GHS絵表示の示す危険有害性の理解度を高めるために
1.はじめに
産業現場で使用される様々な化学物質は、取り扱い方法を誤ると火災・爆発事故や疾病へつながる可能性があります。そのため、労働安全衛生法では、化学品の分類および表示に関する世界調和システム(Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals、以下、GHS)1)に準拠し、一定の危険有害性のある化学物質の譲渡提供時には、容器などへ危険有害性を表すラベルを表示することを義務づけています。これによって現場で働く作業者へ化学物質の取り扱いに関する注意を促し、化学物質に起因する事故リスクや疾病リスクの低減効果が期待されています。
GHSラベルには、特定の危険有害性情報を伝えるための絵表示(図1, 以下、GHS絵表示)と、注意喚起語、危険有害性情報、注意書き、製品の化学的特定名、供給者の特定、補足情報といった文字情報が記載されます。化学物質の危険有害性は性質と程度を細かく分類すると約80種類ありますが、GHSではそれらの危険有害性を9つの絵表示により表すことになっています。そのため、著者らは、現場で働く作業者の皆さんがそれらをどのくらい正確に読み取れるのかについて疑問がありました。そこで、現場で働く作業者を対象として、Web調査によりGHS絵表示の理解度調査を行いました。
このコラムでは、著者らが行った作業者のGHS絵表示の理解度を調べた研究結果2)の概要と、GHS絵表示の示す危険有害性の理解度を高める対策の提案2)について紹介します。
図1 GHS絵表示
2.GHS絵表示の理解度調査
まず調査で用いる選択肢を作成するため、危険性を表す絵表示4種類(炎、ガスボンベ、円上の炎、爆弾の爆発)と有害性を表す5種類(腐食性、健康有害性、環境、どくろ、感嘆符)に分け、化学物質の専門家を含む研究者3名で危険有害性の性質のみに着目して絵表示ごとに1~5項目の正解項目を作成しました。腐食性は危険性と有害性の両方の性質を有しますが、ここでは有害性へ分類しました。これらに予備調査を基に作成したダミー項目も含め、最終的に危険性については15項目(うち正解項目8項目)、有害性については21項目(うち正解項目15項目)の選択肢を作成しました。調査対象者は、危険性と有害性のそれぞれ共通の選択肢からGHS絵表示の危険有害性に該当すると思う選択肢を複数選択式で回答しました。
Web調査により調査を実施し、製造業で化学物質を取り扱う可能性のある職種の現場作業者729名を調査対象者としましたが、このうち実際に職場で化学物質を扱う現場作業者353名を分析対象としました。
調査結果を表1に示します。本研究において最も正解率の高かった項目は「炎」の「可燃性または引火性がある」で、正解率は75.6%でした。アメリカ規格協会の安全記号基準3)では、安全記号がメッセージを明瞭に伝えているかどうかの基準として、自由記述式による理解度テストで85%以上の回答者が正解できることとしています。回答形式が異なるため単純な比較はできませんが、本研究において最も正解率の高かった項目でもこの基準を満たしませんでした。また、この基準の半分にも満たない、正解率が40%以下だった項目は正解項目23項目中17項目もあり、特に、ガスボンベや感嘆符の正解率は非常に低い結果となりました。さらに、9つ中6つの絵表示では選択率の高い不正解項目も見られました。このように、職場で化学物質を取り扱う作業者であってもGHS絵表示が示す危険有害性の理解度は全体的に非常に低いことが示されました。事業場を見学させていただくと、化学物質の注意喚起のためにGHS絵表示が作業現場に表示されていることがありますが、単にGHS絵表示を示しただけでは作業者の皆さんに十分に理解されない可能性があることがわかります。
表1 絵表示の理解度
3.GHS絵表示の示す危険有害性の理解度を高めるために
作業者のGHS絵表示の示す危険有害性の理解度を高めるためにはどうしたらよいでしょうか。ここでは、先行研究を参考に実施可能な対策案をご紹介します。
まず重要だと考えられるのが教育訓練です。例えば、先行研究では、絵表示とともに絵表示が使用される環境が提示されるとメッセージの理解に効果があることが示されています4)。GHS絵表示においても絵表示とともにその化学物質を使用する環境を示せば、作業者の理解度が高まり、記憶に残りやすくなる可能性があります。また、警告を示す絵表示と事故シナリオを併せて提示する訓練は、絵表示とその意味を表すラベルを併せて提示する訓練よりも正答率と回答の自信度が上がり、回答の反応時間の短縮効果が持続することが報告されています5)。GHS絵表示も化学物質による事故シナリオと併せて学習することで、その化学物質の扱い方(know-how)や化学物質を適切に取り扱わなければならない理由(know-why)まで理解でき、記憶や危険感受性が高まる可能性があります。
また、ラベルのデザインの改良も有効だと考えられます。現状のGHSラベルでは複数のGHS絵表示がまとめて表示され、別の箇所に対応する複数の危険有害性の文字情報がまとめて表示されるのが通例です。しかし、GHS絵表示の示す危険有害性の理解度の低さを考慮すると、GHS絵表示と文字情報を1対1で対応させる配置にすることが重要だと言えます。また、機器の取扱説明書を用いた実験において、サイズを大きくし着色して目立たせた文字と絵表示を併用することで、言葉による警告メッセージの理解度と記憶の成績が他の条件(地味な文字や、絵表示の不使用)よりも高くなることが示されています6)。GHS絵表示に対応する危険有害性情報や注意書きの文字を目立たせる工夫をすることもGHSラベルの示すメッセージの理解度を高め、記憶に残りやすくさせる可能性があります。
4.おわりに
本コラムでは、現場で働く作業者のGHS絵表示の理解度に関する研究結果の概要と、GHS絵表示の示す危険有害性の理解度を高めるための対策の提案について紹介しました。化学物質の安全な取り扱いについて、これまで多くの法令が制定され、皆様の事業場でも様々な取り組みを行っていると思います。しかし、現場で働く作業者の視点から見ると、まだまだ対策が十分とは言えないかもしれません。弊所では、現在、化学分野でのヒューマンエラーに着目し、火災・爆発災害防止のための化学物質リスクアセスメントにおいて、ヒューマンエラーをどのように考えどのように評価するかについての研究も行っています。今後、皆様の事業場での化学物質による事故防止に貢献できるよう、それらの研究成果も順次公開していきたいと考えています。
- GHS関係省庁連絡会議訳.化学品の分類および表示に関する世界調和システム(GHS)改訂6版.東京:化学工業日報社,2015.
- 高橋明子,島田行恭,佐藤嘉彦.現場作業者のGHS絵表示の理解度と文字情報の確認行動,労働科学 2019;95(3),77-90.
- American National Standard Institute (ANSI). Annexes B General Procedure for Evaluating Candidate Safety Symbols. Criteria for Safety Symbols (Z535.3). Rosslyn, National Electrical Manufacturers Association, 2011.
- Wolff,J.S., Wogalter,M.S. Comprehension of pictorical symbols: Effects of context and test method. Human Factors 1998 ; 40(2): 173-186.
- Lesch, M. F. A comparison of two training methods for improving warning symbol comprehension. Applied Ergonomics 2008; 39: 135-143.
- Young, S. L., Wogalter, M. S. Comprehension and memory of instruction manual warnings: Conspicuous print and pictorial icons. Human Factors 1990; 32(6): 637-649.