労働安全衛生総合研究所

アルゴンガスによる摩擦帯電低減に関する基礎研究について

 私たちが普段よく言っている静電気とは、(大気中で)物と物がこすれ合って起きる電気のことですが、これが原因となってパチッと鳴ったり・ピカッと光ったりする火花放電が起こったときにはじめて「静電気だ!」と分かることが多いのではと思います。では、摩擦しているときにはプラスとマイナスの電気の発生(電荷の分離)しか起きていないかというと、そうではなく、物と物の接触しているところの非常に近くの10から100マイクロメートルの隙間で聞こえないほど・目に見えないほど小さな放電(マイクロギャップ放電[1])が起こっています。これによってプラスとマイナスに分かれた電荷の一部は再び結びついて中和しますが、そうでないものは帯電として残り、これが蓄積すると、はじめに述べた火花放電の原因となります。
 真空ポンプで周りの空気を取り除いていくと、いったんマイクロギャップ放電は活発になることもありますが、次第に消えていき、電荷分離だけが観察されるようになります[2]。つまり、マイクロギャップ放電も気体放電であり、窒素とか酸素とか、それらの混合である空気とか、あらゆる気体で起こる現象になりますが、気体の種類によってその振る舞いが異なるはずです。
 いくつかの気体を使って、ステンレスの小球とガラスを摩擦しているときにステンレスの帯電がどのように変化するかを測定しました[3]。真空中では気体放電は起きないので、摩擦した距離に応じて帯電量は単純に増加します。同じように、大気圧(1気圧)のいろいろな気体の中で真空中と同じ距離を摩擦したときの帯電量を測定しました。真空中で到達した帯電量を100%として他の気体での到達量を表すと、乾燥した空気で約40%、窒素で約30%、27℃湿度66%の空気で約30%(注意:マイクロギャップ放電による緩和の大きさであり、漏洩などによる減少は含みません)となり、それぞれが帯電として残ったことになりますが、アルゴンでは約0.5%ととても小さくなりました。測定値は±20%ぐらいの大きな相対誤差が見込まれますが、他の気体と比べてアルゴンの到達量が極めて小さいことは確かなようです。つまり、アルゴンガスの中では中和が起きやすく、摩擦後に帯電が残りにくいということになります。
 アルゴンと窒素を混合した場合も測定してみました[4]。図1を見てください。真空中での到達量を100%とすると、窒素だけでは約30%、アルゴンだけでは約0.5%ですが、1:1で混合した場合はおよそ中間の値になりました。この実験でも±25%の測定誤差がありましたが、アルゴンと窒素の混合の場合には、各々単独での場合の間に収まる傾向が見られました。グラフでノコギリの歯のようなギザギザしている振る舞いは、摩擦にともなう電荷の発生(斜めの傾き)と気体放電による中和(垂直に落ちているところ)を表しています。



図1 ステンレス球(直径1 mm)と融解石英ガラス円板との摩擦で発生したステンレスの帯電量の測定結果。真空中の摩擦では気体放電による帯電緩和がなく、一定の割合で増加するが、1気圧の窒素(N2)中では間欠的に気体放電が起きて中和によって帯電量は低下する。アルゴン(Ar)中の場合には、この気体放電による帯電量低下が大きく、結果的にステンレスの帯電量はほとんど増加しない。文献[4]より引用。



 このように説明されても、これが何のことなのか、とピンと来ないという人も多いと思います。そこで、次のようなデモンストレーションをやってみます。炭酸水などの入っていた空きペットボトルを用意して、中をよく乾燥させます。そこにアルミナ(酸化アルミニウムのセラミックス)の小球と気体を入れてフタを閉めます。室内空気(気温22℃、相対湿度25%)、窒素ガス、アルゴンガスをそれぞれ封入したボトルを同じように振ってみると、室内空気や窒素の入った方は小球がボトルの内側にくっつきますが、アルゴンの方はさらりと落ちます(動画1)。アルゴンでは静電気がよく緩和しているからと考えられます。また、小球がくっついている窒素のボトルにアルゴンガスを入れてみます。すると、小球はくっつかなくなりました(動画2)。アルゴンガスの作用で静電気が緩和したからだと考えられます。



【※動画のリンク先は、外部サイト(YouTube)になります。】

動画1 ペットボトルにアルミナボールと各種気体を封入したものを激しく振ったときの違い。
左から、室内空気(気温22℃,相対湿度25%)、窒素ガス、アルゴンガス。


動画2 窒素ガスを封入したボトルにアルゴンガスを導入したことでアルミナボールが落下する様子。


 ここまで読んでいただけた方はもうお気付きのことかと思いますが、アルゴンガスを摩擦帯電の低減手法として応用できる可能性がありそうです。そのため、アルゴンガスをはじめとして様々な気体が帯電を緩和する効果やメカニズムについての基礎研究を進めています。時々、基礎なんか研究するよりもすぐ応用することを考えた方がいいのではないか、と思うことがあります。しかし、“原理があつての応用であつて、はじめから応用はあり得ない[5]”のです。すでに基礎研究が十分なされているのであれば(それを利用して)応用から始めたいところですが、十分でなければ自分でやる他ないわけです。応用といってもガスを導入するという至って簡便な方法ですから、どちらかというと、定量性と根拠をもってその有用性を値踏みしていくということが正確な表現かもしれません。
 従来からの接地、加湿、イオン照射(除電器)などの手法にアルゴンガス手法も加われば、対策の選択肢が豊富になって、これまで不可能だったところの静電気防止や二重三重の静電気対策も考えられますし、窒素パージ(酸素を取り除くことによる火災爆発防止法)をアルゴンで行えば、加えて静電気も低減できるかもしれません。このように良いことばかり考えると、「すぐに使える!」と先走りしそうになりますが、どのような対象物(物質、粉体、液体など)のどのような状況(撹拌容器、粉体輸送、集じんなど)に対してアルゴン手法が(使えるという意味で)有効なのかもまだよく分かっていませんし、場合によっては、アルゴンガスを導入したために、たまっている静電気を一気に放電させてしまって不測の事態が発生するということも懸念しておかなければなりません。また、アルゴンガスは空気よりも重いため、部屋の床やピットなどにたまりやすく、窒息事故の危険があります。冷静に考えてみれば、自然の法則は人間の役に立つために存在している訳ではないのですから、基礎的な研究で得た成果を踏まえながら、実際的な活用方法を慎重に調べ、その結果を公表していくつもりです。



参考文献

  • [1]爆発や火災の原因となる静電気の発生メカニズムに迫る-電荷の発生とマイクロギャップ放電による緩和現象-,安衛研ニュースNo. 64 (2014-01-10).
    https://www.jniosh.johas.go.jp/publication/mail_mag/2014/64-column.html
  • [2] 三浦崇.高真空下での静電気現象,静電気学会誌 43(2019)56-58.
  • [3] Takashi Miura. Observation of charge separation and gas discharge during sliding friction between metals and insulators, J. Phys.: Conf. Ser. 646(2015)012057.
  • [4] 三浦崇.アルゴン中でのマイクロギャップ放電による摩擦帯電緩和の効率,静電気学会誌43(2019)8-12.
  • [5] 矢島祐利著「ファラデー」岩波新書(昭和15年発行)より,まえがき.

(電気安全研究グループ 主任研究員  三浦 崇)

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