労働安全衛生総合研究所

熱中症の暑熱基準を適用するときの注意点

1.はじめに


 夏季の建設作業は暑熱環境下で行われることが多く、長袖・長ズボンや安全対策のヘルメット、安全靴、場合によっては全身を覆う防護服や防塵マスクを着用する必要があるため、暑熱負担は非常に高くなります。また、作業強度が高い作業があるため、多量の熱が体内で産生されます。2015年の国勢調査での職業(大分類)別15歳以上就業者数によりますと、技術職、事務職を除く建設・採掘従業者は全雇用者の4.4%に過ぎませんが、建設業の全業種にしめる熱中症による業務上死亡災害の割合は40%以上を占めています。従って、技術職、事務職を除く建設業従事者では熱中症の危険性が高くなっています。地球温暖化による暑熱ストレスの増大は労働者の健康に悪影響を及ぼすばかりでなく労働生産性を低下させるため、労働時の暑熱障害は早急に解決すべき課題となっています。そのために、WBGT(wet bulb globe temperature)指標を用いた暑熱基準による業務上熱中症対策が推奨されていますが、暑熱基準を適用する際、作業服、個人要因、WBGT指標等注意すべき点を挙げる事が出来ます。ここでは、熱中症対策を理解するために必要な身体と環境間の熱移動の基本、衣服の影響、個人要因、WBGT指標を解説し、最後にWBGT指標を用いた作業管理の注意点を述べます。


2.身体と環境間の熱移動


 身体と環境間の熱移動には、周辺の空気の対流による熱伝導、環境からの放射熱及び汗の蒸発潜熱の3つの経路があります。環境の気温が高くなると、体表面温度と外気温との差に比例する空気の対流熱伝導は減少します。その減った分の放熱量を補うために、発汗した汗が蒸発するときに周辺から奪う潜熱の割合が増えます。体表面温度より気温が高くなると、逆に環境から身体に熱が入ってくるため、汗の蒸発による潜熱でしか放熱できなくなります。このように高温環境では汗の蒸発潜熱による放熱の割合が大きくなるため、汗の蒸発を妨げる高湿度、無風状態、透湿性の低い衣服の着用等が身体への大きな暑熱ストレスとなります。
 体表面温度の飽和蒸気圧より環境の蒸気圧が高い場合、潜熱による放熱もできなくなり、物理的に身体からの放熱が不可能になります。身体からの放熱が可能な暑熱環境では、個人要因から決まる体温調節機能が暑熱環境や人の行動より決まる暑熱ストレスに勝れば体温は維持できますが、暑熱ストレスが体温調節機能を超えると体温は維持できず上昇します1)(図1)。



図1 暑熱ストレス,個人要因及び人の体温調節反応との関連(参考文献 1)より引用)


3.衣服の影響


 衣服を着用すると、環境と皮膚とが直接接触しないため空気の対流による熱伝導が減少します(衣服の顕熱抵抗)。それに加えて、汗の蒸散も衣服により妨げられるので、潜熱による放熱が減少します(衣服の潜熱抵抗)。
 原発の除染作業のように全身を覆う防護服を着用する場合には、空気の対流及び汗の蒸散による放熱の両方が抑えられ、体温は激しく上昇し作業時間が制限されます。


4.個人要因


 環境から暑熱ストレスを受けたとき身体に起きる体温調節反応の大きさを決定するのが個人要因です。体温調節反応に影響する主な個人要因には以下のものがあります2)

  1. ① 肥満:肥満は熱中症の危険因子とされます。体重が重いため移動するのに多くのエネルギーを使い発熱量が高くなることや、脂肪の断熱作用及び低熱容量のため温度が上がりやすいことも原因になります。
  2. ② 有酸素運動能:運動時は、活動筋肉への血流量と放熱を促進するための皮膚血流量とが競合しますが、有酸素運動能が高いほど皮膚血流量を維持できるため暑熱に対する耐性は高まり、体温上昇を抑えることが出来るとされます。
  3. ③ 年齢:個人差があるため一概には言えませんが、熱中症の救急搬送データによると、熱中症発生率は60歳代以降で増加しています。一方、年齢が高くても有酸素運動能が維持できていれば体温調節反応を維持できるという結果が多くの文献で示されています2)
  4. ④ 暑熱順化:連続5日以上の暑熱ばく露により、発汗開始までの時間が短くなります。また、汗の塩分濃度が低下して、汗をかいても失われる塩分量が少なくて済むようになります。
  5. ⑤ 水分補給状況:体重比2%以上の脱水では、特に暑熱環境において有酸素運動能が低下することが示されています。脱水が進めば、更に有酸素運動能が低下します。体重比2%以上の脱水では認知機能も低下することが示唆されています。筆者らが建設業従業者を対象に行った夏季現場調査3)では、午前中の作業により昼食前の体重は作業開始時と比べて平均で1.2%減少しました。昼食で作業開始時レベルに回復しましたが、終了時は平均で1.3%体重が減少していました。中でも5人が2%以上の減少でした。全作業時間での水分喪失量に対する水分摂取量の比は平均で52%であり、水分摂取量が比較的少ない事が示されました。
  6. ⑥ 有病:糖尿病、高血圧、精神疾患、自律神経障害、腎疾患、内分泌疾患等。
  7. ⑦ 薬:自律神経に影響を与える薬の服用。
  8. ⑧ 体調(下痢・発熱):下痢等による脱水状態、風邪等での発熱。
  9. ⑨ 生活習慣:前日の多量飲酒、朝食未摂取、睡眠不足等の状態。

