労働安全衛生総合研究所

若者の働き方と心と身体のヘルスリテラシー

1.若年労働者の就労にかかわる課題


 内閣府の報告[1,2]によると、30歳未満の若年労働者の約60%は離職経験があり、約30%で早期離職を経験していました。その離職理由としては、人間関係や健康上の理由など心理社会的要因や健康関連要因が上位を占めていました。健康上の理由で離職する割合は、初職継続期間の短い人ほど高いとの報告もあります。また同報告によると、キャリア教育・職業教育を受けた人の割合は10年前と比べ増加していますが、離職割合に劇的変化がまだ見られないことから、就職前に得た情報や知識を就職後に適切に活かせていない可能性も考えられます。
 これらの社会調査から見えてくることの一つは、学生時代を終えて初めて仕事に就く時には、心と身体の自己管理と、働き方と健康バランスを保つための実行力が重要であるということです。



2.若年労働者の労働安全衛生の認識


 先行研究によると、中・高齢労働者と比べて若い労働者の方が労働中にケガなどをする割合の高いことが報告されており、若年労働者の知識とコンプライアンスを高めることは労働時の安全や健康に必要とされています[3-7]。また、30歳未満の若年労働者は、高齢労働者と比較して労働安全衛生に関するサービス(助けとなるもの)の利用頻度が少なく、労働安全衛生問題に対する意識が低いとの調査報告もあります[8]。このサービスの内容には、職場の環境安全衛生管理者、産業医、労働安全衛生管理者の代表者のサポート、過去5年間に会社が提供した労働安全衛生関連のトレーニングプログラム、過去5年間に会社から提供された健康と安全に関する情報へのアクセス等に関する項目が含まれています。これらのサービスの中でも、若年労働者が産業医にアクセスしようとしない割合は1.4倍高く、労働安全衛生の法的なフレームワークを知らない割合は約2倍でした。
 国や会社が労働者の健康を支援するためのサービスを提供しても、労働者が活用しなければ健康や安全についての認識が変わらず、労働によるケガや事故、病気の予防にもつながりません。健康であるためのライフスタイルについて最低限の情報や知識は不可欠です。しかし、行動という実行が伴わなければ実際の病気予防や健康維持にはつながりません。
 また、世界23か国の大学生を対象とした喫煙と健康感[9]、日英の大学生を対象とした生活習慣と健康リスク意識に関する研究[10]では、当時の日本の大学生は健康意識が実際の健康行動に結び付いていないことが報告されました。国によって医療保険の仕組みや保健サービスなどの社会基盤の違いや、調査対象集団の特性の違い、国際比較調査方法の適切さなどを含め、調査結果は慎重に読み解かなければなりませんが、若者への健康教育の必要性は以前から根本的な課題とされています。
 これらの報告から、学生時代や就労前に労働安全衛生について学び、重大なケガや病気を早期に予防し、知識だけでなく健康行動を身に着けておくことは、長く就労生活を健康に送るためのボトムアップとなる可能性があると言えるかもしれません。


3.若年労働者のヘルスリテラシーに関する研究


 若年者の離職の理由を踏まえ、若い世代が心身健康に働き続けるには何が必要とされるのか様々な対処方法が考えられる中で、わたしたち研究チームは健康に関するリテラシー(適切に理解、解釈し、活用する能力)に着目し、離職率の高い看護職と介護職現場で働く20~30歳の女性を対象にフィージビリティ調査を開始しました。調査では労働時間、休暇取得状況、ストレス度、ストレス対処行動、就職前と就職後の健康教育の受講状況、心身の健康リテラシーに関する項目など、労働、健康、生活に関する幅広い項目を含めています。


<若者の労働と健康に関する教育の受講状況>

 フィージビリティ調査から明らかとなった「ワークライフバランスやメンタルヘルス、労働と健康に関する内容の講義・講演会の受講」状況の実態について、学生時代(就職前)と就職後別の結果をグラフで示します。


 就職前と就職後のどちらにおいても「受けた」が2~3割にとどまり、そもそも「受ける機会がなかった」が約4割も占めていました。掛け合わせたところ、就職前と就職後の両時点で「受けた」人は全体の16%、就職前と就職後の両方で「受ける機会がなかった」人は30%いました。また最も多かった受講内容としては、メンタルヘルスに関すること、次に生活習慣に関すること、労働時間に関することがあげられていました。


