常血圧群と高血圧群の安静時(09:00?09:10、1回)およびPC作業中(09:10?22:00、12回)の血行動態反応を測定し、各作業中の値を安静時の値から差し引いた変化量を解析に用いて繰り返しのある二元配置分散分析を行った。主な結果として、両群とも収縮期血圧の変化量は作業時間とともに増加したが、正常群と比べ、高血圧群の増加量は作業の後半ほど有意に高かった。
 血圧は概日周期を持ち、夜間に最も低く、覚醒前に上昇し始め、朝から昼にかけて最も高く、日中に緩やかに減少していく。このパターンは正常血圧者と高血圧者で変わらないことが報告されている。本研究において、血圧は模擬作業の後半で増加したことから、この血圧上昇は概日周期ではなく、長時間労働によるものであると考えられ、模擬長時間労働は心血管系の負担を増大することが示唆された。さらに、この模擬長時間労働は、特に高血圧者で作業中の収縮期血圧を上昇させた。これは長時間労働下にある労働者、特に高血圧を伴う者に心血管系負担が強く生じる可能性を示唆している。

解説:

 長時間労働は過労死(過重労働による脳・心臓疾患)のリスクファクターとして注目されてきた。国際的な疫学調査では、週55時間以上等の労働が冠動脈疾患や、脳卒中など心血管系疾病のリスクの増加と関連すること、また高血圧は心血管系疾病の危険因子であることが多く報告されている。しかし、これらの疫学調査では対象者の職業、生理的な特徴、職場環境、調査時の仕事内容など様々な影響が複合的に重なり、長時間労働に特化した影響を抽出することは難しい。本研究では、実験室実験を通じて、作業の環境、内容、時間(休憩時間を含む)などを統制した上で、一日に約12時間の作業を行う長時間労働が心血管系への負担を増大させることを明らかにした。本研究の結果から、長時間労働を避ける、血圧管理を行う、疲労から回復するための休息時間を確保するなどの対策が労働者全体、特に高血圧を伴う群に対しては必要と考えられる。


シフトワークとメンタルヘルス:系統的レビューとメタ分析

出典論文:

Zhao, Y, Richardson, A, Poyser, C, Butterworth, P, Strazdins, L, Leach, L.S. (2019). Shift work and mental health: a systematic review and meta-analysis. International Archives of Occupational and Environmental Health, 92, 763-793. doi: 10.1007/s00420-019-01434-3.

著者の所属機関:

Zhao, Y, Richardson, A, Poyser, C, Butterworth, P, Strazdins, L, Leach, L.S.: National Centre for Epidemiology and Population Health (NCEPH), Research School of Population Health, The Australian National University, Canberra, 2601, Australia.
Poyser, C: Centre for Mental Health, Melbourne School of Population and Global Health, The University of Melbourne, Melbourne, Australia; Melbourne Institute of Applied Economic and Social Research, The University of Melbourne, Melbourne, Australia.

内容:

背景:シフトワークがメンタルヘルスへ与える影響については、さまざまな知見が混在している。この系統的レビューでは、様々なシフトワークの型とメンタルヘルスの関連を調べた先行研究を包括的にまとめる。このレビューでは特定の職業に特化しない大規模な研究を対象とする。
方法:4つの電子データベース(PubMed、PsychoINFO、Web of Science、SCOPUS)を利用して、住民を対象としてシフトワークとメンタルヘルスの関連を調べた研究を検索した。2人の検索者が研究の特徴やデータを抽出した。また、broad binary measure(2件法で大きくたずねる形式)でシフトワークを調べた縦断的研究についてメタ分析を実施した。
結果:33の研究が最終的に選択された。10研究が横断的デザイン、22研究が縦断的デザイン、1研究が両方のデザインを採用していた。結果は、シフトワークの項目の内容によって、(1)夜/夕方勤務、(2)週末勤務、(3)不規則勤務・予測不可能な勤務、(4)broad binary measure、にグループ化された。全体的にbroad binary measureを利用した場合、シフトワークはメンタルヘルスの悪さと関連しており、これはメタ分析によっても支持された。また、不規則勤務・予測不可能な勤務はメンタルヘルスの悪さと関連しているエヴィデンスが多く認められた。一方で、夜/夕方勤務や週末勤務ではそのようなエヴィデンスは少なかった。
考察:シフトワークとメンタルヘルスの関連は、シフトワークの型によって異なった。broad binary measureを利用した場合や、不規則勤務・予測不可能な勤務は、メンタルヘルスとの関連が強かった。シフトワークの一貫したわかりやすい測定項目を利用した研究を実施する必要性が示された。

