労働安全衛生総合研究所

振動障害にならないために -防振手袋のすすめ-

1.はじめに


 手腕に局所的な振動を長期にわたってばく露することによって手腕振動障害(以下,振動障害)を発症することが知られています。皆さんも日曜大工などで振動が手に伝わるような工具を使って作業することがあるかと思います。ちょっと頑張りすぎてこのような工具を長時間使用すると,作業が終了してかなり時間がたつにもかかわらず手の痺れや痛み・疲れ等が取れなかったりすることがあるのではないでしょうか?これは手腕振動ばく露の急性症状の典型であり,せいぜい次の日になれば治ってしまいます。しかし,職業としてこのような工具を毎日のようにしかもある程度の時間使用している人の場合,この繰り返しを年単位で続けていくうちにこれらの症状が慢性化していくことがあります。これが振動障害です。振動障害はひとたび発症してしまうと治癒は期待できず,対処療法的治療により諸症状の緩和に努めるほかありません。
 振動障害は治らないものである以上,ならないように気をつけることが重要になります。皆さんは防振手袋という保護具があるのをご存知ですか?騒音から耳を守るために耳栓,有害光線から眼を守るために遮光メガネ,粉じん等から呼吸器を守るために防じんマスクがあるように,過度の振動が手腕に伝達されるのを防ぐために防振手袋という保護具が存在します。このコラムではこの防振手袋について当研究所の取り組みも交えながらお話ししたいと思います。

2.労災認定患者数の推移


 図1は我が国の振動障害患者の新規労災認定者数の推移を示したものです。かつて年間2000人以上の新規認定患者を数えた時代もありましたが,近年では漸減傾向にあり,平成23年度の新規認定者数は272人,その内訳は建設業170人(62.5%),林業41人(15.1%),その他61人(22.4%)でした。この数字を多いとみるか少ないとみるかは意見のわかれるところですが,注目していただきたいのは直近の数年間では年度ごとの振動障害新規認定患者数が増えたり減ったりの横ばい状態であり,その6割強が建設業従事者であるということです。
 さらに、建設業従事者の中には一般に個人事業者(いわゆる、ひとり親方)なども多く含まれていますが、この統計は振動障害に関する労災申請を行って新規認定された患者数を掲載したものであり,振動障害の新規患者数とは異なります。したがって,実際には統計上の数字よりも多くの振動障害患者が存在している可能性があります。


図1 振動障害患者の新規労災認定者数の推移

3.保護具としての防振手袋


 手腕に局所的な振動を与える恐れのある工具等を使用して作業を行う作業場では,必要に迫られて手腕に振動が伝達される工具等を使用するため,工具の使用自体を避けることはなかなかできません。したがって,そのような作業では防振手袋の使用が勧奨されています。これまで,現場調査等で現場の作業者とお会いする機会等を利用して手腕振動ばく露をともなう作業を行う場合には,防振手袋を使用するようにとの啓蒙活動もあわせて行ってきましたが,手腕振動ばく露をともなう作業を行う作業場における防振手袋の普及はあまりすすんでいないようです。
 これまで行ってきた現場調査等で見えてきた防振手袋の普及に関する問題点は以下の通りです。
  1. (1)作業者が防振性能のない軍手やゴム手袋等を代用することで自身が防振対策を行っていると誤認している場合が多いことです。確かに軍手は廉価かつ使いやすいという点で普及しています。しかし,当研究所で測定をしたところ,たとえ二枚重ねをして使用しても手腕に対する振動軽減効果が得られないことが明らかになっています。
  2. (2)昨今ホームセンター等で容易にプロ仕様の工具も購入することが可能になってきましたが,このような店舗でも防振手袋(あるいは振動軽減手袋等の名称の手袋)の取り揃えは十分ではないようです。
  3. (3)防振手袋を使用したことのある作業者の多くが,その使用性について,作業する上での問題点として,指先の手作業が行いにくくなることや工具等の柄を握りにくくなることなどを指摘しています。
 市場に流通している防振手袋あるいは振動軽減効果をうたっている作業用手袋には,実はかなりの種類があります。防振材もいろいろな種類があります。それでは,いったいどの手袋を選んだらよいのでしょうか?また,手袋の振動軽減性能に着目して選ぶにはどうしたらよいでしょうか?