<就労前の労働と健康に関する教育の受講と現在の働き方>

 同調査では、学生時代(就職前)のワークライフバランスやメンタルヘルス、労働と健康に関する講義・講演会の受講体験と、現在の働き方について集計をしたので、その結果を紹介します(グラフ参照)。今回の調査から、就職前の受講者は、非受講者と比べ、就職後に仕事などで疲れ過ぎないよう自分のペースを保てる人の割合が約2倍多いことが判りました。一方、非受講者は、自分のペースを保てない傾向が見られました。仕事と余暇のバランスを考えているかどうかについても、就職前受講者は非受講者と比べ、ワークライフバランスを考えている割合の多い傾向が見られました。ワークライフバランスを考えていない(「全く考えていない」と「あまり考えていない」の合算)割合は、非受講者は受講者の約2.5倍でした。また、「全く考えていない」だけを見ると、非受講者の割合は、受講者の約6倍でした。



<調査研究が目指すもの>

 今後、調査データを蓄積し詳細に分析することで、若年労働者の心と身体に対する健康リテラシーのレベル、健康状態、労働意欲などとの関連を明らかにする予定です。
 若年労働者における就労後の健康障害や早期の離職は、人口減少による労働力不足が予想される今後さらに大きな社会問題となります。労働生活への理解の浸透不足と、就労後早い段階における心理社会的要因や健康上の理由による離職が少なくないことから、就職前に健康に関する全体的なリテラシー(適切に理解、解釈し、活用する能力)を高めておくことによって、就労後の健康問題や仕事場面での対処力の向上と心身の健康維持ができるのではと考えています。また、就労前後の取り組みを改善することは初職者の円滑な就労支援につながり、初職者の心理社会的・健康上の理由による離職防止にもつながっていくと考えています。


4.おわりに


 若い労働世代が心身の健康を適正に保つためのリテラシーを高めより良いワークライフバランスを実践していくことは、次の世代の健康意識や働き方にもつながっていきます。どのような職種で、如何なる働き方をしていても、自身の心と身体の健康状態に気づき、不調な時は早めに対処することがセルフケアの基本です。どのように労働生活を送るかは自身の生涯の健康にもつながります。欧州の2016~2017年のEuropean Healthy Workplaces Campaign 2016-2017では、特に新入社員の健康的な働き方の支援に焦点を当て、ライフコース予防といった生涯を通した病気や健康リスクの予防の必要性を掲げています[11]。日本でも多様化しつつある若い世代の働き方と健康に関する研究を、長期的視点に立ってこれからも展開していきたいと考えています。


参考文献

  1. 就労等に関する若者の意識.平成30年版 子供・若者白書. 平成30年6月内閣府.
    https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h30honpen/index.html
  2. 子供・若者の現状と意識に関する調査(平成29年度). 平成30年3月内閣府. https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/ishiki/h29/pdf-index.html
  3. Breslin, F.C., et al. Age-related differences in work injuries: A multivariate, population-based study. Am. J. Ind. Med. 2005, 48, 50-56.
  4. Okun, A.H., et al. Foundational workplace safety and health competencies for the emerging workforce. J. Saf. Res. 2016, 59, 43-51.
  5. Salminen, S. Have young workers more injuries than older ones? An international literature review. J. Saf. Res. 2004, 35, 513-521.
  6. Chin, P., et al. Enabling youth to advocate for 6 workplace safety. Saf. Sci. 2010, 48, 570-579.
  7. Rohlman, D.S.et al. Characterizing the Needs of a Young Working Population. J. Occup. Environ. Med. 2013, 55, S69-S72.
  8. Dragano N., et al. Young Workers’ Access to and Awareness of Occupational Safety and Health Services:Age-Differences and Possible Drivers in a Large Survey of Employees in Italy. Int J Environ Res Public Health. 2018, 17. doi: 10.3390/ijerph15071511.
  9. Steptoe A., et al. An international comparison of tobacco smoking, beliefs and risk awareness in university students from 23 countries. Addiction. 2002, 97, 1561-1571.
  10. 津田彰, 他.日本と英国の大学生における健康行動と健康リスク意識. The Japanese Journal of Health Psychology 2005, 18, 1-15.
  11. European Agency for Safety and Health at Work. Towards Age-Friendly Work in Europe: A Life-Course Perspective on Work and Ageing from EU Agencies: Report; Publications Office of the European Union: Luxembourg, 2017.

(産業疫学研究グループ 研究員  佐藤 ゆき)

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