研究紹介(センターが取り組む研究に関連する研究論文の紹介 A: 脳・心疾患)
- 短時間睡眠は虚血性心疾患のリスクを増加させる
- 1日当たり3-4時間の残業が心疾患リスクを高める
- 体力(心肺持久力)と心疾患発症リスクとの関係(メタ解析)
- 長時間労働が24時間自由行動下血圧に及ぼす影響(Hayashi T et al. J Occup Environ Med. 1996)
- 過労死問題を初めてとりあげた科学論文:過労死発症につながる要因を事例調査によって検討(上畑鉄之丞, 労働科学, 1982)
- 自己報告による業務中の身体活動量と心肺持久力との関係について:循環器疾患と総死亡率の重要性(Holtermann A et al, Scand J Work Environ Health, 2016)
- 労働者の労働時間,睡眠時間,休日数と運動負荷試験中の血圧反応との関係(道下ら. 産業衛生学雑誌. 2016)
- 循環器疾患を発症した労働者の発症前の疲労状態(斉藤良夫. 労働科学. 1993)
- 長時間労働と冠動脈性心疾患の起こる10年先の確率
- 長時間労働と脳・心臓疾患との関連についてのシスマティックレビュー(Kivimäki et al. Lancet. 2015)
- 週55時間以上働く労働者は心房細動が起こりやすい(Kivimäki et al. Eur Heart J. 2017)
- 労働時間と心血管疾患リスクの用量反応関係(Conway et al. J Occup Environ Med. 2016)
- ツイッターの発言を活用して地域レベルでの心血管疾患死亡率の予測を試みた論文
- 睡眠時間と冠動脈性心疾患の関連性(Wang et al. Int J Cardiol. 2016)
- 日台比較からみる脳・心疾患労災認定基準変更の影響(Lin RT et al., Sci Rep. 2017)
- 中年期の心肺持久力が老年期の医療費に及ぼす影響(Bachmann JM et al., J Am Coll Cardiol. 2015)
- 日本における過労死:最近の動向と予防対策促進のための国策の展開(Yamauchi et al. Ind Health. 2017)
- 過重労働関連疾患(脳・心疾患)と労働時間との非線形的関係(Lin RT et al., Sci Rep. 2018)
- 長時間労働と冠動脈性心疾患:システマティックレビューとメタ分析(Virtanen M et al., Am J Epidemiol. 2012)
- 平日と休日の睡眠時間と脳・心臓疾患の関連性:中国南部で行われた横断調査研究(Hu et al. Sleep Medicine. 2018)
- ソーシャルジェットラグは、有害な内分泌、行動、心血管リスク特性と関連するか?(Rutters F, et al. J Biol Rhythms. 2014)
- 模擬長時間労働時の正常血圧および未治療の高血圧男性間の血行力学的反応の比較(Ikeda H. et al., Scand J Work Environ Health. 2018)
- 長時間労働と仮面高血圧および持続性高血圧の有病率について(Trudel et al. Hypertension. 2020)
- 長時間労働、身体測定、肺機能、血圧、血液検査のバイオマーカー: CONSTANCES 研究の横断的調査結果
長時間労働が24時間自由行動下血圧に及ぼす影響
出典論文:
Hayashi T et al. Effect of overtime work on 24-hour ambulatory blood pressure. J Occup Environ Med. 1996 Oct;38(10):1007-11. PubMed PMID: 8899576.
著者の所属機関:
日立健康管理センター等
内容:
過労死等の主要なリスク要因として長時間労働があげられる。本研究では、長時間労働が心血管系に及ぼす影響を調べるため、47名のホワイトカラーの男性労働者の中で、正常血圧(収縮期血圧<140mmHg、かつ拡張期血圧<85mmHg)を示す21名と,軽度(Ⅰ度、Ⅱ度)高血圧(140mmHg ≤ 収縮期血圧<160mmHg、または90mmHg ≤ 拡張期血圧<105mmHg)を示す26名を対象にして、24時間自由行動下血圧測定を行った。さらに、これらの参加者を、月の時間外労働の長さによって、長時間労働のグループ(60時間以上の者)と、そうではない対照グループ(30時間以下の者)に分類した。最終的に、本研究では、1)正常血圧の長時間労働者10名(平均年齢42歳)、2) 軽度高血圧の長時間労働者15名(平均年齢47歳)、3)正常血圧の対照者11名(平均年齢39歳)、4) 軽度高血圧の対照者11名(平均年齢46歳)の4つのグループを設定し、血圧と心拍数の数値を比較した。その結果、正常血圧者において、長時間労働者の収縮期血圧と拡張期血圧は、対照者に比べて、統計的に高い値が示された。また、軽度高血圧者において、長時間労働者の拡張期血圧と心拍数は、対照者に比べて統計的に高かった。さらに、労働時間が不規則であった正常血圧者も調査した結果、繁忙期(月の時間外労働96時間程度)の血圧と心拍数は、繁忙期ではない時期(月の時間外労働43時間程度)と比べて、統計的に高いことが分かった。これらの結果は、長時間労働が正常血圧者と軽度高血圧者の心血管系負担を増大することを示している。
解説:
心血管系の過剰反応が慢性化すると、虚血性心臓病や高血圧症などの心血管系疾病リスク、さらにはこれらの疾患が原因とある死亡リスクの増加が報告されている。本研究の結果も、長時間労働が心血管系の負担を増大することを示していることから、長時間労働は心血管系疾病、さらには過労死等へのリスク増大につながるものと考えられる。
過労死問題を初めてとりあげた科学論文.過労死発症につながる要因を事例調査によって検討
出典論文:
上畑鉄之丞. 脳・心血管発作の職業的誘因に関する知見. 労働科学58(6), 1982
著者の所属機関:
杏林大学医学部
内容:
1973年から80年までの8年間の間に、著者の元に相談に訪れた脳心血管障害の急性発作を生じた52名の事例を対象にして、過労死発症の誘因となった職業性ストレスの内容について検討した。その内訳は以下のとおりであった。対象者の年齢は30-54歳までが48名と全体の9割を占めており、病名は脳血管疾患36名、心疾患16名であった。作業態様としては、管理的職務に従事する者が7名、知的・専門的技術労働を主とする者が15名、運転労働に従事する者が9名、夜勤・交替制労働に従事する者が11名、重筋労働に従業する者が7名で、その他が3名であった。過労死発症前の災害的な職業性ストレスの要因として考えられたのは、作業態様の違いによって、若干の相違が考えられたが、次の要因であった。慢性あるいは急性反復ストレスとして、長時間労働、休日なし労働、深夜勤労働の増加、作業上の責任負担、出張機会及び作業密度の増大があげられた。さらに、発症直前の急性ストレスとしては、一時的な激しい重筋労作、寒冷、暑熱などの気象条件、発熱などの身体的不調であった。
解説:
過労死の概念の提唱者として知られる著者の論文で、過労死の研究を行うに当たり、重要な論文として知られている。論文が出たのは過労死問題が社会に広く認知されるようになった1980年代であるが、ここにあげられている過労死発症につながる職業性ストレス要因は、現代社会においても同様に指摘できる重要なことである。
自己報告による業務中の身体活動量と心肺持久力との関係について:循環器疾患と総死亡率の重要性(Holtermann A et al, Scand J Work Environ Health, 2016)
出典論文:
Holtermann A et al. Self-reported occupational physical activity and cardiorespiratory fitness: Importance for cardiovascular disease and all-cause mortality. Scand J Work Environ Health. doi: 10.5271/sjweh.3563. [Epub ahead of print] PubMed PMID: 27100403.
