・!doctype html>l あなたは返信しますか?深夜2時の上司からの仕事メール | 労働安全衛生総合研究所

労働安全衛生総合研究所

あなたは返信しますか?深夜2時の上司からの仕事メール

—つながらない権利について考える—

■ あなたなら、どうしますか?勤務時間外のメール


 次のようなメールが休日あるいは深夜に上司から届いた場合、読者の皆様はどう思いますか?

 事例1;「〇〇社からの依頼の件ですが、そのプレゼンの資料を至急、作成して送ってください。」
 事例2;(金曜日の22時のメール)「〇〇の件、来週月曜の朝までにお願いします。」
 事例3;「〇〇の件、どうなっていますか?」

おそらく、上記の問いに対しては、「嫌な気持ちになった」という回答が大多数を占めると思います。

 その理由は、自分のプライベートな時間が仕事に奪われてしまうことへの嫌悪感にあると考えられます。とくに、これらのやり取りが既読機能を有するLINEのようなコミュニケーション・ツールでの連絡だった場合、その嫌悪感は一段と増すことになるでしょう。

 事例1と2のメールも、上司への嫌悪感あるいは怒りに結び付くと思いますが、質が悪いのは事例3のメールです。察することが美徳である日本の労働者にとっては、「何時までに何をどうしなさい」という明確な指示がなくとも、「早く仕事をしなさい」という無言のプレッシャーを感じるはずです。


■ 法律上の「労働時間」とは?;使用者の指揮命令下に置かれている時間


 労働基準法上の労働時間とは「使用者の指揮命令下に置かれている時間」なので、法的な視点から上記の3事例を見ると、勤務時間外にも関わらず「至急」という指示で勤務時間外の仕事を強要された場合(事例1)や、明らかに土日に仕事をしなければ月曜日の朝までに間に合わないような場合(事例2)は、使用者の指揮命令下であると認められるので、労働時間に対する対価として時間外または休日労働に係る割増賃金を支払う対象になり得ます。

 しかし、微妙なのは事例3です。明示的な業務指示ではありませんが、行間を読むと仕事を要求しているようにも読むことができます。送信した上司は、そういう指示ではないと言い逃れするかもしれません。しかし、労働時間の定義である「使用者の指揮命令下に置かれている時間」かどうかは、「労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否か」によって客観的に判断されます。したがって、明示的な業務指示ではなくとも、黙示的に業務指示をしたものとされる場合には、これに対応した時間も労働時間として認められる可能性があります。

 いずれにしても、上記のような事例はパソコンやインターネットを用いて仕事をする数多くの方々が抱える問題ではないかと思います。そして、この勤務時間外のメール問題は、情報通信技術の進歩に伴って、労働者に「目に見えない労働時間」を増やし、様々な健康問題に結びつく可能性のある新たな労働安全衛生上の問題になり得ると著者は考えています。


■ Gmailに送信予約機能が追加されたのをご存じですか?


 米グーグル社が2019年4月1日にGmailに送信予約機能を追加したことをご存じでしょうか?この機能は、メールの送信時間を予め設定して、その時間になったら送信されるというものです。つまり、深夜あるいは休日に仕事のメールを書いたけれども、相手のプライベートな時間を邪魔しないように、勤務開始時刻以降あるいは休み明けに送信される配慮がこの機能によってできるようになりました。

 おそらく、世界中のビジネスマンに使用されているGmailの機能追加の背景には、上述した3つの事例のように、情報通信技術による「目に見えない労働時間」の問題への配慮が少なからずあったのではないかと筆者は考えています。また、もう1つの大きな要因として、後述する「つながらない権利(Right to disconnect)」の出現も無関係ではないはずです。


■ つながらない権利という考え方


 最近、徐々にメディアでも報じられるようになったので、ご存じの方も増えてきたかと思いますが、実は、勤務時間外の仕事に関するメールや連絡を規制する法律として「つながらない権利」が、2017年1月にフランスで施行されています。その内容は、50人以上の従業員がいる会社を対象に、勤務時間外のメールや連絡を遮断する「完全ログオフ権」を定款で定めるよう義務付けています。また、遮断する方法については、労使協議で決めることを求めています。

