腰部負担からみた我が国の重量物持ち上げガイドラインについて
1.はじめに
我が国における休業4日以上の業務上疾病のうち、6割以上を占めているものが腰痛です。腰痛の要因は複合的ですが、そのひとつとして重量物の取り扱いがあげられます。重量物の取り扱いについては、厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針1)」において、「男性は体重の40%まで、女性は体重の24%まで」と定められています。しかし、この指針の科学的根拠については十分に検討されていません。このコラムでは、当研究所において実施した、取り扱う重量を体重の割合で制限することが腰部負担に及ぼす影響について検討した結果をご紹介します。
2.国外の持ち上げ重量に関するガイドライン
労働者が人力で扱える荷物の重さの上限値は、各国においてガイドラインが定められています。例えば、イギリスの安全衛生庁(HSE)では、図1のように作業位置ごとに重量上限値を定めています2)。作業位置ごとの重量値を比較すると、腰の近い位置において最も重い荷物が取り扱い可能となっており、そこから上下に離れるほど取り扱える重量が軽くなっていきます。また、身体から遠ざかる場合も軽くなります。このように、HSEのガイドラインでは、身体に負荷のかかりやすい位置において重量上限値を軽くするという工夫がなされています。このガイドラインは、直感的で分かりやすいものとなっています。
図1 HSEの持ち上げ重量上限値に関するガイドライン
引用元:Manual Handling Operations Regulations 1992, Health and Safety Executive
また、アメリカの国立労働安全衛生研究所(NIOSH)は、作業内容に応じた重量上限値を算出するための「NIOSH lifting equation」と呼ばれる計算式を公表しています3)。この計算式では、最大の上限値を23kgとしており、持ち上げに不利な条件がある場合は0以上1未満の係数を23kgに乗じ、その作業での上限値を算出します。持ち上げに不利な条件とは、高さが最適な位置(75cm)よりも低すぎるか高すぎる、身体から離れている、持ち上げの移動距離が長い、ひねり動作がある、作業頻度が多い、などです。いずれの係数も0~1の範囲となるため、計算結果は必ず0~23kgの範囲になります。この方法は、細かく作業負担を評価できるというメリットがある反面、計算が複雑になるというデメリットがあります。
アメリカでは産業衛生専門家会議(ACGIH)においても重量値に係るガイドラインを公表しています4)。こちらは、作業位置ごとの重量上限値を示したものとなっており、HSEのガイドラインと似ていますが、作業位置の区分や重量値が異なっています。また、作業頻度と作業継続時間を考慮に入れた上限値も示していることが特徴としてあげられます。
また、その他の国における成人の持ち上げ重量上限値をみると、フランス、タイでは「男性55kg、女性25kg」、フィリピンでは「男性50kg、女性25kg」、カナダでは「45kgを超える場合は作業者向けの説明書が必要、マテリアルハンドリング作業に従事しないオフィスワーカー等は23kg」、デンマークでは「身体の近くでは50kg、身体から30cmの位置では30kg、身体から45cmの位置では15kg」などと定められています。
以上のように、国外における重量上限値には各々定めがありますが、いずれも作業者の体重によらないものとなっています。一方、我が国の腰痛予防対策指針のような体重の割合で重量上限値を定める方法は、世界的にみても稀な規定となっています。
3.持ち上げ動作における腰部負担シミュレーション
我々の研究では、体重の割合による重量制限と腰部負担との関係を検討するために、被験者実験にて作業姿勢を三次元動作解析システムによって計測しました。被験者が行った作業は、
作業 ① 指定位置(HSEのガイドラインにならった各位置:図1参照)での重量物の保持
作業 ② 床から頭の高さまでの持ち上げ動作
としました。作業①、②ともに、ひざ以下の低い位置では、しゃがみ姿勢と前屈姿勢の2姿勢にて持ち上げを行ってもらいました。次に、得られた姿勢データを基にしたシミュレーションにより、腰にかかる負荷を腰部椎間板の圧縮力(単位:N)として計算しました。シミュレーションでは、男性の体重は50kg、70kg、90kg、女性の体重は40kg、55kg、70kgとしました。また、荷物の重量は、男性には体重の40%である20kg、28kg、36kg、女性には体重の24%である9.6kg、13.2kg、16.8kgを設定しました。解析では、腰部椎間板圧縮力が腰痛リスクの高まる3400Nを超えるかどうかを評価しました。
男性5名分の結果を図2に示します。腰部椎間板圧縮力は、体重70kgの場合、腰の近い位置では3400Nに達しませんでしたが、ひざ以下の高さや床からの持ち上げでは3400Nを超えました。また、荷物の位置が身体から離れると、どの高さでも3400Nを超えました。体重が軽めの50kgの場合は3400Nを超える領域は減りましたが、高さが低く、身体から遠い位置では3400Nを超えました。また、負荷が大きくなる床からの持ち上げでは、いずれの持ち上げ姿勢においても3400Nを超えました。体重が重めの90kgの場合は、ほとんど全ての領域において3400Nを超えました。以上の結果から、腰部負担は荷物の取り扱い位置に大きく影響を受け、体重が増えるとともに取り扱い可能な領域が減っていくと考えられます。
図2 男性における腰部椎間板圧縮力のシミュレーション結果 [N] (n = 5; 平均値±標準偏差)
次に女性5名分の結果を図3に示します。男性と比較すると、荷物の重量が軽いため腰部椎間板圧縮力は男性より低い値となりました。しかし、取り扱い位置の影響を強く受けていることは共通していました。また、体重70kgの場合では、高さが低く身体から遠い位置および床からの持ち上げにおいて3400Nに近い値となりました。これは、体重の24%の重量制限であっても腰部負担を十分に抑えることができないことを示しています。
図3 女性における腰部椎間板圧縮力シミュレーションの結果 [N]
(n = 5; 平均値±標準偏差)
4.まとめ
本研究の結果から、荷物の取り扱い位置によって腰部負担は大きく異なることが確認されました。また、荷物の重量上限値を体重の割合で定めた場合、体重が大きい人ほど腰部負担は大きく、取り扱い可能な領域が減っていくことが確認されました。これらの結果を踏まえると、腰痛予防のための重量物規制としては、荷物の取り扱い位置ごとに体重によらない重量上限値を定めるべきと考えられます。また、実際に重量物を取り扱う場合には、腰の高さほどの台の上で重量物を扱う、持ち上げの時にしっかりと荷物を身体に引き寄せる、低い位置の荷物を持ち上げる時はしゃがまずに持ち上げができるような器具を使用する、または荷物にハンドルをつけるなどの対策が有効と考えられます。
参考文献
- 厚生労働省労働基準局:職場における腰痛予防対策指針,平成25年(2013)改訂.
- Health and Safety Executive: Manual Handling Operations Regulations 1992.
- NIOSH [1994]. Applications manual for the revised NIOSH lifting equation. DHHS (NIOSH) Publication No. 94-110 (Revised 9/2021), https://doi.org/10.26616/NIOSHPUB94110revised092021.
- ACGIH: 2023 TLVs and BEIs.