著者の所属機関:
National Research Centre for the Working Environment, Denmark(デンマーク国立労働環境研究センター)
内容:
1北欧デンマーク・コペンハーゲンの住民を対象とした循環器疾患に関する長期コホート研究(Copenhagen City Heart Study)からの報告である。1991年から1994年の間に登録された10,135人のうち、ベースライン調査時の年齢が20-67歳で、循環器疾患の既往歴がなく、勤務中の身体活動量(occupational physical activity:OPA)と心肺持久力の回答のデータが得られた男性2,190人、女性2,534人が対象とされた。追跡期間(中央値)は18.5年であり、期間中の全死亡852名のうち257名が循環器疾患により死亡した。循環器疾患による死亡のリスクを年齢、性、喫煙状況、体格、糖尿病の有無、収入、飲酒状況、余暇身体活動で調整し、コックス比例ハザード回帰分析により算出した。その結果、自己報告による心肺持久力が低い者は高い者より2.17倍(95%CI: 1.40-3.38)、OPAが高い者は少ない者より1.45倍(1.05-2.00)循環器疾患による死亡リスクが高まることが分かった。さらにOPAと心肺持久力のデータを統合した分析では、OPAが高く、心肺持久力が低い者は、OPAが低く心肺持久力が高い者より死亡リスクが6.22(2.67-14.49)倍高まることが分かった。
解説:
本研究は質の高いコホート研究からの報告であり、労働者の身体的負荷と疾病発症リスクとの関係を明らかにした点で重要である。一方、勤務中の身体的負荷と疾患との関係については、本研究のように身体活動量が多い(身体的負荷が高い)ことをリスクとする報告がある一方で、身体的負荷が低い(座位時間が多い)ことをリスクとする報告も少なくなく、やや混沌とした状況である。この点については労働者の身体活動量の評価方法に課題があるとされている。本研究でもOPAは4択、心肺持久力は3択から構成される単一の質問で評価されており、論文内でもこの点を研究の限界としている。労働者の身体活動量と疾患リスクとの関係を検討する今後の疫学調査に向けては、質問紙の信頼性、妥当性を高めることが課題となっている。
労働者の労働時間,睡眠時間,休日数と運動負荷試験中の血圧反応との関係
出典論文:
道下ら. 労働者の労働時間,睡眠時間,休日数と運動負荷試験中の血圧反応との関係. 産業衛生学雑誌. 2016;58(1):11-20. doi: 10.1539/sangyoeisei.B15021. Epub 2015 Oct 23. PMID: 26497611.[Article in Japanese]
著者の所属機関:
産業医学大学等
内容:
本研究では、勤労者の職場環境や労働形態、労働時間、睡眠時間、休日数と運動負荷試験中の収縮期血圧の反応との関係について横断的に検討した。安静時血圧が正常であった労働者362名(男性79名、女性283名、平均年齢49.1±11.1歳)を対象とし、自転車エルゴメータを使用して多段階漸増運動負荷試験を実施した。各負荷終了1分前に血圧を測定し、運動負荷試験中の収縮期血圧の最大値が男性210mmHg以上、女性190mmHg以上を過剰血圧反応と定義した。また、職場の有害環境(粉じん、特定化学物質など)や労働形態、労働時間、睡眠時間、休日数、通勤時および仕事中の身体活動時間、余暇時の運動時間について自己式調査票により調査した。その結果、362名中94名(26.0%)に運動負荷試験中の過剰な収縮期血圧の上昇が認められた。有害環境や労働時間、睡眠時間、休日数、通勤時の身体活動時間別による過剰血圧反応発生率について検討したところ、過剰血圧反応発生と関連する要因は、労働時間が1日10時間以上、睡眠時間が1日6時間未満、休日数が週1日以下であった。労働時間、睡眠時間、休日数を3分割し、それぞれの組み合わせによる過剰血圧反応発生率について検討したところ、労働時間が長く、睡眠時間、休日数が少ないほど、過剰血圧反応発生率が高かった。
解説:
労働時間が長く、睡眠時間や休日数が少ない勤労者は、将来の高血圧症や心血管疾病発症のリスクが高いことが報告されている。これらの労働者の日常生活や職場において、運動負荷時の血圧変動を把握し健康指導の情報として活用することは高血圧症や心血管疾病の新規発症、過労死の予防につながるではないかと考えられる。今後、労働時間、睡眠時間、休日数と運動負荷試験中の過剰血圧反応との直接的な因果関係についてさらに詳細に検討していく必要がある。
循環器疾患を発症した労働者の発症前の疲労状態(斉藤良夫. 労働科学. 1993)
出典論文:
斉藤良夫.循環器疾患を発症した労働者の発症前の疲労状態.労働科学 69巻,9号;387-400.
著者の所属機関:
中央大学文学部心理学研究室
内容:
本研究は、循環器疾患の被災者遺族を対象にして、「過労死」発症前の疲労状態について明らかにするために、17名の被災者の妻あるいは母親に対して面接調査を実施したものである。面接は、1991年10月から約1年間の間に実施された。面接対象者1名につき2時間から3時間かけて、過労死の被災者における疾病の発症状況、労働状況、平日や休日の生活、勤務日の帰宅後や休日における疲労感の表出、休息や睡眠に関する行動などであった。これまでの先行研究では、過労死発症に関連する労働環境の要因(長時間労働や勤務形態など)を抽出することが主な目的であった。それに対して、本研究では、労働者個々人が、過労死発症に至るまでに、どのような訴えや生活上の変化があったのかについて焦点を当てている点に特徴がある。
主な結果は次の通りであった。多くの発症者は虚血性心疾患や脳血管系の疾患に特有な心臓部の痛みや頭痛を訴えていた。それに加えて、過労死発症者に認められた過労や疲弊徴候としては、1)週末の休日での昼間の生活が睡眠中心になること、つまり、活動性の非常に低い過ごし方をしていたこと、2)新聞を玄関まで取りに行けなくなるといったように、活動力や気力の著しい低下によって、普段行ってきたことができなくなること、3)朝の起床時の寝起きの異常な悪さ、朝食後に家を出る時間まで寝室で横になること、または帰宅後の夕食や入浴もできないことなどの行動上に現れる著しい睡眠欲求、4)食欲減退や体重の減少がみられたこと、にまとめられた。さらに、過労死発症の労働負担要因によって、著しく、かつ長期間持続する緊張感、焦燥感、不安感、抑うつ感などの心理的負担感の表出や、夜眠れない、就寝しても深夜目覚めてしまうなどの睡眠障害の徴候が認められた。
解説:
本研究は1991年に実施されたものではあるが、過労死研究の中でも重要な知見として位置づけられる論文である。従来の研究では、長時間労働やノルマの高い勤務などの過労死発症の環境要因(労働時間や勤務形態など)について検討する事例研究が多かった。しかし、本研究では、労働者個々人に注目して、彼らの疲労状態から労働・生活上での行動上の変化を抽出しようとしている点に特徴がある。また、本研究は、過労死特有の疲労徴候という視点で、家族の気づきを促し、家族の側からの過労死発症の予防策の可能性を呈している。そのような点からも、本研究は、現在の過労死研究につながる多くの示唆に富んだ知見であると考えられる。
長時間労働と冠動脈性心疾患の起こる10年先の確率(Kang et al. Am J Ind Med. 2014)
出典論文:
Kang MY et al. Long working hours may increase risk of coronary heart disease. Am J Ind Med. 2014 Nov;57(11):1227-34. PMID: 25164196.
