労働安全衛生総合研究所

騒音をともなう振動ばく露作業における作業管理について

1.はじめに


 手持ち振動工具を使って作業をする場合、手腕に局所的な振動をばく露(振動ばく露)しながら騒音にもばく露しているというケースが非常に多いのではないでしょうか?例えば、インパクトレンチでナットを締結する作業では、ナット締め付け時にインパクトレンチが発する振動が手腕に伝わると同時に大きな打撃音も発生します。また、砥石径の大きなグラインダーを使用して研磨や切断作業等を行う場合には、作業時に発生する大きな振動が手腕に伝わると同時に、やはり大きな切削音が発生します。このように手持ち振動工具を使用して振動ばく露作業を行う場合、作業環境管理上の注意が振動ばく露に向きがちですが、多くの場合は騒音ばく露の危険にもさらされています。このように振動・騒音という二種類の危険因子にばく露する場合、そのような作業工程を労働衛生の視点からどのように評価・管理していったらよいでしょうか?
 このコラムでは、騒音をともなう振動ばく露作業における作業管理について、当研究所で実施した現場調査や研究の結果なども交えながら説明したいと思います。


2.ばく露による健康影響


 長期間にわたって手腕に局所的な振動をばく露することによって手腕振動障害(以下、振動障害)を発症することが知られています。その症状は多様であり、指先の温冷感覚や振動感覚がわかりにくくなったり、痺れや疼痛が指先に現れたり、ひどい場合には指関節の可動域が制限されて慢性的に指が屈曲した状態になったりなどさまざまですが、多くはこれらの症状が複数あらわれます。振動障害はひとたび発症してしまうと治癒は期待できず、対症療法的治療により諸症状の緩和に努めるほかありません。
 これに対して、長期間にわたって過度の騒音にばく露することにより、聴覚に慢性的な閾値の上昇が生じて、小さい音の聞き取りが難しくなることを騒音性難聴といいます。騒音性難聴は有毛細胞が傷害を受けることで発症し、現在の医学ではダメージを受けた有毛細胞を元に戻すことはできないことが知られています。
 以上のように、これらの疾病は発症してしまうと治癒することが難しいので、これらの疾病にならないように対策を立てることが大切です。そこで必要になってくるのが、まず作業者がどの程度の騒音・振動にばく露しているのかを把握して、そのばく露環境下でどの程度の作業時間が許容されるのかを知ることです。


3.ばく露危険性の評価


 騒音をともなう振動ばく露作業においては、騒音ばく露に対するばく露許容時間と振動ばく露に対するばく露許容時間の双方を求めて比較検討して、両者のうちより少ない値を示すばく露許容時間をこの作業におけるばく露許容時間とします。
騒音や振動ばく露の危険性を評価する上でまず行わなければならないことは、作業者がどの程度の騒音・振動にばく露しているのかを知ることです。振動ばく露の危険性を評価するうえで役に立つのが、振動工具が発生する振動の三軸合成値表示です。わが国では、手持ち振動工具が発生し得る振動の値(通常、三軸合成値などと呼ばれています)を表示するように指導されています。したがって、この表示値を参照することにより、作業者がばく露されるであろう振動の値を予測することが可能です。しかし、同じ工具を使用して同じ作業をしても作業者ごとの振動ばく露量に個人差があることから、人体振動計などを用いて作業者ごとに振動ばく露量を測定する方が望ましいです。
これに対して工具等が発生する騒音については、残念ながらわが国には表示の指導がなされていないので、振動工具等を使用している時の騒音レベルを知るためには騒音計などを用いて測定する必要があります。こうして騒音や振動それぞれに対する作業時のばく露量が決まれば、これらの値をもとにそれぞれの危険因子に対するばく露許容時間を求めることができます。
下の図は、当研究所が建設業の作業現場で現場調査を行い、手持ち振動工具を使用している時の作業者の騒音および振動ばく露レベルを測定したものです。各工具の騒音レベル(左側)と振動値(右側)を黒い棒で表し、それらの値がどの程度のばく露許容時間に相当するのかを3段階に色分けして表示してあります。この図を見ると、振動工具であるにもかかわらずサンダーおよび電気ドリル以外の振動工具はいずれも騒音にもとづいたばく露許容時間が振動にもとづいたばく露許容時間よりも小さいことがわかります。つまり、ばく露許容時間から見た場合、これらの振動工具は騒音ばく露による健康影響の危険性の方が大きいということになります。


