労働安全衛生総合研究所

事故に学ぶ静電気ハザード

1.はじめに


 静電気が原因の事故は、静電気対策を実施しているといっているところでさえも(結果的にハザードの抜けや対策が不十分であった)、未だに起きています。これらの事故は軽微なものもあるが、設備の損害のほかに死亡も含めた被災者を伴う重大な災害となることも残念ながら少なくないです。
 リスクアセスメントが誕生した経緯にみられるように、事故を教訓として、事故に学ぶことは重要です。
 1件の事故調査だけでも十分に再発防止に役立っていることは確かですが、文献1,2)にあるような多数の静電気事故を包括・系統的に分析・調査して、事故の傾向を数量的に示したものはないでしよう。このような調査の結果は、実施が義務となっているリスクアセスメント、特にハザード同定に重要な情報となります。文献1,2では、静電気が原因とされた310件(1960–2010年)の事故のうち、静電気が原因であると推定できた153件の事故の分析調査結果を報告しました。なお、ほかの157件のほとんどについては、静電気以外の着火源の方が確からしいと考えられ除外しましたが、原因が明確でないと静電気のせいにするという傾向がここにも現れています。
 海外でも静電気事故事例を紹介していますが3-5)、それらの事故は類似したものばかりであり、得られている結果は日本に特有なものではなく、国際的に共有できるものです。つまり、類似の事故が繰り返し起こっているということです。
 本コラムでは、どのような可燃性雰囲気が形成され、どのようにして帯電が起こり、どんな静電気放電が着火源となり、どのような工程や作業において事故に至ったかの傾向を述べます。


2.静電気ハザード


2.1 可燃性雰囲気の形成

 可燃性雰囲気が形成されない限り着火源があったとしても着火することはありません。どのような可燃性雰囲気が形成されていたかを統計的に調査することは、再発防止だけではなく、特にハザードレベル(筆者の造った用語で、ハザードが生起する確率・頻度として定義し、定量的なハザード同定によるリスクの評価のために用いられます)の見積もりに重要と考えます。静電気着火では液体蒸気によって可燃性雰囲気が形成されて着火する場合が多いことが示されましたが、その内訳は図1aに示すとおりです。

2.2 帯電の原因

 帯電は、異種の物質の界面での接触・分離の際に発生する電荷(電荷分離)が、電荷緩和が不十分なときに、蓄積されることによって起こります。事故事例から主な帯電の要因は液体–固体界面での液体の流動、撹拌、噴霧・噴出などによる電荷分離、固体–固体界面での粉体が関連する摩擦・衝突およびローラとフィルム、ドラムと内袋など固体物同士の摩擦・はく離による電荷分離です。
 液体の流動および撹拌(主に液体と粉体の撹拌)が最も多く、次いで摩擦・衝突(主に粉体)、漏洩・噴出(噴出した液体に粉体が含まれることにより帯電が促進されたケースもある)、はく離(粉体層のはく離も含む)、噴霧が帯電の原因となっていました。内訳は図1bに示すとおりです。

2.3 静電気放電

 着火源となった放電のタイプは火花放電(導体同士の放電)、ブラシ放電(帯電した絶縁物と接地導体との放電)、沿面放電(薄い絶縁物の片面に正、反対面に負の電荷が帯電しているときに起きる放電)およびコーン放電(絶縁性粉体を空気輸送充てんした粉体表面で起きる放電)でした。その割合を図1cに示します。
 火花放電(71.1%)が圧倒的に多く、火花放電の原因となった絶縁導体は可搬の導体か人体でした。つまり、すべてが、作業者がかかわる作業であったといえます。70%強の事故は静電気対策の基本である接地・ボンディングをしていれば防止できていたということが強調されます。また、この中には作業者が作業の利便性から一時的ではあるが導体をわざわざ絶縁物を用いて絶縁してしまうという事例も含まれています。事故防止には作業者へのハザードの周知と安全教育が重要であることが示されています。
 ブラシ放電(17.9%)は、粉じん雰囲気を着火させることはないが、可燃性ガス・蒸気とのハイブリッド雰囲気が形成されると着火源となり得ます。粉体工程では袋類・バッグフィルタに多いです。たとえば、袋類では絶縁性袋を振って粉体を排出、絶縁性内袋が飛び出す、絶縁性袋をドラムから引き出すなどがありました。
 沿面放電(9.2%)は袋類からのものが多く、これは主に帯電した粉体が絶縁性袋・FIBCあるいはフィルタなどからはく離して排出するときに起きていたと思われる放電です。粉体塗装の排気用塩ビ配管での沿面放電と推定できた事例も1件あります。空気輸送配管が塩ビ製で、建屋外で配管外側が雨で濡れたために沿面放電が発生した事例もあります3)。スパイラル状の金属ワイヤが入ったホースは、金属ワイヤーの接地が沿面放電の原因となりました。
 コーン放電(1.7%)と思われるものは3件でありました。高分子ペレットの空気輸送サイロ充てんであったが、ガス抜き不足が着火エネルギーを低くしていたのが原因でした。粉体のみでは着火源になりにくいことを示しており、空気輸送では、終端の容器内で特にハイブリット可燃性雰囲気が形成されるリスクを防止しなければなりません。