著者の所属機関:
韓国ソウル大学等
内容:
韓国健康栄養調査に参加した8,350名(19歳超、正規雇用で非交代勤務、慢性疾患なし;平均46歳、女性43%)に対して、健康診断や週当たりの賃金の支払われた労働時間を含む各種の問診を行った。年齢、総コレステロール、HDLコレステロール、血圧、糖尿病の有無、喫煙の有無に基づいてフラミングハムリスクスコアを男女別に計算した。このスコアは冠動脈性心疾患の向こう10年間における起こりやすさを表す。冠動脈性心疾患の起こる確率が健康群より10%高まると高リスクとみなされる。所得水準、職種、身体活動、飲酒による影響を統計的に調整して分析すると、週労働時間が31-40時間群に比べて、男性では71?80時間群で1.4倍、81時間以上群で1.5倍ほど高リスクとなりやすかった。女性では、61-70時間群で2.9倍、71-80時間群で2.2倍、81時間以上群で4.7倍ほど高リスクとなりやすかった。
解説:
労働時間と冠動脈性心疾患の起こりやすさとの関連をある一時点で調べているため、どちらがどちらの原因かを決められない。とは言え、フラミングハムリスクスコアという従来から認められている指標を韓国人労働者に用いているのは有効である。長労働時間と冠動脈性心疾患との関連が女性でよく認められたのは家事労働の影響が指摘されているが、今後の検証が待たれる。いずれにしても、この研究と同様な結果が我が国の労働者についても得られるかを検証する価値はある。また欧米人と日本人との様々な違いを考慮すると、日本人に即したスコアを用いることも視野に入れてよい。
長時間労働と脳・心臓疾患との関連についてのシスマティックレビュー(Kivimäki et al. Lancet. 2015)
出典論文:
Kivimäki M, Jokela M, Nyberg ST, et al. Long working hours and risk of coronary heart disease and stroke: a systematic review and meta-analysis of published and unpublished data for 603838 individuals. Lancet. 2015; 386: 1739-1746. doi: 10.1016/S0140-6736(15)60295-1. Epub 2015 Aug 19. PMID: 26298822.
著者の所属機関:
Department of Epidemiology and Public Health, University College London, London, UK.
内容:
本研究はヨーロッパ、アメリカ、オストラリアの24件のコホート研究に基づいて、長時間労働と脳・心臓疾患の関連を分析した。計603,838人の対象者を約8.5年間追跡した結果、4,768人に冠動脈疾患が発症した。計528,908人を約7.2年追跡した結果,1,722人に脳卒中が発症した。全ての対象者は追跡開始時に冠動脈疾患及び脳卒中の持病はなかった。年齢、性別、社会経済地位などを調整した上でメタ分析を行った結果、週労働時間は35-40時間の対照群と比べて、週労働時間が55時間以上の長時間労働者群の冠動脈疾患(relative risk[RR]: 1.13, 95%CI: 1.02-1.26, p=0.02)と脳卒中(relative risk [RR]: 1.33, 95%CI: 1.11-1.61, p=0.002)の発症率はそれぞれ1.13倍と1.33倍に増加した。特に脳卒中は対照群と比べて、週41-48時間労働の場合は1.10倍、週49-54時間労働の場合は1.27倍、週55時間労働の場合は1.33倍の発症率の増加が認められ、労働時間が長くなるほど脳卒中の発症リスクが高くなることが示された。
解説:
長時間労働の健康への影響は世界中から研究され、過労死(脳・心臓疾患)の誘因としても注目されてきた。長時間労働が健康問題を引き起こす過程には、労働時間以外に、他の仕事の負担要因、疲労回復時間の減少などの要因が複雑に絡んでいると考えられる。本論文は複数国の研究データを用いて総合的に分析した結果、週労働時間が55時間以上の長時間労働(労基法で週40時間労働となっている日本の基準に合わせると、月当たり約60時間の時間外労働)が脳・心臓疾患の増加との関連があることを科学的に立証した点に注目すべきである。また、脳疾患が心臓疾患より長時間労働による影響を受けやすい点も重要な知見である。上述したように脳・心臓疾患リスクの増加は労働時間以外の要因の影響も否定できないが、長時間労働が仕事負荷の増加、疲労回復時間の減少と直結しているため、その影響は大きいと予想される。
週55時間以上働く労働者は心房細動が起こりやすい(Kivimäki et al. Eur Heart J. 2017)
出典論文:
Long working hours as a risk factor for atrial fibrillation: a multi-cohort study. Eur Heart J. 2017 doi:10.1093/eurheartj/ehx324.
著者の所属機関:
英国ロンドン大学等
内容:
心房細動は不整脈の一つで、心臓が速く不規則に拍動するため、全身に血液を送り出す働きが悪くなる病気である。心房細動によって心臓の中で血液がよどむと、「血の塊」(血栓)ができやすくなる。この血栓が脳に運ばれて脳の血管が詰まると脳梗塞になる。英国、デンマーク、スウェーデン、フィンランドの労働者のべ85,494名(うち女性55,915名、平均43才、心房細動なし)を約10年間追跡調査し、労働時間と心房細動との関連を調べた。追跡期間中に合計1,061名が心房細動を発症した。性別、年齢、社会経済状態による影響を統計的に調整した解析によると、週35-40時間働く群に比べて、週35時間未満群11%、週41-48時間群2%、週49-54時間群17%、週55時間以上群42%(P<0.01)ほど、心房細動が起こりやすかった。喫煙、体格指数、飲酒、身体活動、慢性疾患の有無等の影響を調整しても、週55時間以上群では心房細動は同じく40%程度、起こりやすいことが分かった。
解説:
同じ研究グループは2015年に「週55時間以上働く労働者は脳卒中(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血など)になりやすい」ことを報告しており、その原因の一つとして心房細動に着目したと思われる。膨大なデータから明らかにされた今回の知見は重要ではあるが、いくつかの疑問に答える必要がある。労働時間は初回調査時の申告値を利用しているので、その後10数年間に渡ってどのくらい変化したかは分からない。労働時間以外の要因として、勤務体制や職種などによる影響は調べていない。幾多の限界はあるにしても、長時間労働に伴う健康障害を定量化しようとする努力は価値がある。
労働時間と心血管疾患リスクの用量反応関係(Conway et al. J Occup Environ Med. 2016)
出典論文:
Conway et al. Dose-Response Relation Between Work Hours and Cardiovascular Disease Risk: Findings From the Panel Study of Income Dynamics. J Occup Environ Med. 2016; 58(3):221-6.
