年齢別にみた労働災害件数の現状
1.労働災害防止のために
厚生労働省が推進している第12 次労働災害防止計画(平成25-29年度)1)(以下,12次防)では,平成29年までに労働災害による死傷者数を平成24年と比較して15%以上減少させることを目標として掲げています.これを実現するためには,特に重点的に取り組むべき対象は何かということを意識することが大切です.また,12次防の重点施策の一つに,「社会,企業,労働者の安全・健康に対する意識改革の促進」が挙げられています.災害防止に対して高い意識を持つためには,何よりも労働災害の現状に正しく向き合うことから始めなければならないはずで,これを把握する方法の一つが災害分析です.
2.災害分析の方法
図1を見てください.災害分析は災害詳細分析と災害統計分析に分けることができます2).詳細分析は,ある一つの災害について詳しく調べ,さかのぼって原因を究明するもので,同様の災害の再発防止が目的です.一方,統計分析は個々の災害情報を集め,それらを分類して集計することで,災害発生の全体像の把握や傾向を理解するために役立ちます.
さらに,統計分析は集約型データベースと非集約型データベースに分けることができます3).集約型データベースとは,すでに集計された数表のことで,例えば業種と事故の型のクロス表などを指します.毎年集計されている集約型データベースを使えば,年次推移などを簡単に調べることができ,またそのような結果も公表されています4)5).
一方,非集約型データベースとは,個々の災害情報が集計されず,統計学では生データや未加工データなどと呼ばれているものです.自由な発想や観点により自らが集計し,独自の分析が可能です.休業4日以上の労働災害については,労働者死傷病報告6)から年毎に約1/4 を無作為抽出した個別事例が「労働災害(死亡・休業4 日以上)データベースとして厚生労働省から公開されています7).元の報告にある経験期間や休業見込期間などのいくつかの項目は除かれていますが,個別事例には,災害発生年月と時間,事業場規模,業種,起因物,事故の型,年齢に加えて,災害状況の説明文が含まれており,現在,平成23年分まで掲載されています.
いろいろなデータの項目がある中から,私たちは被災者の年齢に着目して統計分析を行いました.ここでは,平成18年から22年までの5年間のデータベース(約15万件,以下データベース)に基づく,被災者年齢別に集計した災害件数の分析結果8)9)を紹介します.
3.年齢と災害件数について
昭和の頃から,加齢と労働災害は重要な課題であったようですが2),近年は少子高齢化がさらに進んでいるため,高年齢労働者の労働災害増加がより一層懸念されています1).そこで,まずは現状を把握するために,災害件数の年齢分布を見ていきましょう.
(図をクリックすると拡大)
図2.(a)平成18?22年(2006-2010年)のデータベースに基づく被災者年齢ごとの災害件数9).縦軸(左)はデータの数を示し,(右)はデータベースの抽出率から推定した1年間あたりの災害発生件数(人数)を示す.
(b) 平成20年(2008年)における年齢階級別就業者数9).
図2(a)に,産業や事故の型などの区別なく,年齢ごとに集計した災害件数のヒストグラムを示します.統計数が十分にあるので,1歳ごとに集計しても分布は滑らかな曲線になりました.また,先述のように,公開されているデータベースは全報告数の約1/4ですが,同じ期間の災害件数の確定値4)とデータベースの件数から算出した正確な抽出率は25.36%でした.報告は被災者ごとになされるので,件数は人数に対応します.グラフの右軸には,抽出率をもとに推定した1年間の災害発生件数(人数)を示しました.
比較のために,就業者数の年齢分布10)を図2(b)に示します.災害件数と就業者数は良く似た形の分布をしていますが,50歳から60歳の間では,就業者あたりの災害件数は他の年齢よりも比較的多いように見えます.これが高年齢労働者の労働災害が問題とされる根拠の一つですが,単に災害件数が多いだけではなく,加齢とともに災害件数が急激に増加する様子も見て取ることができました.これは,1歳ごとで分析したことによって明らかになった点の一つです.
年齢別の災害統計はこれまでも発表されてきていますし,12次防で高年齢労働者対策が挙げられている背景には統計的根拠があります.10歳刻みで大まかに捉えれば相対誤差は小さくなり,災害件数の年次推移などの把握には向いています.その一方で,同じデータを図2(a)のような1歳刻みの年齢分布で見たら,労働災害の現実味も増し,「これは他人事では無い!」ときっと強く感じたと思います.さらに,年齢と共に災害件数が増える現実に,自分の将来も「楽観してはいられない」と考えたのではないでしょうか.
