労働安全衛生総合研究所

労働環境中のエアロゾル粒子の個別粒子分析について

1.はじめに


 労働環境では鉱物性粉じんやヒュームなどのエアロゾル粒子(気中粒子状物質)にばく露することで様々な疾患を発症することが古くから知られています。しかし近年においても科学技術の進歩に伴って登場した新材料が起源のエアロゾル粒子によって作業者に健康障害を生じることが懸念されたり、従来から存在していたエアロゾル粒子であっても疫学や毒性学の新規知見に基づいてより厳重なばく露管理の必要が生じるなど新たな課題も生じています。前者の代表例として粒径100nm以下のサイズまたは構造を有するナノマテリアルといわれる材料が挙げられ[1]、後者の代表例として金属アーク溶接ヒュームが挙げられます。金属アーク溶接ヒュームへのばく露に関しては、近年、発がん性及び神経毒性に関する新たな知見が集積され[2,3,4]、国内ではより厳しい管理が課されることになりました[5]。このように労働衛生分野においてエアロゾル粒子による新たな課題が出ており、労働現場でのばく露状況の把握や疾病の発生メカニズムの解明に際しては、より詳細なエアロゾル粒子の分析が必要とされています。
 そこで私たちは、電子顕微鏡によりエアロゾル粒子一つ一つを個別に分析する方法(以下、個別粒子分析法)を通じてエアロゾル粒子の粒径、形状、構成元素の詳細な情報を得るための研究を行いました[6]。現在はまだ研究の途上ですが、個別粒子分析法によって蓄積したデータは、エアロゾル粒子の有害性評価やばく露対策に繋がると考えています。当コラムでは、個別粒子分析法について、溶接ヒュームの個別粒子分析によって得た知見を基にご説明します。


2.エアロゾル粒子の個別粒子分析について


 労働環境におけるエアロゾル粒子の管理濃度やばく露限界値は質量濃度で示されていることから(石綿などの一部繊維状物質は除く)、作業現場ではエアロゾル粒子をフィルター上に捕集し、粒子全体の質量測定(フィルタ秤量)または化学分析によって質量濃度を測定することが一般的です。このようにフィルターで捕集した粒子全体を分析する方法をバルク分析法といいます(図1)。一方、個別粒子分析法では、電子顕微鏡によってナノサイズ以上の粒子の粒径・形が観察可能です。さらに電子顕微鏡に備え付けられたエネルギー分散型X線分析装置(以下、EDS)を用いることで各粒子の元素組成の情報を取得できるため(図2)、図3に示すように成分Aと成分Bが別々に存在するのか(外部混合)、あるいは混ざり合った一つの粒子として存在するのか(内部混合)、という混合状態に関する情報も得られます。バクル分析法では捕集した粒子全体の平均値を得られますが、まとめて分析するため混合状態についてはわかりません。それに対して個別粒子分析法では、粒子一つ一つの特徴を押さえたうえで、粒径分布や混合状態についての情報が得られるというメリットがあります。個別粒子分析法には、分析の労力(分析時間)、分析した粒子の代表性の担保(定量性・再現性)、化学成分の質量評価が課題になるなどのデメリットもありますが、近年は検出器の性能向上や分析の自動化が進んでおり、以前と比べれば格段に多くの粒子を短時間で観察できるようになってきています。


図1 エアロゾル粒子のバルク分析法と個別粒子分析法の概要
図1 エアロゾル粒子のバルク分析法と個別粒子分析法の概要

図2 SEM-EDSの原理概念図
図2 SEM-EDSの原理概念図

図3 成分A(〇)と成分B(●)の混合状態の概念図。外部混合は成分AとBは別々の粒子として存在し、内部混合は成分AとBが一つの粒子の中で混在している状態。
図3 成分A(〇)と成分B(●)の混合状態の概念図。外部混合は成分AとBは別々の
   粒子として存在し、内部混合は成分AとBが一つの粒子の中で混在している状態。