著者の所属機関:
The University of Texas Health Science Center, School of Public Health, Houston(テキサス大学)
内容:
目的:本研究の目的は、アメリカの代表的なパネル調査における労働時間と心血管疾患(CVD)の用量反応関係を調べることである。
方法:所得動向のパネル調査(PSID: the Panel Study of Income
Dynamics、1986年から2011年)の1,926人を少なくとも10年間さかのぼった後ろ向きコホート研究を行った。制限3次スプライン回帰により、労働時間とCVDの用量反応関係を推定した。
結果:少なくとも10年間の平均週労働46時間以上がCVDのリスク増加と関連した用量反応関係が観察された。1週間に45時間働く場合と比較して、週10時間以上をさらに10年間続けることで、CVDリスクが少なくとも16%増加した。
結論:少なくとも10年間、週に45時間を超えて働くことは、CVDの独立した危険因子である可能性がある(訳者注:統計的有意差が認められるのは週労働55時間からである→解説参照)。
解説:
アメリカの大規模パネル調査(同じ調査対象に対して一定期間に繰り返しアンケートを行う調査)を利用した長時間労働と心血管疾患(CVD)との関連を検討した報告である。本論文で用いたのは所得動向に関するパネル調査で、全体では9,000家族、22,000人以上が参加しており、1986年(ベースライン時)から2011年に18歳以上であること等を条件に調査対象を絞って最終的に1,926人の労働者が分析対象となった。結論では週労働45時間超(46時間以上)でCVDの増加と記載されており、これまでの報告より更に短い労働時間でのCVDとの関連が見出されたかと思われたが、論文中の表では週労働50時間では相対危険度(RR):1.03で統計的有意差は認められず、週労働55時間からRR:1.16で有意差が認められ週労働75時間でRR: 2.03で最大であり、週労働55時間が本論文のメルクマールであり、これまでの報告と大きな違いはないことに注意する必要がある。この研究の限界は、雇用形態が自営か否か、産業(業種)がサービス業か否か、職種が肉体労働か否か、といった職業要因しか押さえられていないことである。最近の労働時間の健康影響の調査研究では、職業要因として交代制勤務、深夜勤務、職場での人間関係等、生活習慣として睡眠や休息等といった要因が考慮されていることが多い。そのような限界はあるものの、2,000名弱の労働者を後ろ向きとはいえ10年という長きに渡って追跡した結果としてその学術的価値は十分にあると思われる。
ツイッターの発言を活用して地域レベルでの心血管疾患死亡率の予測を試みた論文
出典論文:
Eichstaedt JC, Schwartz HA, Kern ML, et al. (2015) Psychological language on twitter predicts county-level heart disease mortality. Psychological Science, Vol. 26(2) 159?169.
著者の所属機関:
ペンシルバニア大学心理学部
内容:
敵意や慢性的なストレスは心疾患のリスクファクターとして知られているが、それらの関連性について検証するために大規模な調査を行うことは非常にコストがかかる。著者らは、ツイッターでの心理的な発言を用いて、米国において最も死亡率の高いアテローム動脈硬化性心疾患(Atherosclerotic
Heart
Disease;AHD)による年齢調整死亡率と、地域レベルでの心理的な特性との関連性を検討した。使用データは、2009年から2010年における米国の1,347の群における148百万のツイッターでの発言(発言地域が特定されたもの)と、米国疾病予防センター(Centers
for Disease Control and Prevention; CDC)より得られた地域ごとの年齢調整したAHDによる死亡率であった。
結果、ネガティブな社会的な関係性や、やる気の低下(Disengagement)、ネガィブな感情(とくに怒り)を反映したツイッターでの発言パターンが、心疾患のリスクファクターとして抽出された。一方、ポジティブな感情や仕事への没頭(Engagement)は心疾患の予防要因として抽出された。このような関連性は、収入や教育レベルを調整したとしても、ほとんどの関連性が有意であった。さらに、ツイッターの発言のみを用いてAHDを予測する横断的な回帰モデルでは相関係数が0.42で、人口統計、社会経済状態、健康リスク要因(喫煙や糖尿病、肥満、高血圧)等、10個の因子を用いた予測モデルでは0.36で、ツイッターの発言のみを使用した予測モデルの方がAHDによる死亡率を有意に高い予測率であった。さらに、ツイッターでの発言のみを用いた予測モデルとCDCによって報告された地域ごとのAHDによる死亡率は非常に類似していることが示唆された。
以上の事から、著者らは、ソーシャルメディアを通じて地域の心理的特徴を把握することは実現可能性が高い手法であることと、地域レベルでの心疾患の死亡率の有力な予測指標として活用できると結論付けた。
コメント:
本研究は、ソーシャルメディアを活用して地域レベルで心疾患による死亡率を予測したユニークな研究である。ツイッターでのネガティブおよびポジティブな発言を収集し、予測モデルを構築するという手法は、従来の大規模調査に比べてコストが非常に低く抑えられるという利点がある。また、研究の発展性と言う視点から言えば、例えば、心疾患に限らず慢性的な疲労やメンタルヘルス、睡眠障害、事故の発生等の予測にも応用可能かもしれない。ただし、本論文でも著者らが触れているように、ソーシャルメディアを使用する年齢層は比較的、若年者であるのに対して、心疾患で死亡するのは高齢の者であり、ネガティブな発言が原因となって、心疾患を引き起こすという因果関係については、本論文のデータから論じることはできないとしている。その点について著者らは、ツイッターでの発言は彼らを取り巻く職場や、地域等の環境に対する反応であるので、複雑な経路を経て、それらが結びついているのかもしれないという推測を呈している。様々な研究の限界はあるものの、本研究はビッグデータを応用、活用した調査研究であり、今後の発展性が期待される1つの知見である。
睡眠時間と冠動脈性心疾患の関連性(Wang et al. Int J Cardiol. 2016)
出典論文:
Wang D, Li W, Cui X et al. Sleep duration and risk of coronary heart disease: A systematic review and meta-analysis of prospective cohort studies. Int J Cardiol. 2016; 219: 231-9. PMID: 27336192
著者の所属機関:
華中科技大学等
内容:
本研究では、睡眠時間と冠動脈性心疾患リスクの関連性を検討するため、17の前向きコホート研究論文(参加者は合計517,440名、冠動脈性心疾患の事例報告は合計17,841件)の用量-反応メタ解析を行った。その結果、睡眠時間と冠動脈性心疾患の間にU字型の関連性が示され、1日7-8時間睡眠が最も疾患リスクが低かった。短時間睡眠と冠動脈性心疾患の間に有意な関連性が示され、7時間睡眠と比べて、睡眠時間が1時間減少すると、疾患リスクが11%増加する関連性が示された(相対危険度=1.11、95% CI =1.05-1.16)。長時間睡眠についても疾患リスクと有意な関連が示され、7時間睡眠と比べて、睡眠時間が1時間増加すると、疾患リスクが7%増加することが示された(相対危険度=1.07、95% CI =1.00-1.15)。
解説:
睡眠時間と脳疾患の関連を検討した研究は複数あるが、本研究はそれらをシステマティックレビューとしてまとめ、かつ7時間を基準とした睡眠時間の変化による冠動脈性心疾患のリスク変化を報告した研究であり、ここには日本の論文が3本含まれている。1日24時間という限られた時間の中で、労働時間が長くなればその分睡眠を取る機会が減少する。その結果として、上記リスクが増加することが予想されるため、長時間労働は望ましくないといえる。
