労働安全衛生総合研究所

建設業労働者の健康障害予防のための追跡研究
–騒音性難聴について–

1.はじめに


 このコラムでは当研究所で行われたプロジェクト研究「建設業における職業コホートの設定と労働者の健康障害に関する追跡調査研究」(平成23–27年度)の成果の一部をご紹介いたします。


2.建設業についての安全衛生統計


 図1に4つの統計を示しました。日本の全業種において建設業が占める割合は、就業者数においては過去10数年間では10%に満たない程度です。ところが、休業4日以上の業務上疾病者数はここ数年では10%を割っているものの、10数年前は10%をやや上回っていました。そして、死傷者数においては最近では減少がみられますが10%を上回り、10数年前は20%、つまり1/5を上回っていました。そして、死亡者数においては平成23年(東日本大震災が発生した年)を除き、約1/3を占めています。業務上疾病や死傷者には減少傾向がみられるものの、建設業の安全衛生対策がまだ十分とはいえないと考えられます。




図1 全業種に占める建設業の割合の年次推移

3.騒音職場と難聴


 10年程前の米国からの報告になりますが、全世界で難聴に悩まされる推定人数は、1995年の1億2千万人から2004年には2億5千万人に増加し、それらの多くは仕事中の騒音ばく露によって引き起こされたと考えられています[1]。日本産業衛生学会で定められている騒音レベルの1日の許容時間[2]は85dBであれば480分(8時間)で、そのような状況が10年間続いても騒音性難聴にはならないであろうとされており、つまり85dB以上発生していれば騒音職場といえます。前述の米国の報告では、85dB以上の騒音に曝されている労働者数は約606万人と推定されました。その値から日本における85dB以上の騒音にばく露されている労働者数を推定すると250万人とされました[3]
 実際にどれだけの労働者が騒音によって障害を受けているかを示すデータの一つとして、日本における騒音性難聴の労災認定件数を取り上げます。認定件数は昭和62年に年間1,400件近くにのぼり、その後減少しましたが最近でも年間300件弱となっています。そして、業種別にみると、前述のように就業者数では全体の10%に満たない建設業が約半数を占めています(図2)。


図2 日本における騒音性難聴の労災認定件数

4.追跡調査のデザイン


 以上の背景を基に、建設労働者の健康障害として騒音性難聴を取り上げることとし、1990年以前より調査研究を行っていた某県建設労働組合の男性組合員を対象とした検討をすることとしました。この集団は本年3月に久保田が執筆したコラムNo. 89(http://www.jniosh.johas.go.jp/publication/mail_mag/2016/89-column-1.html)で取り上げた集団と同じで、仕事による病気の予防のための問診票調査を毎年実施しています。受診者は毎年5,500–6,000名であり、5年間収集すると延べ27,500–30,000名分の問診票データがあることになります。なお、騒音性難聴そのものをターゲットにするには非常に困難なことから、問診票の設問に「耳の聞こえが悪い」という項目があり、例え悪いと答えたとしてもそれは自覚症状であってその回答をもって難聴であるとはいえませんが、代替の指標として用いました。また、この問診票では建設業の作業でよく用いる騒音工具(例えば、丸のこ)や振動工具(例えば、サンダー)の使用経験について尋ねていますので、それらの使用をばく露(負荷)の指標としました。


5.建設業労働者の騒音/振動工具の使用と耳の聞こえの悪さ


 まず2006–2010年の問診票をデータベース化して分析しました。年代別に比較すると、一般には50–60歳代から聴力の低下が現れるとされていますが、この集団で騒音工具をよく使用する者では、より低年齢層の40歳代から耳の聞こえが悪いという者が多く認められました(図3)。また、職種間で比較すると、騒音工具をよく使用する者で耳の聞こえが悪いという者は大工、鉄骨工、住宅設備工といった特定の職種で多いことが示されました(図4)。


図3 年代別の騒音工具の使用と耳の聞こえの悪さ


図4 職種別の騒音工具の使用と耳の聞こえの悪さ

 次に2008–2012年のデータをデータベース化して、騒音工具だけでなく振動工具も使用した場合の複合影響を分析しました。各年において耳の聞こえの悪い者の割合を「両工具の使用なし」者を対照として比較すると、「騒音工具のみ使用」者では約2–3倍、「騒音/振動工具の両方使用」者では約3–4倍と上昇していました。各年を断面的に解析するだけでなく、毎年の蓄積的な影響をみるために、2008年をベースラインとして1–4年後までにおいて騒音工具/振動工具の両方が全ての年で使用ありを「騒音/振動工具の両方を常時」、騒音工具のみ全ての年で使用ありを「騒音工具のみ常時」、騒音工具/振動工具の両方が全ての年で使用なしを「騒音/振動工具の両方が皆無」と分けて分析しました。その結果、耳の聞こえが悪い者の割合は、「騒音工具のみ常時使用」者では2008年で約2倍、その4年後で約4倍であったのに対し、「騒音/振動工具の両方を常時」者では2008年で約3倍、2年後以降は6倍強まで増加しました(図5)。騒音だけでなく手腕振動も聴力に影響を及ぼしたと考えられ、この現象のメカニズムは明らかにされていませんが、自律神経系の障害、つまり交感神経系の亢進による内耳の血管収縮による有毛細胞の障害が原因ではないかと推測されています。



図5 騒音/振動工具の使用と耳の聞こえの悪さ

6.おわりに


 本コラムでは、建設業労働者の健康障害に関するもののうち難聴に関連した研究をご紹介いたしました。その予防には、使用する工具の低騒音化や防振化が不可欠ですが、労働衛生研究者の立場からは作業時間の制限、耳栓や防振手袋といった個人保護具の着用の有効性を検証すべく、鋭意精進いたします。なお、この結果の詳細や、この結果をもとにして実施した建設現場での現場調査や被験者を用いた実験室実験については、今後発行予定の2016年度SRR(特別研究報告)で報告していますので、ご興味がございましたらご覧下さい。



参考文献

  1. Nelson DI, Nelson RY, Concha-Barrientos M, Fingerhut M. The global burden of occupational noise-induced hearing loss. Am J Ind Med. 48, 446-58, 2005.
  2. 日本産業衛生学会.許容濃度等の勧告(2016年度)VI. 騒音の許容基準.産業衛生学雑誌. 58(5), 200-1, 2016.
  3. 調所寛之.聴覚に関わる社会医学的諸問題「労働環境騒音に対する聴覚保護と対策」.Audiology Japan. 55, 165-74. 2012.

(過労死等調査研究センター、産業疫学研究グループ 上席研究員 佐々木毅 )

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