労働安全衛生総合研究所

第6回アジア労働安全衛生研究所会議2016に参加して

1.AOSHRI Meetingの概要


 2016年10月10日から12日までの3日間,スリランカのコロンボ市,ガラダリホテル(Galadari Hotel)でアジア労働安全衛生研究所会議(Asian Occupational Safety and Health Research Institute Meeting,以下AOSHRI Meeting)が開催されました。AOSHRI Meeting はアジアで労働安全衛生に関する研究機関の代表者が一同に集い、労働安全衛生研究に関する以下の4つの活動等を行うことを目的に開催されています。

  1. アジア地域の国/地域の労働安全衛生研究機関における労働安全衛生研究活動について議論する
  2. 互いの研究機関おいて、さらなる活動のため情報を共有する
  3. 研究機関同士の持続的な協力にむけ、国際的なネットワークを構築する
  4. 労働安全衛生の諸問題の解決にむけ、国際的な研究協力体制を促進する

 第1回のAOSHRI Meetingは、独立行政法人産業医学総合研究所(現:労働安全衛生総合研究所)が発案国となって、2004年に日本の開催されたのを皮切りに、その後2–3年おきに開催され、韓国労働安全衛生研究所(OSHRI, 2007)、中国疾病管理センター(CDC, 2009)、マレーシア労働安全衛生研究所(NIOSH、2012)、シンガポール労働安全衛生研究所(WSH institute, 2014)がそれぞれホストとなり、有用な意見交換がされてきました(第4回会議(マレーシア), 第5回会議(シンガポール))。第6回を迎えた今年の会議では、スリランカ国立労働安全衛生研究所(National Institute of Occupational Safety and Health、Sri Lanka、以下NIOSH-Sri Lanka)が主催者でした。
 第6回AOSHRI meetingの参加国は、スリランカ、シンガポール、台湾、ベトナム、日本、マレーシアの6カ国でした。開催国スリランカの参加者は20名以上で、各国数名の代表者が参加しました。日本の労働安全衛生総合研究所からは、豊澤所長、甲田所長代理とともに吉川と菅間の計4名が参加しました。
 会議初日は、参加国ごとに自国の労働安全衛生事情について報告が行われ、アジアに共通する労働安全衛生課題(Challenges)と制約(Constrains)ついて討論が行われました。二日目は、初日に整理された論点をもとに、アジア地域で緊急的な安全衛生の課題(Emerging/burning issues)を討議し、優先的に取り組むべき課題の解決方策等について議論が行われました(写真1)。最終日は、AOSHRI meetingと同時に開催されたスリランカ全国労働安全衛生会議(National Occupational Safety and Health Conference2016)に参加した後、1, 2日目の議論点を元に、AOSHRI参加国が連携し優先して取り組むべき項目5つを定めるとともに、項目ごとにリーダーシップをとる国を決定しました。



写真1 各国参加者による集中討議と活発な意見交換の様子

2.会議で共有されたアジア各国の労働安全衛生事情


 参加各国から以下のような自国の労働安全衛生事情の報告がありました。

マレーシア: 労働災害件数は2005年から2015年にかけて減少している。現在は死亡災害発生率を10万人あたり2.5人に減少させることが目標である。2020年までの基本計画には、健康と作業品質のサポート、災害による国家損失の防止、国内の労働安全衛生の向上などを含む。国の事業として、労働安全衛生の教育・訓練プログラム、コンサルタントサービス、臨床検査事業、情報の普及、研究開発などを行っている。

台 湾  : 国内の労働安全衛生はハザードアセスメント部門により調査され、近年は産業ストレスやメンタルヘルス、ナノ粒子ばく露などの危険性に対する懸念が高まっている。例えば、2年前、台湾南部の高雄市で発生した市内のガス爆発や石油化学工業関係の災害の急増などが課題である。また、台湾労工安全衛生研究所が行った、多量の油を使って揚げる料理(deep fry)に従事する調理従業者に多発している肺がんの疫学調査を行い、新しい職業性リスクとしてその対策を検討している。