日台比較からみる脳・心疾患労災認定基準変更の影響(Lin RT et al., Sci Rep. 2017)
出典論文:
Lin RT, Lin CK, Christiani DC, Kawachi I, Cheng Y, Verguet S, Jong S. The impact of the introduction of new recognition criteria for overwork-related cardiovascular and cerebrovascular diseases: a cross-country comparison. Sci Rep. 2017 Mar 13;7(1):167. doi: 10.1038/s41598-017-00198-5. PubMed PMID: 28279019
著者の所属機関:
ハーバード公衆衛生大学院等
内容:
台湾が抱える労災認定に関わる問題点を、課題先進国である日本との比較から検証した論文。台湾では脳・心疾患の労災認定件数が少ないこと(実態を過小評価していること)が問題視されている。本研究では、2010年12月に台湾で行われた労災認定基準の改正が認定件数に及ぼした影響を、改正前5年間(2006年から2010年)と改正後5年間(2011年から2015年)の認定件数の比較により、さらには、日本の状況との比較により検証している。結果として示されたのは、新基準の導入が脳・心疾患の労災認定件数を2.58倍増加させたこと、労働者の月当たりの労働時間は台湾が日本より20時間長かったこと、また、日本との差異点を考慮し分析した結果、新基準導入後も台湾の認定件数は日本の認定件数の0.42倍であったことなどである。これらの結果は、台湾における2010年の新基準導入が労災認定件数の増加(認定されにくい状況の解消)に一定の効果を及ぼしたものの、その影響力は日本の労災認定制度には及ばず、新基準導入後も本来は認定されるべき事案が多く見過ごされている可能性があることを示している。その理由として著者らは、台湾では、疾病との関連を導く記録の管理が不十分なこと、勤め先の報復や失業を恐れる傾向があること、そもそも労災保険への関心が低いことなどを挙げている。労災保険への関心が低い理由としては、手続が煩雑である上、労災保険を利用するメリットが必ずしも大きくない(国の健康支援サービスである程度補償される面がある)ことが挙げられている。
解説:
台湾の実状を述べた本論文の冒頭部分には、世界で初めて過重労働による脳・心疾患の労災認定基準を定めた国として日本が“karoshi(過労死)”をキーワードに紹介されている。台湾の認定基準や審査プロセスは日本の基準が参考にされているが、2004年に現在の日本と同じ基準(※)が取り入れられるまで、脳・心疾患の労災認定は終業後24時間以内に発症した場合のみに限られていた(※発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は業務と発症との関連性が強いとする考え方など)。一方、台湾人の労働時間はアジアのOECD加盟国で最も長いとされており、法律に定めた(時間外労働を除いた)最大労働時間も日本より月当たり8時間長い。そのため、時間外労働の基準値を日本と同一に設定した2004年の認定基準は、労働時間全体の閾値が日本より8時間長くなり、労災が認められにくい状況となっていることが指摘されていた。そのため、論文内でターニングポイントとされた2010年の改正では、脳・心疾患を発症した前月の時間外労働時間の基準値を92時間にするなど、基準値を改正前より8時間短くしている。一方、日本の認定基準が現在の基準に改正されたのは2001年12月であり、そのポイントは、過重な業務の評価期間を「発症前約1週間」から「発症前おおむね6か月間」に変更したことである。論文では日本での労災認定件数も分析されており、日本でも2001年の改正で労災認定件数が2.81倍増加したことが示されている。
中年期の心肺持久力が老年期の医療費に及ぼす影響
出典論文:
Bachmann JM et al., Cardiorespiratory Fitness in Middle Age and Health Care Costs in Later Life. J Am Coll Cardiol. 2015 Oct 27;66(17):1876-85. PMID: 26493659.
著者の所属機関:
ヴァンダービルト大学、クーパー研究所等
内容:
体力研究で著名なクーパー研究所によるthe Cooper Center Longitudinal Study(CCLS)からの報告。この論文では、米国の社会保険プログラム(メディケア)の医療費情報を用いて、中年期(平均49歳時)の体力が老年期(平均71歳時)の医療費に及ぼす影響を分析している。分析対象者は、諸条件(運動負荷テストなど全てのベースライン情報が利用できる、メディケアデータとの連結が可能、心筋梗塞、脳卒中、ガンの既往歴がない、65歳より前にメディケアによる給付を受けていない)を満たした19,571名の男女である。結果では、1)65歳を超えてからの年間医療費が、中年期の体力が高い群より低い群で有意に多いこと(例えば男性の医療費は体力低位群が中位群より37%多く、高位群が中位群より19%少ない等)、2)この傾向は循環器疾患の医療費で顕著だったこと、3)体力以外のリスク因子(喫煙、糖尿病、総コレステロール、収縮期血圧、BMI)の影響を取り除いた分析でも結果は同様で、体力が1単位(1 MET)増加すると年間医療費が男性で6.8%、女性で6.7%減少したことなどが示されている。
解説:
CCLSは1970年に開始され、現在も継続中のコホート研究である。参加者は登録の際、身体計測、医学検査、既往歴やライフスタイルなどの調査に加え、ランニングマシンによる運動負荷テスト(心肺持久力測定)を行っている。興味深いのは、メディケア給付期間中に死亡した人(2,691人)と存命の人(16,880人)に分けた分析を加えている点である。一般的に、死亡前は医療費が増加することが知られており(この研究でも死亡者群の医療費は生存者群の5倍であったことが示されている)、また、体力が高い人は死亡率が低いことも多くの疫学研究で示されている。つまり、体力が高い人の医療費が低いのは単に死亡前の医療費増加がないためではないかと考えられる。さらには、体力が高く長生きしても、長生きした分だけ医療費が上乗せされる可能性も指摘される。そういった懸念を取り除く手段の一つとして、この論文では死亡者群と生存者群とに分けた分析を行っており、両群の結果が同様であったことから、中年期の体力水準が高いと老年期の医療費が抑制されると結論付けている。大規模研究で心肺持久力を評価する場合は質問紙等による推定値を用いる場合が多いが、CCLSでは対象者が疲労困憊に至るまでの運動負荷テストで評価しており、体力評価の妥当性が高い。さらに本研究は、個人の医療費情報を公的な社会保険プログラムを用いて正確に捉えている点が特長である。本研究は、働き盛り世代(中年期)にスポットを当てた点で労働衛生研究としても興味深い。体力や医療費情報と同様に労働者の労働時間等を客観的に評価することも簡単ではないが、過労死対策研究のように過重労働が健康に及ぼす影響を検討することを目的とした研究では重要なポイントとなる。
日本における過労死:最近の動向と予防対策促進のための国策の展開
出典論文:
Yamauchi et al. Overwork-related disorders in Japan: recent trends and development of a national policy to promote preventive measures. Ind Health. 2017; 55 (3): 293-302. PMID: 28154338
著者の所属機関:
労働安全衛生総合研究所、他
内容:
脳・心臓疾患や精神障害による過労死等は、世界的に、特に東アジア諸国において産業保健や公衆衛生の主要な問題の一つである。本報告は、日本における過労死等の予防対策に向けた国策の展開とともに、労災認定事案の全体像から過労死等の最近の動向について述べた。近年、精神障害による労災請求と決定の件数が大幅に増加している。それは脳・心臓疾患によるものと比べると、特に男女ともに若年労働者で顕著であった。これらの社会状況を鑑みて、国の主導による過労死等の予防を進めるための過労死等防止対策推進法が2014年6月に成立した。日本における経験を他国でも活かせるように、法的根拠と政府主導のもと、過労死等の動向は注意深く観察されなければならない。
