新型コロナウイルス感染症対策としての換気について
1.はじめに
新型コロナウイルス感染症(Covid-19)が世界中で猛威を奮っており,我が国も例外なく対策に振り回されております。ワクチンの接種が進んでおりますが,まだまだ先が見通せない状況で,以前のような経済活動が再開できる目処は立っておりません。この先,どのような形で落ち着いていくのかはわかりませんが,Covid-19に限らず,感染症対策をどのように行っていくかは今後の重要な課題だと考えられます。
Covid-19の感染ルートは接触感染,飛沫感染,飛沫核感染(空気感染の一種)とされており,それによる感染リスクを減らすためには密閉空間,密集場所,密接場所のいわゆる「三密」を避けることが重要とされています1)。このうち,密閉空間を改善するために必要な手法が「換気」となります。
本コラムでは,Covid-19のような感染症対策を行う上での換気の考え方について述べさせて頂きます。
2.「換気」の重要性
換気の目的は「室内の汚れた空気を排出し,屋外のきれいな空気を導入することによって,室内の空気中の汚染物質を排出または希釈すること」になります。たとえば,作業現場にて有機溶剤や粉じんなどの有害物質が発生している場合,局所排気装置や全体換気装置などを用いて換気を行う必要があります。有害物質を使っていない事務所や住宅,学校などでは,換気が不十分な環境では二酸化炭素(人間の呼吸も主要な発生源になります)による作業能率低下や,建材由来の揮発性有機化合物(VOCs)によるシックビルディング症候群(シックハウス症候群)等の影響が起きる可能性があります。
3.感染症防止における「換気」
Covid-19の感染ルートとして,飛沫核感染が指摘されており,実際に換気の悪い,密な環境においてクラスターが発生することが報告されていることから,「換気の悪い空間」が感染リスクの一つであることは明らかです。
一方で,Covid-19そのものにおいて,どの程度の換気を行えば良いかという明確なエビデンスは現時点では報告されていません。しかしながら,空気感染することが明らかな感染症(例:結核)において,換気回数が毎時2回以上かどうかで結核の発生率に差があるという報告があります2)。従って,空気感染の一種である飛沫核感染の可能性があるCovid-19対策においても,この換気回数が一つの目安となります。
4.換気の指標としての二酸化炭素
次に換気の指標としてどのようなものを使えばよいかを考えてみたいと思います。有害物質が発生している作業場所では,発生している有害物質の濃度を用いた管理が行われますが,感染症対策の場合,病原体(今回はCovid-19ウイルス)を用いて評価を行うことはできません。
代替として考えられるのが,室内の二酸化炭素濃度を用いた評価となります。室内における二酸化炭素の発生源としては調理器具や暖房器具等もありますが,そのような発生源がない場合においては,主たる発生源は人間の呼吸となるため,Covid-19感染防止対策における換気の指標としても活用可能となります。
二酸化炭素による換気状況の把握は,建築基準法(建築物環境衛生基準),労働安全衛生法(事務所衛生基準規則)等でも採用されており,たとえば建築物環境衛生基準では,空調または機械換気設備を設けている場合の二酸化炭素濃度として1000ppmを規定しています。一方で,結核の感染リスクから導き出された換気の目安(毎時2回)を維持した場合の二酸化炭素濃度が1000ppmに相当します。すなわち,事務所において従来の二酸化炭素濃度基準値(1000ppm)を下回るように維持することができれば,ある程度良好な換気状況であると考えられます。
5.二酸化炭素の測定方法
では,換気の指標として二酸化炭素を測定する際の方法として,どのようなものがあるのでしょうか?
