統合生産システムを対象とした支援的保護システムによる
リスク低減方策の検討
1.はじめに
近年、日本の労働災害の発生件数は長期的な減少傾向にありますが、この背景には、産業現場の適切な安全管理や安全教育・訓練の徹底による作業者の意識レベルや技術水準の向上が大きく寄与しています。しかしここ数年は、就業形態の多様化や、団塊世代の大量退職等で働く環境が大きく変化しており、さらに、作業者のヒューマンエラーや意図的不安全行動、作業マニュアルの形骸化に起因する重篤度の高い労働災害が多発していることから、従来から行われてきた「人の注意力に大きく依存する労働災害防止対策」の見直しが必要となっています。図1に示すように対象となる機械類のリスク低減の優先順位は設計・製造者に優先順位があり、使用者は、設計・製造者が適切にリスク低減を行った後の、残留リスクについて、現場でさらにリスク低減を行うことになっています。しかし、使用者が実施するリスク低減方策の多くは、主として不確定性の高い人の注意力などに依存することになり、その事が原因となる労働災害も数多く発生しています。
そこで本研究では、これらの現状を踏まえて、労働者の安全を確保する立場から「使用者側で講じられるリスク低減方策のあり方」について検討を行っています。その結果、人の注意力のみに依存するにはリスクが高い危険源・危険状態に対して支援的保護システムという新しい概念を使った安全技術を提案し、そのリスク低減効果について検討を行いました。
図1 リスク低減のプロセスと優先順位
2.支援的保護システムに期待される効果の検証
2.1 検証実験対象のリスク低減方策(保護方策)適用の現状
図2は今回検証実験対象としたプレス加工ラインのレイアウト図です。このプレス加工ラインは5台のプレス機とワークを搬送するための6台の搬送用ロボットで構成されていますが、今回の検証実験では、このラインの一部を利用して実験を行いました。また、表1にこのプレス加工ラインにおける危険源・危険状態と保護方策適用後の残留リスクの一部を示します。このプレス加工ラインは複数のプレス機と搬送ロボットから構成されており、自動運転中は作業者が進入できないように柵を設け、A–Dの4箇所から入退出が可能となっています。以下が各箇所に設置した保護方策の適用状況です。
A:支援的保護システムを設置した実験対象の入退出ゲート(支援的保護システム)
B:現場の作業者が出入りするドア(安全プラグ)
C:主に金型交換時に作業者が出入りするドア(安全プラグ)
D:2号プレス機と3号プレス機の横を行き来できるスペース(ライトカーテン)
E:1号プレス機内で作業者が行き来できる箇所(ライトカーテン)
F:2号プレス機内で、作業者が行き来できる箇所(ライトカーテン)
また、このプレス加工ラインでは、複数の作業者が作業を行っており、それぞれの作業者に資格と権限が付与されています。
図2 検証実験対象のプレス加工ラインレイアウト図
2.2 設置した支援的保護システムの概要
今回の実験ではAの入退出ゲートに支援的保護システムを設置して、B、C、Dの箇所からは入退場ができない条件としました。この支援的保護システムは作業者の資格と権限データをRFタグから認識するためのLFアンテナと作業者の入退出人数をカウントするためのステレオカメラから構成されます。
図3にA部に設置した支援的保護システムを示します。A部の入退出ゲートの高さと幅は約2mであり、その部分に専用治具を設置し、人数カウント用のステレオカメラとダグを認識するためのLFアンテナを設置しました。また、共連れ検知用カメラと3D赤外線カメラも併用しました。
図3 設置した支援的保護システムのイメージ
2.3 支援的保護システムによる検証結果
表1は支援的保護システムと既存の保護装置による検証項目と確認事項を示しています。実証実験は4日間(8.5時間×4日=34時間)の進入者数がのべ95人、これに対するステレオカメラが正しく検知した回数は79回で整合率は83.2%でした。RFタグの携帯者はのべ90人が進入し、RFIDシステムが正しく検知した回数は82回で整合率は91.1%でした。一方、退出者はのべ93人、これに対するステレオカメラが正しく検知した回数は66回で、整合率は71.9%でした。
RFタグの携帯者はのべ88人が退出し、RFIDシステムが正しく検知した回数は77回で整合率は87.5%でした。それぞれのICT機器単体では、危険側故障(進入したのに進入を検知しない、退出していないのに退出を検知した、退出した人数よりも多く退出検知した)はありましたが、ステレオカメラとRFIDシステムがともに危険側に誤認知した危険側故障が重なったことはありませんでした。つまり、適切なICT機器を組み合わせることにより高度な安全管理システムを構築できることが確認できました。
3.おわりに
今回の実証実験で検討している支援的保護システムは、適切なICT技術を活用し、期待されるリスク低減効果に含まれる不確定性を限りなく小さくすることを目的としたリスク低減方策です。例えば、RFIDとステレオカメラを組み合わせたシステムでは、予め入力された対象設備に対する作業者の資格と権限の照合ができない限り目的の作業が実行できません。このため、不用意に第三者が作業をすることができず、作業領域から全ての作業者が退場しないかぎり再起動が出来ないシステムを構築することができます。これは、安全プラグによる入退出管理だけでは適切に管理できなかった「第三者による予期しない進入」と「死角位置での作業中の再起動」に対して適切なリスク低減を行うことが期待できるものであり、人の注意力のみに依存している従来のリスク低減方策と比べてリスク低減効果に関する不確定性は格段に小さくなります。