シンガポール:2004年から2015年にかけて国内の死亡災害は顕著に減少している。しかし、建設業の死亡災害発生率は10万人あたり7.2人と未だ高く、高齢者の災害が増加傾向にあるため、重要な問題である。特に、建設作業現場の安全衛生レベルの改善、包括的な事業主責任体制の構築、資格認証の増加などを優先項目とみなし、適切な労働安全衛生の推進に向けた取り組みを進めている。その他に研究所として、総合的な労働安全衛生管理、職業性の傷害および疾病、金属加工や化学プロセスの安全等に注目している。

日 本  : 国内の死亡災害発生率は緩やかに減少傾向にある。労働安全衛生の重点領域としては産業構造の変化への対応や、業種にまたがる取り組み、高リスク産業への対策などが挙げられる。国内の建設業に関する災害調査および安全研究事例として、2012年に発生した海底トンネル掘削時の死亡災害などがある。また、職業性疾病の件数も1994年から2015年にかけて減少しており、その多くは災害が原因で発生したものである。現在は過労死等に関する調査研究を行う過労死等調査研究センターが設立され、作業関連性の脳・心臓疾患や精神障害の調査が進められている(写真2)。また、介護労働者増加に関連する腰痛、化学物質による職業がん、受動喫煙等の問題等の取り組みなどが進められている。

スリランカ: 非伝染性の疾病(Non Communicable Diseases: NCD)が増加している。また、建設業において災害件数と死亡者数が最多である。新たな問題としては、ナノテクノロジー産業において基準や認証、リスクアセスメントが十分進められていないことが挙げられる。また、労働者の高齢化が進んでおり、今後NCDへの対応が労働安全衛生課題として対応が必要である。国内では、安全衛生の提供や調査システムの開発、法制定や研究能力の強化が求められており、スリランカNIOSHも非公式部門に対する取り組み強化のためTropical and Environmental Disease and Health Associates (TEDHA)と連携した活動を実施している。

ベトナム : 労働災害は増加傾向にある。国内には企業が約62万2千社あるが、その20%程度しか労働環境が調査されていない。また、調査した企業の13%としか規定の標準に達していないなどの問題がある。頻発している職業性疾病は、じん肺症、職業性難聴、メラニン沈着症であり、10%程度の企業において検出されている。国内では、2006年から2015年にかけて健康診断の受診者が50万人から200万人まで増加している。職業性疾病が最も多いのは鉱業であるのに対し、労働災害が最も多いのは建設業である。ベトナムNIOSHでは、国内の調査機関と連携し、難聴や紫外線による眼疾患、熱放射、労働者の心理社会的立場について研究を進めている。作業関連性のがんや、電子技術分野での労働安全衛生が重要なテーマとなっている。



写真2 吉川過労死等調査研究センター長代理による過労死等調査研究に関する報告

3.AOSHRI参加国が連携して取り組む5課題と今後の方針


 会議を通じて報告された内容と参加者による議論をもとに行われたAOSHRI参加国の共通課題(Challenges)と労働安全衛生を進める際の制約事項(Constrains)では、活発な討議となりました。
 アジア地域の労働安全衛生に関する共通課題(Challenges)には、建設業やサービス業、医療、中小企業等への対策が挙げられました。また、業種横断的な問題として、災害の未報告(国が災害の全数を把握していない問題)、インフォーマルセクター/中小企業、高年齢労働者、感染症、リスクアセスメントおよびリスクコミュニケーション、職業資格、労働安全衛生の専門人員の少なさ、事業主責任の意識の低さ、期間労働者、労働安全衛生文化のレベルの低さ、新たな技術に対する労働安全衛生管理などが挙げられました。
 一方、制約事項(Constrains)としては、人材に関すること(技術/経験/態度/気づきの個人差、変化への抵抗)、経済に関すること(非公式部門、雇用確保、貧困、零細・中小企業)、資金・予算に関すること、ネットワークに関すること(機会、連携)、強制力に関すること(法律・規制・ルール、査察、行政システム)、訴訟および補償、情報(周知など)、市場(労働安全衛生市場の限界)などが挙げられました。
 以上の内容を基に、AOSHRIが主導して優先的に取り組んでいく項目について議論し、以下の5つの課題について優先的に取り組むことと、その課題を主導していく担当国を決定しました。