 著者の知る限り、フランスよりも先にドイツのノルトライン・ヴェストファーレン州において、反ストレス法案(Anti-stress regulations)という名前の、「つながらない権利」と全く同じ考えの法律が検討されていました。さらに、イタリアでは既に法制化され、また米ニューヨーク市、カナダ、イギリス、フィリピン等でも同様の法案が検討されている状況にあります。

 このような「つながらない権利」の世界的な広がりから垣間見えることは、プライベートな時間を大切にするというイメージの強いヨーロッパの人々の間でさえも、「つながらない権利」という武器が無ければ、情報通信技術の発達に伴って生じた「目に見えない労働時間」の問題に対処できなくなっているという事実ではないでしょうか。


■ 「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人」に学ぶ:罰金は管理職のポケットマネー


 「つながらない権利」のような労働者を保護する発想が欧州で生まれやすいのは、欧州では日本のメンバーシップ型の雇用形態とは異なるジョブ型の雇用形態が浸透しているからだと思います。日本での就職は、会社のメンバーになる「就社」と形容した方が良い雇われ方なので、各人の職務(ジョブ)は不明確です。そのため、自分の仕事を自ら察して空気を読みながら働くことが求められています。一方、ジョブ型の雇用形態では、雇い入れの際に業務内容、義務、権利、禁止事項、給与、所定労働時間、残業時間の取り扱い、有休休暇日数、会社を辞める際の事前通告の日数などを細かく定めた労働契約を結ぶので、契約書に書かれている仕事以外は行う必要がありません。

 また、著者がフィンランド労働衛生研究所(Finnish Institute of Occupational Health)で研究をした時の経験から、ヨーロッパ人は良い意味で他人に興味がありません。したがって、日本のように上司、同僚がまだ働いているから、何となく帰りづらいというような雰囲気は微塵も感じられず、フィンランドの研究所の同僚は15時だろうが16時だろうが、自分の仕事が終わったらさっさと帰っていました。

 そこで、ご紹介したいのは「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人」1)という本の内容です。このタイトルに惹かれて購入したのですが、先ほどのフィンランドでの経験も相まって、「なるほど、日本の労働者は5時から頑張っているのか」と思わされることが多々ありました。とりわけ驚いたのは、ドイツでは部下の違法な残業は管理職のポケットマネーから支払われるということです。どんなに忙しい時でも、管理職は1日の勤務時間が10時間を超えないように部下に厳しく指導するそうです。その理由は、もし企業が事業所監督局から罰金の支払いを命じられた場合、会社が支払うのではなく、違法残業をさせていた部署の管理職に支払わせることがあるからです。ドイツのある企業では、10時間を超えそうになると、パソコン上に「あなたの勤務時間はもうすぐ10時間を超えます。10時間以上の労働は法律違反です。直ちに帰宅してください」という警告文が現れるそうです。日本では考えにくい状況ですが、ドイツでは法律だから仕方ないと皆が割り切る文化や、何よりも「疲れて働くことで生産性が落ちて健康も害するぐらいなら、早く仕事を切り上げてリフレッシュして、次の日に頑張った方が遥かに効率的である」という考え方が根底にあるそうです。


■ 「勤務間インターバル制度」が欧州で形骸化してきている?


