労働安全衛生総合研究所

不注意が引き起こす労働災害の特徴

1.はじめに


 「ついうっかり」、「気を取られてしまった」、「見落としてしまった」などの不注意は誰にでも日常的に起こりうることです。たとえ不注意によって失敗した経験や、ヒヤリとしたり、ハッとしたりした体験(ヒヤリハット)をしたとしても、同じような不注意を繰り返してしまい、完全に防ぐことはできません。日常生活よりも環境や作業が複雑となる労働現場では、些細な不注意が思いもよらない大きな事故につながる可能性がありますが、不注意と労働災害をつなぐ知見は必ずしも多くないのが現状です。そこで今回は、不注意による労働災害の特徴について、筆者ら1)が労働災害データベース2)を用いて分析した研究を紹介します。


2.分析の方法


 分析では、労働者死傷病報告に基づいた情報を公開する労働災害データベース2)より、平成29年の休業4日以上の死傷者数のデータで、全体の約25%が無作為抽出された31,496件のデータを使用しました。データベースにおいて自由記述で記された「災害発生状況」から「不注意」あるいは「注意」の語句が含まれる事例を抽出し、さらに、これらの事例に含まれる、例えば「うっかり」や「気を取られ」など不注意に関連する語句(今回は14種類の不注意関連語句を選定)を含む事例を抽出しました。その後、事例を精読したところ、最終的に1945件(データの約6%)の事例が不注意による労働災害として抽出されました。以降、これら不注意による労働災害の事例の特徴をみていきます。


3.事故の種類


 まず、不注意によりどのような事故の種類の労働災害が発生しているのでしょうか?図1は、平成29年の不注意による労働災害(A)と平成29年全体の労働災害(B)における事故の種類の上位5位までを示しています。不注意による労働災害(A)では、転倒(32.9%)に続いて、はさまれ、巻き込まれ(14.6%)、墜落、転落(14.2%)が占める割合が高くなっています。その一方で、平成29年全体の労働災害(B)では、転倒(22.7%)に続いて墜落、転落(17.0%)、動作の反動、無理な動作(13.2%)が占める割合が高くなっています。どちらも転倒事故が占める割合が最も高いですが、不注意による労働災害(A)では特に顕著であることがわかります。
 転倒は、分析の対象とした平成29年に限らず、労働災害の中で最も多く発生している事故の種類です。周囲の物理的な環境などの外的要因と心身状態などの人間の内的要因が複雑に関係して生じていると言われており、さまざまな角度から、転倒事故が発生する要因の解明と対策を考える必要があります。今回の分析から、荷物や障害物によって視野が遮られた状態から転倒につながっている事例が少なくないことがわかりました。人間が目の前にしている情報をどのように知覚、認識して行動に移しているのか、その情報処理の過程や人間の特性を理解して、例えば効果的に見える化(視覚的に注意喚起すること)したデザインの提案やエビデンスに基づく転倒対策の重要性を啓発していく必要があると考えています。


図1 事故の種類

4.不注意による労働災害の発生時の状況


 次に、不注意による労働災害はどのような状況で発生しているのでしょうか?今回の分析では、働いている時の状況として、作業だけをしていた状況を「作業中」、歩行や運転による移動を伴っていた状況を「移動中」、移動と作業を並列して行っていた状況を「移動作業中」として、不注意による労働災害の発生状況の傾向をみました。図2は、不注意による労働災害発生時の状況を示しています。作業中(33.5%)、移動中(35.7%)、そして移動作業中(30.8%)それぞれおおよそ同じ割合で生じていることがわかります。一方、図3は不注意による労働災害発生時の状況を業種別に示しています。労働災害発生割合が高い上位5業種の傾向をみると、不注意による労働災害は、製造業と建設業では、作業中に発生する割合が最も高く、商業、運輸交通業、保健衛生業では、移動中に発生する割合が最も高くなっています。職務内容の違いにより、不注意による労働災害が発生しやすい状況も変化する、ということが考えられます。


図2 不注意による労働災害発生時の状況 図3 業種別 不注意による労働災害発生時の状況

5.不注意の種類


 ところで、どのような種類の不注意が発生しているのでしょうか?一口に不注意といっても、学術的にはその種類や発生メカニズムは様々に分類されます。今回、先行研究3)に基づいて2種類の不注意に焦点を当てました。一つ目は、ある別の対象に注意が奪われてしまい、本来の対象や目的に対して十分に注意が向いていない状態とされる「注意の欠損」です。私たちにはそれぞれ、割くことができる注意に容量があり、その制限を超えてしまうことが原因であると考えられています。二つ目は、ある対象に長時間注意を向け続けることができない状態とされる「注意の減衰」です。私たちの注意の持続の制限を超えてしまうことが原因であると考えられています。今回の分析では、この先行研究3)の定義に基づいて、労働現場における「注意の欠損」を、注意すべき対象が複数あるうち、いずれかに注意が向いていない状態、「注意の減衰」を、主作業を行っている際、何らかの形で注意が妨害され、主作業に対する注意が持続していない状態と定義しました。図4は、不注意の種類を労働災害発生時の状況別に示しています。作業中、移動中、移動作業中のいずれの状況においても、注意の欠損による不注意が最も高い割合を占めています。移動作業中においては、注意の欠損による不注意は全体の88.6%も占めており、移動と作業が同時に行われる複雑な行動では、その動作に注意が奪われやすく、結果として移動作業以外の対象へ向けるための注意が不足してしまっていることが考えられます。


図4 労働災害発生時の状況別 不注意の種類

6.業種別の特徴


 最後に、不注意による労働災害の特徴は、業種により異なるのでしょうか?表1は、業種別の不注意による労働災害の類型(発生割合10%以上)を示しています。5業種の不注意による労働災害の発生時の状況(図3)に対する、注意の種類と注意すべき対象が占める割合を算出しています。不注意に起因する労働災害発生割合が高い5業種では、移動中や移動作業中における足元へ注意が欠損する類型が共通して多いことがわかります。製造業では、作業中の主作業に対する注意の欠損が多くみられますが、運輸交通業では、移動中に前方への注意が減衰する類型がみられており、業種により共通する特徴と異なる特徴があることがわかりました。業種ごとに不注意による労働災害の類型を参考にした安全対策を検討することが必要であると考えます。


表1 業種別 不注意による労働災害の類型

7.おわりに


 今回分析対象とした労働災害(死傷)のデータベース2)では、不注意に着目したデータ収集は行われていないため、実際には、さらに多くの不注意に関連した労働災害が発生している可能性があると考えられます。不注意は私たちの日常と密接であるために、労働災害の原因として考えられる際には、抽象的な現象として片付けられてしまう傾向にあると感じています。不注意が引き起こす労働災害を防止するため、まずは労働現場において、人間の注意の特性への理解を深めていただくことが大切だと考えます。今後は、人間の注意と労働災害との関係を実験的に明らかにすることにより、エビデンスに基づく安全対策を提案したいと思います。


(リスク管理研究グループ 任期付研究員 和崎 夏子)

参考文献

  1. 和崎夏子, 高橋明子. 不注意に起因する労働災害の特徴. 労働安全衛生研究. 2024(印刷中)
  2. 厚生労働省.職場のあんぜんサイト, 労働災害(死亡・休業4日以上)データベースhttps://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pgm/SHISYO_FND.html (参照2023年5月15日)
  3. 重森雅嘉. 発生メカニズムに基づいた行為・判断スリップの分類. 心理学評論. 2009; 52: 186-206.

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