労働安全衛生総合研究所

余震と建築物の倒壊危険性の関係について

1.はじめに


 私たちが暮らしている日本はご存じのとおり、世界的な地震多発国であり、直近の熊本県を中心とした地震(2016年4月14日に発生、以降では熊本地震と称します。)や、5年前の東日本大震災(2011年3月11日に発生、以降では東北地方太平洋沖地震と称します。)は記憶に新しいところです。これらの地震では、最初に発生した地震の後に震度5を超える大きさの地震が何度も観測されたことが特徴的で、熊本地震は直下型地震、東北地方太平洋沖地震は海洋型地震と、地震の型が異なっていますが、大きな余震が何度も発生したという共通点があります。そこで今回は、余震と建築物の倒壊危険性の関係について記したいと思います。

2.建築物の耐震設計法


 建築物の耐震設計については、明治24年10月28日に発生した濃尾地震による被害を受けて、木造建築物に対する耐震性能についての客観的な評価がされるようになり、明治27年に「木造耐震家屋構造要領(案)」が発表されたのが始まりだとされています。大正3年には佐野利器により「家屋耐震構造論」が発表され、震度法が提案されました。大正12年9月1日に発生した関東地震(関東大震災)の被害を教訓に、世界でも類を見ない地震力規定が新設されました。さらに昭和5年11月26日に発生した北伊豆地震、昭和19年12月7日に発生した東南海地震、昭和23年6月28日に発生した福井地震等で多くの建築物が被害を受けたことによって、改訂が繰り返されてきました。そして昭和53年6月12日に発生した宮城県沖地震を受けて昭和56年に、いわゆる「新耐震設計法」が施行されました。その後、平成7年1月17日に発生した兵庫県南部地震(阪神大震災)を受けて、構造計算法として従来から採用されていた許容応力度計算法に加え、限界耐力計算法が認められるようになりました。
 これらの耐震設計法の基本的な考え方は、一度の大地震(想定している地震の規模は時代によって異なります。)に対して、建築物が倒壊しないことです。つまり、余震が何度も何度も発生することを考えているわけではありません。

3.労働安全衛生総合研究所での研究


 弊所では、東北地方太平洋沖地震が発生した直後に、被害を受けた建築物の復旧工事を安全に遂行することを目的とした研究に取り組みました。対象とした建築物は、新耐震設計法が施行される以前に施工された、比較的強度が小さいと考えられる木造建築物としました。以下に概要を簡単に紹介いたします。試験体を写真1に示します。これは木造建築物の一部を切り出したものです。このような試験体の仕上げ(写真は、外壁がモルタル仕上げですが、サイディング仕上げとした試験体でも実験を行いました。)や、構造部材、開口部の形状、実験方法などを変えて実験を実施しました。
 図1に仮動的実験での実験結果の一例を示します。仮動的実験とは、コンピュータによる地震応答解析と静的加力実験を併用した実験方法です。実験では、1995年1月17日に発生した兵庫県南部地震の地震波を用いました。本震の大きさは、観測記録とほぼ同等の大きさとしました。図1の上段の図が地震波の大きさを表しています。実験では、余震1は本震と同じ大きさとしました。余震2は本震の約70%の大きさとし、余震3以降は本震の半分の大きさとしました。このように、地震の大きさを徐々に小さくしていることが図1の上段の図で分かると思います。図1の下段は試験体(建築物)の変形の大きさを表しています。時間の経過と共に地震の大きさが小さくなっているのに対して、試験体の変形量が大きくなっていることが分かると思います。
 このように、ある一定規模以上の余震が繰り返し発生することによって、建築物が倒壊する危険性があることが実験で実証されました。実験の前と余震5で最も変形が大きくなった時の状況を比較して写真2に示します。



 本来ならば、倒壊する危険性がある建築物への近接は避けるべきですが、復旧工事や生活必需品を持ち出す必要性に迫られることがあります。そこで、写真3に示すような簡易補強方法や、写真4に示すような足場等の仮設機材を用いた倒壊防止対策の性能を評価する実験を実施いたしました。いずれの対策も、簡便性を最優先したため震度5の余震には耐えられませんが、震度3の余震には耐えられることが分かりましたので、余震活動がある程度鎮静化した後であれば、十分に有効であると考えています。
 これらの詳細は、弊所発刊の特別研究報告(弊所ホームページにて無料ダウンロード可)
SRR-No. 42-1-6 旧基準で建てられた木造建築物の耐力と損傷状況
SRR-No. 42-1-7 損傷を受けた木造住宅の余震による倒壊危険性に関する研究
SRR-No. 42-1-8 地震被害を受けた木造住宅に対する簡易補強効果に関する研究
SRR-No. 42-1-9 損傷を受けた木造住宅内の作業安全確保のための簡易余震対策の検討
を参照していただければ幸いです。



写真3 仮筋かいによる簡易補強



写真4 仮設機材による倒壊防止対策

4.今後の検討課題(その他の倒壊防止対策)


 熊本地震で倒壊した木造建築物の多くは瓦屋根であることに気づきます。瓦は日本の伝統文化であり、個人的に好きな意匠です。しかし、「重い」という欠点があります。直観的に理解できると思いますが、上部の方が重い構造物は安定性に劣る場合が多いです。そのため地震で被害を受けたものの倒壊を免れた瓦屋根の建築物では、その後に続く余震によって倒壊する恐れが高くなり、それを防ぐために瓦を撤去することは、倒壊防止対策として有効であると考えています。それを工学的に証明することは重要であり、機会があれば検証してみたいと考えております。
 余談になりますが、本来の瓦は、地震によって崩れ落ちるように施工し、建築物本体の被害を低減するものであったようです。熊本城の瓦が激しく崩壊している姿を目にした時、一見被害が大きく見えたあの姿は、瓦職人さんの意図通りだったのですね。そうでなければ、本体構造に、もっと大きな被害が出ていたかもしれないと想像すると、先人の知恵の素晴らしさに感心せざるを得ません。

5.まとめ


 木造建築物を対象とした、震災後の安全作業に関する研究の一部を抜粋して紹介させていただきました。近年、地震活動が活発化しているように感じます。この研究が取り越し苦労であれば良いのですが、もし震災に遭遇してしまった場合には、少しでもこのコラムがお役に立てれば幸いです。また、建築物の構造形式や仕上げの種類は時代と共に多様化していますので、さらなるデータの蓄積、さらなる検討の余地が多いことを承知しておりますので、今後さらなる努力を続けていきたいと考えております。


(建設安全研究グループ 部長代理 高梨 成次 )

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