労働安全衛生総合研究所

実物大屋根と人体ダミーを用いた墜落実験

 建設安全研究グループでは、建設現場で数多く発生する労働災害の発生を防止するための調査・研究業務を行っています。その中で毎年最も発生件数が多いのが高所からの墜落災害で、建設業全体の死亡災害の3-4割を占めます。そこで今回は、この墜落災害の防止対策に関する研究についてご紹介します。

 建設現場における墜落災害は、改修工事や解体工事などの短期間に行われる工事現場で多く発生しています。特に東日本大震災の災害復旧工事においては、そこで働く方々の安全をどのように確保してゆくのかが大きな関心事となりました。短期間で実施されることの多いこの種の工事では、通常行われる作業床の確保、囲い等の設置など基本的な安全対策(図1)を十分に講ずることができない場合(図2)が少なからず見られるからです。


図1 基本となる墜落災害防止対策
(作業床の確保、囲い等の設置)

図2 基本となる墜落防止対策の実施が困難な場合
(東日本大震災の被災地の例)

 そこで私たちは、短期間で行われる工事のうち、屋根の上で行われる作業で使用する墜落防止工法について検討を行いました。その成果についてご紹介します。

 本研究で使用した実物大の屋根実験装置を図3に示します。この屋根は、軒高4mの低層住宅の屋根を想定して製作されたものです。屋根の勾配は、標準的な勾配として4寸(奥行きに対する高さの比が10対4:約22度)としています。屋根上には親綱(命綱の一種です。詳しくは文末をご覧ください)※1が設置され、その親綱に安全ブロック※2が接合された状態になっています。このような安全設備を屋根上に設けることにより、屋根からの墜落防止対策として利用しようと考えているわけです。ここでの課題は、安全対策が講じられていない状況から、どのような方法でこのような設備を安全に設置するか、ということになります。


図3 実物大屋根実験装置

 その一つの方法として、移動はしごを使った工法を考案しました。具体的には、図4に示すように移動はしごを容易に転倒しないようロープにより固定した機構を用いて、屋根上に親綱を張る方法です。


図4 移動はしごを用いた親綱の設置方法

 この方法では、移動はしごの上方(軒下※3付近)と下端を支柱など剛な構造物等とロープで連結して固定し、かつはしご上端に台付けロープを介してショックアブソーバ(衝撃吸収装置)付の安全ブロックを設置した機構を土台として利用します。このような機構を設置した上で、安全ブロックのフックを作業員が着用するハーネス型安全帯※4と地上で連結して、はしごを昇降します。そして、屋根軒先位置から親綱を張りながら屋根棟※5に向かって屋根をのぼります。屋根棟を越えてしまえば、屋根をのぼりながら設置した親綱により墜落が防止できますが、屋根棟を越えるまでの間は親綱による墜落防止ができないため、その間の墜落防止対策をこの機構により行うというものです。

 ここで検討すべき問題は、屋根軒先から屋根棟を越えるまでの作業員の移動時間(数秒間)の中で、身体のバランスを崩して屋根面を滑落し墜落に至った場合、この機構により地面への落下・衝突を防ぐことが可能であるかです。“一命取る(1メートル)”と言われるように、高さ1メートルからの墜落によっても人命が損なわれる危険があることからすると、地面から数メートルの高さにある屋根から地面への衝突は、重篤な傷害発生につながる危険性が高く、なんとしても避けたいためです。

 そこで図5に示す人体ダミーを屋根棟付近で転倒・滑落させる実験を行い、当該機構の性能について検証を行いました。実物大の屋根実験装置を用いた実験結果の例を動画1に示します。“勢い良く”滑落する人体ダミーの地面への落下・衝突が、同機構により防ぐことができていることが確認できます。なおこの実験において、“勢い良く”人体ダミーが滑落したのは、屋根表面をテフロンシートで覆うことにより、通常ではありえないほど屋根表面を滑りやすくしたためです。これは、極端な条件設定を行った実験により地面への落下・衝突を防ぐことが確認できれば、様々な実際の作業環境でも同機構が使用可能であることを確認できると考えたからです。なお更なる確認のため、別の屋根で実施した実験の様子を動画2に示します。この実験は軒の高さ6mで、屋根面は下地材として一般的に使用されるベニヤ板(野路板)※6が張られた屋根を使って検証を行ったものです。すなわち、通常想定される屋根の条件を設定して行った実験になります。


図5 ハーネス型安全帯を着用した人体ダミー

動画1 屋根滑落実験
「こちらをクリック」(動画1を再生)
動画2 屋根滑落試験
「こちらをクリック」(動画2を再生)

 これらの実験から分かるように、移動はしごと安全ブロックを用いて構築した機構を土台とした対策を講じることにより、親綱設置作業における屋根から地面への落下・衝突を防ぐことができることがわかりました。なおこの機構は、屋根からの墜落防止対策のみならず、通常のはしご昇降時の安全対策として使用することができます。はしごからの墜落事故は屋根からの墜落事故に並んで数多く発生していますので、本機構の利用は、重篤な災害を防止する上で有用であると考えます。

※同工法のより詳しい情報を知りたい方は、下記の厚生労働省HPをご参照ください。

<用語の説明>
  • ※1:親綱とは、作業員の高所からの墜落を防止するための命綱の一種で、図3の場合では、安全ブロック等の安全帯取付設備を屋根上に設置するために使用されている(オレンジ色の線で図示されているもの)。
  • ※2:安全ブロックとは、円盤状の容器の中にロープが内蔵され、その先端にフックが付いている機器であり、このフックを作業員が着用するハーネス型安全帯と連結して使用する。自動車のシートベルトのように、ゆっくりとフックを引っ張るとゆるやかに内蔵されたロープが送り出されるため、これにより作業場所への移動が可能となる。その一方で墜落等によりロープが高速に送り出されると、送り出し機能がロックされる機構を有するため、この機能によってロープの更なる送り出しが停止され、墜落が阻止される。
  • ※3:軒下とは、屋根軒先の下方を意味し、軒先とは、傾斜屋根の突き出た屋根端部の部分こと。
  • ※4:ハーネス型安全帯とは、肩ベルト・胸ベルト・腿ベルトといった複数のベルトで構成され、墜落阻止時の身体を支持する安全器具の一種であり、作業員の身体を親綱(命綱)と連結する際に使用する。日本では、胴ベルトのみで構成される胴ベルト型安全帯が主に使用されてきたが、近年においてはハーネス型安全帯の普及が進みつつある。(なお日本以外の国では、墜落を阻止する目的で使用する安全帯としては、ハーネス型安全帯の使用が義務付けられている。ただし米国規格が主に適用される北米・中米・南米地域では、端部等の墜落危険箇所への接近を防ぐ対策として、胴ベルト型安全帯の使用も認められている。)
  • ※5:屋根棟とは、屋根の頂上部分のこと。
  • ※6:野路板とは、住宅屋根の下地材の一種でベニヤ板が主に用いられる。

(建設安全研究グループ 上席研究員 日野 泰道)

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