労働安全衛生総合研究所

材料破断面評価のリアルと最前線

1.破断面評価の現状


 前コラム(2016年安衛研 No. 87号)では材料の破断面を調べる(フラクトグラフィ)と、壊れた時の状況がわかりますという話を書きました。例えば、部品が壊れた時に、その部品は一回大きな力が作用して壊れたのか、それとも繰り返し力が作用して壊れたのか。こうしたことは、部品に残された破断面の模様を観察することで判断することができます。

 では、皆さんが手元にその部品があったとしてできるのでしょうか?いや、もちろんできません。これは職人芸とまでは言いませんが、判断を行うためには、破壊への理解と解析の経験を積む必要があります。

 しかし、残念なことにこうした技術を持った技術者または研究者の数は年々減っております。これまで研究または調査により培われてきた破断面の解析技術または経験は、諸先輩方のリタイヤと共に失われていく技術になりつつあります。

 一方で、破断面に限った話ではありませんが、事故の調査などの結論には「科学的根拠に基づいている」という前提条件が求められるような時代になってきました。DNA鑑定により容疑者を特定するというようなことも、これに当てはまると思います。そして、破断面の調査も科学的根拠に基づいた事故の調査と言えます。

 したがって、世の中としては需要(科学的根拠)が増しているにも関わらず、供給側(技術者の数)が途絶えつつあるというのが破断面の世界の現状です。しかし、今日明日にでも技術者が育てられるわけでもありません。したがいまして、知識を伝承したり、これからデビューする技術者をサポートするシステムを構築したりことは急務だと考えています。

 そこで私は所属する日本材料学会のフラクトグラフィ部門委員会と立ち上げた研究コンソーシアムを通じて、主に二つの柱で活動しております。

(1)フラクトグラフィデータベースの構築
(2)フラクトグラフィとディープラーニングの融合研究コンソーシアム(FraD)

 フラクトグラフィには①観察主体の定性的な解析と、②画像処理などを活用した定量的な解析の2種類があります。(1)のデータベースは定性的な解析、(2)のコンソーシアム活動の成果は定量的な解析に資する活動です。

 次に、それぞれについて、簡単に紹介いたします。


2.フラクトグラフィデータベースの構築


 破断面を調査する時に大切になるのは「似た破断面を探す」という活動です。例えばボルトの破断面であれば「他にボルトの破断面はないかな?」と書籍または論文を探します。フラクトグラフィデータベースは、こうした活動の下支えになることを期待して構築しています。URLは以下になります。どなたでも無料で登録等無くご覧いただけます。

http://www.fractography-database.org/

 データベースでは、様々な破断面をデータシートという形で収集しました。破断面の様子を肉眼で観察した時、走査型電子顕微鏡で観察した時、いろいろな様相が見えますので、そちらを1枚のデータシートにまとめました。実験結果もあるものは付属させていますので、破断面の教科書ということができます。

 図1はデータシートの1例です。シャルピー衝撃試験の破断面をまとめてみました。


データシートの1例(シャルピー衝撃試験 http://www.fractography-database.org/html/datasheet_00004.html)

図1 データシートの1例(シャルピー衝撃試験 http://www.fractography-database.org/html/datasheet_00004.html)

 こうしたデータシートを作成していく時に、観察の着目点、特徴的な模様などを記入します。こうしたシートの蓄積によって知識の保存、伝承がなされていくのだと考えています。


3.フラクトグラフィとディープラーニングの融合研究コンソーシアム


 AI、ディープラーニングという言葉を皆さんも目にしたことがあると思います。自動運転などの実現にはAIは欠かせない技術のように言われています。カメラで撮影された映像から「人」、「信号」とか「自動車」を認識するようなことがAIを使って行われています。

 破断面でも同じようなことができないだろうか?という着想にあるとき突然至りました。

 破断面の画像をコンピュータが学習して、ある破断面の画像を解析させると「これは脆性破壊の破断面です」と回答できるような仕組みはできないか?と考えました。

 自分のPCのハードディスクに保存されている破断面を破壊機構(脆性破壊・延性破壊・疲労破壊)と分類して学習させます。学習に必要なライブラリは既に多くのものが公開されているので、さほど難しい作業ではありません。これらを使って学習させ、破断面を分類するためのモデルファイルを作成しました。モデルファイルは人間で言うと脳に相当するものです。

 その結果が図2です。横軸は学習の回数、縦軸は正答率です。赤い線は学習用データの正答率、青い線は検証用データの正答率です。言い換えれば学習用データは宿題とかドリルのようなもの、検証用データはテストとか模擬試験のようなものです。学習用データと検証用データの正答率があまりに離れていると「過学習を起こしている」といいます。これは、家で勉強しているときは満点取れるのに、いざテストとなると全然点数が取れない、と言った感じになっているということです。ここれはほとんど学習用データと検証用データの正答率に乖離はありませんから、過学習を起こしていないことがわかります。

図2 学習の回数と正答率の関係

図2 学習の回数と正答率の関係

 このモデルファイルを使って破断面から破壊機構を推定させるアプリケーションを作成しました。図3がその様子です。ブラウザで破断面の画像ファイルをアップロードすると、推定される破壊機構が表示されます。詳しく書くと、画像の中ではランダムに10箇所を抜き出して、それぞれについて推定しています。その中で最も数の多い破壊機構が、その破断面画像が示す破壊機構という方法で決めています。こちらは今のところコンソーシアム参加メンバー限定です。

図3 破断面から破壊機構を推定するアプリケーション

図3 破断面から破壊機構を推定するアプリケーション

 こうした仕組みを構築する為には「ビックデータ」と呼ばれるものが必要です。たくさん問題を解いた人は成績が良くなるのと同じようなことです。しかし、破断面の画像を多く集めることは1組織で行うことは難しいです。そこで研究コンソーシアムを立ち上げました。それが「フラクトグラフィとディープラーニングの融合研究コンソーシアム」です。コンソーシアム活動を通じて、様々な破断面の解析が行えるAIをこれから提供して行きたいと考えておりますので、楽しみにしていてください。


(機械システム安全研究グループ 上席研究員  山際 謙太)

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