3.走査電子顕微鏡による溶接ヒュームの個別粒子分析


 ここで、炭素鋼のアーク溶接時に発生したエアロゾル粒子を捕集した試料を走査電子顕微鏡像(以下、SEM)で分析した結果の一例を示します。捕集した粒子をSEMで観察すると次の3つの形状に分類できました(図4)。①ナノサイズの粒子が集まって大きくなった粒子(ナノ粒子凝集体)で、大多数がこのタイプの粒子でした。これは様々な研究で示されている溶接ヒュームの特徴と同様の形状です。その他に、②球状の粗大粒子(粒径数㎛程度)や③不規則な形状の粗大粒子も観察されました。これらの粒子の組成を調べると、①のナノ粒子凝集体は鉄を主成分とし、他にもマンガン、亜鉛、ケイ素が比較的高い割合で含有されていました。②の球状粗大粒子は、鉄を主成分とする粒子とそうでないものに分けられました。③の不規則形状の粗大粒子は元素組成が粒子によって多様でした。③の形状の粒子は実験室内で行った摸擬作業では検出されなかったことから[7]、実際の労働現場ではアーク溶接ヒューム以外にも他の作業や自然に由来した粒子が混在することを伺わせます。このように、溶接作業中にばく露する可能性のあるエアロゾル粒子を一つずつ調べていくと、粒子の形の違いだけでなく、元素組成にも違いのあることが明らかになりました。



図4 ポリカーボネートフィルター(孔径0.4μm)に捕集した炭素鋼アーク溶接ヒュームのSEM像の一例。加速電圧15.0V, ワーキングディスタンス10 mm, オスミウムコーティングの条件で観察(JSM-9700F, JEOL)。
図4 ポリカーボネートフィルター(孔径0.4㎛)に捕集した炭素鋼アーク溶接ヒュームのSEM像の一例。
加速電圧15.0V, ワーキングディスタンス10 mm, オスミウムコーティングの条件で観察(JSM-9700F, JEOL)。

4.おわりに


 エアロゾル粒子のサイズ、形状、化学組成(粒子密度)が異なると、フィルターに対する透過性、作業環境中での滞留時間、吸入した際の体内の沈着部位などが異なります。上述した個別粒子分析の一例から、溶接ヒュームがいかに複雑な粒子の集まりであるかが垣間見られたかと思います。本コラムでは、炭素鋼のアーク溶接ヒュームについてSEMを用いた個別粒子分析結果の一部を紹介しましたが、溶接の種類や溶接方法によってもヒュームの性質や特徴は異なります。また、冒頭で述べた新材料に関連するエアロゾル粒子の健康影響が懸念される場合は、バルク分析法に加えて、個別粒子分析法も併用し、エアロゾル粒子の詳細な情報を収集することが重要になると考えます。


(ばく露評価研究部 上席研究員 山田 丸)

参考文献

  1. OECD. Important issues on risk assessment of manufactured nanomaterials, Series on the Safety of Manufactured Nanomaterials No. 103, ENV/CBC/MONO(2022)3, 2022.
  2. ACGIH. Manganese, elemental and inorganic compounds, Documentation of Threshold Limited Value and Biological Exposure Indices, 2013.
  3. IARC Working Group on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans. Welding, molybdenum trioxide, and indium tin oxide. Lyon, France. International Agency for Research on Cancer, Volume 118, 2018.
  4. 厚生労働省. 令和元年度化学物質による労働者の健康障害防止に係る検討会報告書(マンガン及びその化合物並びに溶接ヒューム), 令和2年2月10日, 2020.
  5. 厚生労働省:リーフレット「金属アーク溶接島作業を継続して屋内作業場で行う皆様へ」, https://jsite.mhlw.go.jp/saga-roudoukyoku/content/contents/000743893.pdf (2025年1月10日閲覧)
  6. 山田丸, 鷹屋光俊, 緒方裕子, 小野真理子, 篠原也寸志, 加藤伸之, 韓書平, 小倉勇. 個別粒子分析法による気中粒子状物質測定の信頼性の向上に関する研究, 労働安全衛生総合研究所特別研究報告 JNIOSH-SRR-NO.52. 2022.
  7. Nobuyuki Kato, Maromu Yamada, Jun Ojima, Mitsutoshi Takaya. Analytical method using SEM-EDS for metal elements present in particulate matter generated from stainless steel flux-cored arc welding process, Journal of Hazardous Materials. 2022; 424 Part B: 127412.

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