過労死等防止重点5業種における精神障害の労災認定要因の見える化に関する研究
1.はじめに
精神障害の労災請求件数は、平成25年から6年連続増加の1,820件と過去最多を更新しました(図1)。我が国における業務における強い心理的負荷による精神障害やそれを原因とする自殺の防止対策を進めることが喫緊の課題となっています。こうした問題の解決を図るためには、その実態の詳細な把握が重要です。
平成26年より当研究所・過労死等防止調査研究センターでは、労災認定事案(過労死等事案)を全国の労働局及び労働基準監督署から調査復命書と関連資料を収集し、統計処理が出来るように数値化したデータベース(以下過労死等DBという)を構築しました。この過労死等DBを用いて各事案の発生状況や労災認定要因等を解析し、精神障害の原因となった出来事は業種・職種によって異なることが分かってきました。また、平成27年「過労死等の防止のための対策に関する大綱」のなかで5つの業種・職種(医療等、自動車運転従事者、教職員、外食産業、IT産業)において過労死等が多発していると指摘されています。平成30年には大綱の変更があり、重点5業種に建設業とメディアが追加されました。
このコラムでは、過労死等が多発している上記の5つの業種・職種に対応する医療,福祉、運輸業・郵便業、教育,学習支援業、宿泊業,飲食サービス業及び情報通信業(以下、重点5業種という)に注目して、これまで数値でしか示していなかった精神障害の労災認定要因とされる業務による強い心理的負荷のうち具体的出来事のデータ結果を分かりやすく“見える化”をしてご紹介します。
図1. 精神障害の労災補償状況
2.精神障害の原因となった具体的出来事
発病した精神障害が業務上のものと認められるかの判断は、発病前おおむね6か月の間に起きた出来事について「業務による心理的負荷評価表」」(以下、心理的負荷評価表という)を採用します。この心理的負荷評価表には、36の具体的出来事が列挙され、次の6つの出来事類型に分類されています(※)。(1)事故や災害の体験(病気やケガ、事故や災害の体験や目撃)、(2)仕事の失敗、過重な責任の発生等(重大な仕事上のミス、違法行為の強要を受けた、達成困難なノルマ、顧客や取引先からの無理な注文等)、(3)仕事の両・質(仕事内容・仕事量の変化、1か月に80時間以上の時間外労働、2週間以上にわたる連続勤務等)、(4)役割・地位の変化等(退職強要、職務や業務の変化、転勤、役割・位置づけの変化等)、(5)対人関係(上司や同僚とのトラブル、いじめや嫌がらせ等)、(6)セクシュアルハラスメントを受けた、です。
※詳しくは「精神障害の労災認定)」を参照ください。
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120427.pdf [pdf:厚労省のサイトへ」
3.具体的出来事の“見える化”
この研究では、精神障害の原因となった具体的出来事について視覚的に理解しやすいレーダーチャート作成しました。そして、具体的出来事の6つの出来事類型について重点5業種(522件)ごとに全業種(1,362件)と比べてみました(図2)。なお、レーダーチャートの数値は、全業種または重点5業種の労災認定事案数をそれぞれ100として、各類型の出来事数の割合を算出しています。
それぞれ業種別にレーダーチャートを見ると、医療,福祉と運輸業・郵便業は「事故や災害の体験」、教育,学習支援業は「対人関係」、宿泊業,飲食サービス業と情報通信業は「仕事の量・質」が多いことが分かります。
図2-1.医療,福祉 |
図2-2.運輸業・郵便業 |
図2-3.教育,学習支援業 |
図2-4.宿泊業,飲食サービス業 |
図2-5.情報通信業 |
図2. 過労死等防止重点5業種における精神障害事案の具体的出来事の特性図
次に、自殺事案(重点5業種61件)のみを取り上げて全業種(241件)と比較しました(図3)。全業種と比べ、教育,学習支援業、医療,福祉、及び運輸業・郵便業は「仕事の失敗、過重な責任等の発生」、宿泊業,飲食サービス業は「対人関係」、情報通信業は「仕事の量・質の変化」が多いのが見て取れます。
図3-1.医療,福祉 |
図3-2.運輸業・郵便業 |
図3-3.教育,学習支援業 |
図3-4.宿泊業,飲食サービス業 |
図3-5.情報通信業 |
図3. 重点5業種における精神障害自殺事案の具体的出来事の特性図
4.おわりに
以上のように、精神障害の労災認定要因となった業務上の具体的な出来事が業種によって異なっていることを、数値だけでなくレーダーチャートを用いて“見える化”することで、それぞれの業種における心理的な負荷の状況を把握・理解しやすくなりました。また、このレーダーチャートは、各業種の心理的負荷の特徴に応じた職場環境改善及び予防対策の具体的な取り組みを支援するツールの1つとして活用できる可能性があります。例えば、医療・福祉と運輸業・郵便業は長時間労働対策だけでなく事故や災害防止の取り組みに力点を置き、教育・学習支援業は長時間労働対策に加えて対人関係をより重視した取り組み、宿泊業,飲食サービス業と情報通信業は「仕事の量・質」に直結する長時間労働対策等に優先的に取り組む必要があること等の視点がみえてきます。今後、重点5業種だけでなく、それ以外の業種・職種、性別、事業場規模別等のデータについても“見える化”を応用して、さらなる知見の蓄積を進めていく予定です。