労働安全衛生総合研究所

職業環境と電磁界ばく露(磁界ばく露)について

1.はじめに


 職業環境と電磁界(電磁波)ばく露は古くから密接な関わりがあります。特に近年は作業環境中に強力な電磁界の発生源が存在する事案が増え、労働者が日常業務中に電磁界から生体作用を受けるケースも増したことから、職業電磁界ばく露について新たな検討が必要な時期に来ています。このコラムでは職業環境と電磁界ばく露(特に磁界ばく露)について、その生体作用、ばく露ガイドラインに関する国内外の状況および当研究所での調査研究についてご紹介いたします。


2.電磁界ばく露と生体作用


 電磁界に人体がばく露されると、周波数及び強度に応じた生体作用を生じます。これは、人体が良電体であることに加え、人体の導電率、誘電率(比誘電率)などの電気的特性に周波数依存性があるためです。各周波数(静磁界(= 0 Hz)、10 MHz未満の時間変動する電磁界、10 MHz以上の時間変動する電磁界)における電磁界ばく露の物理的作用と生体作用を図1に示します。生体内で静磁界は力学刺激または電気刺激に、時間変動する電磁界は電気刺激または熱刺激に変換されます。
 ここでご注意頂きたいのは、電磁界ばく露の短期的影響は科学的には既に確立されているということです。ばく露ガイドラインや規制(後述)では、これら確立した知見を基にばく露限度値を定めています[1]-[4]。一方、発がん性などの長期的影響については、現在様々な機関で調査が実施されています。その一例として世界保健機構が実施した総合的な電磁界ばく露の健康リスク評価は日本語でも閲覧可能で[5]、例えば静磁界については「急性影響は存在するが、発がん性については十分な証拠がない」と、最新の科学的根拠に基づいた知見を紹介しています。



図1 職業電磁界ばく露と生体作用


3.電磁界ばく露ガイドライン


 現在、最も代表的な電磁界ばく露のガイドラインは、国際非電離放射線防護委員会(International Commission on Non-Ionizing Radiation Protection : ICNIRP)が発行するICNIRPガイドラインです[1]-[4]。このガイドラインでは周波数ごとにばく露上限値を定め、基準となる物理量は周波数によって異なります。ICNIRPガイドラインは「基本制限」と「参考レベル」という考え方で二層的に構成されています(図2)。「基本制限」は健康影響を防ぐために体内電界強度や生体の吸収電力に対して設けられた限度値ですが、基本的に直接測定することが出来ません。このため、測定可能な外部電界や外部磁界に対して便宜的に設けられた限度値が「参考レベル」で、基本制限に相当する電磁界を体内で誘導するのに必要な外部電界や外部磁界の大きさで、一定の係数がかかっています。よって、参考レベル以下であれば基本制限を満たしていると考えます。しかしながら、参考レベルを超過した場合には、基本制限を超過していないか確認する必要があります。電磁界ばく露による健康影響が懸念される場合には、発生源となる機器の設定見直し等による対策(発生源対策)や、電磁界ばく露による健康影響に関する教育・啓蒙活動、発生源近傍への立ち入り制限などが対策として挙げられます。



図2 ICNIRPガイドラインの考え方



4.職業電磁界ばく露に関する国内外の状況


 電磁界ばく露は現行の労働安全衛生法の対象とはなっていないので、職業電磁界ばく露に対する国内規制はありません。しかし、2013年6月のDirective 2013/35/EU(欧州職業電磁界指令)の発効を契機に、職業電磁界ばく露は世界的な転換を迎えました[6]。この指令は、ICNIRPガイドラインに基づいたばく露限度値及びアクションレベルが提示され、雇用者に職場の電磁界発生状況に関してリスクアセスメントの履行を求めるものです。加盟国には2016年7月1日までに関連する法規および管理規定の国内での整備が義務付けられており、各国で対応が進められています。
 この背景には、強力な電磁界にばく露する労働者の世界的な増加があります。具体例を挙げれば、製造現場でミリテスラレベルの比較的高い磁界を発生させる抵抗溶接や磁気探傷装置、あるいは医療施設で地磁気の数万倍に相当する数テスラの静磁界を利用する磁気共鳴画像検査(MR検査)があります。このような職業環境における電磁界発生状況の変化などから、職業電磁界ばく露について改めて検討する必要が生じています。



