労働安全衛生総合研究所

第3回WHO協力センター西太平洋地域フォーラムに参加して

1.会議の概要

 労働安全衛生総合研究所(以下、安衛研)は世界保健機構(World Health Organization, 以下WHO)の協力センター(WHO Collaborating Centre)に指定されています。2018年11月22日から23日までの2日間の日程で、ベトナムのホーチミン市において第3回のWHO協力センターの西太平洋地域の会議があり、過労死等防止調査研究センターの吉川徹と蘇リナ、人間工学研究グループの時澤健が参加しました。この会議は東アジアや東南アジア、オーストラリアや太平洋の島嶼地域などを含む西太平洋地域で活動を行うWHO協力センターが一堂に会して、これまでの協力センターとしての活動を報告すると共に、今後の活動プラン等について話し合う会議です。
 西太平洋地域には192のWHO協力センターがあり、今回の会議には140のWHO協力センターが参加しました。国別では多い順に、中国(45/63)、日本(34/36)、オーストラリア(28/49)、韓国(17/21)、シンガポール(6/10)、マレーシア(5/5)、ニュージーランド(2/3)、ベトナム(2/2)、フィリピン(1/2)、モンゴル(0/1)でした(括弧の中の数字は、出席センター数/WHO協力センター総数)。分野別で見ると、非感染性疾患と健康(43%)、保健システム(32%)、感染性疾患(14%)、緊急対応(9%)、情報・広報(2%)の割合です。2日間の日程で、前回の会議からの進展の総括と展望に関する報告や、WHOの保健戦略に基づく各協力センターの取り組みについて活発な意見交換が行われました。本稿では、スケジュール順に会議内容を紹介します。


2.会議の目的

 開会セッションにおいて、プログラムディレクターの葛西健先生(次期WHO西太平洋地域事務局長)より、
① 優れた実践を共有し、2016年の第2回会議からの進捗を回顧すること。
② 革新的な協力体制やネットワークを強化・促進すること。
③ 国レベルでWHO協力センターによるWHOへの貢献を最大化する機会を見極めること。
が本会議の目的として説明されました。
 また開会セッションでは、ベトナムの厚生大臣より、「国レベルでは政府との関係性で困難な場面があるかもしれないが、国際貢献という大きな目的のもとに、広く成果が行き渡るよう活躍してほしい」と激励の御挨拶を頂きました。さらに開会宣言として、WHO西太平洋地域事務局長のShin Yong-Soo先生が在任期間の活動を振り返りながら、発展途上国の地域医療は年々明らかに改善されていることを述べられ、本会議とWHO 協力センターの活動に更なる期待を寄せられました。


写真1 会場の様子(シェラトンサイゴンホテル、ホーチミン市)

写真1 会場の様子(シェラトンサイゴンホテル、ホーチミン市)


3.前回会議からの総括と展望

 後続のセッションでは、葛西健先生より、第2回の会議から2年を経過した現在までの総括や問題点と今後の展望など、WHO西太平洋地域事務局としての総括が行われました。まず第1回の会議で強調されたWHO協力センターの役割である「研究機関とWHO職員の間のコラボレーター」には、さらなる進展がみられたことが説明されました。また、第2回の主題の1つであったSustainable Development Goals(持続可能な開発目標;SDGs 詳しくは https://www.jniosh.johas.go.jp/publication/mail_mag/2017/98-column-2.html)については、引き続き2030年に向け17の目標に対して成果をあげていくことが重要であると述べられ、各WHO協力センターの進捗や優れた実践を共有し、成果をアピールする必要があることを強調されました。


写真2 プログラムディレクターの葛西健先生による総括

写真2 プログラムディレクターの葛西健先生による総括


 またWHOのシステムについては、改めて「地域事務局」の視点で説明されました。まずWHOには6つの中心的な機能(リーダーシップ、エビデンス、標準化、政策選択、技術サポート、モニタリング)があり、これはジュネーブ本部(Headquarter)、地域事務局(Regional Office)および国別事務局(Country Office)の全てにおいて発揮されるべき機能であることが解説されました。WHOとして最終的に行われる標準化ガイダンスの作成には、これらの機能が地域・国レベルで働いてこそ達成されることが強調されました。さらに、地域事務局の重要な貢献活動は「国際公共財」であり、国別事務局は「国内の技術サポート」を担いますが、どちらも独立したものではなく、何れも標準化ガイダンスと相互に関連しているため、常にボトムアップを意識する必要があると説明されました。全体会議におけるこのような説明には、WHO協力センターと各Officeとの関係を再認識させる意図があるものと感じました。
 今後の展望として、WHO西太平洋地域事務局運営委員長のPeter Cowley先生より、今年の第71回世界保健総会で採択されたGPW13(13th General Programme of Work、2019-2023年の中期事業計画)に沿った方針が説明されました。GPW13は
① Universal Health Coverage(UHC;各国内ですべての人が適切な保健医療サービスを受ける状態)の達成
② 公衆衛生危機への対応
③ 健康とウェルビーイングの増進
を優先課題とし、10億人が恩恵を蒙ることを目標に掲げています。上記のSDGsの達成のために、WHOはどのような貢献ができるか、そして何をすべきか、という視点が特徴です。そのために、各事務局はリーダーシップをステップアップし、eHealthやM-Health(mobile health)を拡充させていくことと、行政–医療体制–財源のトライアングルのバランスを保持することが重要であると述べられました。特に感染症のホットスポットへの対応と食の安全を重要領域として挙げられました。


