労働安全衛生総合研究所

ウェアラブル深部体温計の実用化に向けて

1.はじめに


 職場における熱中症による死傷者数はここ数年減少する気配がありません。現場における暑さ指数の把握や水分・塩分摂取など様々な注意喚起は重要であり、引き続き実施する必要はあるものの、新しい対策が求められています。その一つの候補として、ウェアラブル機器を用いた作業者の生体情報管理があり、これは、作業者が危険な状態になるとアラームが鳴り作業の中断や休憩の目安にすることができるというものです。最近のIoT技術の発展に伴い、現場モニタリングやデータ管理システムの構築は実現されつつありますが、熱中症予知の生体情報として欠かせない「深部体温」をウェアラブル機器で計測する方法は未だ確立されていません。


2.非侵襲的な深部体温測定


 深部体温の「深部」とは、脳や内臓のような主要臓器の内部を指します。脳内部の温度を測ることは困難なため、実験室等で深部体温の測定を行う場合には、食道や直腸にセンサを挿入して侵襲的に計測します。また鼓膜に直接センサを当てて測定する方法もあります。日常生活の中で体温を測るときには深部体温が念頭におかれますが、実際に測定するのは、舌下(口腔)や腋下(わき)といった、比較的深部に近い身体の表面部位です。したがって侵襲的な測定よりも値が低くなったり、測定条件(環境温度、活動レベルなど)による影響を受けやすくなったりします。また、非侵襲的な耳での測定では鼓膜に向けて赤外線を当てて測定しますが、耳の中の空洞は湾曲している場合もあり、正確な測定は難しいと言われています。
 学術的に分類すると、非侵襲的な深部体温の測定には2つの方法があります。1つ目は、心拍数、皮膚温、そして活動量のような測定しやすい数値から推定する方法です。これらは現在あるウェアラブル機器である程度正確に測定することができるため、推定式の精度を上げることで実現可能です。最新の研究により1)、環境温度や湿度など環境因子も組み合わせた高度なアルゴリズムを用いて高い精度を得ることも可能となっていますが、条件次第では誤差が大きくなる場合もあり、現在のところ実用化までには至っていません。
 もう1つの方法は熱流補償法です。これは1971年に提案された方法で2)、額にプローブを当てその部分の熱放散を閉じ込めます。通常、身体の表面の温度は深部よりも低くなっていますが、これは対流や蒸散によるものです。この熱放散に対して、プローブを当てることおよび加熱することにより、表面と深部の温度が同等になります。それをプローブ内の熱流センサで確かめて深部温度を推定しようとする方法です。現在では改良が進み、複数のメーカーが製品化していますが、測定される人は動きが制限されるため、手術中の患者モニターなど臨床現場で使用されています。また加温のための電源を必要とするため、ウェアラブル化は難しいと考えられていましたが、2010年に加温しない双熱流法が提案されました3)。この方法では、2点の熱流束(単位時間に単位面積を横切る熱量)を測定することで深部体温を推定します。熱源を必要としないためウェアラブル化に弾みがつきましたが、未だその精度は検証されていません。そこで、当研究所では株式会社村田製作所との共同研究で、この双熱流法を用いたウェアラブル深部体温計の評価と実用化に取り組みました。その内容について以下に紹介したいと思います。


3.パッチ型センサを用いたウェアラブル深部体温計


 熱流補償法および双熱流法を用いた従来の計測では、主に額にプローブやセンサを取り付けていました。これには脳の温度を反映させる狙いや、活動筋による発熱の影響を受けないというメリットがありました。しかし、多くの労働現場ではヘルメットを着用しており、プローブ等を顔に取り付ける不快感も伴うため、我々は胸部の上方部(鎖骨下3cmの当たり)にパッチ型センサを貼り付ける方法を考案しました(図1)。内部構造として、皮膚表面にあたる場所に2点のサーミスタセンサを配置し、そのすぐ上部にそれぞれサーミスタセンサを配置することで、2点間の熱流束を計測する仕組みとしました。その値から双熱流法の原理に基づき深部体温を推定します。データはリアルタイムでスマートフォン等の端末に送られます。



図1 パッチ型センサの測定部位

 このパッチ型センサによる測定と、侵襲的な測定である食道温度と直腸温度を同時に計測しながら、35℃(相対湿度50%)の暑熱環境において1時間の歩行を行う実験を実施しました。20〜40代の健康な成人男性7名の平均値を図2に示します。食道温度と直腸温度の応答にやや違いが見られますが、パッチ型センサの推定値は食道温度に似た応答を示しました。個々のデータの誤差を図3に表しましたが、食道温度との誤差の平均値は0.04℃であり、標準偏差は0.18℃でした。これは先行研究における熱流補償法の誤差より小さい値であるため、ウェアラブル化と測定部位の違いに伴う影響は少ないと考えられます。今後は環境温度、運動強度、そして体組成・体格の影響を考慮した推定式の作成に取り組む予定です。


図2 暑熱下運動時の食道温度、直腸温度、そしてパッチ型センサによる推定値の変化(平均値)

図3 暑熱下運動時の食道温度とパッチ型センサによる推定値の誤差(7名の個別データのプロット)


4.おわりに


 ISO128944)や米国労働衛生専門家会議(ACGIH)の許容限界値(TLV)5)では、暑熱下作業における深部体温を38.0℃以下にするよう定めています。これまで深部体温を現場でモニターすることは困難だったため、あまり注目されない数値でしたが、ウェアラブル深部体温計で正確な値を計測することが可能になれば、暑さ指数(WBGT)と併せて熱中症リスク管理の要となります。暑熱耐性には大きな個人差があることは良く知られていますし、暑さに強い人であっても日々の体調変化(睡眠不足、疲労、軽い風邪など)によってリスクが高まる場合があります。またWBGTが「危険」となる状況においても作業を行わざるをえない場合もあります。そのようなときに、作業をどのタイミングで中断し、休憩後にいつ作業を再開するかの目安として、ウェアラブル深部体温計は作業者および管理者にとって有効に機能すると考えられます。実用化にはまだ時間がかかりますが、今年の猛暑はインパクトが大きかったことから、この研究分野の発展に拍車がかかると予想されますが、当研究所から先駆けて実用化できるよう引き続き取り組んで参ります。


  1. Laxminarayan et al. Individualized estimation of human core body temperature using non-invasive measurements. J. Appl. Physiol. 124:1387-1402, 2018.
  2. Fox and Solman. A new technique for monitoring the deep body temperature in man from the intact skin surface. J. Physiol. 212:8-10, 1971.
  3. Kitamura et al. Development of a new method for the noninvasive measurement of deep body temperature without a heater. Med. Eng. Physics. 32:1-6, 2010.
  4. International Organization for Standardization (ISO) 12894. Ergonomics of the thermal environment - Medical supervision of individuals exposed to extreme hot or cold environments. ISO, Geneva, 2001.
  5. The American Conference of Governmental and Industrial Hygienists (ACGIH): Heat stress and strain. In Documentation of the Threshold Limit Values for Physical Agents Documentation. ACGIH, Cincinati, 2007.

(人間工学研究グループ 主任研究員  時澤 健)

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