5.当研究所における取り組み


 最後に、MR検査における職業磁界ばく露に関する研究を例に、当研究所の取り組みをご紹介いたします[7][8]。
 MR検査は今日の医療現場に不可欠の臨床検査手段で、国内では数千台のMRI装置(MR装置)が設置されています。検査に際しては非常に強い静磁界を利用しますが、検査時以外でも静磁界が常に存在することは見落とされがちです。多くのMR装置では装置終端部で磁界を減衰させますが、この減衰効果が不十分なため、装置周辺で磁界の漏洩が発生します。図1でご紹介したとおり、静磁界は生体内では力学刺激または電気刺激に変換されます。今回のようなMR装置周辺の不均一な漏洩磁界中での人体の移動は力学刺激よりも電気刺激が生体影響の主な要因になります。その結果MR装置のオペレーター(主に診療放射線技師)にめまい、吐き気等の一過性症状が発生するという事例が報告されています。しかし、これに対する労働衛生面での研究はまだ進んでいないのが現状です。
 そこで当研究所では、業務中の診療放射線技師を対象としたばく露磁界の調査を実施しました(図3左)。調査は2箇所の施設で行い、そこから得られた合計103件のデータを解析したところ、診療放射線技師のばく露磁界は頭部検査時に最大1250mTに及び、同じく頭部検査時で1000mTを超えたケースも一例みられました。前述のように、不均一な漏洩磁界中での人間の移動は体内に電気的刺激を発生させます。体の移動速度や向きにもよりますが、1000 mTを超える磁界中で作業を行うと、頭痛やめまい等の一時的な感覚変化を生じる確率が高くなります。また、MR検査では検査技法ごとにセットアップ(患部の固定、信号送受信用コイルの設置、位置合わせ、寝台送りボタンの操作)が異なるため、作業内容とばく露磁界との関連性を調べると、頭部検査は他の検査技法よりばく露磁界が有意に高いことがわかりました(図3右)。



図3 左:調査の概要、右:作業内容とばく露磁界との関連性


 さらに、診療放射線技師124名を対象としたアンケート調査では、MR検査室での作業に関連した体調変化で「めまい(17.1%)」、「耳鳴り(13.4%)」、「頭痛(14.6%)」、「睡眠不足と関係ない不意の眠気(16.9%)」、「疲労感(26.5%)」、「筋肉の不随意収縮(10.8%)」の6項目において有意な増加が認められました。(ノンパラメトリック符号検定、p<0.01)。また、これらは「検査件数」との間で最も高い相関性が観察されました。
 MR検査は医療現場で普及した反面装置のオペレーターの職業磁界ばく露の実態はまだ十分に解明されていません。MR装置はきわめて高額なため、装置を交換する等の発生源対策は難しく、基本的には作業者中心のばく露対策が求められます。ばく露実態の調査結果などを踏まえ、どのようなばく露対策を講じていくかが今後の課題です。


6.おわりに


 本コラムでは、職業電磁界ばく露を取り巻く現状と当研究所での取り組みをご紹介しました。電磁界ばく露は労働安全衛生法の対象外ですが、海外の動向や昨今の職業環境における電磁界発生状況に鑑み、新たな調査や検討が必要となっています。私たちは今後も職業環境と電磁界ばく露について鋭意調査研究に努め、得られた知見を積極的に社会へ還元することで、職業性疾病の予防に貢献していきます。


  1. ICNIRP: Guidelines on limits of exposure to static magnetic fields. Health Physics, 96, 504-514, 2009.
  2. ICNIRP: The Guidelines for Limiting Exposure to Electric Fields Induced by Movement of the Human Body in a Static Magnetic Field and by Time-Varying Magnetic Fields below 1 Hz. Health Physics, 106(3), 418-425, 201, 2014.
  3. ICNIRP: ICNIRP Guidelines for Limiting Exposure to Time-Varying Electric and Magnetic Fields (1 Hz - 100 kHz). Health Physics, 99(6), 818-836, 2010.
  4. ICNIRP: Guidelines for Limiting Exposure to Time-Varying Electric, Magnetic, and Electromagnetic Fields (up to 300 GHz). Health Physics, 74(4), 494-522, 1998.
  5. 環境省 環境保健部 環境安全課:身のまわりの電磁界について, 平成27年4月
  6. DIRECTIVE 2013/35/EU OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL; 2013
  7. 山口さち子,中井敏晴,今井信也,井澤修平,奥野 勉 (2014)MR検査業務従事者の職業ばく露磁界の測定と作業内容との関連性. SRR-No41-2-2,47-54.
  8. Yamaguchi-Sekino S, Nakai T, Imai S, Izawa S, Okuno T. Occupational exposure levels of static magnetic field during routine MRI examination in 3T MR system. Bioelectromagnetics. 2014; 35:70-75.

(産業毒性・生体影響研究グループ 主任研究員 山口さち子)

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