4.年齢で労働災害を考える意義
先ほど示した年齢ごとの災害件数のヒストグラムを見て,みなさんが最初に気付いたところは,おそらく鋭く高い山で,「災害が多いのは58歳前後なのか」と思ったことでしょう.そして,次に見たところはどこでしょうか?おそらく「自分の年齢のところ」ではないでしょうか.
年齢は誰にとっても分かりやすいし,関心の高いものです.年齢に基づいて生活習慣を省みることや,健康に気をつかうことなども違和感なく受け入れられています.50歳を過ぎても30代の平均的な体力と俊敏さを持ち合わせているような人もいるかも知れませんし,十人十色ですが,給与,労働内容,労働環境,家庭環境,健康状態などといった,働く人の置かれている状況やその傾向はある程度年齢に依存しているようにも思います.労働災害についても,たくさんの個別事例を集計して統計的に眺めてみれば,高年齢者だけに限らず,年齢と災害の間には何か関係がありそうです.
就業者数の把握や就業内容の分別が容易でないことから,正確な年齢別統計を作ることは難しいとされています2).しかし,災害を1件でも減らそう,という目的のためには,縦軸を災害件数にすることが直球で分かりやすく,インパクトがあると思います.また,例えば,安全教育の受講者が10人であっても100人であっても負担するコストが大きく変わらないのであれば,件数から重点的に対策を講ずるべき年齢帯を把握することも災害件数の減少に向けた良い方法の一つといえるのではないでしょうか.
5.業種による違い,事故の型による違い
図2で見られた分布の形の解釈を深めようとするならば,業種による違い,事故の型による違い,同じ事故の型でも業種によって分布は異なるか,などを調べてみる必要がありそうです.同じ分析方法により,様々な条件でデータを絞ってヒストグラムを作成できることも非集約型データベースを扱う利点です.業種だけで絞った分析と事故の型だけで絞った分析の結果について,件数の多いカテゴリー順に図3に示します.図中に示した中央値とは,総数(面積に相当)を二分する年齢,つまり,高年齢と若年齢の境界線です.
これらのヒストグラムを見てすぐに分かることは,それぞれで年齢分布は全く異なる,ということでしょう.まず,図3の左側に示した業種別の分析結果を見ていきます.ピークになっているところは他の年齢よりも災害件数が多いのですから,特に注目に値します.例えば,建設業であれば58歳と35歳前後.運輸交通業であれば,40歳付近と58歳前後,接客娯楽業であれば20歳と58歳前後が該当します.業種によってこれほど明確な違いがあるとは,この分析をしてみるまで分かりませんでした.先に述べたように,1歳ごとにヒストグラムを作成したことによって,最大となる年齢だけでなく,増加が始まる年齢や,加齢に伴う災害件数の増加率の違いも一目で分かります.特に40歳以下の若年層において顕著に違いが見られます.それぞれに違いがあるのと同時に,50歳台に見られるピークのように,共通していそうな部分も見受けられます.
次は,図3の右側に示した事故の型別の結果を見てみましょう.「転倒」は20歳に比べると60歳前後では6-7倍にも上ることが容易に分かりますし,確かに高年齢者が気を付けるべき事故の型と言えますが,加齢とともに災害が急激に増加し始める年齢は45歳と,思ったより若いのです.「転倒」と「墜落・転落」では,50?60歳の災害件数が他の年齢よりも多いですが,それ以外の事故の型では,高年齢者が多いというより,むしろ若年齢層で多いことなども明らかになりました.また,「切れ・こすれ」を見ると,10代で急激な増加が見られるなど,災害の種類によっても年齢分布はそれぞれ大きく異なると分かりました.
件数の比較的少ない災害については,1歳ごとで図示しても特徴をつかむことはできません.感電災害のデータ数は146でしたので,5歳刻みで集計し,図4に示しました.感電災害は若年齢層に偏りがあるように見え,中央値も37歳と,いろいろな事故の型の中では最も若い部類でした.
12次防で重点業種対策となっている業種と事故の型で絞って分析した結果を図5に示します.第三次産業における転倒災害が取り上げられていますが,年齢分布をみることで,どこをどのくらい減らすことから始めたら良いかについて考えるヒントになるのではないでしょうか.また,以前から重視されている図5(右)の3つの業種と事故の型についても年齢という別の視点から現状を再確認することができます.
