労働安全衛生総合研究所

研究報告 TN-74 の抄録

漏洩電流積分型感電防止用漏電遮断器の開発

TN-74-1
田畠泰幸,山野英記,寺沢正義
緒言
 低圧電気回路における感電事故を防止する目的から,感電防止用漏電しゃ断器(以下単にしゃ断器と記す)が開発され,昭和44年には労働安全衛生規則によって特定の電気回路にこれを設置することが義務づけられた。また,その後当研究所からしゃ断器に関する技術指針が発表され,しゃ断器は技術的にも大きな発展をとげた。
 しかし,現在使用されている大半のしゃ断器は漏洩電流がある値以上流れると回路をしゃ断する電流動作形しゃ断器であって*,このしゃ断特性には問題がないわけではない。したがって,しゃ断特性については我が国のみならず,国際的にもIECが中心となっていろいろな検討が行なわれている。たとえば,漏洩電流の大きさによってしゃ断時間が変化するしゃ断特性等はその一例である。しかし,しゃ断時間が漏洩電流の大きさで変化するものの,漏洩電流の大きさによって回路をしゃ断するいわゆる電流動作形しゃ断器であることには変りがない。
 これに対し,かねてから,当研究所上月所長は電撃危険に関するDalziel,Koeppen,山野等の研究データを考察し,従来の電流動作形とは全く異なる漏洩電流積分形のしゃ断器を提案された。これは電撃危険を生体に流れた漏洩電流の大きさのみでなく,その時間積分値に関係した量とする考えで,この解釈に基づいて漏洩電流の時間帯分値が電撃危険相当値に達したとき,回路をしゃ断するしゃ断器を提案されたのである。
 Dalzielらの研究結果に対する以上の考察は着眼点を変えた非常に興味ある解釈であり,これは電撃危険に対する広義の解釈であると同時に安全側の解釈でもある。したがって,ここではこの広義解釈に基づく漏洩電流積分形のしゃ断器をとりあげ,これについて研究した。
 その結果,この積分形しゃ断器は従来の電流動作形しゃ断器にない電撃危険性に則した幅広いしゃ断特性をもち,動物実験,現地モニタからも心室細動を防止する誤動作の少ないしゃ断器である見通しが得られた。
 本報告はこの積分形しゃ断器の開発研究の結果についてまとめたものである。ただし,本研究の一部分は”災害防止科学に関する研究”として社団法人産業安全研究協会が労働省から研究委託を受けたもので,本報告の中には産業安全研究協会に設置されたこれに関する研究調査委員会(寺沢正義委員長)で実施された内容も一部含まれている。
*たとえば,30mA 以上の漏洩電流が流れると,0.1 秒以内に回路をしゃ断する定時しゃ断特性。

製造業における静電気災障害の実態調査

TN-74-2
田畠泰幸,児玉勉
まえがき
 静電気が原因となって発生する産業災害,および生産障害は高分子化学の発展とともに増大し,工場,事業場(以下単に工場と記す)においても,産業安全の立場から静電気災障害の問題が大きく取り上げられている。したがって,当所においてもその内容を把握するため,昭和35年に端を発し過去4回にわたって,静電気災障害の実態調査を実施した。
 しかし,近年の産業界,特に製造部門においては顕著な技術革新と企業内容の多種多様化によって,静電気災障害の問題もその様相は以前に比較し,かなり変わっているものと想像される。そこで今回(昭和48年9月)は特に製造業のみに焦点を合わせ,そこにおける静電気災障害の実態について全国調査を行なった。
 その結果,製造業における静電気災障害の実態がほぼ明らかになると同時に,前回までの調査とは異なった新たな問題点もいくつか浮きぼりにされた。また,静電気事故の概要についてもほぼ明らかになったので,具体的な災害事例等も含め調査結果について報告する。