解説:
本論文は、過労死等防止対策推進法に記されている、過労死等の防止対策に向けた調査研究の成果として、労災認定事案の解析結果を労働安全衛生総合研究所内に設置された過労死等調査研究センターのメンバーが海外向けに発表したものである。本文でも述べているように、過労死という言葉は1970年代に日本で初めて使われたものであり、国際的にも「Karoshi」と表記される。過労死に関する法律ができたのも日本が初めてである。内容は、脳・心臓疾患や精神障害による労災認定事案(公務員を除く)の特徴を、性別、年齢、業種に注目してまとめた初めての報告であり、これから過労死対策を進めていく上での足掛かりとなる重要なデータを示している。当研究所のHPでも、本論文の内容を含む研究報告書(https://www.jniosh.go.jp/publication/houkoku.html)が公開されているのでそちらもぜひ読まれたい。
過重労働関連疾患(脳・心疾患)と労働時間との非線形的関係(Lin RT et al., Sci Rep. 2018)
出典論文:
Lin RT, Chien LC, Kawachi I. Nonlinear associations between working hours and overwork-related cerebrovascular and cardiovascular diseases (CCVD). Sci Rep. 2018 Jun 26;8(1):9694. doi: 10.1038/s41598-018-28141-2. PubMed PMID: 29946079
著者の所属機関:
中国医科大学(台湾)等
内容:
労働時間と脳血管・心血管疾患(cerebrovascular and cardiovascular diseases:
CCVD)との関係を重症度別(死亡、恒久的後遺障害、疾患発症)に検討した台湾からの報告。2006年から2016年の政府データが使われている。国内全体だけでなく業種別での検討もなされている。政府データによると、2006年から2016年の間に台湾では619ケースのCCVDが労災認定されている。業種別の分析では、特に“運輸業・情報産業”のリスクが高い傾向が示された。重症度別の分析では、重症度が最も高い“死亡”のケースでは、“業種別月平均労働時間(※解説参考)”が168.1時間を超えるとリスクは(統計的に有意となる)1.0倍を超え、196.6時間で9.6倍になるまで直線的に増加する。次に重症度の高い“後遺障害”のケースでは、168.6時間で1.8倍となり183.9時間で8.7倍となるまで直線的に増加した後、184時間以降は頭打ちとなる。重症度の最も低い“疾患発症”のケースでは、173.0時間で統計的に有意となる1.0倍を超え、191.1時間までは1.0倍を超えた状態にあるものの、183.1時間で4.1倍のピークとなった後、リスクは軽減する。
分析結果から注目すべき点として著者らは、労働時間が増えるほど重症度の高い死亡や後遺障害のリスクが増加した点をまず挙げており、労働者のCCVD予防策としてはやはり労働時間減少が重要であると指摘している。次に注目すべき点として、重症度の低いケース(疾患発症)で労働時間が増えるとリスクが軽減する現象が見られた点を挙げ、この現象は台湾の労災保険を取り巻く環境が背景にあると考察している。台湾では“疾病”は、労災保険ではなく健康保険でカバーされる仕組みがあるため、手続が煩雑な労災保険への申請が重症度の低いケースでは敬遠される傾向にあり、実際は過重労働による疾患発症であっても政府データには労災事案として記録されないケースも多いという。
解説:
「研究紹介」で取りあげた別の論文「日台比較からみる脳・心疾患労災認定基準変更の影響(Lin RT et al., Sci Rep. 2017)」と同じ著者らによる続報である。この分析を行った理由として著者らは「CCVDは労災案件全体の10%であり件数は多くないが、死亡ケースに限ると81%を占めるため詳細な分析が必要と考えた」と述べている。本研究の解釈にあたり注意すべきは、本研究における労働時間は労働者の個人データではなく、“業種別月平均労働時間”が使われている点である。分析に使われた月当たりの労働時間の最少値は162.3時間(週換算で40.6時間)、最大値は196.6時間(週換算で49.2時間)である。著者らも考察で述べている通り、本研究の結果は個人レベルでの労働時間ではなく、あくまで業種レベルでの平均労働時間として捉える必要がある。そのような研究の限界点はあるものの、労災に関する公的データが詳細に分析された貴重な報告である。
長時間労働と冠動脈性心疾患:システマティックレビューとメタ分析(Virtanen M et al., Am J Epidemiol. 2012)
出典論文:
Virtanen M, Heikkilä K, Jokela M, Ferrie JE, Batty GD, Vahtera J, Kivimäki M. Long working hours and coronary heart disease: a systematic review and meta-analysis. Am J Epidemiol. 2012 Oct 1; 176(7):586-96. doi: 10.1093/aje/kws139 PubMed PMID: 22952309
著者の所属機関:
フィンランド労働衛生研究所等
内容:
著者らは、長時間労働と冠動脈性心疾患(CHD)との関連性を調べた研究の結果をまとめた。使用されたデータソースはMEDLINE(2011年1月19日まで)およびWeb of Science(2011年3月14日まで)であった。出版バイアスなどを評価した結果、英国、米国、日本などの12編の研究(症例対照研究7編、前向きコホート研究4編、および横断研究1編)が選定された。計22,518名の労働者(うちCHDは2,313例)を対象としたメタ分析を行った結果、長時間労働群(>50時間/ 週、あるいは>10時間/日)は対照群(<50時間/ 週、あるいは<10時間/日)と比べて、冠動脈性心疾患リスクは1.59倍(95% 信頼区間:1.23~ 2.07)~ 1.80倍(95% 信頼区間:1.42~ 2.29)に上昇した。4編の前向きコホート研究では相対リスクが1.39倍(95%信頼区間:1.12~ 1.72)、7編の症例対照研究では相対リスクが2.43倍(95%信頼区間:1.81?3.26)に上昇した。結論として、前向きコホート研究の結果は、長時間労働の従業員のCHDリスクは対象群と比べ、約40%高くなることを示唆している。
解説:
長時間労働は過労死(脳・心臓疾患)の誘因としても注目されてきた。本論文に含まれた研究は、サイズ、デザイン、地域、対象者、長時間労働者群の設定など様々な点で異なるが、長時間労働が冠動脈疾患の増加との関連が認められた。一方、長時間労働と心血管系疾患リスクの増加との関連が認められない研究も少なからず存在している。長時間労働が健康問題を引き起こす過程には、労働時間以外に、他の仕事の負担要因、疲労回復時間の減少などの要因が複雑に絡んでいると考えられる。上述したように冠動脈疾患リスクの増加は労働時間以外の要因の影響も否定できないが、長時間労働が仕事負荷の増加、疲労回復時間の減少と直結しているため、その影響は大きいと予想される。今後、これらの要因を総合的に考慮した研究は必要であると考えられる。
平日と休日の睡眠時間と脳・心臓疾患の関連性:中国南部で行われた横断調査研究(Hu et al. Sleep Medicine. 2018)
出典論文:
Hu et al. Sleep duration on workdays or nonworkdays and cardiac-cerebral vascular diseases in Southern China. Seep Medicine, 47, 36-43. 2018.
