労働安全衛生総合研究所

研究報告 TN-71 の抄録

導電性繊維による作業衣の帯電防止

TN-71-1
田畠泰幸
緒言
 近年,労働環境の改善が急速に進み,作業現場における安全対策が多方面からとられているにもかかわらず,静電気に起因すると考えられる事故はむしろ増加の傾向にある。これは化学工業の大型化と高分子化学工業の発達にもとずき,静電気の発生が大きくなったことにも起因しているが,むしろ静電気そのものが非常に捉えにくい存在であり,その対策が立てにくい事情であることを反映していると推察される。
 このような実情から当研究所においては,静電気の問題点ならびにその安全対策について種々の立場から検討を進めており,今度はその一環として作業衣の帯電防止について検討を試みた。
 従来,作業衣はこれに帯電している静電気が放電した場合,この放電が着火源になることもあり,発火の危険性が特に高い事業場,例えば石油化学工場や有機薬品工場などでは,木綿製の作業衣を着用するのが安全とされていた。確かに木綿製の作業衣は吸湿性に優れ,高湿度の状態においては帯電しにくいが,相対湿度が約40%以下になると,その帯電量は大きく,やはり問題となるため,そのような低湿度においても有効な帯電防止効果を持つ作業衣の開発が望まれていた。
 以上のような理由から低湿度においても,作業衣として要求される種々の条件下においても帯電防止効果を持つ方法について検討していたところ,帯電防止剤を使用した方法等よりも微弱な自己放電による帯電防止方法が有効な場合が多いことを見い出した。従来微弱な自己放電を起すものとしては,一般に細い金属線等が用いられていたが,作業衣の帯電防止という立場からこれに代るものを調査していたところ,最近帝人株式会社から繊維でしかも電気抵抗の小さなもの(ここではこの繊維をElectrically Conductive Fiberの頭文字を採り以下ECFと呼ぶことにする)が開発されたので,これについて基礎研究を行なった。その結果,このECFが細い金属線と等価な静電気除電能を有していること,またその除電機構が微弱な放電であるため着火源となる危険性も極めて少ないことが明らかになった。したがってここではこのECFを作業衣に応用することに着眼し,その静電気帯電防止効果について研究してみた。
 先ず基礎研究のデータに基づいてECFを縫い込んだ,あるいは織り込んだ作業衣(以下ECF入り作業衣と記す)を試作し,これの帯電防止効果について試験することは勿論,静電気の産業災障害が防止出来る作業衣であるかについても種々の試験,検討を行なった。また実験室だけでなく各業種11事業所において現地実験を行ない,静電気が実際に発生している工程での効果について調べ,さらに25事業所にモニタを依頼して約100名の作業者からアンケートをとり,ECF入り作業衣の帯電防止効果について評価した。
 その結果,この作業衣が各種の条件下においても静電防止効果をもち,また作業衣として問題となっていた各種の静電気災障害を軽減する安全性の高いものであることが確認された。
 したがってここでは以上の検討によって明らかになったECF入り作業衣の帯電防止効果について報告する。また合せて基礎研究の結果明らかになったECFの除電機構についても若干の報告をする。

静電靴の抵抗値とその測定法

TN-71-2
田畠泰幸
まえがき
 静電気発生の大きな工程等がある工場,事業場では,そこで作業している作業者に静電気が帯電し,これが各種の産業災障害の原因となるため,作業者の静電気帯電は従来からもしばしば問題になっている.とくに近年は化学繊維を素材とした衣類が普及したこと,あるいは高分子材料を取り扱う機会が増大したことによって,こういった作業者,いわゆる人体の静電気帯電は単に工場,事業場だけの問題でなく,広く一般的な問題になっている.
 たとえば,作業者がゴム底のような絶縁性のよい履物を履いていると,簡単な動作によっても人体に静電気が帯電し,人体の電位は数kV になることがある.その結果,人体の一部が接地体へ触れるようなことがあると,人体に帯電していた静電気がこれに放電して電撃を受けるとか,このときの静電気放電火花が可燃性混合気の着火源になって爆発,火災事故が発生することもある.このような人体の静電気帯電が原因となった災害は静電気事故の約15%近くあることも報告されており,現在人体の静電気帯電防止は安全上欠くことのできない問題となっている.
 以上のような理由から人体の静電気帯電防止についてはいろいろ研究されており,作業衣の帯電防止も広い意味では人体帯電防止の1つである.しかし,静電気の発生を抑制することが事実上不可能であるため,具体的には人体そのものに静電気が帯電しないようにすること,あるいは帯電している静電気を安全に漏洩させることであって,その1つの方法は人体を接地状態にすることである.これは人体が静電気的に導体であることからすると,具体的には抵抗の小さい履物によって,あるいは床が絶縁性の場合は,履物のほかに床も導電性の床を使用することによって人体を接地状態にすることであり,そのような目的のために従来から抵抗値の低い履物,床が開発されてきた.
 しかし,これらの抵抗値については,履物1つ採り上げても一部検討されてはいるものの,その歴史が浅いため,いまだ不明確な点が多く残されている.以上のような理由から,人体の帯電防止を目的とした履物(以下この履物を静電靴と呼ぶ)の抵抗値について種々の検討を行なってみた.ただし,人体が絶縁性床の上に位置している場合は履物と床の両者が問題となり,履物の抵抗値のみでは定まらないため,ここでは人体が導電性床等いわゆる接地体の上に位置している場合の抵抗値について検討してみた.
 実験では革製の短靴を使用して靴の電気的特性について調べたところ,靴の抵抗値を支配する要因,抵抗値と人体帯電の関係,静電靴として必要な抵抗範囲,静電靴の抵抗測定方法等が明らかになったので,以下これらの結果について報告する.なお,この技術資料では,低圧電気による危険性を防止するために必要な履物の抵抗値についても,その一端を検討したので一部これについても触れておく.