解説:

 本研究は、職種や組織の特有のバイアスを避けて、包括的にシフトワークの影響を調べるために、特定の職業に特化しない大規模な集団を扱った研究について系統的レビューをしていることが特徴的な点である。特定の職業の労働者サンプルを対象とした研究には様々なバイアスがある。たとえば、シフトワークに合わない人(シフトワークによってメンタルヘルスが悪くなった人)は、比較的早期にその仕事を辞めてしまい、その結果、調査の対象となる集団に含まれないという傾向がある(生存者バイアス)。また、仕事の内容とシフトワークは密接に関連しており、その二つを厳密に切り離して、メンタルヘルスとの関連を調べることは難しい。そのようなバイアスを避けるために、特定の職業の労働者に限定しない大規模な集団を扱った研究のみを検討の対象とすることは一つの興味深い試みである。
医療福祉の分野では精神障害による労働災害の申請件数が多く、同時に、シフトワークも多い業態である。夜勤などのシフトワークが精神障害の発症に直接的、あるいは間接的に関わっているかは、まだわかっていないことも多い。不規則勤務・予測不可能なシフトワークの労働者ではメンタルヘルスが悪いという結果は、現場で対策を考える際にも重要な知見であると考えられる。考察の最後に書かれていたように、今後はシフトワークについて明確に定義をした上で研究を実施する必要がある。


長時間労働と仮面高血圧および持続性高血圧の有病率について(Trudel et al. Hypertension. 2020)

出典論文:

Trudel X, Brisson C, Gilbert-Ouimet M, Vézina M, Talbot D, & Milot A. Long working hours and the prevalence of masked and sustained hypertension. Hypertension, 2020;75:532-538. DOI: 10.1161/HYPERTENSIONAHA.119.12926.

著者の所属機関:

Trudel X, Brisson C, & Talbot D: Laval University, Social and Preventive Medicine Department. Gilbert-Ouimet M: Institute for Work and Health. Vézina M: Institut national de santé publique du Québec. Milot A: Laval University, Department of Medicine.

内容:

目的:長時間労働の血圧への影響に関する研究は一貫した結論に至っていない。このことには血圧測定に関する限界や仮面高血圧を考慮していないことが一因であると考えられる。この研究では長時間労働者に仮面高血圧や持続性高血圧の有病率が高いかどうかを明らかにすることを目的としている。
方法:公的機関3施設に勤めるホワイトカラー常勤労働者3,547人からオープンコホート方式(対象者の参加・脱落をある程度自由にして追跡調査する研究のことで、異なる時期に研究参加が可能)で5年間のうち3時点での血圧等の各種データを収集した。この研究では仮面高血圧:診察室血圧が140/90mmHg未満かつ診察室外血圧が135/85mmHg以上、持続性高血圧:診察室血圧が140mmHg/90mmHg以上かつ診察室外血圧が135/85mmHg以上、もしくは高血圧治療を受けている場合と定義した。調査では診察室血圧を「職場での安静時に最初に3回測定した血圧の平均値」とし、診察室外血圧(日中の血圧)は「同じ血圧計で勤務時間内に15分おきに測定した血圧の平均値」とした。自己申告の週当たりの労働時間をばく露要因とし、仮面高血圧と持続性高血圧の有病率をアウトカムとして解析を行った。調整因子は高血圧に関連する要因と考えられる性別、年齢、学歴、職種、生活関連の潜在的な危険因子(飲酒頻度、喫煙状況、身体活動量、自己申告による糖尿病の有無や家族の心臓病歴、BMI)と仕事のストレッサーとした。
結果:長時間労働者における仮面高血圧と持続性高血圧の有病率は統計的に有意に高かった。具体的には、ロバストポアソン回帰分析による仮面高血圧の有病率は週当たり労働時間35時間未満の群を1とすると同41-46時間群で1.51(95%信頼区間1.06-2.14)、同49時間以上群で1.70(95%信頼区間1.09-2.64)であった。また、持続性高血圧の有病率は週当たり労働時間35時間未満の群を1とすると同49時間以上群で1.66(95%信頼区間1.15-2.50)であった。仮面高血圧は数年にわたり持続する可能性があり、診断や適切な管理が遅れる危険性がある。長時間労働が血圧に及ぼす悪影響に対する臨床的認識を高めることで、個人及び集団レベルでの高血圧の一時予防と管理のためにも、長時間労働の削減を検討することが必要である。