 では、なぜ労働契約書などで業務内容が明確化されたり、違法な残業が厳しく取り締まられる欧州で「つながらない権利」という考え方が生まれたのでしょうか?そこで、OECDの欧州労働条件調査結果(2017年)を図1にお示しします2)。この図は、労働者を自営業者(給与を自ら稼いでいる者;経営者等)と従業員に分け、11時間未満の勤務間インターバルを月に1日以上経験した者の割合を、欧州連合(EU)の加盟国別に示した結果です。この割合が一番多いスペインでは、従業員の約50%がそのような状況を経験しており、EU28ヶ国で見てもその割合は23%でした。

 一方、著者の所属する過労死等防止調査研究センターの調査によれば、常日勤で働くわが国の労働者の場合、普段の勤務間インターバルが11時間未満になる割合は2.5%で、業種別で見ると、宿泊業、飲食サービス業が最も多く11.7%でした3)(表1)。OECDの調査では月内の1回以上の11時間未満インターバルを尋ねていますが、著者らの調査では「普段」の勤務間インターバルを尋ねており、方法論が異なるため、直接、数値の比較はできません。しかしながら、プライベートな時間を大切にしている欧州にもかかわらず、11時間未満の勤務間インターバルが多い印象を受けます。


図1 雇用形態別のEU諸国での勤務間インターバルが11時間未満になる割合
引用元:第6回European Working Conditions Survey(2017)


表1 各業種における勤務間インターバル


久保智英,佐々木毅,池田大樹,松元俊,吉川徹,高橋正也,茅嶋康太郎.分担研究報告書「過労死予防対策としての職場環境改善に関する介入研究」.平成28年度労災疾病臨床研究事業費補助金「過労死等の実態解明と防止対策に関する総合的な労働安全衛生研究」;2017:103-115.

 OECDの調査結果に対する説明では、副業の影響について触れていましたが、著者の推測では、やはり欧州においても情報通信技術による「目に見えない労働時間」の問題が顕在化してきたのではないかと考えます。著者は以前、欧州では「勤務間インターバル制度」は普通に働いていれば守れる、空気のような制度であるという論考をしたのですが、今では正しい説明として成立しなくなったのかもしれません。つまり、上記に示したデータは、欧州においてさえ、情報通信技術の発達に伴って勤務間インターバルが形骸化してきた傍証と捉えることができるのではないでしょうか。


■ 働く人々の疲労回復に重要なことは?:物理的にも心理的にも仕事の拘束から離れること


 そもそも働く人々にとって、プライベートな時間はなぜ重要なのでしょうか?労働者の疲労研究という視点から考えてみたいと思います。これまでの産業疲労研究では、労働者の疲労は休憩、休息、休日といった、仕事による拘束が解かれる状況において回復に向かうものと考えられてきました。しかし、スマートフォンやノートパソコンといった、何時でも何処でも仕事につながれてしまうツールの爆発的な普及により、仕事が終わって物理的に仕事から離れたとしても、心理的には仕事の拘束を受け続けるような状況が生じています。たとえば、帰宅中あるいは就寝前に、スマホで仕事のメールをチェックして返信するということが、それに当たります。


■ 勤務時間外での仕事のスマホ使用:ルミネーションとサイコロジカル・ディタッチメント


 次に、興味深い研究をご紹介します。それは、ドイツで行われた勤務時間外での仕事のスマホ使用の頻度と疲労の関連性を検討したGombertらの研究(2018)です4)。この調査は、63名の常日勤の労働者を対象に、連日10日間、早朝(自宅)と午後(職場)の2時点で、スマートフォンを使ってオンラインで質問に答えさせたものです。

 主な質問項目は、

  • 1)勤務時間外における仕事に関連したスマホの使用頻度
  • 2)翌日の勤務時間中の自己統制
    (Self-control demand at work;自分の意識を集中させないと仕事ができない状態)
  • 3)翌日の勤務時間中の自我消耗(Ego depletion;精神的なエネルギーの枯渇)

でした。図2はその結果を示しています。


図2 仕事関連のオフでのスマホ使用頻度と、その翌日の仕事からの自己統制欲求と自我消耗の関連性

この結果から、勤務時間外での仕事によるスマホ使用が多いと、その翌日、勤務時間中の自己統制欲求が高い状況において自我消耗を生じる傾向にあることが観察されました。つまり平たく言えば、オフ中に仕事のスマホ使用が多かった翌日は、仕事が大変な場合、精神的なエネルギーの枯渇が生じやすいことを意味しています。一方で、オフ中の仕事のスマホ使用が少ない日は、翌日の仕事が大変でも、精神的なエネルギーの枯渇は生じにくいという傾向が見られました。このことから以下の2点が示唆されます。まず、仕事のことを繰り返し頭の中で反芻してしまうことをルミネーション(Rumination)と言いますが、オフでの仕事に関わるスマホ使用はこのルミネーションを引き起こし、不眠になる可能性が示唆されます5)

