小売業の労働災害防止に向けて
– 業態別にみた労働災害の特徴と安全教育のポイント –
1.はじめに
第三次産業の労働災害防止が喫緊の課題です。中長期的に労働災害発生状況をみると、製造業や建設業は顕著に減少する中、第三次産業は未だ増加傾向にあることは極めて憂慮すべき事態です。このため、厚生労働省は、第12次労働災害防止計画(計画年度:平成25年度–平成29年度)において、小売業、飲食店、社会福祉施設等を対象に労働災害件数の減少を重点目標に掲げるなど、第三次産業対策を重点的に推進しています。
小売業・飲食店の労働災害防止を推進するにあたり、多店舗展開(チェーン展開)している企業には様々な経営形態、商品提供方法等があり、その特性を踏まえることが必要です。
例えば、小売業の頻発労働災害の一つに包丁等による切れ・こすれ災害がありますが、食品を扱う小売業の中でも、セントラルキッチンを有しそこで調理を行い各店舗に共同配送している業態もあります。それらの店舗ではほとんど包丁を使わず、切れ・こすれ災害の発生は極めて少ないのが実状です。労働災害防止対策を検討する上で、このような各種業態の特徴を踏まえることは重要です。
そこで、本稿では、平成25年休業4日以上死傷災害(以下、死傷災害)データ分析を基に、主要業態別にみた労働災害発生状況の特徴、再発防止対策として安全教育のポイントなどを解説します。
2.小売業の労働災害発生状況
小売業の死傷災害を事故の型別にみると、最も多いのは「転倒」で全体の3分の1以上を占めています(表1)。次いで、「動作の反動・無理な動作」、「墜落・転落」、「切れ・こすれ」の順に多発しています。
1位 | 2位 | 3位 | 4位 | 5位 | 6位 |
転 倒 | 動作の反動・ 無理な動作 | 墜落・転落 | 切れ・ こすれ | はさまれ・ 巻き込まれ | 飛来・落下 |
34.4 % | 15.8 % | 11.6 % | 10.6 % | 6.7 % | 5.1 % |
これを主要業態別にみると、衣料品スーパーは、墜落・転落災害が一番多いなど、業態別に様々な特徴があります(表2)。家電・家具量販店は他の業態と比べ、崩壊・倒壊災害、激突災害が多く、ホームセンターは飛来・落下災害が多発しています。また、ドラッグストアは崩壊・倒壊災害が多く、コンビニエンスストアは高温・低温物との接触災害(ヤケド)が多発しています。また、切れ・こすれ災害がほとんど見受けられない業態は数多く見受けられます。
小売業は、女性の被災者を想像しがちですが、男性の被災者が多い業態があります。小売業全体では男性の被災者は26.6%に留まりますが、家具・家電量販店では男性が57.6%と半数を超え、ホームセンター、住生活スーパー、無店舗販売も男性の被災者が40%を超えています(表3)。
小売業は、中高年齢の被災者が多いと思われがちです。実際、小売業全体では40歳以上が70%を超え、業態別にみても、百貨店80.3%、総合スーパー80.1%、食品スーパー76.0%と40歳以上がとても多く被災しています。
しかし一方、衣料品スーパーは40歳以上の被災者は46.0%に留まり、逆に29歳以下が35.8%も被災しています。住生活スーパーも同様の傾向です。
ただ、コンビニエンスストアは、被災者は若年齢層に集中するイメージが持たれがちですが、30代40代を中心に各年代で被災しています。
3.業態別にみた労働災害の特徴と安全教育のポイント
小売業の主要業態別に、労働災害の特徴と再発防止策として安全教育のポイントなどを以下に示します。
(1) 総合スーパー
労働災害発生率が高い業態です。①大量の荷捌き、頻繁な商品の補充、狭いバックヤード、水や油で濡れた床等に起因した転倒、腰痛、墜落等、②包丁等による切れ、③スライサー等へのはさまれ・巻き込まれなどのリスクが高く、中高年齢の女性パートタイマーの被災が多発しています。ベテラン店員の労働災害が多く、慣れや油断等による労働災害防止意識を高める教育・指導が必要です。
(2) 食品スーパー
総合スーパーと同様、労働災害発生率が高い傾向にあります。バックヤードでの水や油で濡れた床等に起因した転倒、包丁等による切れが多く、中高年齢の女性パートタイマーの被災が多発しています。作業は、台所仕事の延長線上と思われがちですが、食材の幅の広さ、取扱量の多さ、使用器具等に大きな違いがあります。中高年齢の女性パートタイマー等に対し、作業のリスクを教育する必要があります。
(3) 衣料品スーパー
取扱商品のアイテム数が多いため陳列棚が高く、脚立等からの墜落災害、荷物の飛来・落下災害が多発しています。また、陳列密度が高いと限られた作業空間で無理な姿勢をとりやすく、腰痛等の労働災害が発生しやすく、経験の浅い新入店員の労働災害が多発しています。アルバイトを含む若手店員の労働災害が多いことに対応するため、雇入時教育、OJT体制の充実が求められます。
(4) 住生活スーパー