著者の所属機関:
南昌大学第二附属医院等
内容:
本研究の目的は、中国南部における平日・休日の睡眠時間と心筋梗塞・脳卒中の関連を検討することであった。2013年11月から2014年8月までの間に中国南部で15,364名(15-97歳以上)を対象に横断調査を実施した。調査票により睡眠時間(平日、休日)と既往歴(心筋梗塞、脳卒中)のデータを、診察により体重、身長、胴囲、血圧等を収集した。多変量ロジスティック回帰分析により、それらの関連を評価した。その結果、心筋梗塞のリスクは、6-8時間の睡眠時間を基準としたとき、平日と休日の睡眠が6時間未満で有意に高かった(オッズ比= 3.17、2.04)。性別、年齢別(65歳未満、以上)で分析した結果、男性及び65歳未満は全体と同様の結果となったが、女性では平日の睡眠時間が短い場合のみ心筋梗塞のリスクが有意に高く(オッズ比=2.66)、65歳以上では有意な関連は見られなかった。脳卒中のリスクは、6-8時間の睡眠を基準としたとき、休日の睡眠時間が6時間未満で有意に高かった(オッズ比=1.61)。性別、年齢別に分析した結果、65歳以上のみ休日の睡眠が短い場合は脳卒中のリスクが高かった(オッズ比=1.73)。また、高血圧がない6-8時間の睡眠時間を基準としたとき、平日の睡眠が6時間未満の場合は、高血圧の有無(オッズ比=8.75、2.92)に関わらず心筋梗塞のリスクが有意に高かったが、休日については、高血圧がある短時間睡眠のみで有意にリスクが高かった(オッズ比=5.29)。また、脳卒中については、高血圧がある短時間睡眠のみ、平日(オッズ比=6.35)、休日(オッズ比=7.50)ともにリスクが高かった。睡眠負債(平日と休日の睡眠時間の差分値)は、心筋梗塞リスクと有意に関連したが(オッズ比=1.40)、脳卒中とは関連しなかった。
解説:
本研究により、6~8時間睡眠と比較して、6時間未満の睡眠は、心筋梗塞と脳卒中のリスクと関連すること、これらの関連は高血圧者でより顕著であり、年齢および性別によって異なる傾向があることが示された。これまでも、睡眠時間と循環器疾患の関連はいくつか報告されてきたが、本研究は、平日と休日の睡眠時間、さらにその差分(睡眠負債)と脳・心臓疾患の関連性を、年代や性別、高血圧の有無で分類し、検討した点が長所として挙げられる。ただし、本研究は横断研究であり、因果関係までは言及できないため、今後同様の縦断研究が期待される。
ソーシャルジェットラグは、有害な内分泌、行動、心血管リスク特性と関連するか?(Rutters F, et al. J Biol Rhythms. 2014)
出典論文:
Rutters F, et al. Is social jetlag associated with an adverse endocrine, behavioral, and cardiovascular risk profile? J Biol Rhythms. 2014; 29(5): 377-383.
著者の所属機関:
アムステルダム自由大学医療センター、疫学と生物統計学部(オランダ)
内容:
ソーシャルジェットラグは、就業日と休日の睡眠の中間点での時間の差として測定され、概日時計と社会時計の不一致を表す。これまでの研究では、ソーシャルジェットラグは体格指数(Body Mass Index, BMI)、糖化ヘモグロビンレベル(HbA1c)、心拍数、抑うつ症状、喫煙、精神的苦痛およびアルコール摂取と関連していることが示されている。この研究は、明らかに健康な145人の参加者グループ(大学の学生および職員のうち睡眠障害者や交代勤務者を除いた、男性67人、女性78人、18-55歳、BMI 18-35 kg / m2)において、ソーシャルジェットラグの有病率および有害な内分泌、行動および心血管リスク特性との関連を調べることを目的とした。アンケートで判定された、ソーシャルジェットラグが2時間以上の者は参加者の3分の1にみられた。ソーシャルジェットラグが2時間以上の者は1時間以下の者と比較して、血圧や血糖レベルを上昇させるコルチゾール値が高く、週内の睡眠時間が短く、身体活動が活発でなく、安静時心拍数が増加した。以上の結果から著者らは、ソーシャルジェットラグは、健康な参加者において、内分泌、行動、および心血管の有害なリスク特性と関連していると結論付けた。これらの有害な特性により、健康な参加者は、近い将来、糖尿病やうつ病などの代謝性疾患や精神障害の発症リスクにさらされると述べた。
解説:
脳・心臓疾患による過労死において睡眠の量と質の影響が少なからずあることは言われているものの、メカニズムについては明らかでない点が多い。本研究は過労死を直接扱ったものではなく、参加者の就業日と休日の睡眠ともに平均8時間程度と十分に取られていた。また、得られたデータに統計的に有意差があったとは言え、どのくらい「有害」であるのかは明確には決められないという限界もある。そうであっても、睡眠をとるタイミングの持つ意義について検討した点から、示唆に富む知見である。日本の労働者に置き換えて考えると、週末に休日がとれたとしても、平日の睡眠時間が極端に短く休日との睡眠中間点の時間差が2時間以上もあるような生活スタイルは、将来の脳・心臓疾患発症リスクを高めるかもしれない。
模擬長時間労働時の正常血圧および未治療の高血圧男性間の血行力学的反応の比較(Ikeda H. et al., Scand J Work Environ Health. 2018)
出典論文:
Ikeda H, Liu X, Oyama F, Wakisaka K, Takahashi M. Comparison of Hemodynamic Responses between Normotensive and Untreated Hypertensive Men under Simulated Long Working Hours. Scand J Work Environ Health. 2018; 44(6): 622-630. doi:10.5271/sjweh.3752 PubMed PMID: 29982843
著者の所属機関:
労働安全衛生総合研究所等
内容:
本研究では、実験室で模擬長時間労働時(休憩を含む13時間)の正常血圧群(安静時収縮期血圧(SBP)≤140mmHgかつ拡張期血圧(DBP)≤90mmHg、21名、平均年齢49.2歳)、および未治療の高血圧群(SBP
= 140-160 mmHgまたはDBP = 90-100