 もう1点は、オフにおいては物理的に仕事から離れるだけではなく、心理的にも仕事の拘束から解き放たれる環境の確保が重要だということでしょう。これを専門用語では、サイコロジカル・ディタッチメント(Psychological detachment from work)と言って、海外では精力的に研究が進められています6)


■ ディタッチは仕事の特性に合わせて:身体的、認知的、情動的なディタッチメント


 著者はこれまで労働者の疲労回復には、サイコロジカル・ディタッチメントが重要であることを様々な場で主張してきました。この主張は今でも間違いないと思いますが、オランダのJan de Jonge教授らによる、勤務後のディタッチも各人の仕事の特性に合わせて仕方を変えるべきだという研究が出てきたので紹介します7)

 彼らの主張によれば、ディタッチメントには少なくとも、

  • 身体的なディタッチメント(Physical detachment)
  • 認知的なディタッチメント(Cognitive detachment)
  • 情動的なディタッチメント(Emotional detachment)
の3種類の仕方があるといいます。

具体的には、
  • 1)身体的な仕事をした後は、あまり身体を使わないような休み方
  • 2)感情労働のような仕事で、その場に相応しい感情を作って働く対人サービス業などでは、
     勤務後は他人にあまり気を遣わないような休み方
  • 3)頭脳労働など、情報処理や問題解決のような主に認知的なリソースを必要とする仕事では、
     あまり頭を使わないような休み方

などが、それぞれ推奨されるということです。


■ オフで仕事を忘れすぎても良いのか?月曜日の怠さを防ぐために:リ・アタッチメントも大切


 一方、連休や週末に仕事を忘れすぎると、休み明けに出勤した時にだるくなるという体験も、読者の皆様にはあるかと思います。サイコロジカル・ディタッチメントを初めに提唱した研究者の1人であるドイツのSonnentag教授も、最近ではディタッチメントに加えて、オフから仕事に戻る際のリ・アタッチメント(Reattachment to work)の重要性を説いています8)。Sonnentag教授の最近の研究では、ワーク・エンゲイジメント(Work engagement;活き活きと働けている状態)が高い人は、オフも楽しめ、かつ休み明けの仕事への再適応もスムーズであるという知見を示しています。

 そして、リ・アタッチメントを図るには、たとえば、通勤途中に少しのウォーキングをしたり、仕事前に珈琲等を飲む時間を作って、その日の仕事のタスクについて考える機会を設けるよう勧めています。著者も実際に行っていますが、毎朝、出勤時に一日のやるべき事を紙に書きだし、達成できた事は線を引いて消すようにしています。そうすることによって、頭の整理ができ、仕事のストレスに曝される前にワンクッション置く事ができるため、リ・アタッチメントにはお勧めです。


■ とは言え、もちろん休みの長さも重要です!;勤務インターバルと疲労回復に重要な睡眠の関連性


 ここまで著者は休み方、とりわけその質的な側面である過ごし方について触れてきました。しかし当然ながら、労働者の疲労回復には、休みの長さも重要なのは言うまでもありません。最近、働き方改革などで注目されている勤務間インターバルに関する著者の研究を以下にご紹介します9)。図3は、55名のIT労働者を対象に連日1か月間、日々の勤務間インターバルの長さと、腕時計型の睡眠計による客観的な睡眠時間、および疲労アプリによる心理的な訴え(前日の仕事の疲れが残っているという訴え)との関連性を観察したデータです。その結果、勤務間インターバルの長さが11時間未満の日ではおおよそ1日5時間睡眠になっていたことが示されました。また、仕事の疲れの残り具合も、11時間未満の日では他の日より疲労の心理的な訴えが高くなっていることが分かります。