圧気工法における地層の発熱現象について

TN-74-3
鈴木芳美,前郁夫
まえがき
 大都市における地下構造物の建設工事は,交通機関・通信回線・ビル・上下水道など都市機能の拡充・整備の要求により,近年ますます増大・交錯の傾向にある。また地上での建設工事が種々の制約を受けることなども地下での建設工事の工事量や工事深度を大きくしている。これらの地下工事の困難性については,あらためて述べるまでもないが,安全施工はもとより環境保全についても充分留意されねばならない。
 一方,日本の大都市は東京・大阪をはじめほとんどが,第四紀沖積層の上に発達したものと言ってよい。第四紀層は,地質学的に新しい地層で,それだけに複雑で不安定な要素を有する地層である。そのような地層での地下建設工事において,たとえば地盤の支持力などと言った物理的(力学的)な検討は比較的なされてきたものの,化学的な検討については,未だ充分とは言えないようである。工事により地層の地質学的環境が乱されると思いもよらぬ異常現象が発生することがある。
 シールド工事やケーソン工事などに伴って発生する酸素欠乏(以下「酸欠」と言う)災害が問題となって久しい。地下酸欠現象については,幾多の災害事例や研究成果が早くから公になっているが,現在は,酸欠現象による被害が,たとえばビル地下室などの全くの部外者へ及ぶ言わば,酸欠災害の広域化・公害化が問題の中心となっている。
 酸欠現象をはじめとする地下工事における地層の異常現象は,工事量や工事深度が大きくなれば,さらに予想されない形で発生する可能性が充分ある。今回,ここに取り上げた地層の発熱現象もそのひとつと言えるだろう。特に酸欠現象が地層の酸素消費の結果の出現であるのに対して,発熱現象が地層の酸素消費の過程そのものの出現と考えられるので注目される。地層の発熱現象は,これまで東京周辺には見られなかったが,大阪市内での事例を中心に2~3の報告がある。
 これらの発熱現象については,酸欠現象と表裏の関係にあることは指摘されながらも,現在のところは現場々々での個有の現象として処置されてきている。しかも,その原因や発生機構については,各現場により微妙な差異も見られ,事例もあまり多くはなかったため定量的な扱いは不可能な状態にある。従って,各事例について,原因や発生機構を吟味しデータとして蓄積してゆく必要がある。それは予想される類似現象の発生に対して,適切な対応措置また安全対策を講ずるうえにも基本となることがらであるからである。
 たまたま東京都内の地下鉄建設工事現場(シールド工事)で地層の発熱現象が発生した。その原因究明について要請を受けた際,現場調査及び発熱地層の地質学的諸検討を行なった。本報告は一連の調査・試験・分析によって得られた結果とその考察について報告したものである。
 ここでは,地層中に存在する鉄硫化物が確認され,それが発熱の素因物質であり,その鉄硫化物が酸化されてゆく過程で発熱現象が発生することが推察された。
また,鉄硫化物の酸化過程の結果として,鉄硫酸化物のひとつであるjarosite(鉱物名)が生成されていたと言う興味ある事実も判明した。

限流ヒューズの特殊防爆構造への適応性

TN-74-4
市川健二,田中隆二
まえがき
 一般に電気機器は使用中に電気火花または温度上昇を生じ,点火源としての能力を有するので,爆発性ガスが存在するおそれのある危険場所で電気磯器を使用する場合は,それらが防爆構造としての性能を具備することを検定試験によって認められたものでなければならない。
 電気機器が点火源として作用するのは,正常な運転中のみでなく,事故時においても同様であり,特に短絡時には点火源としての危険性が増大するのが普通である。したがって,防爆構造の電気機器においては,正常な運転中のはか,短絡時においても十分な防爆性を有するようにすることが,より高い安全性の確保という意味で好ましいということができる。短絡保護の目的には一般にヒューズが使用されるが,被保護機器の防爆性能の確保と向上という立場からは,限流性能のあるものが望ましい。また,ヒューズ自身を危険場所に設置しようとする場合には,ヒューズしゃ断時の防爆性能の確保の立場から,同様に限流性能のあるヒューズを要求される。
 ヒューズに対して適用される防爆構造としては,耐圧防爆構造または内圧防爆構造が認められているが,技術的,経済的理由により,通常はヒューズ単独でこれらの防爆構造になっているものはほとんどなく,一般には耐圧防爆構造または内圧防爆構造の分電盤の内部に共存させて使用する例などが普通である。
 限流性能のあるヒューズを上記のような分電盤内に取付けることも現状では止むを得ないが,現在市販されている限流ヒューズのなかには,その構造および特性から考えて,必ずしも耐圧防爆構造または内圧防爆構造としなくとも,一般品として製作されたものがそのままでかなりの防爆性能を具備していると思われるものが見受けられる。すなわち,本実験で使用した後述の限流ヒューズは,一般に溶断時においても気密性がよいといわれており,また温度上昇もそれほど高くはならないと予想されるためである。そこで,このような限流ヒューズの基本的構造を変えることなく,しかも防爆性能を保証しうるものができるとすれば,その活用範囲もきわめて広くなろう。限流ヒューズに対してこのような防爆構造として考えられるのは,特殊防爆構造であろう。
 本文は,以上のような趣旨に基づき,特定の限流ヒューズの特殊防爆構造としての適応性を検討したものである。

