労働安全衛生総合研究所

無人航空機の回転翼による切創事故を防ぐために

1.はじめに


 近年、風景や催事の撮影などで、ドローンと呼ばれる回転翼無人航空機が使用されており、空撮された映像を目にする機会が増えてきています。産業界においてもドローンが活用され始めており、橋梁などの建設インフラの点検や石油精製、化学工業等のプラントの設備点検などに利用され始めています。これまで、橋梁や圧力設備のような大型構造物の点検を行うためには、大掛かりな足場を組んだり、設備の稼働を停止したりする準備作業が必要でしたが、ドローンを活用することにより、余計な作業を行う必要がないことから、労力や費用の削減効果だけでなく、労働災害の低減効果も期待されています。
 様々な分野でドローンの活用に期待が高まる一方で、通信障害やバッテリー切れ、飛行経路の逸脱などのトラブルも多く、樹木や電線、家屋などへ接触する物損事故だけでなく、操作者を含む関係者へ接触する人身事故なども報告されています1)。そこで本コラムでは、ドローンの危険性として、ドローンの特徴である回転翼による切創リスクを取り上げます。回転翼が作業者に接触した場合、どのような傷害を負うことになるなどかをご紹介します。


2.ドローンの回転翼の切創リスク


 図1は、ドローンの回転翼に指が接触した場合の切創状態を実験的に確認したものです。実験に使われた手指モデルは、手の形状、人骨の硬さ、腱の構成などを再現しており、一部ではありますが、血管も模擬されています。図1からも分かるように、回転翼に一回接触しただけで血管は切られて出血しており、さらに、骨にも損傷が認められました。ドローンの回転翼は高速で回転するため、接触すれば手指を切断する危険性があります。このような切創リスクが正しく認知されていないのが現状です。



図1 手指モデルを使ったドローンの回転翼との接触実験

 このような傷害を防ぐために、私達は耐切創性を有する手袋に注目しています。産業用の手袋の中には、耐切創性に特化した手袋があります。私達はこのような手袋がドローン操作に援用できないか検討しています。図2は、市販されている耐切創性の高い手袋を手指の簡易モデルに装着させ、ドローンの回転翼に接触させた実験結果の写真です。図2(a)はドローンの回転翼が接触した耐切創手袋の状態です。明らかに切れていることが確認されます。図2(b)は、手指の簡易モデルですが、耐切創手袋が切れた位置と同じ箇所で黒いスジが見られます。市販されている耐切創手袋では、ドローンの回転翼との接触による傷害を防げないことを確認したことから、私達はより高い耐切創性を有するドローン操作用の手袋の開発について検討しています。


(a) 切断された耐切創手袋

(b) 回転翼が接触した痕が見られる
手指の簡易モデル

図2 耐切創手袋を使ったドローンの回転翼との接触実験


3.ドローンによる撮影作業の実態調査


 私達は、手袋の開発と並行して、ドローンによる撮影作業の実態を調査するとともに、耐切創手袋を装着した際の操作性について検証を進めています。図3は私達が最近現場調査した空撮作業時の一場面です。操作者は、ヘルメット、保護メガネ、手袋を着用し、さらに、操作者であることが判別できるように反射材のついたビブスも着用しています。安全確保のために、このような保護具を常用することが大切です。
 ドローンが墜落するトラブルは多数起きており、その中には作業者、あるいは観客らが墜落したドローンと接触して負傷した事例があります1)。ドローンの操作者だけでなく、周囲の関係者にも保護具の着用が求められます。ヘルメットと保護メガネは落下してくるドローンから、あるいは、地面に衝突して飛散する破片から頭や顔を保護するために重要です。また、不意に近づいてくるドローンから身を守ろうと、とっさに手を伸ばしてしまうようなことも起こりますので、手指を回転翼から保護するために手袋の着用も必要です。
 現場調査の際には、操作者に図2で示した耐切創手袋を使用してもらい、その使用感についてヒアリングしました。その結果、操作端末によるタッチパネル操作があるため作業性が悪くなるが、操作性自体に作業性の低下はあまり感じないない、とのことでした。ドローン操作に適した手袋の開発および普及においては、タッチパネルに対応した機能を有していることが重要であると考えます。今後もドローン操作者のヒアリングを行っていくとともに、ドローンの操作者や関係者の切創事故の低下に貢献できるよう、ドローン操作に適した手袋の開発を行っていきます。


(a) 耐切創手袋の使用

(b) 耐切創手袋を使用しての操作

図3 ドローンによる空撮作業の様子



参考文献

  1. 国土交通省 平成28~31年度 無人航空機に係る事故トラブル等の一覧(国土交通省に報告のあったもの)

(機械システム安全グループ 主任研究員  山口 篤志)

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