 これまでの睡眠研究においても、慢性的に5時間未満の睡眠が続く場合は様々な健康障害や関連リスクの生じることが指摘されているので、EU水準の勤務間インターバル11時間というのは良い線をついていると著者は捉えています。もちろん、この調査は都心部のIT労働者を対象としたもので、通勤時間や育児といった要因次第で変わる可能性もあります。しかし、「インターバルが短くなるとともに客観的な睡眠時間も減り、疲労回復が阻害される」ということは、総論として間違いないと思います。したがって、オフの過ごし方も非常に大切ですが、オフの長さの確保はその大前提であると言えましょう。


図3 勤務間インターバルと睡眠と疲労:55名のIT労働者を1カ月間繰り返し毎日観察した調査結果
引用元:Kubo et al (2018) Journal of Occupational Health. 60(5):394-403.


■ 休みは長さだけでなく、過ごし方も大切:労働者の疲労回復におけるオフの長さと過ごし方の関係


 では結局、労働者の疲労回復には、休みの長さが重要なのか?それとも過ごし方が重要なのか?という疑問が浮かぶかもしれません。これはあくまで私見ですが、著者の今のところの答えは、その労働者が置かれている状況とオフの時間の長さによって変わるものだと思っています。つまり、オフの時間が短い場合は、オフの量の拡充(睡眠確保や何もしないで休むこと)による身体的な回復が第一に求められます。一方、オフの時間が長くとれる場合は、オフの質、つまりレジャーのように自由に過ごせる時間による精神的回復が重要になると思います。

 たとえば、労働時間が長く、帰宅時には日付も変わってしまうような場合は、オフの過ごし方云々よりも、第一に休む時間の長さが重要です。一方、育児中の女性労働者を例に挙げれば、夏季休暇などで旦那さんの実家に1週間滞在することを想像してみてください。休む時間の長さはあっても、義理のご両親に気を遣って自由に過ごすことが難しいのではないかと思います。その結果、気疲れして休み明けも疲れが残るという状況が予想されるのではないでしょうか? そのような場合は、自由に過ごせる時間を少しでも作り出すことが重要になるはずです。


図4 労働者の疲労回復におけるオフの長さと過ごし方の関係

■ 勤務時間外での仕事メールは一律に規制すべきなのか?:セグメンテーション・プリファレンス


 話が「つながらない権利」から少々ズレましたが、ではオフの疲労回復力を阻害する可能性のある勤務時間外の仕事メールは規制すべきなのでしょうか? 著者としては将来的にはそうすべきだと考えていますが、実態を鑑みずにルールだけを押し付けても実効性はないと思います。つまり、「仕事が楽しいから、オフでも仕事をしていたい!」という考えの労働者が一定数いることも、また事実だと思います。そのような声を無視して「勤務時間外での仕事メールは禁止」というルールだけを押し付けても、結局は会社のメールアドレスを使用せず、代わりに私的なメールアドレスを用いて仕事をするだけで、全く意味のないことになるでしょう。

 ここで1つ、オフでの仕事への嗜好性をタイプ別に、オフでの仕事に関するスマホの使用頻度と、仕事と家庭のバランスが上手くいっていない時に感じる感覚(Work family conflict)との関連性を調べた研究をご紹介します。オンとオフでの働き方への嗜好性のことをセグメンテーション・プリファレンス(Segmentation preference)と呼び、オンとオフを統合して働きたい人(つまり、オフでも働きたい派)をインテグレーター(Integrator)、オンとオフはきっぱり分けたいという人(つまり、オフは休みたい派)はセグメンター(Segmentor)と呼びます。

 図5は、71名の労働者を対象に、4日間の日誌調査法で上述した関連性を検討したオランダのDerksらのデータです10)。その結果、セグメンターの場合、オフにおけるスマホ使用頻度がWork family conflictに及ぼす影響は認められませんでした。一方、インテグレーターの場合は、オフで仕事に関わるスマホ使用頻度が低い日にはWork family conflictが生じるという結果でした。このことから、「つながらない権利」を現場の働き方を無視して強制することは、インテグレーターのような労働者に対しては、逆にストレスを感じさせてしまうことになるでしょう。


図5 オフでの仕事に対する嗜好性別にみた勤務時間外での仕事に関するスマホ使用とワークファミリーコンフリクトの関連性
Derks at al. (2016) Human Relations; 1-24.