日本人人頭のモデル化

TN-71-3
秋山英司,大川雅司,満留正隆,山川行雄,押田正義
緒言
 安全帽の安全性に関する組織的な研究開発の一項目として,人頭ダミーを開発し,計算機シミュレーションによって人頭に与える衝撃効果を確認して,設計要件を設定することが必要と思われる.しかし,これ以前の問題として人頭模型そのものが日本人のデータに準拠せず,外国規格を利用している実情を無視できない.
 そこで,安全帽の衝撃吸収性能の実験条件の設定や,人頭と安全帽との適合性などの観点から計測装置を試作した上で人頭計測を実施した.
 装置は頭顔部を固定した被験者に対し,回転アーチ上に取り付けた摺動子を人頭表面に連続的に接触させながら,XYレコーダによりアナログ・データを得るものである.
 被験者は労働人口を地域別,年令群別にほぼ比例配分して得た国鉄現場職員558名であり,計測は北海道,仙台,東京,名古屋,大阪,北九州の計6ヵ所で実施した.
 データの処理はアナログ・データをディジタル・トレーサーにより読取り,A/D変換,印字の各過程を経た後で等高線処理を行なって基本モデルを構成し,XYZの分布条件から29種の応用モデルを得た.なお最終的にはデータはXYZ表示法と極座標表示法とで表現し,外国規格との比較に便利なようにしてある.

乗車用安全帽衝撃試験方法の問題点

TN-71-4
頓所進
まえがき
 安全帽の安全性能を評価する上において,特に重要なことは衝撃吸収性能である。いま通常用いられている安全帽を衝撃吸収機構上二つの型に大別すると,上方からの落下物に対する頭部保護を目的とする一般産業用安全帽のように,帽体の内側にハンモック式の着装体を取り付けて,衝撃時のエネルギを帽体の変形と着装体の伸びにより吸収するものと,自から物体に撃突した場合の頭部保護を目的とする乗車用,荷役用安全帽のように,帽体の内面に発泡スチロールの衝撃吸収ライナをはめ込み,衝撃時のエネルギを主として帽体が分散の役目をし,発泡スチロールにより吸収するものとに分けられる。
 このような衝撃エネルギ吸収機構を有する安全帽の衝撃吸収性能をしらべるための試験として,一般産業用安全帽としては,JISの規定では3.6 ㎏の鉄ボールを1.5m の高さから落とし,その時の帽体の変形と着装体の伸びの合計量を測定することになっている。また,乗車用安全帽は従来のJIS規定では,人頭模型に供試の安全帽を装着し,その上に人間の頭とほぼ同じ重量としての4.5 ㎏の木製ストライカを落下させ,そのときの衝撃荷重を,人頭模型の下に取り付けた荷重計により測定していた。この落錘による頸部伝達荷重測定方式は諸外国でも,従来から採用されている方法であるが,頭部傷害が急増している社会事情下にあって,衝撃による脳傷害の医学的,力学的研究が進展するに伴い,この方法の是非が論議されるに至り,その結果米国では,1966年にはこの方法を廃止し,代りに加速度計を嵌入(かんにゅう)した人頭模型に安全帽を装着し,それそのものを落下させるドロップ方式と,自由に旋回するアームの先端に取り付けた前記人頭模型に安全帽を装着し,そのアームをガラスピンで止めておいて,安全帽の上に5 ㎏の重錘を落下させるスイング方式で,衝撃時の加速度とその継続時間を測定する方法を採用し,米国規格 ASA Z 90.1 "Protective Headgear for Vehiculer Users" を制定公布した。
 そこでわが国でも,今度の乗車用安全帽のJIS改正に際し,この衝撃加速度測定方式をそっくりそのまま採用して改正し,昭和45年11月1日に JIS T 8133 乗車用安全帽 として公布された。この規格では上記2方式を第1試験方法とし,ドロップ方式を第1方式,スイング方式を第2方式とし,どちらで試験を行なってもよいことになっている。
 また,さきに同年4月1日には荷役用安全帽が新たにJISとなり,JIS T 8134 荷役用安全帽 として制定公布されているが,これの衝撃吸収性試験も同様にこれらのうちのスイング方式を採用している。
 ところで,このような方式を,これらの安全帽の衝撃吸収性試験に用いるようになったのは,わが国では一般には初めての試みであり,しかも,いくつかの問題点があるように考えられた。特にドロップ方式とスイング方式との相関関係については最も重要な問題点である。
 そこで,これらのことをしらべるため,実際に安全帽衝撃試験装置を用い,実用的観点から各種の実験を行ない,その結果かち問題点を解明し,また両方式についての比較検討を行なうことを試みた。


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