mmHg、13名、平均年齢51.9歳)の血行動態反応を調べた。正常血圧群と高血圧群の安静時(09:00?09:10、1回)およびPC作業中(09:10?22:00、12回)の血行動態反応を測定し、各作業中の値を安静時の値から差し引いた変化量を解析に用いて繰り返しのある二元配置分散分析を行った。主な結果として、両群とも収縮期血圧の変化量は作業時間とともに増加したが、正常群と比べ、高血圧群の増加量は作業の後半ほど有意に高かった。
血圧は概日周期を持ち、夜間に最も低く、覚醒前に上昇し始め、朝から昼にかけて最も高く、日中に緩やかに減少していく。このパターンは正常血圧者と高血圧者で変わらないことが報告されている。本研究において、血圧は模擬作業の後半で増加したことから、この血圧上昇は概日周期ではなく、長時間労働によるものであると考えられ、模擬長時間労働は心血管系の負担を増大することが示唆された。さらに、この模擬長時間労働は、特に高血圧者で作業中の収縮期血圧を上昇させた。これは長時間労働下にある労働者、特に高血圧を伴う者に心血管系負担が強く生じる可能性を示唆している。
解説:
長時間労働は過労死(過重労働による脳・心臓疾患)のリスクファクターとして注目されてきた。国際的な疫学調査では、週55時間以上等の労働が冠動脈疾患や、脳卒中など心血管系疾病のリスクの増加と関連すること、また高血圧は心血管系疾病の危険因子であることが多く報告されている。しかし、これらの疫学調査では対象者の職業、生理的な特徴、職場環境、調査時の仕事内容など様々な影響が複合的に重なり、長時間労働に特化した影響を抽出することは難しい。本研究では、実験室実験を通じて、作業の環境、内容、時間(休憩時間を含む)などを統制した上で、一日に約12時間の作業を行う長時間労働が心血管系への負担を増大させることを明らかにした。本研究の結果から、長時間労働を避ける、血圧管理を行う、疲労から回復するための休息時間を確保するなどの対策が労働者全体、特に高血圧を伴う群に対しては必要と考えられる。
長時間労働と仮面高血圧および持続性高血圧の有病率について(Trudel et al. Hypertension. 2020)
出典論文:
Trudel X, Brisson C, Gilbert-Ouimet M, Vézina M, Talbot D, & Milot A. Long working hours and the prevalence of masked and sustained hypertension. Hypertension, 2020;75:532-538. DOI: 10.1161/HYPERTENSIONAHA.119.12926.
著者の所属機関:
Trudel X, Brisson C, & Talbot D: Laval University, Social and Preventive Medicine Department. Gilbert-Ouimet M: Institute for Work and Health. Vézina M: Institut national de santé publique du Québec. Milot A: Laval University, Department of Medicine.
内容:
目的:長時間労働の血圧への影響に関する研究は一貫した結論に至っていない。このことには血圧測定に関する限界や仮面高血圧を考慮していないことが一因であると考えられる。この研究では長時間労働者に仮面高血圧や持続性高血圧の有病率が高いかどうかを明らかにすることを目的としている。
方法:公的機関3施設に勤めるホワイトカラー常勤労働者3,547人からオープンコホート方式(対象者の参加・脱落をある程度自由にして追跡調査する研究のことで、異なる時期に研究参加が可能)で5年間のうち3時点での血圧等の各種データを収集した。この研究では仮面高血圧:診察室血圧が140/90mmHg未満かつ診察室外血圧が135/85mmHg以上、持続性高血圧:診察室血圧が140mmHg/90mmHg以上かつ診察室外血圧が135/85mmHg以上、もしくは高血圧治療を受けている場合と定義した。調査では診察室血圧を「職場での安静時に最初に3回測定した血圧の平均値」とし、診察室外血圧(日中の血圧)は「同じ血圧計で勤務時間内に15分おきに測定した血圧の平均値」とした。自己申告の週当たりの労働時間をばく露要因とし、仮面高血圧と持続性高血圧の有病率をアウトカムとして解析を行った。調整因子は高血圧に関連する要因と考えられる性別、年齢、学歴、職種、生活関連の潜在的な危険因子(飲酒頻度、喫煙状況、身体活動量、自己申告による糖尿病の有無や家族の心臓病歴、BMI)と仕事のストレッサーとした。
結果:長時間労働者における仮面高血圧と持続性高血圧の有病率は統計的に有意に高かった。具体的には、ロバストポアソン回帰分析による仮面高血圧の有病率は週当たり労働時間35時間未満の群を1とすると同41-46時間群で1.51(95%信頼区間1.06-2.14)、同49時間以上群で1.70(95%信頼区間1.09-2.64)であった。また、持続性高血圧の有病率は週当たり労働時間35時間未満の群を1とすると同49時間以上群で1.66(95%信頼区間1.15-2.50)であった。仮面高血圧は数年にわたり持続する可能性があり、診断や適切な管理が遅れる危険性がある。長時間労働が血圧に及ぼす悪影響に対する臨床的認識を高めることで、個人及び集団レベルでの高血圧の一時予防と管理のためにも、長時間労働の削減を検討することが必要である。
解説:
普段は高血圧ではないのに診察室や医師の前で血圧が高くなる高血圧の現象は白衣性高血圧といわれ、医師の前で緊張するなどの心理的な要因が関連していることが示唆されている。また、職業性ストレスが血圧を上昇させうることが明らかにされている。一方、診察室や健診時には正常血圧であり、診察室外で高血圧である現象は仮面高血圧といわれ、仮面高血圧は発見されにくいという問題がある。この研究は長時間労働者において仮面高血圧の有病率が高いことが示唆された初めての論文である。
白衣高血圧は持続性高血圧と区別することができず、不要な血圧管理を指示される経済的負担や薬剤による副作用の危険性や、定期的な観察を中断して持続性高血圧に移行する危険性がある。一方、仮面高血圧は発見が遅れるために重大な心血管リスクをもたらす危険性がある。長時間労働をしており、血圧がそれほど高くない労働者においては仮面高血圧のリスクも考慮に入れ、労働時間を短縮するなどの組織を挙げた高血圧予防が推奨される。また、血圧を健診時だけでなく日ごろから測定することにより、仮面高血圧の発見につなげるような工夫も必要だろう。