粘土質繊維状鉱産物の産出量と使用状況について
鉱物性粉じんの吸入を原因とするじん肺症は,職業病のひとつとして古くから知られています。石綿など一部のケイ酸塩鉱物粉じんでは、呼吸器への発がん性が明らかとなり(注1),特に繊維状物質で中皮腫の発生が認められることから、天然の繊維状ケイ酸塩鉱物の産出量や使用状況にも関心がもたれます。2種類の繊維状鉱物について産出統計、貿易統計その他の文献資料を元にした解説をまとめる機会があり(注2)、その概要を紹介します。
石綿以外で産出量の多い繊維状鉱物に、粘土鉱物のパリゴルスカイト(鉱産物としてアタパルジャイトの名称も使われます)とセピオライトがあります。産出1位の米国産パリゴルスカイトとスペイン産セピオライトの合計で年間100万トン程度と推定されます。いずれも、浅海あるいは湖沼の堆積物として生成した短繊維の鉱産物として大規模に採掘されています。
パリゴルスカイトとセピオライトは,繊維方向に沿った細孔管(トンネル,導管)構造を持つ多孔質粘土で比表面積が大きく,吸収・収着性能,コロイド・ゲル性状の特性を利用する共通の用途があります。加熱乾燥するとよく固結し、吸湿性・吸臭性が高いことから、欧米では猫砂(猫のトイレ用砂)、油吸着剤としての利用が多く、スペイン産セピオライトでは70%が猫砂に消費されています。日本では猫砂用の鉱物にはベントナイト質粘土の使用が多く、猫砂としての製品は確認できませんが、吸着剤用途を利用したとみられる床下調湿剤の製品があります。セピオライトの方がトンネル構造の断面積が少し大きく気体収着性に優れるため、消臭・防臭用途にシートに成形したもの、活性炭と共にハニカム状に成形しカートリッジに収めた製品もみられます。一方パリゴルスカイトはゲル性状を持つ短繊維の特徴を活かした増粘剤、液ダレ防止剤として塗料等に添加する用途が多いとみられます。これ以外にも、土木用のボーリング泥水、農薬用キャリア材、目地剤等への用途が多いとされますが、それぞれの出荷状況までは把握できませんでした。
パリゴルスカイトの主産地は米国で、他にセネガル、南アフリカ、スペイン、オーストラリア、中国などが知られています。鉱産物統計ではフラーズアース(Fuller’s earth、漂白作用を持つ粘土の総称)に含まれているため、パリゴルスカイトのみの産出量は推定になりますが、米国で年間40万トン程度とみられます。日本は米国、オーストラリア、中国から輸入しており、1988年–2006年までの貿易統計にある品目「デカラライジングアース及びフーラーズアース」から推定すると、米国からの輸入量は平均5千トン/年でした。
セピオライトの主産地はスペインで、1990年代以降では50–70万トン/年が産出しています。これに次ぐトルコ、米国、中国の産出量は断片的なデータからみて、それぞれ数万トン程度とみられます。日本はこれら4ヶ国から輸入していますが、輸入量を確認できる国内データは殆どなく、スペインの貿易統計から、日本へ輸出した鉱産物(品目名はセピオライト)として2009年までの30年間で13万トン強が確認できる程度です。
なお、健康影響情報として、パリゴルスカイト(アタパルジャイト)では、採掘作業従事者の疫学調査でがん死亡率の過剰な増加は認められておらず、動物実験では長繊維による発がん性が確認されていますが、短繊維で発がん性を示したものはありません。セピオライトでは、発がんに関する疫学調査例はなく、動物実験では長繊維で腫瘍発生を認めたものがありますが、短繊維で発がん性を示したものはありません(IARC(1997)、Monograph-68)。これは他の繊維状物質と同様に、長繊維に発がん性の潜在能力があることを示唆しますが、評価するための証拠はまだ不十分とされています。現在の国内用途の殆どは短繊維を使用しており、切断、粉砕等の発じんを伴う加工、製品には使用されていないか僅かとみられます。
注1:石綿(石綿繊維を伴うタルクを含む)と米国リビー産バーミキュライトに伴う繊維状角閃石による中皮腫・肺がん,エリオナイト(繊維状ゼオライトの一種)による中皮腫,繊維状フッ素エデン閃石による中皮腫,結晶質二酸化ケイ素(石英とクリストバライト)による肺がん(IARC(2012),Monograph-100C)。この内,エリオナイトと繊維状フッ素エデン閃石は,岩石から飛散した際の環境的ばく露に伴う事例と考えられます。
注2:篠原也寸志(2016)パリゴルスカイト、セピオライト等の天然繊維状鉱物の国内利用状況及び性状に関する調査結果.繊維状物質研究 3,31-38.