解説:

 普段は高血圧ではないのに診察室や医師の前で血圧が高くなる高血圧の現象は白衣性高血圧といわれ、医師の前で緊張するなどの心理的な要因が関連していることが示唆されている。また、職業性ストレスが血圧を上昇させうることが明らかにされている。一方、診察室や健診時には正常血圧であり、診察室外で高血圧である現象は仮面高血圧といわれ、仮面高血圧は発見されにくいという問題がある。この研究は長時間労働者において仮面高血圧の有病率が高いことが示唆された初めての論文である。
 白衣高血圧は持続性高血圧と区別することができず、不要な血圧管理を指示される経済的負担や薬剤による副作用の危険性や、定期的な観察を中断して持続性高血圧に移行する危険性がある。一方、仮面高血圧は発見が遅れるために重大な心血管リスクをもたらす危険性がある。長時間労働をしており、血圧がそれほど高くない労働者においては仮面高血圧のリスクも考慮に入れ、労働時間を短縮するなどの組織を挙げた高血圧予防が推奨される。また、血圧を健診時だけでなく日ごろから測定することにより、仮面高血圧の発見につなげるような工夫も必要だろう。


45歳以上の副業・兼業従事者のグループ分けとグループ間の健康の差異(Bouwhuis et al. Int Arch Occup Environ Health. 2019)

出典論文:

Bouwhuis et al. Distinguishing groups and exploring health differences among multiple job holders aged 45 years and older. Int Arch Occup Environ Health 2019; 92(1): 67-79.

著者の所属機関:

アムステルダム大学医療センター、オランダ

内容:

目的:近年、フルタイムで安定した標準的な雇用関係(standard employment relation; SER)ではない雇用(non-SER)が各国で増加しており、non-SERによる健康へのネガティブな影響が研究課題になっている。non-SERの下で働く人々の例として、複数の仕事(副業・兼業)を持つ人(Multiple job holders; 以下MJHとする)が、特にヨーロッパの北西の各国(アイスランド、北欧各国、オランダ)で増加している。MJHであることが健康に及ぼす影響は明らかにされていない。本研究は、オランダのMJHを、背景や特性が異なるグループに分類し、グループ間の心身の健康の違いを探索したものである。
方法: 45~64歳の人々を対象にし、雇用、生産性、およびモティベーションの動向を調査するオランダのコホート研究(STRAM; Study on Transitions in Employment, Ability and Motivation, 2010~2013年)の対象者から、MJH(N = 702)を選んだ。MJHの背景と特性は、複数の仕事をする理由、満足度、仕事の特徴、仕事や生活を変えることができるかどうか、社会的要因、および経済的要因の各領域を含む質問紙で調査し、グループを同定するために潜在クラス分析を適用した。心身の健康を評価する尺度であるSF-12®(12 Short Form Health Survay ; 健康関連QOL尺度の短縮版12項目)の結果とグループの関連を直線回帰分析によって横断的および縦断的(1年間のフォローアップ)に検討した。

