労働安全衛生総合研究所

研究紹介(センターが取り組む研究に関連する研究論文の紹介 G: 国際比較)


  1. 日台比較からみる脳・心疾患労災認定基準変更の影響(Lin RT et al., Sci Rep. 2017)
  2. 韓国における職業性精神障害・自殺の労災請求事案についての記述的研究(Lee et al. Ann Occup Environ Med. 2016)

日台比較からみる脳・心疾患労災認定基準変更の影響(Lin RT et al., Sci Rep. 2017)

出典論文:

Lin RT, Lin CK, Christiani DC, Kawachi I, Cheng Y, Verguet S, Jong S. The impact of the introduction of new recognition criteria for overwork-related cardiovascular and cerebrovascular diseases: a cross-country comparison. Sci Rep. 2017 Mar 13;7(1):167. doi: 10.1038/s41598-017-00198-5. PubMed PMID: 28279019

著者の所属機関:

ハーバード公衆衛生大学院等

内容:

 台湾が抱える労災認定に関わる問題点を、課題先進国である日本との比較から検証した論文。台湾では脳・心疾患の労災認定件数が少ないこと(実態を過小評価していること)が問題視されている。本研究では、2010年12月に台湾で行われた労災認定基準の改正が認定件数に及ぼした影響を、改正前5年間(2006年から2010年)と改正後5年間(2011年から2015年)の認定件数の比較により、さらには、日本の状況との比較により検証している。結果として示されたのは、新基準の導入が脳・心疾患の労災認定件数を2.58倍増加させたこと、労働者の月当たりの労働時間は台湾が日本より20時間長かったこと、また、日本との差異点を考慮し分析した結果、新基準導入後も台湾の認定件数は日本の認定件数の0.42倍であったことなどである。これらの結果は、台湾における2010年の新基準導入が労災認定件数の増加(認定されにくい状況の解消)に一定の効果を及ぼしたものの、その影響力は日本の労災認定制度には及ばず、新基準導入後も本来は認定されるべき事案が多く見過ごされている可能性があることを示している。その理由として著者らは、台湾では、疾病との関連を導く記録の管理が不十分なこと、勤め先の報復や失業を恐れる傾向があること、そもそも労災保険への関心が低いことなどを挙げている。労災保険への関心が低い理由としては、手続が煩雑である上、労災保険を利用するメリットが必ずしも大きくない(国の健康支援サービスである程度補償される面がある)ことが挙げられている。

解説:

 台湾の実状を述べた本論文の冒頭部分には、世界で初めて過重労働による脳・心疾患の労災認定基準を定めた国として日本が“karoshi(過労死)”をキーワードに紹介されている。台湾の認定基準や審査プロセスは日本の基準が参考にされているが、2004年に現在の日本と同じ基準(※)が取り入れられるまで、脳・心疾患の労災認定は終業後24時間以内に発症した場合のみに限られていた(※発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は業務と発症との関連性が強いとする考え方など)。一方、台湾人の労働時間はアジアのOECD加盟国で最も長いとされており、法律に定めた(時間外労働を除いた)最大労働時間も日本より月当たり8時間長い。そのため、時間外労働の基準値を日本と同一に設定した2004年の認定基準は、労働時間全体の閾値が日本より8時間長くなり、労災が認められにくい状況となっていることが指摘されていた。そのため、論文内でターニングポイントとされた2010年の改正では、脳・心疾患を発症した前月の時間外労働時間の基準値を92時間にするなど、基準値を改正前より8時間短くしている。一方、日本の認定基準が現在の基準に改正されたのは2001年12月であり、そのポイントは、過重な業務の評価期間を「発症前約1週間」から「発症前おおむね6か月間」に変更したことである。論文では日本での労災認定件数も分析されており、日本でも2001年の改正で労災認定件数が2.81倍増加したことが示されている。


韓国における職業性精神障害・自殺の労災請求事案についての記述的研究(Lee et al. Ann Occup Environ Med. 2016)

出典論文:

Lee et al. Descriptive study of claims for occupational mental disorders or suicide. Ann Occup Environ Med. 2016 Oct 20;28:61. PMID: 27777785

著者の所属機関:

Hanyang University(漢陽大學校)

内容:

2010年?2014年の韓国における精神障害の労災請求事案の実態について明らかにするため、当該期間に同国の労災保険法(Industrial Accident Insurance Act)に基づき精神障害の労災請求がなされた全事案についてデータベース化し分析した研究である。
韓国労働者補償・福祉機構(Korea Workers Compensation and Welfare Service)が保有している、2010年?2014年に請求され、かつ2015年4月までに補償の可否が決定された労災請求事案569例についてのデータセットを作成し分析した。労災請求事案の約75%は男性であり、年齢階級別では40-49歳が最も多かった。職種別では男性では管理的職業従事者、女性では事務従事者が多かった。対象期間の5年間で189例が労災と認定されており、認定率(認定事案数を請求事案数で除した割合)は33%であった。疾患別(重複例を含む)では自殺が請求事案の23%を占め最も多く、以下、うつ病、適応障害、外傷後ストレス障害(PTSD)、急性ストレス障害の順であった。疾患別での認定率が高かったのは、急性ストレス障害やPTSDであった。業務上・外の判断の要因別に見ると、認定事案で顕著に多かったのは身体的外傷、雇用問題、違法行為・経済的損失に関する問題、職場での暴行などを含む急性のストレスフルな出来事であり(56%)、以下、恒常的な長時間労働、職場環境の変化や人事異動、業務負荷量の変化であった。一方で、業務外と判断された要因で最も多かったのはストレス強度の低さであった。業務以外の要因による発症として業務外と決定された事案も多かった。

解説:

わが国同様に長時間労働の蔓延が指摘され、それに伴う精神障害・自殺が労働衛生上の大きな課題となっている韓国における精神障害の労災請求事案の実態に関する報告である。過労死等防止調査研究センターが中心となって進めているわが国の精神障害の業務上および業務外事案の解析研究と研究デザインなどで共通する点も多く、国際比較という観点からも興味深い内容となっている。わが国における実態と同様に、韓国においてもハラスメントなどの対人関係、雇用・人事問題、仕事の失敗や違法行為などに起因する精神障害の労災事案は多く、長時間労働以外の要因にも着目した過労死等対策の重要性を示唆する報告である。


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