労働安全衛生総合研究所

光散乱方式の粉じん相対濃度測定における粗大粒子の影響について

1.第9次粉じん障害防止総合対策


 粉じんに曝される労働者の健康障害防止を目的として粉じん障害防止規則が全面施行された昭和56年から、現在までに8次にわたる粉じん障害防止総合対策が策定されてきました。これが奏功してじん肺新規有所見者は当時と比べ顕著に減少したものの、今なお新規有所見者が発生していることから、引き続き現状に即した対策を推進していく必要があります。平成30年4月からは、第9次粉じん障害防止総合対策で示された向う5年間の重点事項および労働基準行政上の実施事項に基づき、更なる粉じん障害防止対策が進められているところです(平成30年2月9日付け基発0209第2号)。第9次粉じん障害防止総合対策の重点事項は、第8次粉じん障害防止総合対策までの内容と比べると、以下のように変わっています(図1参照)。



図1 第9次粉じん障害防止総合対策の重点項目

 第9次粉じん障害防止総合対策では、「屋外における岩石・鉱物の研磨・ばり取り・破砕作業」、「呼吸用保護具の使用」、「じん肺健康診断の実施」および「地域の実情に即した事項」の4つが新たな重点事項として挙げられています。先の第8次粉じん障害防止総合対策の重点事項であったアーク溶接や岩石等の裁断、金属等の研磨作業は「地域の実情に即した事項」の中に含まれることになり、これらの作業も従来と変わらず重点的に対策を推進すべき事とされています。また、「ずい道等建設工事における粉じん障害防止対策」と「離職後の健康管理(の推進)」の2つは継続して重点事項となっています。
 現在、当研究所ではトンネル建設工事における安全衛生面の課題の解決を目的としたプロジェクト研究「山岳及びシールドトンネル建設工事中の労働災害の防止に関する研究」(研究代表者:吉川直孝)を実施しており、粉じん対策もその中の1テーマになっています。筆者は粉じんの濃度測定およびばく露対策を担当しており、トンネル坑内での最適な粉じん濃度測定方法等について取り組んでいます。今回は、重点事項の1つである「ずい道等建設工事における粉じん障害防止対策」にも関連するテーマとして、現在実施している相対濃度測定法に関する研究についてご紹介したいと思います。


2.トンネル建設工事における粉じん相対濃度測定


 作業環境測定基準では、粉じん濃度の測定方法として分粒装置を用いたろ過捕集方法および重量分析方法とともに、相対濃度指示方法による測定方法が指定されています。相対濃度計には、短時間で測定できる、取り扱いが簡単である、小型軽量で持ち運びに便利である、といった利点があります。相対濃度計を使用する場合は、測定点のうち一点以上で重量分析方法との併行測定(複数の機器を並べて同時に行う測定)を実施して、相対濃度を質量濃度に変換する係数(質量濃度変換係数;K値)を算出することが前提となっています。K値は、式(1)に示すように、ろ過捕集と重量分析法から得られた粉じんの質量濃度を、相対濃度指示法で得らえた1分間当たりのカウント数で除して得られます。




 光散乱方式の粉じん計において「光学系」と「粒子の系」が一定であれば、散乱光の強度は粉じんの濃度に比例します。ここでいう「粒子の系」とは、比重や光学的性質、浮遊している粒子の大きさの分布(粒径分布)等を意味します。発生源が同一であれば粒子の比重や光学的性質に変化はありませんが、粗大な粒子は直ぐに沈降するのに対し微小な粒子は長時間浮遊し続けるため、粒径分布が発生源近傍とその周辺で異なることがあります。光散乱方式の粉じん計の場合、粒径0.3 μm付近に感度のピークがあり、そこから外れるほど感度が低下します。つまり粗大な粒子が存在すると、光散乱強度への寄与は小さいにも関わらず質量には大きく影響します。粉じん濃度測定で対象となる粉じんの大きさは、「吸入性粉じん」と呼ばれる4μm50%の透過率特性を持つ粒子です。ろ過捕集‐重量分析法では、この「吸入性粉じん」のサイズに合わせた分粒装置を使用します。それに対して、現在市販されている光散乱方式の粉じん計には「吸入性粉じん」に合わせた分粒装置が取り付けられていないものがあります。そのため、本来の測定対象より粗大な粒子も測定機器の検出部に入ります。粗大な粒子が多く存在すれば、1つ1つの感度は小さくとも全体として無視できない影響を与える可能性があり、測定結果の誤差の要因になることが懸念されます。
 作業環境測定を実施する場合、通常は各現場で併行測定を実施しますので粉じん濃度に大きな影響は現れないと考えられます。しかし、粉じん測定が義務付けられている作業の中には、併行測定を省いて相対濃度計のみで測定できる場合があります。トンネル建設工事における粉じん測定がその一例です。トンネル建設工事では、粉じん障害防止規則により粉じん作業を行う坑内作業場について、半月以内ごとに一回、空気中の粉じん濃度測定しなければならないことになっています(粉じん障害防止規則第六条の三)。また、「ずい道等建設工事における粉じん対策ガイドライン」(平成12年12月26日付け基発768号の2)では、坑内換気の効果を確認するために半月以内ごとに1回、切羽(トンネルの掘削の最先端)から坑口に向かって50m程度離れた位置において、相対濃度指示法によって粉じん濃度測定を行うこととされています。このとき得られた相対濃度は、あらかじめ定められたK値を適用して質量濃度に変換し基準濃度との比較を行います。定められたK値は過去に実際のトンネル建設工事中に測定された結果に基づいて決められたものですが、粒子の種類や大きさは各々の現場の岩質や掘削方法等により異なるので、現場で併行測定を実施した場合と比べると得られる粉じん濃度の信頼性が低いと考えられます。


