労働安全衛生総合研究所

安全関連用途への適用に向けたBluetoothスマートタグの耐環境試験

1.はじめに


 所持品の位置特定や移動履歴の記録、心拍や血圧など健康状態のモニタリングといった様々な用途で、周辺電子機器とBluetooth Low Energy1)を用いて無線通信するスマートタグ(以下、BLEタグという。)の普及が進んでおり、機械設備を使用する事業場においても、人の資格や権限のリアルタイムな確認、存在位置に応じた危険回避情報の提供といった作業者の安全管理への応用が試み始められています2)。安衛研ニュースNo. 153(2021年10月号のコラム「"ISO/TR 22053 支援的保護システム"を適用したこれからの安全管理について」で紹介したように、ヒューマンエラーや不安全行動から生じる不確定性を低減し、事前の評価どおりの安全管理を達成する手段の一つとして期待されるところです。しかし、安全に関わる用途に適用する上では、BLEタグの故障や誤作動によるリスクの増大を十分検証しておく必要があります。
 そこで、表1に示す市販のBLEタグを対象に、電磁妨害及び温湿度変化に対する耐性を検証する試験を行うとともに、機械設備の災害防止に関わる安全関連制御システムにBLEタグを適用できる可能性とその要件について検討しています。このコラムでは、これまでに筆者らが行った耐環境試験の内容と得られた結果の概要を紹介します。


表1 試験対象としたBLEタグの主な諸元
試料① 試料② 試料③
主な用途 オフィスや工場において、装着者の位置、あるいは心拍数などバイタル情報を専用受信器(親機)を介してクラウドサーバに送信する。 水泳やランニングなど運動中において、装着者の心拍数を計測、データをスマートフォンなどに送信する。 鍵や財布などに取り付けることで、存在位置を確認できる(スマートフォンからの操作でブザーを鳴らしたり、GPS情報を得られたりする)。
通信方式 Bluetooth 4.0 Low energy Bluetooth 4.0 Low energy Bluetooth 4.0 Low energy
外形寸法 L 39 × W 25 × H 10 mm φ30 × H 9.5 mm L 46 × W 26 × H 8.5 mm
質 量 8.0 g 8.5 g 10.0 g(電池含む)
電 源 Li-ion二次電池 Li-ion二次電池 CR系一次電池(CR2032)

2.想定する安全関連用途と危険側故障


 BLEタグの適用として様々な用途が考えられますが、ここでは「設定や調整などの非定常作業において作業者個人を識別するとともに、保有する資格と権限を照合し、それらの条件に基づいて特定の機械の作動を許可する」システムの一部(作業者識別情報入力部)とすることを想定しています。このような安全管理は、従来、起動や運転モード切替えをキー付きのスイッチで行うように機械設備を構成し、その上で、キーを管理する手順及び組織体制を確立するといった方法で実現されてきました。ここで、作業者の識別にBLEタグを用いれば、ヒューマンエラーや意図的な不安全行動によって権限のない者が機械を操作する可能性を削減でき、人のみに依存した安全管理の不備を機械設備の側から補えるようになります。
 しかし、 BLEタグについては、これを携帯又は装着した作業者が活動・滞在する工場内の様々な場所、例えば、製造工程上発生する高温多湿区域や低温区域、作動中の大型電動駆動機や溶接加工機の周辺といった環境条件にさらされることを前提にする必要があります。そして、これに起因してBLEタグに記憶された情報、特にBluetooth通信に関わる半導体チップに組み込まれた「デバイスID」の書き換えや消去が起こると、誤った作業者識別が行われ、権限のない者の操作を許してしまうおそれがあります。次章で紹介する試験は、このようなことを考慮し、機能安全規格が定める要求水準を参考にして市販BLEタグの耐環境性能の現状を把握し、安全関連制御システムへの適用可能性を検討することを目的に行ったものです。


