カナダの労働安全衛生研究所(IRSST)と共同で行ったケベック州での土砂崩壊実験
1.はじめに
今回のコラムでは当研究所とカナダの労働安全衛生研究所であるInstitut de recherche Robert-Sauve en sante et en securite du travail(以下、「IRSST」と言う)が2018年5月に共同で行った土砂崩壊の実大実験についてご紹介します。
IRSSTは1980年に設立された民間の非営利団体でケベック州モントリオール市にあります。当研究所とは2009年に研究協力協定を締結して以来、共同研究などを通じて関係を深めております。
土砂崩壊による労災事故は日本国内のみならず海外でもたびたび発生しておりその防止は各国で共通した課題となっています。今回の共同研究では「掘削中の危険を如何に察知するか?」その把握に焦点をあてた実験を行いました。これは土砂崩壊で生き埋めとなる災害の間接的原因には危険に気づかず逃げ遅れたことが見られるためで、目視による監視だけでは十分ではない可能性があるためです。
2.土砂崩壊の簡易危険検出システム
当研究所では、これまで土砂崩壊による労災事故防止のための研究を行ってきましたが、その中で「土砂崩壊の簡易危険検出システム」という新たな計測技術を開発しました。その詳細は既報1), 2),3), 4)に譲りますが、特徴は写真1に示す「表層ひずみ棒」(Mini Pipe Strain meterであり以下「MPS」)という高性能な簡易センサーを考案したことです。これにより工事中の一時だけ危険監視するようなポイント的な計測が可能になりました。また、データから危険を判別するシステムを写真2のようにMPSと一体化したかたちで提供することで、現場でダイレクトに警報を発せるようになりました。
今回の共同研究では、日本と地盤条件や掘削方法が異なるカナダにおいて「MPSシステムによる崩壊予兆の検出は可能か?」を確かめるために実大規模の崩壊実験をおこないました。
写真1 「表層ひずみ棒」(MPS)センサーの外観と構造
写真2 当研究所で開発した「土砂崩壊の簡易危険検出システム」
写真3 Louiseville実験場にて掘削開始前に打合せする様子
図1 実験場のボーリング柱状図とせん断強さsuの分布(左)と掘削断面の様子(右)
3.Louiseville実験場での土砂崩壊実験
実験をおこなったLouiseville(ルイズヴィル)実験場はモントリオール市から北東に約100kmの所に位置し、写真3に示すように広大な平原の一角に設けられてます。図1は深さ方向の柱状図とせん断強さsuの分布を示しますが、地表から深さ-0.6mまでは黒色の有機質土で、その下-0.6mから-2mにはBrown clayという可塑性のある過圧密な粘土が存在する。さらに、その下の-2mより深い部分にはBlue clayという軟弱で鋭敏な粘土が正規圧密状態で厚く滞積しており、このような軟弱な粘土地盤はこの地域によく見られるとのことです。
実験では地面を建設機械で段階的に掘削して崩壊を再現し、目視とセンサー計測の比較から崩壊前の危険判別が可能か検証しました。計測に用いた「MPSシステム」は法肩中央から1m奥側の位置に貫入設置しました。
実験の方法は写真4のように、幅10mを鉛直に深さ4mまで掘削し、終了後に経過を観察しつつ崩壊を待つというものです。その結果、掘削終了から約50分後に崩壊は再現され、写真5のように最大奥行き1.75mの範囲で曲線状にすべりが発生しました。一方、その兆候については直前まであまり顕著なものが見られず、軟弱な粘土地盤においても目視だけでは逃げ遅れる危険のあることが示唆されました。
写真4 4mの掘削が終了して経過観察中の様子(崩壊前)
写真5 崩壊後の様子
図2はMPSシステムで収録したデータの経時変化ですが、掘削深さDの増加に伴って換算せん断ひずみθの値に敏感な反応が現れています。特に、経過時間teが3.15hrごろからはθに直線的な増加が継続するようになり、2次クリープ的な傾向(D1)が見られます。さらに、崩壊数分前には加速度的な増加に推移して3次クリープ的な傾向(D2)が捉えられています。実際にデータから警報時間を逆解析したところ崩壊約22分前にD1警報を、また約50秒前にはD2の警報を発していたことがわかりました。
図2 掘削開始から崩壊に至るまでの換算せん断ひずみ(θ)の変化
写真6 訪加メンバとIRSSTの皆さんとの集合写真
(後列左から、Galy研究員、堀主任、Labrecque部長、
前列左からLan研究員、筆者、Larue研究所長CEO、平岡研究員)
4.まとめ
今回実験おこなった土はこれまで国内で検証してきたものと全く異なるものでしたが、安全上ターゲットとする土の性状、具体的にはしばらく経って突然崩壊するような性状の土には安定と見誤って被災する共通した危険のあることが明らかとなりました。
MPSシステムはこのような危険を検知し、避難させることで人的被害を軽減する可能性を示しました。目視で判別できない微小な動きをセンサーで捉えられれば、早期に危険を知らすことができます。さらにこれを簡易な手段で提供できれば提案も現実的となります。ただし、ここで注意しなければならないのは土という自然材料は必ずしも均質でなくその反応の確実性には限界があるということです。したがって、センサーが危険を検出できないケースも否定できません。安全性は向上しますが絶対ではありませんので、性能を過信しないことがこの分野では必要です。
写真6は当研究所から訪加したメンバとIRSSTの皆さんで撮影したものです。今回の活動は両研究所の関係各位の多大なるご協力によって実現することができました。この場をお借りして深くお礼申し上げます。
IRSSTとの共同研究は現在も継続しており、次回はIRSST側の来日が計画されています。工事現場での不幸な埋没事故を無くせるよう今後も安全技術の向上に努力して参ります。
参考文献
- 玉手聡,堀智仁,三國智温,伊藤和也,吉川直孝,末政直晃:斜面の浅い部分のせん断ひずみ計測による崩壊予兆の把握に関する大型模型実験,土木学会論文集C,Vol.69,No.3,pp.321-336,2013.
- 玉手聡,堀智仁,三國智温,末政直晃:施工時斜面の浅い部分のせん断ひずみ計測による崩壊監視の検討,土木学会論文集C(地圏工学),Vol.70,No.2,pp.213-225,2014.
- 玉手聡,堀智仁:掘削溝の肩付近に現れる崩壊予兆に関する実大模型実験,土木学会論文集C(地圏工学),Vol.73,No.3,pp.282-293,2017.
- 玉手聡:貫入型パイプひずみ計,特許 第5500374号.