■ しかし、生身の人間なので仕事を処理できる許容量がある:疲労の見える化が重要


 では、オフでも働きたい派に配慮して、勤務時間外での仕事メールの使用は無制限に許容されるべきでしょうか? それも著者は違うと考えます。最近では、在宅勤務やサテライト・オフィスを設けてフレキシブルに働ける環境づくりが進められています。そういった中で、つながらない権利に基づき勤務時間外での仕事メールを一律に規制すると大変困るというインテグレーターからの声も分かりますが、セグメンターかインテグレーターかでオフでの嗜好性の違いがあるとはいえ、生身の人間であることに変わりはありません。つまり図6に示すように、それぞれ各個人の許容量は確実に存在し、それを大きく超えて働き続ければ過重労働となり、事故の発生や健康障害に結び付くことは明らかでしょう。


図6 オフでの仕事に対する嗜好性別に見た仕事量と生産性の関連性

 また、著書「ライフ・シフト」11)で人生100年を謳ったリンダ・グラットン氏が2012年に執筆した「ワーク・シフト」12)という本があります。その中では2025年の働き方について触れていますが、今以上にインターネット環境が進展し、ネット中で自分のアバター(分身)を作って顔も知らない世界各国の同僚と働くことになる未来を予言しています。そういった働き方を導入する会社は2020年の現在、存在していないのか?という疑問から著者が調べた結果、既にアバターを使ったバーチャル・オフィスを導入している会社を発見しました。その会社は北米の不動産会社で、ログインが出社、ログオフが退社という勤務形態を用いて、ネット上の会議室でアバターを用いて会議を行っているのです。さらに、その会社の売り上げは大きく伸びているとのことでした。

 つまり、今後は時間と場所に囚われない「フレキシブル」な働き方が普及していく半面、オンとオフの境界線が今以上に曖昧になると著者は予想しています。したがって、同僚や上司がどのような仕事をどれほどしているのか、ますます分かりにくくなるので、そのような働き方に備えることが大切だと思います。そこで、皮肉なことですが、対処法としては、このような状況を引き起こしている情報通信技術を逆に利用して、たとえばスマートウォッチ等により、仕事あるいは疲労の見える化が近未来の過重労働対策になり得るのではないかと考えています。


■ 絵に描いた餅にならないように:「つながらない権利」への認知とマナー形成を


 最後に、海外での「つながらない権利」の動向を、海外の友人や労働時間に関する国際学会のメーリングリスト等を使って調べたのでご紹介します。結果を先に申し上げると、実は海外でも賛否両論があるとのことでした。ドイツの友人によれば、先に紹介したドイツの「反ストレス法案」は結局、否決されたことや、会社が勤務時間外はサーバーをシャットダウンしているのに、私的なメールアドレスを用いて顧客や上司、同僚とやり取りをしているといった話もありました。ただ、そのような実情であっても、「つながらない権利」の考え方に賛同する者や興味関心を抱く者は、海外でも日本同様に非常に多くいることを知ることができました。つまり、「つながらない権利」の考え方が生まれ、情報通信技術の発達に伴う「目に見えない労働時間」に対する危機感が高い欧州においても、この問題に対する有効な解決策は見い出されていないのが現状のようです。