衣料品スーパー以上に取り扱う商品アイテム数が多く、陳列密度が高い特徴があります。このため、無理な姿勢での作業が多く、さらに重い商品を取り扱うこともあり、腰痛等につながっています。高陳列密度に伴う陳列棚の高さにより、墜落災害、飛来・落下災害も多く、また、経験の浅い新入店員、若い年齢層の労働災害や、男性の被災も多く見受けられます。経験の浅い新入店員、若い年齢層に対応した雇入時教育やOJT教育、さらには男性向け教育も求められます。
(5) ディスカウントストア
他よりも価格訴求が重視され経営効率性が優先されるため、労働災害リスクは高いおそれがあります。バックヤードでの食品取扱時の切れ・こすれ災害、俗に「ジャングル陳列(圧縮陳列)」と呼ばれるような無理な商品・在庫の集積がもたらす飛来・落下災害、台車やカーゴ等に起因する激突され災害も多く、経験が浅い店員の労働災害も多発しています。新入店員に対する雇入時教育、OJT体制の充実はもとより、労働災害の発生が各年代に分散していることに対応するため、経験年数や年齢層が異なる様々な店員に対し、きめ細かな対策が必要です。
(6) 百貨店
店舗が広く、従業員の作業エリアが広いことなどから転倒災害が多く、天井高が高く脚立等を用いた作業が多くなり墜落災害、飛来・落下災害も多く見受けられます。台車やカーゴ等による激突され災害、中堅・ベテラン店員の被災が多く見受けられます。中堅・ベテラン店員に対し慣れや油断による労働災害防止のための教育・指導が必要です。また、百貨店は派遣社員が多く、派遣社員に対する安全教育の充実も求められます。
(7) 家電・家具量販店
取り扱う商品が重く腰痛等が多く、商品の移動には台車が必要なため、激突災害も多発しています。照明器具等のディスプレイは、高い天井に商品を配置する必要があり、墜落災害のリスクも高まります。山積みにした商品の倒壊、折りたたんで立てかけた台車等の倒壊等による災害が多く、性別では男性、年齢別では30代?40代の現場の第一線で働く年齢層に労働災害が多く見受けられます。30代?40代の現場の第一線で働く年齢層に対する教育、男性の特徴を生かした教育が求められます。
(8) ホームセンター
高い天井高に応じて陳列棚も高く、また、取り扱う商品が重量物で、割れ物等様々なアイテムにわたるため、墜落災害、飛来・落下災害が多発しています。また、男性の被災が多く見受けられます。40代、50代が数多く被災しており、多様な商品を扱うことから商品知識が重視され、中堅男性店員の負荷が大きいおそれがあります。男性ベテラン社員向けの教育、心身機能低下に関わる高年齢者教育も求められます。
(9) ドラッグストア
狭い店舗内に多くのアイテム数の商品を配置する業態です。しかも商品補充の頻度が高く無理な動作による腰痛等につながりやすく、高陳列密度で商品補充の頻度が高く墜落災害も多発しています。また、バックヤードの狭い店が多く、在庫品を無理に積み上げ倒壊リスクが高まります。30代?50代の労働災害が多いのは、主力商品である医薬品や化粧品の販売に専門知識が求められ、多様な商品を取り扱うため機動力が必要なことなどから、店員の年齢構成が30代?50代中心であることに由来していると考えられます。このため30代?50代を中心とした安全教育の充実が必要です。
(10) コンビニエンスストア
商品補充が極めて高頻度なため、店舗が狭いにもかかわらず、少数の従業員が絶えず店内での作業を求められ、転倒災害の多発につながっています。最近は、おでん、肉まん等に加え保温惣菜の取り扱いが定番化し、店内調理を売りとする店も増え、ヤケドの発生が多くなっています。また、労働災害の3分の1以上が、22時台–6時台の深夜・早朝時間帯に発生しており、夜間・早朝の救急対応が求められます。労働災害防止活動は、通常、フランチャイズ本部によるマニュアル指導であるため、内容は画一的とならざるを得ません。フランチャイジー(加盟店オーナー)に対し、店舗特性に応じたきめ細やかな労働災害防止活動が求められます。
(11) 無店舗販売
無店舗販売の多くは、配達販売であり、交通事故防止が大きな課題です。併せて、限られた時間内での配達が求められることから、焦りがもたらす激突災害も多発しています。男性で30代–40代の被災が多いのですが、配達員はこの年代の男性が多いためと思われます。配達時の交通安全教育、特に、焦りは禁物を浸透させることが必要です。
4.おわりに
以上のとおり、小売業には様々な業態があり、その業態特性に応じた効果的な労働災害防止対策が必要です。
労働災害防止には、まず、そこで働く人の安全意識を向上させるための教育が必要です。そして、具体策には、安全性とともに作業性を向上させる対策(業務改善等)が有効です。整理整頓はその代表格です。また、滑りにくい安全靴、保護手袋、保護衣等、保護具の着用、台車、ロールボックスパレット、脚立、包丁、スライサー等の正しい使い方、自動車、バイクの運転等について、安全のルールづくり、安全教育の充実等が求められます。