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作業環境中芳香族アミンの分析方法の開発

芳香族アミンとは

芳香族アミンは,芳香族化合物(六角形のベンゼン 環)に直接アミン(-NH2)が結合した構造を持つ化合物(右図)の総称です。 芳香族アミンは、染料、樹脂や薬品などの原料として用いられており、様々な産業で利用されています。 また、芳香族アミンは発がん性が懸念される化学物質であり、その一部は膀胱がんを引き起こすことが知られています。1
ここでは、当研究所で行った作業環境中の芳香族アミンの測定方法に関する研究についてご紹介いたします。

芳香族アミンによる労働災害

  • 芳香族アミンにさらされる業務による膀胱がん(職業性膀胱がん)はRehn(1895、ドイツ) により最初に報告され、その後,各国でも発生が報告され、日本においても大井田(1957)や原(1959)により報告されています。2
  • 近年では、2015年12月に芳香族アミン(o-トルイジン)を取り扱う事業所で、膀胱がんの発症事例が報告されています。3

芳香族アミンによる健康障害の防止対策

  • 1972 年に労働安全衛生法により、芳香族アミン及び関連物質 (ベンジジン,2- ナフチルアミン、4- アミノビフェニル、4- ニトロビフェニル)が輸入・製造・使用禁止。2、4
  • 一部の芳香族アミンについては特定化学物質として指定。4
  • 健康障害予防のために労働者が化学物質を吸い込むことや、素手で触ることのないように十分な管理対策を行う事が義務づけられています。
  • 作業環境測定を行って、作業環境管理や作業管理が効果的に働いているかどうかを確認し、次の対策に結びつけることも求められています。
  • 特定化学物質指定外の芳香族アミンが必ずしも安全というわけではありません。業務上の疾病としての報告事例や、有害性の研究が少なかったりすると、発がん性を始めとする有害性が明らかとなっていない場合があります。

芳香族アミンの作業環境測定と必要とされる分析方法

  • 作業環境測定とは、化学物質を取り扱う事業場で対象物質の職場環境(飛散状況等)を把握するため、化学物質の空気中濃度を測定し評価する事です。
  • 作業環境測定は下記の手順で行われます。4、5
  • 作業環境では比較的共存物質の種類が少なく、存在する共存物質が何であるかを多くの場合把握できています。しかし、すべての事業場で同時に取り扱う物質が同じではないので、空気中に共存する物質が、目的とする物質の分析を邪魔するために分析が難しい場合もあります。
  • 有害性は化学物質により異なり、有害性の高い化学物質は低い基準値で厳しく管理します。そのため、空気中にある微量の化学物質を分析する方法が求められます。実際には、多くの事業場で作業環境の測定を行うために、簡便で汎用性の高く、経済的に負担の少ない装置により精度よく高感度に分析する方法が必要になります。
芳香族アミンを、共存物質の妨害を受けずに、高感度・簡便に分析する方法の開発

共存物質存在下での芳香族アミンの高速液体クロマトグラフ(HPLC)による分析6、7

  • HPLCを用いた場合、蛍光検出により感度を向上させることが良く行われています。測定したい物質が蛍光を持つ場合はそのまま蛍光検出を行えますが、蛍光を持たない場合は蛍光誘導体化反応(蛍光物質を結合させる反応)を行う事が必要となります。
  • ただし、蛍光誘導体化反応の試薬は芳香族アミン以外の化合物(フェノール類や脂肪族アミンなど)にも反応してしまいます。このことは、例えば、芳香族アミンとフェノール類を使用している 樹脂工場などでは、それらの物質が蛍光誘導体化を用いる芳香族アミンの分析の妨害物質となる可能性があります。
芳香族アミンの選択的誘導体化
選択的に誘導体化が行える反応条件の検討を行い、定量的かつ高感度・選択的に芳香族アミンのみが検出できるようになりました(右図)。 開発した方法は、1. フェノール類や脂肪族アミン類が反応しない状態になるように調整した水溶液に、2.芳香族アミンを含む捕集した試料の溶液を加え、3.最後に誘導体化試薬を加えて、35℃、5~10分程度反応させる、溶液を混合するのみの簡便な方法です。この方法を用いると、共存物質(フェノール類や脂肪族アミン類など)が多い作業環境においても、これらの除去を行わずに、芳香族アミン量を定量する事ができます。 また、一般的に反応性が高い誘導体化試薬を用いた誘導体化反応では脱水溶媒(水が全く含まれていない溶媒。通常の溶媒は空気中の水分を含んでいる)を使用しますが、今回開発した方法では、高価で取扱いにくい脱水溶媒を用いずに水溶液中で誘導体化するため、一般的な誘導体化方法より簡便に行えます。

おわりに

科学技術の発展に伴い、新しい化学物質は年々増加し、新たに有害性が明らかになる化学物質も増えています。 そのため、健康障害予防に向けて作業環境の測定を行う必要のある物質は増加し、分析が難しくなっていくことが予測されます。これからも、労働者の健康保持に役立つよう、様々な作業環境における有害な物質の測定方法の開発等に取り組んでまいります。

【参考文献】

  1. Agents Classified by the IARC Monographs, Volumes 1‒130. IARC MONOGRAPHS ON THE IDENTIFICATION OF CARCINOGENIC HAZARDS TO HUMANS.
  2. 山村譲, 芳香族アミン曝露に起因する職業性膀胱癌の現状と今後の問題点についての考察. 産業医科大学雑誌, 1989. 11(4): p. 495-504.
  3. 福井県内の化学工場で発生した膀胱がんに関する災害調査報告書、厚生労働 http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-Soumuka/0000128467.pdf (2021.12.17 確認済み)。
  4. 厚生労働省法令等データベースサービス,https://www.mhlw.go.jp/hourei/
  5. 特定化学物質関係-金属類を除く-。作業環境測定ガイドブック2009: ( 社) 日本作業環境測定協
  6. 【この研究に関する論文】

  7. Naoko Inoue (2017) Selective Detection of Carcinogenic Aromatic Diamines in Aqueous Solutions Using 4-(N-Chloroformylmethyl-N-methylamino)-7-nitro-2,1,3-benzoxadiazole (NBD-COCl) by HPLC. Analytical Sciences, Vol.33, pp.1375-1380.
  8. Naoko Inoue (2018) Simple, selective, and identifiable analysis of aromatic monoamines with a surrogate on sulfuric acid impregnated filters by derivatization with an acid chloride reagent and HPLC with fluorescence detection. Journal of Separation Science, Vol.41, No.23, pp.4355-4362.

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