 金曜日がプレミアムでなくなった今、実態にそぐわないルールは風化してしまうと筆者は強く感じています。やはり、どんなに良いルールでも、それがお題目だけのものであれば、絵に描いた餅だということです。では「つながらない権利」は無意味なのか?と言えば、そうではありません。これまでのわが国の労働環境を長い目で見てみましょう。たとえば、昔は職場のオフィスでタバコを吸う方が大勢いて、部屋の中がタバコの煙で真っ白になっていたことや、「釣りバカ日誌」という映画では、女子社員のお尻を触る男性上司が描かれていたことを思い出してください。これらの行為は、現在では完全にNGです。今の世の中でそのようなことをしようものなら、周りの同僚、上司等から白い目で見られるのはご承知の通りです。つまり、長い目で見た場合、私たちの労働環境は確実に変化しているということです。

 そして、「つながらない権利」という考え方は、ルールとして重要ですがさらに重要なことは、多くの労働者が、無制限な勤務時間外の仕事メールは労働者のプライベートな時間を侵食し疲労の回復を阻害してしまうので、健康と安全面で望ましくないという考えを共通認識として持つことだと思います。それを踏まえ、現時点では、勤務時間外のメールや連絡に対する取り決めや、それに対するマナーの形成が各職場で求められるのではないでしょうか。 ちなみに、本稿のタイトルでの問いかけに対する著者自身の答えはNOです。「働く人々の疲労回復に重要な睡眠を阻害するような勤務時間外の仕事メール、とくに眠る前の時間帯ではできる限り止めましょう!」というのが本稿で著者が読者の方々にお伝えしたかった一番のメッセージです。

 上司からの深夜2時の仕事メール、あなたは返信しますか?


参考文献

  1. 熊谷徹(2017)5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人.SB新書
  2. Eurofound Sixth European Working Conditions Survey?Overview Report. In. Publications Office of the European Union Luxembourg, 2017.
  3. 久保智英,佐々木毅,池田大樹,松元俊,吉川徹,高橋正也,茅嶋康太郎.分担研究報告書「過労死予防対策としての職場環境改善に関する介入研究」.平成28年度労災疾病臨床研究事業費補助金「過労死等の実態解明と防止対策に関する総合的な労働安全衛生研究」;2017:103-115.
  4. Gombert L, Konze AK, Rivkin W, Schmidt KH (2018) Protect your sleep when work is calling: how work-related smartphone use during non-work time and sleep quality impact next-cay self-control processes at work. Int. J. Environ. Res. Public Health 2018, 15, 1757.
  5. Kompier MA, Taris TW, Veldhoven M. Tossing and turning--insomnia in relation to occupational stress, rumination, fatigue, and well-being. Scand J Work Environ Health 2012;38:238-46.
  6. Sonnentag S. Psychological detachment from work during leisure time: The benefits of mentally disengaging from work. Curr Dir Psychol Sci 2012; 21(2): 114-118.
  7. Jonge J, Spoor E, Sonnentag S, Dormann C, Tooren M (2012): “Take a break?!” Off-job recovery, job demands, and job resources as predictors of health, active learning, and creativity, European Journal of Work and Organizational Psychology, 21(3):321-348.
  8. Sonnentag S, Kuhnel J. (2016) Coming back to work in morning: Psychological detachment and reattachment as predictors of work engagement. Journal of Occupational Health Psychology. 21(4):379-390.
  9. Kubo T, Izawa S, Tsuchiya M, Ikeda H, Miki K, Takahashi M (2018) Day-to-day variations in daily rest periods between working days and recovery from fatigue among information technology workers: One-month observational study using a fatigue app. Journal of Occupational Health. 60(5):394-403.
  10. Derks D, Bakker AB, Peters P, Wingerden P (2016) Work-related smartphone use, work?family conflict and family role performance: The role of segmentation preference. Human Relations. 69(5):1045-1068.
  11. リンダ・グラットン (著), アンドリュー・スコット (著), 池村千秋 (翻訳) (2016)ライフ・シフト:100 年時代の人生戦略. 東洋経済新報社.
  12. リンダ・グラットン (著), 池村千秋 (翻訳)(2012)ワーク・シフト—孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉—プレジデント社.

(産業ストレス研究グループ 上席研究員  久保 智英

刊行物・報告書等 研究成果一覧