異常反応に基づく一災害事例の研究

TN-74-5
琴寄崇
はじめに
  昭和48年12月4日午前9時39分,茨城県鹿島コンビナートに所在するA化学工場で,塩素化芳香族アミンの一種である4–クロル–2–メチルアニリソ(mp 30℃,bp 240℃,以下CMAと略称)の減圧蒸留による精製工程の際,蒸留装置の一部である残渣処理槽(以下処理槽)において予期せぬガス発生を伴う異常反応が生じ,同槽が圧破裂して死者3名重傷2名の災害を惹起するに至った。
 この事故については,原因に多々究明すべき点があるとのことで,茨城労働基準局に災害調査団が編成され著者も加わって原因究明に当たったが,その手によって既に調査報告書が公刊されている。
 この事故の経過は2段階に分けて考えることができるが,調査団報告では第一段階である”空気漏入による蒸留残渣の酸化発熱過程”の究明に重点がおかれ,第二段階である”予期せざるガス発生過程”については,昭和49年2月に産安研清瀬実験場にて行なわれた事故再現実験等を引用するに留まり,その詳細な検討は後日に譲らざるを得なかった。
 そこで本報告では,まず事故概況,初期段階の原因究明等につき簡単に触れた後,ガス発生をもたらした予期せざる異常反応につき,ガス発生原因物質,反応におよぼす温度・量的効果,反応機構等に関し,その後得られた実験的知見を述べ,この事故の進行経過に対し首尾一貫した説明を与えんとするものである。
 なお,この特殊ともいうべき本事例について,その原因を更に詳細に究明することにしたのは,筆者が本件の調査団に参加し異常反応に関する実験を担当したことのほか次のような理由に基づくものである。
 従来化学工業の爆発災害事例の中には異常反応に基づく場合が少なくないが,それが化学的原因により生じたことは察知し得ても,その原因を明確に把握し得ないまま単に異常反応によるという形で調査が終ってしまう場合が少なからずあったことと関連する。
 元来異常反応に基づく事故なるものは異常な反応をもたらした前提条件と関係物質の反応性が相互にからみあって,いわば必然的に発生するものであり,これらの解明が十分に行なわれなければ真の原因解明とはいえず,またそれに基づく根本的認識なしに適切な安全対策を樹立することは不可能となるからである。

トンネル建設工事における労働災害の動向

TN-74-6
前郁夫,花安繁郎
まえがき
 近年我が国におけるトンネル建設工事は,新幹線トンネル,高速道路トンネルをはじめ,鉄道,道路の輸送部門,水路,上下水道等の公益事業部門での工事量の拡大に伴って急激に進められ,その工事量の増加,規模の拡大は,めざましいものがある。これに応じて,トンネルの施工技術も年々進歩を遂げており,特に我が国特有の湧水,軟弱地盤,断層破砕帯等悪質な地質構造の区間の掘削技術に就いての進歩は著しい。
 しかし残念ながら,トンネル工事の宿命とも言える施工途上の危険性は,依然として存在し,毎年トンネル工事において発生する労働災害は,他産業に比して高率とされている建設工事の中でも,一段と高い発生率を示しており,かつその災害程度も,死亡に至る様な重篤なものを多数含んでいる。
 施工技術が進み近代化され,掘進速度の増加,悪質地盤の克服等が図られる一方で,この様な高率の労働災害を発生させている事は,はなはだ不幸な事と言わざるを得ない。
 我々は,トンネル建設工事*1における労働災害の防止の有効な対策について,研究を進める計画をたて,災害の実態を把握するため,種々の調査分析を行なっているが,その一つとして,過去20年間におけるトンネル工事労働災害の動向について,統計資料に基づき,調査を行なった。
 本報告は,調査結果と,それに対する分析,考察を加えたものである。以下2章において,労働災害の背景としての,トンネル工事の施工技術の変遷と工事量の拡大,労働力の不足について概括し,3章では労働災害の動向の分析と,その考察を行なった。


刊行物・報告書等 研究成果一覧