図1 振動工具使用作業時の騒音・振動レベルとばく露許容時間の関係

4.保護具の使用


 実際の作業現場では、工程ごとに作業内容や作業時間が決まっているので改めてこれらを見直すことが難しい場合も多いのが実情です。このような場合、個人用保護具を使用することで作業者一人一人の振動・騒音ばく露量を軽減することが可能です。
 騒音ばく露の危険性を低減するためによく使用されるのがイヤーマフや耳栓といった防音保護具です。聴覚保護の観点から、作業環境における騒音が85dB以下になるように対策をたてることが必要になります。防音保護具には騒音を低減することができる程度を比較的わかりやすく示した(遮音性能表示といいます)ものが多いので、遮音性能表示がある防音保護具の中から自身の作業環境に適した性能の防音保護具を選びましょう。遮音性能の表示方法には大きく分けて3通りの方法があります。それぞれの表示方法について、防音保護具を使用した際の騒音の予測方法を説明します。まず、「JIS T8161(1983)防音保護具」による遮音性能表示では、耳栓に対してEP-1、EP-2という二つの性能表示を定めており、周波数帯域ごとに何dBの遮音効果があるかが示されています。この表示方法の場合、多少計算をして遮音後の騒音レベルを求める必要があります。これに対してISO4869-2(1994)で定められたSNR表示法では、表示値を作業環境における騒音レベルから差し引くことにより保護具装着後に予測される騒音レベルを求めることができます。この表示値は、統計的に84%の人がこの値以上の遮音効果を得られるというものです。もう一つの表示方法であるNRRも同様に表示値を作業環境における騒音レベルから差し引くことにより保護具装着後に予測される騒音レベルを求めることができますが、NRR表示値は、統計的に98%の人がこの値以上の遮音効果を得られるというものです。お分かりのようにNRR表示やSNR表示のほうが、防音保護具装着後の騒音レベルの予測値を容易に求めることができます。


図2 防音保護具におけるSNR・NRR表示例

 一方、振動ばく露の危険性を低減するために使用される保護具は防振手袋です。防振手袋の振動軽減性能を測定・評価する方法がISO10819(2013)およびJIS T8114(2007)に定められていますが、残念ながら振動軽減性能の表示がありません。したがって、どの防振手袋を着用すると作業時にどの程度振動が軽減されるかを知ることができないのが現状です。防振手袋を選ぶ場合には、上記の規格に適合する手袋の使用をお勧めします。上記の規格に定める振動軽減性能を持つ防振手袋はごくわずかしかないのですが、メーカー側が規格に適合しているということを明示しているのでそれ以外の手袋(一般に振動軽減作業手袋などの名で販売しているようです)と区別することは容易です。


5.おわりに


 手持ち振動工具を使用して振動ばく露作業を行う場合、作業環境管理上の注意の意識が振動ばく露に向きがちですが、多くの場合は騒音ばく露の危険にもさらされています。このような作業環境では、振動・騒音ばく露双方の危険性を考慮して対策を講じましょう。振動障害や騒音性難聴は年単位のばく露履歴を経てあらわれる職業性疾病です。振動ばく露による手のしびれや騒音ばく露による耳鳴りなどばく露直後の一過性の急性障害は、時間の経過とともに遅かれ早かれ症状は消失します。しかし、普段自覚症状がないからと言って、何年か先に突如として症状が現れる可能性もあります。「備えあれば憂いなし」、日ごろから防音保護具や防振手袋などを使用して適切な振動・騒音のばく露対策を立てていくことが大切です。



(人間工学研究グループ 上席研究員  柴田延幸)

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