AOSHRI Meeting 2016にて提案された5つの優先的取り組み事項と主導国

  • ① 未報告の労働災害,または報告システムについて:スリランカ
  • ② 建設部門について:日本
  • ③ 心理社会的要因について:シンガポール
  • ④ インフォーマル/中小企業について:スリランカ
  • ⑤ 非伝染性疾病および伝染病について:ベトナム(マレーシア,台湾と連携)

 日本は建設部門の労働安全衛生についてAOSHRI内でリーダーシップをとることで合意しました。他の課題については、それぞれ担当国に適宜情報提供、研究協力などを行う予定です。具体的には、以下のアウトカム実現に向け、2018年の会議までのアクションプランを提案し、取り組みを進めていくこととなりました。

期待されるアウトカム

  1. アジア諸国の労働者全体に対して、労働安全衛生関連知識のレベルを向上させる。
  2. 地域間の情報ギャップや対策が必要なエリアを認識し、研究を適切に推進するための優先順位を設定する。
  3. 現場実施と政策立案に向けて、労働安全衛生実施者の能力を向上させる方法論を共有する。
  4. 効果的な情報および専門知識の交換のため,Webベースの情報技術やその他の実行可能な手段によって、労働安全衛生の地域連携ネットワークを組織する。

 そのため、上記内容に関する議論をWeb上で進めていく方針となりました。まずはシンガポールWSH Institute の既存のWebサイトを活用してAOSHRI参加国内での情報交換チャンネルとして利用することとなりました。今後新たにAOSHRIのWebサイトの設立を図る予定となっています。



写真3 最終日の全体ミーティングの様子

4.スリランカの労働安全衛生事情とNIOSH-Sri Lanka


 スリランカは1983年以降25年以上にわたり政府側・反政府勢力との間で内戦状態でしたが、2009年5月に内戦が終結し、安定した経済発展が続いています。日本とは1952年の国交樹立以来、特に大きな政治的懸案もなく、2014年には日本の総理大臣として24年ぶりに安倍総理がスリランカを訪問するなど、貿易、経済・技術協力を中心に良好な関係が続いています。多くの日系企業も進出し、安全衛生面では現地の企業では5S活動、KYT活動も広がっています。スリランカの人口は2、096万人(2015年)で、労働者は870万人です。NIOSH-Sri Lankaの調査では、年間1,750-2,000件の労働災害が発生し、75-80名の死亡災害が発生していて、労働者の健康安全課題は経済発展とグローバル化のなかで、関心が高まっています。
 今回AOSHRI Meetingは全国労働安全衛生週間2016に合わせて開催され、会議3日目に同時に行われたスリランカ全国労働安全衛生会議には、400名以上の関係者が参加していました。教育講演のテーマは、Business benefits of good OHS (良好な労働安全衛生のビジネス利益)、Advantage of implementing OSH management system (労働安全衛生マネジメントシステムの導入の利点)など、スリランカにおいても国際的な労働安全衛生に関わるテーマは共通していることを痛烈に感じました。旧英国領であったことから、英語を利用できる人口が多いことも、グローバル化のなかで多くの情報が入りやすい環境も影響しているとの印象でした。


写真4 スリランカ全国労働安全衛生会議

 今回ホストとなったNIOSH-Sri Lankaは、2005年に設立され、2009年の法律改正で、正式に国内の労働安全衛生に関する調査研究および予防、教育に関する組織として活動をしています。NIOSH-Sri Lankaは、無料医療相談、安全衛生啓発プログラム、サーベイランス、調査研究、コンサルタントサービス等、調査研究だけでなく多様な労働安全衛生サービスを提供しています。まさにスリランカの労働安全衛生の情報が集約されている機関です。現地駐在の日本企業や、現地駐在の労働安全衛生に関わる担当者の方は、現地で必要な労働安全衛生情報、また現地で入手可能な各種安全衛生サービスについて、以下のウェブを通じて各種相談を行ってみてはいかがでしょうか。

スリランカ国立労働安全衛生研究所
National Institute of Occupational Safety & Health (NIOSH), Colombo, Sri Lanka.
http://www.niosh.gov.lk/

次回、第7回のAOSHRI Meetingは、2018年に台湾で開かれる予定です。


(過労死等調査研究センター センター長代理 吉川徹)
(リスク管理研究センター 任期付研究員 菅間敦 )

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