労働安全衛生総合研究所

第31回国際労働衛生会議(ICOH2015: 31st International Congress on Occupational Health)参加報告

1.ICOH2015とは


 3年に一回開催される産業保健分野で最も権威のある国際会議である 第31回国際労働衛生会議(ICOH2015) が2015年5月31日から6月5日までの6日間、韓国のソウル市のCOEX Convention Centerにて開催されました(写真1)。当研究所からは理事長の小川をはじめとする8名が参加しました。理事長はDirectors’ Forum for Research on OH(各国の産業保健機関の代表者によるフォーラム)にて安衛研が果たす日本の労働安全衛生について講演し、他の参加者も各自の分野別に研究発表等を行いました。筆者も50歳以上の高年齢労働者の転倒経験が体力自信度や転倒恐怖感等と関連性があるのかに関して発表いたしました。
 ICOHは3つの国際会議の併催となっていましたが、第30回アジア太平洋労働安全衛生機構年次会議(30th APOSHO Annual Conference)との同時開催は、私たちアジア諸国の研究者、実務家においては非常に有意義な機会でした。オープニングセレモニーでは韓国雇用労働部の長官からの挨拶もあり、国を挙げての協力がうかがえました(写真2)。ホテルに帰ってテレビをつけるとこの様子がニュースで放映されていました。ICOHに対する韓国国内での関心の高さがお分かりいただけるのではないでしょうか。

受付の様子
写真1 受付の様子(とにかく広い!)

オープニングセレモニーでの韓国雇用労働部長官による挨拶
写真2 オープニングセレモニーでの韓国雇用労働部長官による挨拶


2.会議の概要


 主催者から発表された ニュース によると、参加者は93の国と地域から3,203名で、トップは医師の917名で、安全技術者の404名、会社員の316名と続いていました。日本産業衛生学会では産業医および産業看護師(保健師)の占める割合が高いのですが、国際的に見ると医師に続いたのが日本の産業保健では馴染みの薄い安全技術者や会社員であったのは驚きでした。本会議(plenary session)を含む口頭発表の演題数は1,072件、ポスター発表559件の合計1,631件であり、筆者はICOH初参加でしたが、その他の国際会議と比較しても経験したことがない規模でした。


3.会議の内容


 発表演題のキーワードとして最も多かったのがpsychosocial factor(心理社会的要因)だったように思われます。裁量度の低い仕事、努力と報酬の不均衡、長時間労働など、労働者の心身を蝕むことが問題となっています。これは国際的に見ても共通の問題であり、医療費増大だけにとどまらず生産効率の低下による損失が膨大であると指摘されています。この問題を解決するには、会社組織レベルの理解が必須であり、そのための枠組みのあり方が議論されていました。これ以外にも興味深い話題が多くありましたが、前述したように巨大な会議ですので、筆者の関心領域である人間工学を中心にいくつかの話題をご紹介させていただきます。
<筋骨格系障害の予防に向けた包括的なアプローチ>
 フランスの研究者による教育講演でした。筋骨格系障害というと、運動学的な要因にばかり目が向きがちですが、実際には心理社会的要因、組織要因、社会経済的な要因から現在起こっている事象を見ないと効果がないと指摘していました。この重要性を食肉工場での精肉作業を例に挙げながら分かりやすく解説していたのが印象的でした。
<香港における飲食業での災害分析>
 火傷と包丁などの刃物使用時の災害が目立っているとのことでした。最も多いのは中華レストランと思われがちですが、実際は洋食レストランだったというのも興味深い結果でした。その他の問題として、包丁のトレーニングを受けているのは2割のみであること、学生の休みシーズンでの災害増加が顕著であり、教育が重要であること等が紹介されました。
<救急救命従事者の人間工学的リスク、高齢化問題>
 韓国における消防や救急救命に携わる労働者に向けた人間工学的対策の重要性についての発表でした。どの国でもそうかと思うのですが、安全に配慮しつつも救助を優先するがあまりに無理な姿勢が要求される実態は、労働力が高齢化している現状を踏まえると喫緊の課題であるとのことでした。日本の実態はよく分かりませんが、高い水圧のホースを持ち続けたり、患者さんを緊急搬送したりと時間に追われる業務であり、同じような対策が求められるのは間違いないように思いました。
<農業従事者向けの健康支援>
 農業が盛んなフィンランドでの農業従事者向けの健康支援プログラムを韓国に応用した実践報告がありました。プログラムの内容については概ねよい評価を得ている一方で、フィンランドの研究者が韓国の農村部で介入支援する際に双方の言葉が通じないため通訳が必須となり、そのためのコストと時間が大きな課題であるとのことでした。

4.今回のICOH参加に学んだこと


 たくさんの学びがありましたが、2つのことが印象に残りました。
 1つ目は抜本的な解決を追及する視点です。これは産業保健だけに言えることではありませんが、日本の学会での話題の多くは、全体的に当座の問題を取り上げたものが多く、抜本的に解決しようとする将来像を描いたものが少ないように感じます。国内だけで活動しているとこのような気づきはなかなか生まれませんので、定期的に異文化に触れ合うことの重要性を再認識できました。
 2つ目は人間工学専門家の活躍ぶりです。Ergonomist(人間工学専門家)という肩書きを持った方々と多く議論することができました。これは日本との大きな違いですが、国によっては人間工学の専門家として企業等で指導的な役割を果たす人材が雇用される仕組みが出来上がっていることが理由として挙げられます。日本の労働現場でも人間工学が果たすべき事項は多くありますが、企業としては積極的に人材を雇うまでには至っていません。現場での人間工学的な支援によって快適な作業環境を作ることは作業効率の向上にもつながりますので、日本でも仕組みを工夫して人間工学専門家が活用されることを期待したいものです。

5.おわりに


 次回はアイルランドのダブリンで2018年の4月29日から5月4日の会期で開催の予定です(既に ICOH2018のホームページ(リンク切れ) が開設されていますのでご参照ください)。日本ではゴールデンウィーク真っ只中になりますが、多くの研究者や実務家らが参加し、今回と同様に日本の質の高い産業保健への取り組みを国際的にアピールできたらと思っています。
 最後になりますが、私が現地を訪れたのはMERSコロナウイルスの感染拡大が日本のニュースでも報じられるようになった頃でした。その時はこれほど酷いことになることを感じさせないほど市内は落ち着いた様子でしたが、帰国日の6月5日にはマスク着用者が随分と増えていたことが印象に残っています。これまでにお亡くなりになった方々ならびに関係者の皆様に哀悼の意を表すると共に、一刻も早く収束することを願ってやみません。

(人間工学・リスク管理研究グループ 主任研究員 大西明宏)

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