労働安全衛生総合研究所

エレベーターの危険性 - 戸が開いた状態で動き出すエレベーター等の危険性(前編)-

目次:
前編
  1. はじめに
  2. エレベーターの釣合構造
  3. エレベーターの安全管理
  4. 戸開走行保護装置の義務化
  5. おわりに

後編(来月号に掲載)
  1. はじめに
  2. 昇降・搬送機械の戸開走行
  3. 既設エレベーター等への対応
  4. おわりに

1.はじめに


 繰り返されてはならない事故がまた起きてしまいました。2006年に発生した不幸な死亡事故を契機に、安全対策が講じられてきたはずのエレベーターで、再発を想起させるような死亡事故が昨年の10月に報道されました。停止していなければならない業務用エレベーターが不意に上昇を始め、乗り込もうとしていた従業員が上半身を挟まれたと伝えられています。事故の原因はいまだ特定されておらず、エレベーターの利用を不安に感じる方は多いかと思います。残念ながら、皆様が普段利用されている一般的なエレベーターでも、同じような現象が発生する危険性があります。業務用であれ公共用であれ、エレベーターの所有者や管理者にはそのような危険性から皆様を守る重大な責任があります。
 このコラムでは、エレベーターの基本的な構造に起因する「上昇する危険性」とその対策の現状について前・後編の2回に分けて紹介します。まず、前編では上昇する危険性の原因であるエレベーターの釣合構造について簡単に説明します。次に、上昇する危険性に対する安全管理の現状と今後可能な対策について紹介します。さらに、後編では労働現場で使用されているエレベーター等の昇降・搬送機械における同様の危険性とその対応についても紹介します。皆様の身近にあるエレベーター等の安全を考える際に、参考にしていただければ幸いです。

2.エレベーターの釣合構造


 エレベーターに何らかの不具合が生じると、なぜ、エレベーターが下降するのではなく、上昇することがあるのか不思議に思われている方は多いのではないでしょうか。不意の上昇はエレベーターの構造上で起き得る現象です。まず、この現象が起きるエレベーターの基本構造を簡単に説明します。
 皆様が日常的に利用されているエレベーターの多くは、人が搭乗して移動するためのかご(搬器)をロープでつるしています。かごをつるしたロープが切れると、当然、かごは落下してしまいます。そのため、エレベーターには「落下する危険性がある」と広く認識されていますが、ロープは丈夫な材料で作られていますので、よほどのことがない限り切れることはありません。また、ほとんどのエレベーターはロープが切れてもかごは落下しないように設計されています。しかしながら、ロープは安全確保のための生命線ですので、ロープの定期点検は欠かせません。
 さて、本題のかごが上昇する理由ですが、エレベーターの構造そのものに起因します。かごをロープでつるすエレベーターの基本的な駆動方式がトラクション式です。トラクション式は釣瓶式とも呼ばれ、井戸の釣瓶(つるべ)と同様に、かごをつるしたロープの先に錘(おもり)をつなげて釣合いを取った状態で駆動させます(図1参照)。

図:エレベーターの釣合構造
図1 エレベーターの釣合構造

 この釣合錘はカウンターウェイトとも呼ばれます。かごが下降すればこの錘は上昇し、逆に、かごが上昇すれば錘は下降します。釣合いをとることで小さな駆動力でかごを上下運動させることができます。簡単に言えば“省エネ”になるということです。
 トラクション式の釣合構造は省エネの利点がある一方で、異常時にかごが不意に上昇する危険性を有しています。釣合錘は一般的にかごよりも重く設定されています。釣合いがとれるのは、エレベーターに搭乗できる定員の約半数の人がかごに乗った状態に通常設定されています。したがって、かごが無人の場合には、錘の方が重いため完全な釣合いがとれず、そのままでは錘が下降し、かごは上昇してしまいます。このとき、かごを停止させておくためにはブレーキ(制動装置)が必要となります。
 しかし、何らかの理由でブレーキの効きが悪くなると、かごの移動を制御する制御器が正常に機能している状態でも、不釣合いによりかごは動き出してしまいます。このような場合では、かごは停止している状態からゆっくりと動き出すと考えられます。かごが無人であれば上昇し、かごが満員であれば下降してしまいます。トラクション式のエレベーターは制動制御なくしては止まらない機械と言えるでしょう。