4.各国のWHO協力センターの取組み紹介

 初日の全体会議の最後のセッションでは、各国の代表者によるパネルディスカッションが行われました。日本からは国立研究開発法人国立国際医療研究センターの明石秀親先生が登壇され、日本のWHO協力センターの取組みを紹介されました。領域別では、環境保健、感染性疾患、非感染性疾患(生活習慣病)と慢性疾患、生活習慣病以外の非感染性疾患、そして保健システムについてそれぞれ6~9機関が紹介し、約半数がWHO協力センター同士の共同研究や調査、合同セミナーなどの紹介をしました。また、年に1回は日本でWHO協力センター連絡会議を開催し、学会などでは得られない情報の共有や、テーマごとのグループディスカッションを行うことで、新しい協力体制の創出を目指すことが述べられました。他国の取組みの中で特に印象的だったのは韓国で、WHO協力センター同士の連絡を密にするためにホームページやSNSを立ち上げ、ミーティングはオンラインで行っているとのことです。技術的にはどこの国でも可能ですが、立ち上げに要する労力や各研究機関のネットワーク環境を考えると、なかなか大変なことかもしれません。その他、会場では各協力センターが取り組んでいる課題がポスターで紹介されました。17SDGsに関連する研究課題にどのように取り組んでいるか、得られた成果や今後の展望について分かりやすく紹介したポスターを投票で選ぶイベントも行われました。


写真3 安衛研のポスター

写真3 安衛研のポスター



5.領域別の分科会① (Occupational Health and Environment)

 全体会議から領域別の15の分科会へ移り、安衛研の登録テーマの分科会である「Occupational Health and Environment(労働衛生と環境)」に参加しました。この分科会にはWHO西太平洋地域事務局のRok Ho Kim先生が統括して議論を進めました。労働衛生と環境の分科会には、6つの労働衛生関連のセンターと、9つの環境関連のセンターが参加しました。各協力センターがTOR(terms of reference、委託事項)を紹介し、それぞれのセンターでの活動を報告しました。また、WHO西太平洋地域事務局であらかじめ準備した各センターのTORでは、労働衛生と環境の6つの優先目標(環境と健康の地域フレームワークや国レベルでの方針作成、WHOガイドラインに従った技術サポート、労働衛生や環境と健康に関するモニタリングやSDGに関連した諸活動等)の位置づけなどについて議論しました。


写真4 WHO西太平洋地域事務局からRok Ho Kim先生

写真4 WHO西太平洋地域事務局からRok Ho Kim先生



6.領域別の分科会② (Climate change)

 初日の最後には会場付近にある病院、研究所、保健所などを訪問する時間が設けられ、並行して上記分科会に加えたテーマである気候変動に関するセミナーも開かれました。安衛研の登録テーマの1つである暑熱ストレスにも関連する内容で、Rok Ho Kim先生が引き続き統括して議論を進められました。
 今年10月の、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)では、いわゆる「1.5℃特別報告書」(産業化以前と比較して1.5℃の気温上昇にかかる影響や関連する地球全体での温室効果ガス排出経路に関する報告書)を発表しています。その中では、世界平均気温は産業化以前に比べてすでに1.0℃上昇しており、このままのペースだと2040年前後には1.5℃に達することが報告されています。これは2015年の「パリ協定」において「世界平均気温の上昇を産業化以前と比較して2℃より十分低く抑え、さらに1.5℃未満に抑える努力を追求する」と定めた長期目標を受けての報告です。加えて、気候変動による悪影響のリスクは、1.5℃温暖化した場合では現時点よりも顕著に大きくなり、2℃温暖化すればさらに大きくなるという評価結果も報告されました。気候変動への具体的な対策はSDGsの1つですが、この達成は他の多くのSDGs(貧困飢餓の撲滅、健康と福祉、水資源、海と陸の豊かさ)に好ましい影響をもたらすことから、WHOは特に重要な目標に位置付けているようです。一方で、SDGsを推進することで長期的な温室効果ガスの排出削減へ繋がる可能性も大いにあり、相乗効果を目指すことが理想的であると添えられました。