2.4 工程・作業

 工程・作業ごとのハザードレベルを把握するため、静電気着火が起きたとき何をしていたかを調査しています。その内訳は図1dに示すとおりです。94.1%は作業者が直接に従事していた工程・作業でした。また、通常の生産工程時よりも、清掃、メンテナンスやトラブル対応などの非定常作業中に事故が多く起きていました。


3.まとめ


 事故に学んで得られた知識は以下のとおりです。

  1. 最も興味深いことは、70%以上の事故は、絶縁導体からの火花放電が着火源となっていたことであり、これは、静電気対策の基本である導体の接地または靴と床による作業者人体の接地により、容易に防止できていたということです。この種の事故が絶えないのは知識や管理の不足によるものと考えられます。ハザード同定において静電誘導ハザードが確実に同定されるよう配慮することが必要です。
  2. ブラシ放電による着火は、可燃性蒸気または蒸気と粉じんのハイブリッド雰囲気のみで起きています。
  3. コーン放電による着火の可能性は低く、ガス抜き不足を原因とする可燃性ガス–粉じんハイブリッド雰囲気での空気輸送にのみ起きています。
  4. 90%以上の着火は、作業者が係わる作業において起きています。
  5. 事故の半分以上は、生産工程ではなく、メンテナンス、トラブル対応および漏洩時に起きています。生産工程以外のリスクアセスメントも必要です。
  6. ヒューマンエラーによるリスクもアセスメントの対象とすることです。漏洩による噴出が比較的多いのは、静電気対策が困難であるので気になるところですが、漏洩の原因は操作ミスやメンテナンス不良によるフランジ部やバルブからの漏洩です。ヒューマンエラーのリスク低減策が必要です。このときのほとんどの着火原因は絶縁導体からの火花放電であるので、漏洩の危険性がある場所の周辺には絶縁導体となりうるものを置かないようにすることです。
  7. 緊急時のリスクアセスメントも必要です。たとえば、避難経路は2つ以上確保することは基本であり、幾人かの犠牲者は助かっていたことでしょう。

 静電気対策の5つの原則(1.すべての導体の接地・ボンディング、2.人体の接地:靴と床による人体の接地、3.導電材料の利用およびその接地による帯電防止、4.帯電の抑制:低速処理、5.可燃性雰囲気の防止)を十分に理解して、実施していれば、これらの事故は未然に防止できていたことは確かです。これには、組織化された安全管理体制をベースとして、教育・リスクコミュニケーションを含めて、的確なリスクアセスメント2)が重要です。



・謝辞
三原一気氏には多くの事故データをご提供頂きました。


(電気安全研究グループ 統括研究員 大澤 敦)
・参考文献
  1. A. Ohsawa, Statistical analysis of fires and explosions attributed to static electricity over the last 50 years in Japanese industry, J. Phys. Conf. Series, 301, 012033 (2011).
  2. 大澤敦,静電気リスクアセスメント(2020) https://www.researchgate.net/publication/320612230_Risk_assessment_of_electrostatic_ignitions.
  3. G.Lüttgens and N.Wilson, Electrostatic hazards, Butterworth-Heinemann, Oxford (1997).
  4. T.H. Pratt: Electrostatic ignitions of fires and explosions, Burgoyne incorporated consulting scientists & engineers, Marietta (1997).
  5. Center for Chemical Process Safety of the American Institute of Chemical Engineers, Guidelines for safe handling of powders and bulk solids, American Institute of Chemical Engineers (2005).

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