5.WBGT指標


 暑熱環境からの暑熱ストレスを評価する指標としてWBGT指標が推奨されています。YaglowとMinardは1957年にWBGT指標を発表し、それ以前に暑熱指標として使われていたET(effective temperature)の使い勝手を高めました。WBGT指標は、黒球温度、自然湿球温度、乾球温度の3つ温度を測定することにより、身体と環境間の熱収支に影響を及ぼす4つの要因(気温、湿度、放射、風速)を1つの指標で表したものです。WBGT指標は使い勝手を上げる目的で簡便化したため、特に無風状態での暑熱環境に対する身体の反応を正確に表すことが出来ない場合があると指摘されていますが、気温だけで暑熱ストレスを評価よりも有効性は高まったと考えられます。
 筆者らは夏季に建設業労働者延べ23人について作業者のヘルメットに装着したWBGT計にて個人の暑熱作業環境測定を行いました3)(図2)。個人ごとに暑熱の作業環境を測定したのは本研究が初めてでした。午後前半の作業において作業者近辺の気温は、屋内の定点で測定した気温と同じで32℃でした。一方、黒球温度と相対湿度については作業者平均が屋内定点で観測した値よりも高くなりました。それを反映してWBGT値は作業者平均で28.5℃、屋内定点で27.5℃となり作業者平均が高くなりました(Table 1)。これは、気温だけでは暑熱ストレスの影響を比較することが出来ない事を示しています。作業者の近辺で測定されたWBGT平均値28.5℃は暑熱順化している場合の中程度代謝率の作業強度に相当するWBGT参照値を超えており、熱中症対策の必要性を示していました。



図2 夏季屋外建設作業


表1. 午後前半の作業における気象条件
作業者平均屋内定点
WBGT
気温
相対温度
黒球温度
28.5℃
32.0℃
53%
35℃
27.5℃
32.0℃
48%
32.5℃

6.暑熱基準


 ISO7243 4)や米国政府労働衛生専門家会議(ACGIH)5)では、作業強度に応じてWBGTを指標とした参照値が定められています。最新のISO7243 4)では、作業時の代謝率に対して暑熱順化している人と暑熱順化していない人のそれぞれにWBGT参照値が式で表されています。WBGT参照値で注意すべき点は3つ考えられます。1つは、WBGT指標の所で記したように、高温条件で湿度が高い場合や無風状態ではWBGT指標の誤差が大きくなっていることです。次に、基準では作業者の着衣を軽装の作業服(薄手の長ズボンとTシャツ相当)と仮定していることです。これよりも厚手の服や保護具を着用している場合は、衣服に相当する衣服補正値を環境WBGTに加算してWBGT参照値と比較する必要があります。もう一つは、個人要因に関しては暑熱順化の有無しか評価されていない点です。個人要因では暑熱順化以外の要因も熱中症の発生に影響します。特に体調が悪いときなどWBGT参照値を過信することなく個人の状況に合わせた対応が必要です。


7.おわりに


 ISO7243 4)の熱中症暑熱基準は、過去の暑熱に関する知識を生かして利便性と正確性を兼ね備えた形で作られています。暑熱基準を応用する時には、基準が作られた背景を理解し、WBGT指標の特性や着衣条件、体調等の個人要因も考慮する必要があります。


参考文献

  1. 上野 哲(2019) 一歩先ゆく熱中症・脱水予防 衣服で熱中症を予防する。救急医学 第43巻第7号 p949-955. へるす出版
  2. 上野 哲(2016) 年齢と体温調節機能との関連性. 日本職業災害医学会誌 第64巻第6号 p308-318.
  3. Ueno S, Sakakibara Y, Hisanaga N, Oka T, Yamaguchi-Sekino S (2018) Heat Strain and Hydration of Japanese Construction Workers during Work in Summer. Annals of Work Exposures and Health. Vol62(5) p571-582.
  4. ISO7243(2017) Ergonomics of the thermal environment - Assessment of heat stress using the WBGT (wet bulb globe temperature) index.
  5. ACGIH(2017) ACGIH: American Conference of Governmental Industrial Hygienists Heat Stress and Strain TLV.

(人間工学研究グループ 上席研究員 上野 哲)

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