7.基調講演、パネルディスカッション

 二日目の最初のセッションでは、前WHO事務局長のMargaret Chan先生による基調講演が行われました。先生は現在、Boao Forum for Asia Global Health Forumの初代委員長を務められており、上記UHCの実現を柱として、今年4月のBoao Asia Forum年次総会で強調された「健康のためのイノベーション」と「あらゆる分野での健康のメインストリーム化」を進めていきたいとのことでした。アジア圏では高齢化という共通の問題を抱えているため、国際協力を進めつつ各国の政府への働きかけも行い、研究機関の影響力を高めてほしいと述べられました。
 続くセッションでは、ベトナム、カンボジア、シンガポール、そして西太平洋諸島の代表者によるパネルディスカッションが行われました。各国の問題について説明がなされ、ベトナムでは急激な経済発展と貧富の差の拡大が社会問題化して医療や福祉に大きな影響を及ぼしていること、西太平洋諸島では1995年に提唱されたHealthy Islands Visionの取組みの成果が現れつつあることなどが紹介されました。小さな国であってもeHealthを活用して医療・福祉サービスの底上げを行っている例が取り上げられる一方で、災害医療の困難さも提示され、緊急対応分野の研究者による解決案の議論が行われました。


8.領域別の分科会①(Occupational Health and Environment)の総括

 二日目の午後には再び領域別の15の分科会へ移り、「Occupational Health and Environment」の総括論議が行われました。そこでは、労働衛生や環境と健康について、各協力センターの特徴を生かしたネットワークつくりに主眼を置いた議論が行われました。特に、労働衛生では、ベトナムの労働環境研究所(NIOEH)、日本の労働安全衛生総合研究所(JNIOSH)、産業医科大学産業生態科学研究所(UOEH)、韓国の韓国産業安全保健公団(KOSHA)、カソリック大学(CMC)、オーストラリアの南オーストラリア大学の、6組織によるネットワークつくりを促進し、協力センターが協働して西太平洋地域での活動を進めることが議論されました。また、2018年11月26日から27日には、ハノイ市でベトナムの医師を対象とした「職業性呼吸器疾患に関するWHO協力センターワークショップ」(WHOベトナム地域事務所とNIOEHの共催、CMC、UOEH、JNIOSHが協力)が予定され、各国の協力センターの協力活動を広げてゆくことが確認されました。


9.WHOの人的協力強化ワークショップについて

写真 5
写真 5

 二日目の午後には再び領域別の15の分科会へ移り、「Occupational Health and Environment」の総括論議が行われました。そこでは、労働衛生や環境と健康について、各協力センターの特徴を生かしたネットワークつくりに主眼を置いた議論が行われました。特に、労働衛生では、ベトナムの労働環境研究所(NIOEH)、日本の労働安全衛生総合研究所(JNIOSH)、産業医科大学産業生態科学研究所(UOEH)、韓国の韓国産業安全保健公団(KOSHA)、カソリック大学(CMC)、オーストラリアの南オーストラリア大学の、6組織によるネットワークつくりを促進し、協力センターが協働して西太平洋地域での活動を進めることが議論されました。また、2018年11月26日から27日には、ハノイ市でベトナムの医師を対象とした「職業性呼吸器疾患に関するWHO協力センターワークショップ」(WHOベトナム地域事務所とNIOEHの共催、CMC、UOEH、JNIOSHが協力)が予定され、各国の協力センターの協力活動を広げてゆくことが確認されました。


10.会議の総括とまとめ

 閉会式では、Shin Yong-Soo先生によりWHO協力センターのネットワーク強化等に関する議事サマリーが採択され、会議は終了しました。サマリーの中で、ネットワーク強化は様々な問題に対して「適切なタイミングで柔軟に対応する」ための基盤であることが強調されました。また役割として意識して欲しいことは「Story teller」であり「Match maker」であるとし、長期的な視点を持ちつつ目の前の課題や喫緊の課題にも取り組んでほしいと述べられました。
 短い2日間の内容でしたが、非常に密度の濃い会議でした。当研究所もWHO協力センターとして継続的に活動を行う重要性を感じました。次回の第4回フォーラムは、1年後の2020年にマニラで開催される予定です。


(人間工学研究グループ      主任研究員   時澤 健)
(過労死等防止調査研究センター  任期付研究員   蘇リナ)
(過労死等防止調査研究センター  統括研究員   吉川 徹)

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