労働安全衛生総合研究所

労働者の座位行動における取組と今後の課題
- 勤務中の座位行動に着目した疫学研究 -

1.はじめに



 経済発展に伴う職場や生活環境の機械化・自動化は、人々の働き方を変え、余暇の過ごし方の選択範囲も広げました。その結果、私たちの生活は豊かになりましたが、その一方で、そのような環境変化により身体を積極的に動かさなくても日常生活を送ることができるようになっています。身体を積極的に動かさない状況下では、必然的に座っている時間や寝そべっている時間が長くなります。そのような中、座っている時間と健康との関連を示す研究が、近年、世界各国で盛んに行われるようになりました。それらの研究によると、座位時間が長いと糖尿病、肥満、心疾患、がんなどの発症リスクや死亡リスクが高まることが示されています。



2.労働者の座位時間を評価する質問紙の開発



 パソコンでの作業が多い労働者では、「勤務時間のほとんどを座って過ごす」人も少なくありません。そのため当研究所では、特に労働者の座位時間に着目した研究を進めています。座位時間に関する研究を進めるに当たっては、まず対象者の座位時間の長さをどのように評価するのかが重要となります。研究で座位時間を計測する場合は活動量計が使われることが多く、特にactivPAL(Technologies社)が妥当性の高い測定機器として知られています。右の写真に示すように、activPALは専用テープを用いて大腿部に直接装着するもので、1日24時間の連続装着から個人の1日当たりの座位時間が得られます。
 しかし、activPALは1つ数万円と高額ですので、多数の対象者を必要とする疫学調査には不向きです。そこで当研究所では、職域疫学調査での活用を企図した新しい質問紙「労働者生活行動時間調査票(Worker’s Living Activity-time Questionnaire )」(JNIOSH-WLAQ,以下,WLAQ)を開発しました(松尾ら、産業衛生学雑誌、2018)。このWLAQでは、労働者の生活時間を4領域(勤務、通勤、勤務日余暇、休日)に分け、それぞれの座位時間を算出します。質問紙を開発する場合、その妥当性を示すための妥当基準が必要となりますが、WLAQの開発に当たっては、上述した活動量計activPALを妥当基準に用いました。WLAQの主たる調査項目は座位時間ですが、その他にも、睡眠時間、勤務時間、勤務間インターバル時間など、労働衛生研究で重要とされる生活活動時間がWLAQにより算出されます。


3.WLAQを用いた研究成果



図1 インターネット調査による日本人の座位時間

 開発したWLAQを用いて行った横断調査の結果を以下に紹介します。

 この研究は、国内在住の9,524名の労働者を対象としたWEB調査です。労働者の勤務中、勤務日余暇時間および休日の座位時間をWLAQにより評価し、座位時間の多寡と健康リスクとの関係を分析しました。
 全対象者の勤務時間の平均値は9.6時間、勤務中の座位時間の平均値は5.1時間でした。つまり、対象者は勤務時間の約53%を座位で過ごしていることになります。しかし、この数値はあくまで全体の平均値であり、業種によりその状況は異なります。業種別の勤務中座位時間を調べた結果、「情報通信業」、「学術研究、専門・技術サービス業」、「公務」の順に座位時間が長く、「宿泊業、飲食サービス業」では座位時間が他の業種より短いことが示されました(図2、左)。しかし休日では、業種間の違いはほとんどありませんでした(図2、右)。



図2 勤務中および休日の座位時間(業種別)

 勤務中の座位時間の多寡と健康リスクとの関係を分析した結果からは、勤務中の座位時間が最も短い(3.8時間未満)群と比較すると、座位時間が長い群では糖尿病や脂質異常症のリスクが高まることが示されました(図3)。また、Isotemporal substitution model(ある行動を等量の別の行動に置き換えた時の影響を推定する統計手法)を用いて分析した結果、勤務中の1時間の座位行動を立位・歩行に置き換えた場合、脂質異常症のリスクが4%、心疾患のリスクが7%軽減する可能性が示されました。



図3 勤務中の座位時間と健康リスクの関係

4.おわりに


 座位時間が長いことが健康を脅かす原因となることについては、多くの研究データが裏付けており、コンセンサスが得られつつあります。そのため、職場にスタンディングデスク(デスクの高さを簡単に調節でき、座位だけでなく立位での作業が可能なデスク)を取り入れるなど、社員の座位時間軽減に努める企業も見られます。しかし、座位時間が長いことがなぜこれほどまでに健康を害するのか、1日何時間程度であれば許容範囲なのかなど、分かっていないことが多いのも実情です。今後の研究ではこれらの課題に取り組み、労働現場に役立つ情報を提供したいと考えています。


(過労死等防止調査研究センター 任期付研究員 蘇 リナ)

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