これらのヒストグラムを見て,労働者には,自分の業種と年齢から自分はどの位置におかれていて,これから先はどういう災害をより強く意識する必要があるのか,などを感じ取ってもらえそうです.例えば「転倒」などはその代表例といえるでしょう.また,事業者や安全管理者には,どの年齢帯の労働者にはどのような内容の安全教育が必要か,特に重視すべき作業項目は何か,労働者の配置をどのようにすれば災害をより防ぐことができそうか,などを考えてもらえることが期待できます.「はさまれ・巻き込まれ」などの結果は機械,システム,手順などを再考するきっかけになりそうです.
災害統計だけを見ても,災害の本当の原因は簡単には見えてきませんが,このヒストグラムを見た人は様々な自分の意見を言うことができるようです.まだ試験的な段階ですが,木造建築工事業に携わる方々に年齢分布のグラフを見てもらい,こうなる理由として考えられることを自由に述べてもらった結果,ほとんど全ての労働者と管理者から発言が得られました.現場を振り返って考えると,災害が多い年齢はある程度納得できるようでしたし,若い人は道具の安全な使い方がまだわかっていないからだ,とか,年配の人は鈍くなっている自覚がないからだ,などの意見も聞くことができました.これらは現場に近い人だからこそ言える真実味のある意見だと思います.また,安全管理者の方からは,もっといろいろな分析結果を見てみたいという要望があり,分析したグラフを実際に講習で使っていただくなどの高い関心が寄せられました.
6.最後に
災害件数の年齢分布だけでは災害発生のメカニズムを詳細に分析するには不十分かもしれません.しかし,人々の関心が高い年齢を軸として災害の発生状況を見ることは,労働者にとっても,事業者や管理者にとっても,まずは非常に分かりやすいと言えますし,なぜだろう,とその原因を考えようとする方向へ導く効果が期待できます.また,労働者には仕事場での身の回りにある危険要因について自ら見つけ出し,その改善策を事業者側に訴える一つの動機となり得ますし,事業者や管理者には,災害が多発している年齢帯の労働者には仕事の上でどういった危険があり,どういう設備投資が有効だろうかなどを考えることへの一助となるでしょう.これをきっかけに,両者の間で風通しが良くなり,情報交換や議論が活発となって,安全性向上への連帯感が職場全体でもっと高まることを期待したいと思います.
今回紹介した分析結果は参考文献8)9)で公表していますので,教育や啓発などでご活用いただければと思います.また,こんな業種・事業所規模・事故の型・起因物・季節・時間帯・・・などで絞った時の年齢分布を見てみたい,などの要望がありましたら,是非お問い合わせください.統計データの活用方法について一緒に考えていきましょう.
参考文献
- 厚生労働省, 第12次労働災害防止計画, 平成25年2月25日: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/anzen/anzeneisei21/12-pamph.html(2015年2月17日)
- 西島茂一: これからの安全管理 第4版.中央災害防止協会; 1996: 127.
- 蓮花一己,向井希宏: 交通心理学 放送大学教材.NHK出版; 2012 第1刷: 53.
- 厚生労働省.労働災害統計,及び労働災害原因要素の分析.職場のあんぜんサイト: http://anzeninfo.mhlw.go.jp/user/anzen/tok/toukei_index.html(2015年2月17日)
- 中央労働災害防止協会.労働災害分析データ: http://www.jisha.or.jp/info/bunsekidata/ (2015年2月17日)
- 労働災害等により労働者が死亡又は休業した場合,事業者は労働者死傷病報告を労働基準監督署長に提出しなければならないことが,労働安全衛生規則第97条に定められています.休業4日以上の場合には,被災者ごとに様式第23号で報告することになっています: http://anzeninfo.mhlw.go.jp/yougo/yougo29_1.html (2015年2月25日)[厚労省サイトへ]
- 厚生労働省.災害事例:労働災害(死傷)データベース.職場のあんぜんサイト.http://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pgm/SHISYO_FND.aspx (2015年2月17日)
- 三浦崇,高橋明子: 労働者死傷病報告に基づく被災者年齢分布の業種や災害原因による違い.安全工学シンポジウム2014講演予稿集.2014:348-351
- 三浦崇,高橋明子: 労働災害発生件数の被災者年齢分布 -労働災害(死傷)データベースに基づく分析-.労働安全衛生研究.2014; 7: 77-83. https://www.jstage.jst.go.jp/article/josh/7/2/7_JOSH-2014-0003-CHO/_article/-char/ja/ [J-Stage]
- 総務省統計局.(統計名)労働力調査 基本集計 全都道府県 全国 年次,(表番号)2-2-1,(表題)年齢階級,産業別就業者数: http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001040225 DBより取得.(2015年2月17日)
(電気安全研究グループ 任期付研究員 三浦崇,
人間工学・リスク管理研究グループ 任期付研究員 高橋明子)