3.試験の内容及び結果


 実施した耐環境試験の項目と試験レベルを表2に示します。
 放射イミュニティ試験、電源周波数磁界試験及び静電気放電試験については、一般工業環境において安全関連用途での使用を意図した電気・電子装置に対する要求事項を定めたJIS C 61326-3-113)を参考に試験レベルを設定しました。この規格では、低電圧機器全般の電磁両立性に関する一般要求事項を定めた基本規格JIS C 61326-1よりも厳しいレベルが指定されており、機能安全規格JIS B 9705-1やJIS B 9961で電磁妨害に対する耐性を簡易的に推定する際の基準の一つにも掲げられています。
 ただし、放射イミュニティ試験について、JIS C 61326-3-11では最高6.0 GHz(電界強度3.0 V/m)までの電磁界印加が規定されていますが、国立研究開発法人情報通信研究機構の多種無線通信実験プロジェクト(Flexible Factory Project:FFPJ)の中で行われた稼働中の工場での電磁ノイズ測定結果によれば、「溶接工程、プレス工程、鋳造工程、金属加工工程、組み立て工程等において、1.0 GHz以下の周波数帯でのノイズは観測されたが、それを超える周波数帯でノイズは現段階で観測されていない」と報告されている4)ことから、印加範囲を3.0 GHzまでと定めました。また、静電気放電試験について、JIS C 61326-3-1では±6.0 kVの接触放電と±8.0 kVの気中放電の印加が規定されていますが、一部のBLEタグについて8.0 kVでは気中放電を発生させることができなかったため、 ±8.0 kVの接触放電に代えることとしました。
 一方、温湿度サイクル試験については、高温高湿と低温の条件での電気・電子部品の劣化評価試験を定めたJIS C 60068-2-38 5)を参考としました。他の温湿度試験規格と比べ、周囲温度の変化による呼吸作用及び浸入した水分の氷結作用の影響を検証する目的から、1)温度変化の速度が速い、2)指定時間内での温度変化の回数が多い、3)0℃以下の低温条件を含んでいるなどの特徴があり、作業者が携帯又は装着して工場内の様々な場所を移動するというBLEタグの想定に合致することから選びました。JIS C 60068-2-38では、温度を-10~65℃で変化させるサイクル5回と25~65℃のサイクル5回(いずれも1回24時間)を組み合わせ、計10回の温湿度サイクルの実施が要求されており、さらに本試験では、規格の許容範囲の中で最も急に温度が変化するように各サイクルを設定しました。

表2 実施した耐環境試験の項目と試験レベル
試験項目 試験方法 試験レベル
放射イミュニティ試験
(所定の周波数・強度の電磁界に対する耐性を確認する試験)
JIS C 61326-3-11に準拠(JIS C 61000-4-3による) 強度:最大20 V/m,周波数:80 MHz~1.0 GHz,
水平及び垂直偏波,80 % AM変調正弦波(1 kHz)
強度:最大10 V/m,周波数:1.4 GHz~2.0 GHz,
水平及び垂直偏波,80 % AM変調正弦波(1 kHz)
強度:最大3 V/m,周波数:2.0 GHz~3.0 GHz,
水平及び垂直偏波,80 % AM変調正弦波(1 kHz)
電源周波数磁界試験
(商用電源線や変圧器から発生する磁界に対する耐性を確認する試験)
JIS C 61326-3-11に準拠(JIS C 61000-4-8の浸漬法による) 強度:30 A/m,周波数:50 Hz及び60 Hz
静電気放電試験
(帯電した人体が機器に触れた場合に生じる静電気放電に対する耐性を確認する試験)
JIS C 61326-3-11に準拠(JIS C 61000-4-2の卓上装置に対する直接印加の場合による) 接触放電:±8.0 kV,
印加箇所:露出導電部(充電用電極,カバー固定ビス等)
放電回数:各箇所10回
温湿度サイクル試験
(高温高湿や低温の条件を組み合わせた所定の温湿度変化に対する耐性を確認する試験)
JIS C 60068-2-38に準拠 -10~65℃の24時間サイクルを5回,25~65℃の24時間サイクルを5回(計10回) 試験開始前に,標準予備乾燥状態に24時間放置