3.粗大粒子が粉じん相対濃度へ与える影響の評価


 ここまで述べてきたように、トンネル建設工事における粉じん測定のような、併行測定を実施しない測定では、粉じんの系の違いにより、得られた粉じん濃度と実際の濃度との間に誤差が生じることが懸念されます。本研究では、この誤差を軽減させることで粉じん測定の正確さの向上を図る検証を行っています。測定の対象となる粉じんの比重や光学的性質を測定時に変えることはできませんが、粒径分布については分粒装置を利用することで、ある程度の調整が可能です(図2参照)。そこで、実際に粗大な粒子が相対濃度に対してどのように寄与するかを確認するため、相対濃度計に取り込まれる粒子の分粒による効果を実験的に検証しています。以下に、2台の粉じん計による併行測定実験について紹介します。



図2 分粒装置を付けた粉じん計に導入される粉じんのイメージ図

 実験では、ビニールハウス内に試験用粒子を飛散させ、2台の粉じん計と質量濃度測定用サンプラーによる同時測定により、分粒装置の有無による相対濃度の変化を観測しました。1台の粉じん計の吸引口には吸入性粉じんの分粒装置としてサイクロン式の分粒装置(Dorr-Oliver 10 mm Nylon Cyclone、TSI)を取り付け、分粒装置を付けていないもう1台の粉じん計と並べて粉じん測定を実施しました。前者の粉じん計では4μm50%でカットされた微細な粒子のみが検出部に導入されるのに対し、後者の粉じん計ではより粗大な粒子も含めて検出部に導入されるので、両者を比較すれば粗大な粒子の影響を知ることができます。
粉じんの発生方法およびビニールハウスのサイズは以下の2通りで実施しました。図3に実験の概要を模式図で示します。



図3 実験概要

  1. 方法1 エアコンプレッサーにより所定量の粉じんを一度に分散
         一定時間静置後、HEPAフィルター付き空気清浄機で除じん
  2. 方法2 エアロゾルジェネレーターにより所定量の粉じんを連続的に分散
         大型集じん装置により連続的に除じん

 使用した2台の粉じん計に差がないことを確認したのち、方法1により粉じんを一度に分散させる実験を実施しました。その結果、図4(左)に示した通り、分散直後は2台の粉じん計の相対濃度に大きな差が見られ、分粒装置を付けた粉じん計の相対濃度は付けていない粉じん計が示す濃度の7割程度となりました。その後、時間の経過とともに差が小さくなり、2時間後にはほぼ一致しました。これは時間とともに粒径の大きな粉じんが沈降し、分粒装置でカットされるほどの大きさの粒子が存在しなくなったためと考えられます。総粉じんに対する吸入性粉じんの割合を概算したところ、飛散直後は全体の約4割が吸入性粉じんで、残りの6割がそれよりも大きな粉じんでしたが、2時間後はほぼ全ての粉じんが吸入性粉じんでした。このように、粗大な粒子の割合が多い環境下では、分粒装置の効果により相対濃度に差が生じることがわかります。方法2により連続して一定量の粉じんを分散させた実験では、粉じんを分散させている時間帯を通して安定した相対濃度が得られています(図4(右))。2台の粉じん計の比も比較的安定しており、分粒装置を取り付けた粉じん計の相対濃度は付けていない粉じん計の4~5割程度でした。こちらの実験では吸入性粉じんの割合は2割程度で、発生方法により粒径分布が異なることから、より詳細な粒径分布を測定することで、相対濃度に影響を与える粒径が明らかにできると考えています。



図4 2台の粉じん計による併行測定の結果
(左)方法1    (右)方法2

4.まとめ


 以上の実験結果からわかるように、分粒によって粗大粒子の影響を抑えることが可能になります。これより、現場で測定する際に測定対象外の粗大粒子の影響を排除し、併行測定を実施しない現場であっても相対濃度指示法で得られる粉じん濃度の誤差を抑えることが可能になると考えられます。今回の実験からは、分粒装置を取り付けたことで実際のトンネル建設工事の測定結果がどの程度安定するかはまだ明かされていません。より詳細な粒度分布の把握を行って検証を進めるとともに、他の分粒装置や粉じんの種類等についても検証する予定です。
 第9次粉じん障害防止総合対策にある厚生労働省の実施事項の中に「簡便かつ負担の少ない正確なトンネル切羽付近の粉じん濃度測定・評価方法について検討し、作業環境を把握するためのより適切な手法の選択肢を広げ、確立する」とあります。今後も研究を進め、より正確な粉じん濃度測定法の確立に必要な情報を提供していくことで、粉じんによる健康被害防止に役立てるよう努めていきます。



(作業環境研究グループ 主任研究員 中村憲司)

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