4.防振手袋の性能と選び方


 我が国では,防振手袋を使用することによってどの程度手腕に伝わる振動を軽減することができるか,その性能を調べる方法と防振手袋が満たすべき性能要件を定めた工業規格 JIS T8114(2007)が存在します。この規格は,防振手袋の振動軽減性能の評価方法および基準を定めた国際規格ISO 10819 (1996)(2013年に廃版)と整合性をとるかたちで制定されました。この規格の制定当時,国内に流通していた防振手袋あるいは振動軽減性能があるとされる作業用手袋(当時30種類程度)の振動軽減性能について,同規格にしたがって測定調査を行ったところ,規格適合品は皆無でした。その後,国内手袋メーカーの努力により同規格に定める振動軽減性能をみたす防振手袋が市場に流通するに至りましたが,規格適合品がすべての防振手袋あるいは振動軽減性能があるとされる作業用手袋に占める割合は少ないのが現状です。
 現在,国際規格ではISO 10819(2013)が制定されています。この規格はISO 10819 (1996)に定めた振動軽減性能の測定・評価方法を改訂したものであり,国内規格であるJIS T8114 (2007)とは細部において整合性がありません。したがって,すでに流通しているJIS T8114 (2007)を満足する防振手袋であっても,改訂版ISO 10819 (2013)を満足しない可能性があります。防振手袋がISO 10819(2013)を満足するかどうか調べたい場合には,ISO 10819 (2013)に定めた振動軽減性能の測定・評価方法にしたがって別途調べる必要があります。当研究所では,この改訂版ISO 10819 (2013)にしたがって防振手袋の振動軽減性能を測定・評価することが可能です。
 防振手袋を選ぶ際には,まずこの規格に適合した防振手袋を選ぶことをお勧めします。その際,自身の手の大きさにふさわしいサイズを選ぶことが大切です。合わないサイズの手袋を使用した場合,当然のことながら使い勝手は低下しますし,場合によっては想定していた振動軽減性能が得られないこともあります。また,自身の作業内容に応じて,作業のしやすさが得られるように防振手袋の形状を選びましょう。例えば,作業時に工具のボタン操作など比較的細かい指先の作業がともなう場合,防振材があまり厚くない防振手袋を選ぶ方が作業性という点ではよいでしょう。一方,作業時に手のひらをハンドル等に強く押し付けるだけの操作である場合には,逆に防振材にある程度の厚みがあった方がよいでしょう。最後に忘れられがちなのですが,防振手袋は消耗品です。使用しているうちに防振材等の劣化により当初の振動軽減性能を発揮できなくなります。したがって,防振手袋が傷んできたな,思ったら迷わず新しいものと取り換えることをお勧めします。

5.おわりに


 防振手袋を着用しているからといって,激しい振動作業を時間に関係なくやり続けてもよいわけではありません。保護具としての防振手袋を着用したうえで,工具を選ぶことができる場合には大きな振動をばく露しなくてもよいように低振動工具を選択すること,作業時間が長くならないようにすること,時として適切に休憩をとることなども必要なことです。どのぐらいの大きさの振動なら一日当たりどのぐらいの手腕振動ばく露作業を行っても健康上差し支えないのか等の具体的な作業管理の方法については,またの機会にゆずることとします。
 振動障害は少なくとも年単位,長い場合には何十年という振動ばく露歴を経てあらわれる疾病です。今現在,何の自覚症状がなくても何年か先に症状があらわれないという保証はありません。今日講じる対策が数年先もしくは数十年先の健康を維持するための大切な一手であることを肝に銘じて,「防振手袋を使ってみようかな」と思っていただければ幸いです。

(人間工学・リスク管理研究グループ 上席研究員 柴田延幸)

刊行物・報告書等 研究成果一覧