結果: 潜在クラス分析の結果、MJHは以下の4つのグループに同定された。(1)脆弱なグループ(n=145)、(2) 無頓着グループ(n=134)、(3)満足・ハイブリッドグループ(n=310)、(4)満足・コンビネーショングループ(n=113)。(1)は、仕事は一つの方が良いと思っていて、高いデマンドと低いリソースの仕事をしている、(2)は複数の仕事を持つことによる利益も不利益も経験していない。満足度の高い群は2つに分類され、(3)は全員の第2の仕事が自営である場合、(4)は全員が雇用されている第2の仕事を持っている場合であった。(3)と(4)の双方とも、複数の仕事を持つことを好み、それによる利益を経験していた。ベースラインにおいて、(1)の脆弱グループは他のグループよりも統計的に有意に低い健康状態であった。1年後の健康の変化に関しては、いずれのグループにおいても有意な差は見出されなかった。

結論:MJHは4グループに区別できた。脆弱グループはベースラインにおいて他の3つのグループと比較してより低い健康状態であった。脆弱グループを支援する政策と介入が必要であろう。今後の研究では複数の仕事を持つ人たちの多様性を考慮することが推奨される。

解説:

 副業・兼業は日本において許容・推奨される動向であるが、長時間労働や休息不足をもたらす可能性もあり、企業等による適切な管理方法が行政で検討されている1)。厚労省のガイドラインでは条件によって全ての勤務先を通算した労働時間への配慮が推奨され、過労死等の認定基準においても通算した労働時間が適用されることになった。副業・兼業が労働者の健康に及ぼす影響に関しては、現在までの学術研究において結論は得られていない。MJHの安全と健康に関する実証的な研究は、この研究以外にも少数ながら欧州を中心に実施されてきた。副業・兼業の健康影響に関連するリスクとして、睡眠時間の短縮2)、事故の増加3)等の報告もある。副業・兼業は、条件によっては長時間労働や休息不足に結びつく可能性がある。副業・兼業への従事が労働者の安全と健康に及ぼす影響の実態把握に基づいた管理や行政の規制の在り方の検討を継続する必要がある。
 副業・兼業は背景が多様であるために、その健康影響の有無および介入の必要性に関する明確な結論を得るのが難しいことは容易に推測できる。たとえば、安定した雇用や経済的余裕のある条件下で追加的な収入源、あるいは新しいキャリアの開発のために副業・兼業を持つ人と、不安定な雇用や貧困が背景にあって、複数の仕事を掛け持ちしなければ生活ができない人では、その実態や健康・安全への影響がまったく異なることは想像に難くない。Bouwhuisらの研究は、おそらくこうした背景の違いを取り上げた定量的で実証的な最初の研究であり、45歳以上のオランダのMJHにおいて、背景や条件が異なるために健康状態も異なるグループがあることが示された。この研究においても、MJHのグループの種類やその背景条件が十分に網羅・同定されているか、日本の実情にどの程度適合しているかは明らかではない。しかし、この研究結果から、少なくともこの問題のさらなる検討と対策においては、正規・非正規雇用労働者、副業許可有無など多様な条件の労働者を管理する企業が各労働者に対して実施すべき対策、MJHのリスクに関する労働者への啓発、自営業の安全衛生、雇用と収入の安定に関する政策などの複数の領域の問題が関わってくると思われる。

参考文献
1) 厚生労働省 副業・兼業の促進に関するガイドライン. 平成 30 年1月策定 、令和2年9月改定.
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000192844.pdf(2021年12月22日閲覧)
2) Marucci-Wellman HR, Lombardi DA, Willetts JL Working multiple jobs over a day or a week: Short-term effects on sleep duration. Chronobiology International, 2016, Vol. 33(6), 630-649.
3) Marucci-Wellman HR, Willetts JL, Lin TC, Brennan MJ, Verma SK Work in multiple jobs and the risk of injury in the US working population. Am J Public Health, 2014, Vol.104(1):134-42.