 以上の試験を各BLEタグ3台ずつを対象に行いました。その様子を写真1~4に示します。これまでに得られた結果を簡単に述べると、放射イミュニティ試験、電源周波数磁界試験、温湿度サイクル試験については、いずれのBLEタグにも特段の機能異常は見られず、また、静電気放電試験では一部に一時的な作動不能を起こしたタグがありましたが、すべてリセット操作で直ちに正常復帰しました。少なくとも、前述したデバイスIDの改変は、表2の範囲の試験では全く確認されませんでした。
 外部電磁界の影響でデバイスIDの改変が起きなかった理由は、Bluetooth通信に関わる半導体チップにデバイスIDを書き換えたり消去したりするほどの電磁誘導が発生しなかったためですが、これは、バッテリ駆動のために電磁誘導の主要因となる電源ケーブルがなく、さらに、アンテナはプリント基板上に搭載された小型チップであるというBLEタグ全般に共通する特徴によるものと言えます。また、静電気放電に対しては、チップと周辺回路を含めて全体がモジュール化され金属筐体でシールドされていること、ならびに、チップ損傷防止用に電圧リミッタ回路が組み込まれていることが影響を受けなかった大きな理由と考えています。


写真1 放射イミュニティ試験の様子 写真2 電源周波数磁界試験の様子
写真1 放射イミュニティ試験の様子 写真2 電源周波数磁界試験の様子
写真3 静電気放電試験の様子 写真4 温湿度サイクル試験の様子
写真3 静電気放電試験の様子 写真4 温湿度サイクル試験の様子

4.おわりに


 本コラムでは、市販のBLEタグを対象に実施した電磁妨害及び温湿度変化に対する耐環境試験について、試験内容とこれまでの結果について概要を紹介しました。
 住宅やオフィス、商業環境での使用が意図されたBLEタグを、作業者の安全管理に安易に適用できると判断するには注意が必要です。安全関連制御システムは、機械の生産機能や動作制御に関わるシステムと明確に区別され、担うリスク低減効果の大きさに応じて、より低い危険側故障発生確率の達成が要求されているためです6)。危険側故障発生確率は、単に構成部品の故障率だけでなく、システム全体の構成(冗長性)、障害検出機能の有無、仕様作成段階や設計段階で人の過誤によって潜在する不具合原因の抑制など様々なファクターを考慮した上で決定されるものであって、本コラムで紹介した電磁妨害や温湿度変化に対する耐性は、複数の構成要素が一つの原因で故障に至ってしまう「共通原因故障」というファクターの一項目に過ぎません。また、各試験は対応するJIS規格に準拠した方法で行いましたが、あくまでも規格が規定する標準試験条件における結果であり、実際の使用環境の条件を全て反映しているものではありません。例えば、結露状態が長時間にわたる可能性が予見されるならば、防湿性をより慎重に検証する必要があります。
 ただし、これまで得た良好な試験結果に基づけば、電磁妨害や温湿度変化によって複数のBLEタグのデバイスIDが一度に改変されることは極めて稀であると言え、このため、例えば適切な冗長構成を設計に採用することで、現在あるBLEタグを用いて要求される危険側故障発生確率を達成した安全関連制御システムを構築できる可能性は十分高いと考えています。ヒューマンエラーや不安全行動から生じる不確定性を排した安全管理手段の一つとなるよう、さらに検討を進めたいと思っています。


参考文献
  1. Bluetooth SIG, Inc.:"Bluetooth Radio Versions",https://www.bluetooth.com/learn-about-bluetooth/radio-versions/(2021年10月1日確認).
  2. 清水尚憲,大塚裕,濱島京子,土屋政雄,梅崎重夫,福田隆文,北條理恵子:"機械安全-支援的保護システム(Supportive Protective System : SPS)(統合生産システム(IMS)におけるSPSのリスク低減効果)",日本機械学会論文集,84巻860号p. 17-00425(2018).
  3. JIS C 61326-3-1:2020 計測用,制御用及び試験室用の電気装置 — 電磁両立性要求事項 — 第3-1部:安全関連システム及び安全関連機能 (機能安全)の遂行を意図した装置に対するイミュニティ要求事項 — 一般工業用途.
  4. 国立研究開発法人情報通信研究機構ワイヤレスネットワーク総合研究センター:"製造現場における無線通信トラフル対策事例集",p.13,https://www2.nict.go.jp/wireless/ffpj-case.html(2021年10月1日確認).
  5. JIS C 60068-2-38:2013 環境試験方法 — 電気・電子 — 第2-38部:温湿度組合せ(サイクル)試験方法(試験記号:Z/AD).
  6. 厚生労働省:"機能安全による機械等に係る安全確保に関する技術上の指針",平成28年厚生労働省告示第353号(2016).

(機械システム安全研究グループ 上席研究員 齋藤 剛)

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