労働安全衛生総合研究所

労働者における過敏性腸症候群

1.過敏性腸症候群とそれに伴う困りごと


 過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome: IBS)は、比較的よく見られる慢性的な消化器疾患の一つです。最新のIBSの診断基準(Rome Ⅳ基準)を用いて世界各国の人々に調査を行った研究では、対象者全体のおよそ4%がIBSを保有していたと報告されています[1]。症状としては、週1回以上の頻度で腹痛が生じる状態が3か月間続き、それに伴い便の状態や排便回数の変化(例えば下痢や便秘)が起こるものです。
 IBSは心理的ストレスによって発症・悪化することも多くみられます。この心理的ストレスの原因は日常生活の中で起こる不快な出来事も含まれますが、IBS症状そのものがストレスを引き起こすこともあります。ストレスを感じる脳と痛みを感じる腸、これらは一方向ではなく双方向に影響を与え合っています。この関係を「脳腸相関」と呼んでおり、そこには神経系、内分泌系、免疫系など様々な生理学的な因子がかかわっています(図1)。


図1 IBSにおける脳と腸の双方向的な関連
図1 IBSにおける脳と腸の双方向的な関連

 IBSに悩む方の中には、腹部症状そのもののつらさのみでなく、症状を「おそろしいもの」「コントロールできないもの」と考えることによって、不快な感情を強めることがあります。さらには、そういった考えや不快な感情によって、IBS症状が出るかもしれない(あるいは出たら困るような)特定の場面を避けるようになり、その結果として日常生活に支障をきたす、といった行動の悩みを訴える人もいます。このような考え、感情、行動がさらなるIBS症状の悪化につながることも考えられます。

2.労働者におけるIBS


 IBSではなくても、おなかの具合が悪くなった時に仕事に支障が出た経験をもつ方は多いのではないでしょうか。それがIBSのように頻繁に起こる状態であれば、なおさら日常生活に支障が出ます。IBSは特に20~50代、つまり労働者が多く含まれる層によくみられ、近年ではIBSを持つ労働者の日常業務の遂行能力や労働生産性に影響を与え、病気休暇や生活の質の低下につながるという報告が増えています[2]。IBSが労働生産性の低下に与える影響は、腹部症状をどのように捉えるか(「大変なことになる」「自分には対処できない」など)、また症状に対してどのような行動反応が生じるか(症状が出ると困るような特定の場面の回避など)が寄与している可能性があります(図2)。さらには職場環境を含めた仕事関連のストレス要因による関与も考えられます。このようなIBSが労働生産性を低下させるメカニズムについてより検証が進むことは、IBSに悩む労働者への効果的なケアの開発において有益となるでしょう。


図2 仕事上のIBSに関連した困りごと
図2 仕事上のIBSに関連した困りごと

 このような背景から、私たちはIBSを伴う労働者を対象に腹部症状に関連した認知(考え方)・行動の指標と仕事関連のストレス要因の腹部症状や労働生産性に対する相互作用を検証しました。その結果、仕事の裁量度の低い状況では腹部症状に対する否定的な考え方がより強い腹部症状を引き起こし、また、否定的な考え方と腹部症状、仕事の負荷が労働生産性の損失を強める可能性が示されました[3](図3)。


図3 IBSをもつ労働者の労働生産性・腹部症状にかかわる心理社会的な要因
図3 IBSをもつ労働者の労働生産性・腹部症状にかかわる心理社会的な要因


 また、IBSをもつ労働者を、仕事に関連した様々なストレス要因(仕事の負荷、仕事の裁量度、上司・同僚のサポート)の高低によって統計的に分類し、その分類に基づいて比較したところ、負荷の低い職場であっても仕事の裁量度に加えて周囲のサポート度の低い状況では症状に対する否定的な考え方や不安の悪化が顕著でした[4]。これらの職場の要因を改善することで腹部症状への不安が改善する可能性があり、ひいては労働生産性の向上も期待できるかもしれません。


3.最後に


 IBS症状を改善する方法として、食事療法、薬物療法のほか、上述したような考え、感情、行動を扱うような心理療法なども有効となりうることが分かっています[5]。近年多く開発されているスマホアプリなどの活用も含め、私たちはIBS症状に悩む多くの方々により効果的な心理的なケアが行きわたるよう取り組んでいきたいと考えています。


(産業保健研究グループ 任期付研究員 菅谷 渚)

【引用文献】

  1. Sperber AD, Bangdiwala SI, Drossman DA et al. Worldwide prevalence and burden of functional gastrointestinal disorders, results of Rome Foundation Global Study. Gastroenterology 2021;160(1):99-114.
  2. Sugaya N. Work-related problems and the psychosocial characteristics of individuals with irritable bowel syndrome: an updated literature review. BioPsychoSocial Medicine 2024; 18: 12
  3. Sugaya N, Izawa S, Sasaki T. Psychosocial characteristics of workers with irritable bowel syndrome and its relationship with abdominal symptoms and work productivity. Journal of Occupational Health 2024; 66(1): uiae012.
  4. 菅谷 渚・井澤修平・佐々木毅.過敏性腸症候群を伴う労働者における職業性ストレス要因と心身の問題および労働生産性の関連.第65回日本心身医学会総会ならびに学術講演会抄録集 2024.
  5. 日本消化器病学会.機能性消化管疾患診療ガイドライン 2020-過敏性腸症候群(IBS)(改訂第2版).南江堂.

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