日本の小中学校教員における時間外労働と心理的ストレス反応との関連:大規模横断的研究(Furihata R et al. Ind Health. 2021)

出典論文:

Furihata R et al. Association between working overtime and psychological stress reactions in elementary and junior high school teachers in Japan: a large-scale cross-sectional study. Ind Health. 2021 Oct. doi: 10.2486/indhealth.2021-0069.

著者の所属機関:

東京大学大学院等

内容:

日本(岐阜県)の小中学校の教員(校長、副校長・教頭、栄養教諭、養護教諭除いた、フルタイムで授業を教えている)6,135名(男性2,710名、女性3,409名、不明16名)を対象に、小中学校教員の時間外労働と心理的ストレス反応の関係を検討した。職業性ストレス簡易調査票(the Brief Job Stress Questionnaire:BJSQ※1)と時間外労働に関する質問紙を用いて、時間外労働(平日、休日、持ち帰り)と仕事内容(教育業務※2、周辺業務※3、教育・周辺業務両方)について評価した。3つの時間外労働は、いずれも強い心理的ストレス反応と統計的に有意に関連していた。平日と休日の時間外労働では、教育業務のみ行うのに比べて教育・周辺業務の両方を行うと、心理的ストレス反応はより高いことがわかった。教員の心理的ストレス反応を軽減するためには、時間外労働自体を減らすことが重要である。それに加えて、平日と休日の時間外労働は、仕事内容を限定することで心理的ストレス反応を抑制できる可能性がある。
※1 職業性ストレス簡易調査票(the Brief Job Stress Questionnaire:以下BJSQ)は、合計57項目構成され、項目は、仕事のストレス要因: 17項目、心理的ストレス反応:18項目、身体的症状:11項目、周囲のサポート:11項目である。評価方法は、心理的ストレス反応を例にすると4尺度(1ほとんどなかった、2ときどきあった、3しばしばあった、4ほとんどいつもあった)で評価され、18項目の合計スコアが高いほどストレス反応が強いことを示している。
※2 教育業務とは、生徒指導、授業計画と準備、補習や宿題に関する業務、テストの準備や生徒の成績評価、学校行事の準備、部活の指導などである。
※3 周辺業務とは、学校運営に関わる事務的業務、会議への参加、PTAなどである。

解説:

 2018年に報告されたOECD国際教員指導環境調査(TALIS:Teaching and Learning International Survey)では1)、参加48か国・地域の中で、教員1週間あたりの労働時間の合計は、参加国平均(中学校)38.3時間であるのに対し、日本の小学校は、54.4時間、中学校は56.0時間と参加国の中で最も長い労働時間であった。特に、教育業務の中学校の部活動の指導が7.5時間(参加国平均1.9時間)、周辺業務の事務業務が平均2.7時間に対して小学校が5.2時間、中学校が5.6時間と参加国平均を大きく上回っていた。既存の研究では、日本の教員の長時間労働によるメンタルヘルス不調は報告されている。しかし、平日・休日・持ち帰りといったどの時間外労働が教員のメンタルヘルス不調と関連しているかは明らかではなく、本論文はこの点について検討した研究である。その結果、平日・休日・持ち帰りの時間外労働すべてが、メンタルヘルス不調に影響を及ぼしていた。また、平日と休日の時間外労働における仕事内容では、教育・周辺業務両方行うことが教育業務のみ行うより心理的ストレス反応が高かった。時間外労働自体を減らすことが最も重要であるが、仕事内容を限定することも大切であることが本論文の新たな知見として得られたものである。今回、教育業務の範囲が、授業準備等から部活の指導等と広範囲であったため、より詳細な仕事内容のメンタルヘルスについての検討が望まれる。

参考文献
1)文部科学省.OECD 国際教員指導環境調査(TALIS)2018報告書Vol.2のポイント.2020年3月23日登録.https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/data/Others/__icsFiles/afieldfile/2020/20200323_mxt_kouhou02_1349189_vol2.pdf


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