一番簡便かつ確実な方法としては,検知管による測定があります。これは作業環境測定基準でも用いられている方法で,誤差10%程度の測定が可能です。しかしながら,別途吸引用の器具が必要であること,1本200円程度の消耗品であること(測定の度に費用が発生する点)が問題になるかも知れません。
そこで,二酸化炭素濃度測定器(CO2モニター)の導入が考えられますが,CO2モニターを選択する際には注意が必要です。市場で売られているCO2モニターはNDIR(非分散型赤外分光)センサーを用いたものと,半導体センサーを用いたものがあり,前者は概ね一万円以上,後者は数千円程度で売られています。ところが,半導体センサーを用いた機種には,測定精度に問題があるものが多くあることが報告されています。換気状況を判断するためにはCO2濃度を把握することが必要なことから,CO2モニターを導入される際はNDIR方式の測定器を選択することをお勧めします。
6.換気シミュレーターの紹介
換気状況を判断する際において,CO2濃度を実測することができればよいのですが,検知管も測定器もない場合も多々あると考えられます。そのような場合において活用可能な「換気シミュレーター」を日本産業衛生学会 産業衛生技術部会の有志にて構築・公開しているので,紹介します3) 4)。 この換気シミュレーターは,在室者から一定速度で発生するCO2が,一定量の換気空気と完全混合するモデルにおいて,CO2濃度が一定濃度に収束する原理に基づいています(図1)。
図1:CO2濃度の経時変化のモデル
(C: CO2濃度,C0:CO2の初期濃度,G:CO2の発生量,Q:換気量)
CO2の発生量(G)は発生源である在室者の人数と,一人あたりの呼気発生量から見積もることが可能であり,その結果,定常状態の室内CO2濃度は次式で表されます。
(n: 在室者数,k: 呼吸の大きさを表す係数,C0=400ppmとする)
この式では,在室者数の他に,呼吸の大きさを表す係数(k)と,換気量(Q)の情報が必要となります。このうち,kは在室者の活動状態によって見積もることが可能です。換気量Qについては,既知の場合はその数値を用いますが,換気量が不明な場合も多々あることが想定されることから,換気装置があるものの換気量が不明な場合は部屋の使用目的による推定値を,換気なしまたは停止中の場合は建築形式による推定値を用いることで算出しています。
図2: 換気シミュレーターの仕組み(概要)
この換気シミュレーターはMicrosoft Excel を用いて作成されており,2020年4月より日本産業衛生学会 産業衛生技術部会のWebサイト3)にて公開されています。
実際に,換気のないコンクリート建築物の一室にてシミュレーターを使用してみた結果を図5に示します。推測値は1060 ppmとなっていますが,この部屋の実測値とほぼ一致していました。
図3: 換気シミュレーターの使用例
様々な環境において,換気シミュレーターによる推定値と実測値を比較した結果を図4に示します。換気後(入室後)の時間が一定時間(概ね60~90分程度)以上経過しているケースでは両者の一致度が高かった一方で,経過時間が短い場合には推定値が実測値よりも高いことがわかりました。これは,このシミュレーターでは平衡に達した定常状態の濃度を用いているためであり,経過時間における推測値にて比較したところ,大半の環境において両者がよく一致しました(図5)。このことから,多くの環境において本シミュレーターは換気状況の判断に有効であると考えられます。
なお,一部の環境において,推定値よりも実測値のほうが高い例がみられました。これは古い鉄筋コンクリート製共同住宅にて確認されたもので,換気回数の推定値よりも実際の換気回数が少なかったことによるものと思われます。今後,さらに実験結果に基づいた換気量(換気回数)の推定値の検討をすすめることにより,シミュレーターの精度を向上させることが求められます。
図4: 実測値と推定値(平衡値)の比較
図5:実測値と推定値(経過時間時点のもの)の比較
7.おわりに
Covid-19感染防止対策として,室内の換気を適切に行うことは重要ですが,換気だけ行っていれば感染を防止できるわけではありません。マスクの着用や手洗い・消毒の徹底など,他の対策を確実に行うことが必要です。また,換気は作業能率を保ち,快適な環境を維持するという意味でも重要です。Covid-19感染防止対策が求められる間だけでなく,「ポストコロナ」時代においても,引き続き,換気状況を適切に保つことで,良好な室内環境を維持することが求められます。
(参考資料)
- 田辺新一,山本佳嗣,緒方壮行:新型コロナウイルス感染症における換気について.建築防災 2020.10, 24-31.
- 古屋博行:室内CO2濃度測定による結核感染リスクの推定に関する総説. 結核 93(8) 479-483, 2018.
- 日本産業衛生学会 産業衛生技術部会:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策用換気シミュレーター.
http://jsoh-ohe.umin.jp/covid_simulator/covid_simulator.html(2020/4/27公開) - 齊藤宏之,武藤 剛,花里真道,橋本晴男: 職域室内空間の新型コロナウイルス感染症クラスター阻止を目的とした3密定量化と可視化の試み 室内CO2濃度を推定する換気シミュレーターの構築と実証.産業医学ジャーナル 44(3) 35-41, 2021.