過労自殺における長時間労働とその背景要因について
1.過労による精神障害の発症および自殺
仕事中に強い心理的負荷を受けるような出来事を経験し、精神障害を発病したという労災事案の請求件数は、現在でも増加傾向が続いています。その中で、業務との関連性が認められた支給決定件数も高止まりしており、精神障害事案の中でも最悪の帰結といえる自殺既遂事案(以下「自殺事案」という。)に関しても、毎年度80件から90件ほどの事案が認定されています(図1)。労働者の自殺は、会社のみならず、その家族や友人など幅広い人々に物心両面から強い影響を与えるため、特に早急な予防対策が求められています。
図1 精神障害発病による労災認定件数 引用元:令和2年版過労死等防止対策白書
労働者の精神的健康に影響を与える要因としては、事故や災害の体験、過剰な責任の発生(責任に見合う裁量や権限の不足)、そして職場での人間関係などが知られています1,2)。一方で過労自殺と聞くと、月80時間を超える時間外労働(いわゆる過労死ライン)など、長時間労働を連想される方も多いのではないでしょうか。長時間労働は脳出血や心筋梗塞などの脳心臓疾患によって亡くなった方々の認定基準として導入され、のちに精神障害の認定でも判断項目の一つとなりました。長時間労働と過労自殺との関連性は一般的に受け入れられていますし、学術的にも長時間労働と精神障害との関連を示唆するような研究があります3,4)。一方で、過労によって精神障害を発症し自殺に至ってしまった方々がどのような働き方をしていたのか、その実態についてはあまりよくわかっていません。国は過労死等防止対策のひとつとして、労働時間の短縮を目標に挙げています(過労死等の防止のための対策に関する大綱、平成30年閣議決定)。そして労働力調査によれば、週60時間以上働いている労働者の割合は一貫して減り続けています(図2)。しかし、自殺事案の認定件数には大きな変化が見られないことから、特に過酷な状況で働いている人たちの状況はあまり変わっていないのかもしれません。
図2 週労働時間60時間以上の雇用者の割合の推移
引用元:令和2年版過労死等防止対策白書<概要>
長時間労働を減らすには、その原因を減らすことが特に重要であると考えられます。そこで私たちは、自殺事案の調査復命書(労災認定のための調査で得られた情報を集約した書類)などを活用し、被災者の方々がどのような働き方をしていたのか、またそのような長時間労働はどのような要因によって生じたのかを解析しました。
2.自殺事案の長時間労働
過労死等防止調査研究センターには、厚生労働省を通じて平成22年以降の過労死等労災事案の調査復命書データが蓄積され、調査研究に活用されています。私たちは月ごとに集計された時間外労働時間のデータを分類し、長時間労働の傾向を探ることにしました。分類には階層的クラスタリングという機械学習の手法を使って、対象とした事案を3つのクラスターに振り分けました。図3は、クラスター毎の時間外労働時間の推移を示しています。
図3 時間外労働の推移の分類結果(発症前6か月間)
クラスターNo.1には、月当たりの時間外労働が0~60時間程度の事案が多く分類されました。いわゆる過労死ラインには達していない事案が多く、時間外労働以外の理由で労災が認定された事案が多く含まれます。なお、長時間労働以外の精神障害の背景要因としては、対人関係(パワハラ、いじめ、きつい新人教育など)、仕事上のミスやケガなどの出来事がありました。クラスターNo.2には、もともとあまり時間外労働がなかったにも関わらず、精神障害の発症日に近づくにつれて労働時間が増えていった事案が多く含まれます。長時間労働と聞くと慢性的な長時間労働をイメージされる方が多いかもしれません。このデータからは、もともと時間外労働がそこまで長くなくても、労働時間が増えていくことで負担が蓄積し、精神障害を発症し自殺に至ってしまうケースが少なくないことが分かります。最後にクラスターNo.3には、精神障害を発症する6か月前から継続して月100時間を超える時間外労働に従事していた被災者が多く含まれています。クラスタリングの結果、自殺事案には慢性的に長時間労働に従事していた人たちだけでなく、発症日以前に何らかの原因によって時間外労働が増加していき100時間を超えるようなパターンや、時間外労働時間はさほど長くない事案も少なからず存在することが分かりました。
3.長時間労働の背景要因
続いて、長時間労働があった事案ではどのような理由で長時間労働をせざるを得なかったのか、調査復命書を1件ずつ精査しました。表1にその結果を示します。すべての要因の中で最も多かったのは、業務量に人員数が見合わないこと、また異動や病欠などで人員が抜けた後に補充がされないことでした。さらに、異動によって新しい仕事を担当したり、会社の新規事業を担当したりすることで労働時間が長くなっていたこともわかりました。慢性的な長時間労働への対処はもちろんのこと、異動やトラブル、繁忙期などによって時間外労働が増加した際にも、周囲からの適切なサポートで精神障害の発症リスクを下げることができるかもしれません。
表1 長時間労働の背景要因
4.終わりに
長時間労働は、睡眠の量や質への影響や5)、必要な病院受診を妨げる6)ことなども知られており、生活の質を向上させるうえでも可能な限り減らすことが理想です。しかし、長時間労働の実態やその背景は会社毎だけでなく、労働者毎にも異なるようです。また、長時間労働以外の対人関係などによって自殺に追い込まれた被災者がいることも改めて示されました。長時間労働の削減は目的ではなく、あくまで過労状態の労働者を減らすための一手段であることに留意して職場改善に取り組む必要がありそうです。また、必要な医療ケアや援助へのアクセスの改善も求められるでしょう。本研究では主に働く上でのネガティブな点に着目したので、労働者の生産性や仕事のポジティブな面に目を向けることはできませんでした。今後はより多面的な視点で、働きやすい環境についての研究を展開していきたいと考えています。
参考文献
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