3.エレベーターの安全管理


 エレベーターの安全管理を適切に実施するに当たっては、厚生労働省や国土交通省が所管する関係法令の適用を十分に理解しておく必要があります。
このうち、厚生労働省が所管する労働安全衛生法に基づくクレーン等安全規則及びエレベーター構造規格は、製造業、鉱業、建設業、運輸交通業及び貨物取扱業の事業又は事務所に設置されるエレベーターで積載荷重が0.25トン以上のものに適用されます。ただし、主として一般公衆の用に供されるエレベーターは除かれます。これに対し、国土交通省が所管する建築基準法は、業種や用途、積載荷重にかかわらず、人または荷物を運搬する昇降機に適用されます。
 エレベーターの安全管理で特に重要なのが、エレベーターの釣合構造の管理です。前述したように、トラクション式のエレベーターはブレーキが効かなければ、不釣合いによりかごが不意に動き出す危険性があります。このため、現在では、多くの機種で電気制動と呼ばれる減速制御が取り入れられており、かごの駆動に用いる巻上機内のモーター(電動機)をブレーキとしても活用することで、かごがより止まりやすく、動き出しにくい機構になっています。ですが、かごを完全に停止させたままの状態に保持するためには機械式のブレーキ(制動装置)が使われます。
 機械式の制動装置に用いられる部品のブレーキシューなどは消耗品です。ブレーキシューは大きさや材質は異なりますが、自転車の前輪ブレーキによく使われており、同様の役割を果たします。重要な部品ですが、やがて摩耗したり劣化したりして制動効果を失います。ロープと同じくブレーキの定期点検も欠かせません。エレベーターの運行には定期点検が不可欠であるため、クレーン等安全規則では、1年以内及び1月以内の定期自主検査を定めるとともに、異常を認めたときは直ちに補修しなければならないと定められています。また、定期点検などの保守管理はエレベーターの所有者や管理者の義務と建築基準法にも定められています。
 事業場での保守管理は労働安全衛生の基本です。古いエレベーターを改修せずに利用している事業場は多いでしょう。そのような場合、事業主は保守管理を専門業者に委託するだけではなく、古いエレベーターを使用していることの危険性を従業員に注意喚起する責任があります。エレベーターに限らず、古い機械ほど劣化が進み壊れやすくなります。定期点検の間隔は、本来、機械の寿命や劣化具合に応じて設定すべきです。また、充分な改修が実施できていないエレベーターについては、一般の産業用機械と同じく、従業員にエレベーターの一般特性や機種固有の危険性などについて教育することが望まれます。さらに、始業前の動作確認を従業員に実施させるなどの日常的な点検を、事業場で励行することも望まれます。
 エレベーターが故障する初期の段階で、
  • かごが停止する際にかごが上下に揺れて(行き来して)停止する。
  • かごが停止した後でもかごの出入口に段差がある。
  • 操作ボタンの反応が鈍い。
  • 甲高い音がする。
などの異常が前兆で現れることがあります。それらの初期症状は専門知識を持たない人でも気にしていれば比較的簡単に見つけられます。皆様も何らかの症状を一度は体験されているのではないかと思います。初期症状の段階で専門業者に適切に調査してもらえば、致命的な故障を早期発見することができ、重大な事故の予防につながります。日常的な点検項目などはエレベーターの取扱説明書や、エレベーター協会が所有者などの一般管理者向けに発行している維持管理の手引書を参考にしていただければと思います。
http://www.n-elekyo.or.jp/about/publication.html

4.戸開走行保護装置の義務化


 エレベーターのかごが不意に動き出す原因は様々であり、ブレーキの故障だけとは限りません。かごの移動を制御する制御器に異常が生じれば、かごが急に動き出したり、移動している途中で止まったりすることもあり得ます。
 人がかごに乗降している最中にかごが動き出してしまうと、人が挟まれたり巻き込まれたりしてしまいます。そのため、扉が開いている状態でかごが移動しないようにするための装置の搭載が、平成21年9月から建築基準法で義務付けられています。
 また、労働安全衛生法に基づくエレベーター構造規格においても、平成24年3月から戸開走行保護装置と地震時管制運転装置の搭載が義務付けられました。これは大変重要な改正ですので、ぜひ「エレベーター構造規格の一部を改正する告示の適用について」(平成23年11月25日付け基発1125第2号)及び留意事項(同日付け基安安発1125第1号)を参照して、改正内容を確認しておいてください。
http://www.jaish.gr.jp/anzen/hor/hombun/hor1-52/hor1-52-78-1-0.htm
 http://www.jaish.gr.jp/anzen/hor/hombun/hor1-52/hor1-52-85-1-0.htm
 以上のうち、戸開走行保護装置はかごと昇降路のすべての出入口の戸(扉)が閉じる前に、かごが昇降した場合に自動的にかごを停止させる装置の総称です。戸開走行保護装置をブレーキの二重化と表現する記述は多いですが、単純にブレーキを2つにするだけではありません。戸開走行保護装置はかごと昇降路のすべての出入口の戸が閉じた後にかごを昇降させる駆動装置(調節装置)とは独立して別途付加される装置です。かごの位置が常に適切であるかを高い信頼性で確認できることが要求されています。

図:戸開走行保護装置の搭載例
図2 戸開走行保護装置の搭載例

 このため、前述した厚生労働省の「エレベーター構造規格の一部を改正する告示の適用について」でも、「戸開走行保護装置は、常時作動しているブレーキとは独立の制動装置であって、搬器の停止位置が著しく移動した場合又は搬器及び昇降路の全ての出入口の戸が閉じる前に搬器が昇降した場合に、自動的に搬器を制止する」と規定しています。少し難しい表現ですが、単純にブレーキを2つにするだけではないという点が読み取れると思います。
 戸開走行保護装置が義務化される以前に設置された既設エレベーターは、この装置を搭載せずに使用し続けることができます。また、保護装置を搭載するためには費用や工期がかかるため、既設エレベーターにはあまり普及していないのが現状です。既設エレベーターの改修が広まらない実態を受け、既設エレベーターの改修費を補助する目的の事業(既設昇降機安全確保緊急促進事業)が今年度予算で創設されました。詳細は国土交通省のホームページを御覧ください。
http://www.mlit.go.jp/report/press/house05_hh_000328.html
 この促進事業で採択された企業等(主にエレベーター製造業者)から割安で迅速な改修プランが提案(販売)され始めております。改修プランが適用できる範囲(地域、機種、期日)があるようですが、これを機会に既設エレベーターにも戸開走行保護装置が普及することを切に望んでおります。なお、国土交通省が定める性能の要件によりますと、戸開走行保護装置は
  1. 独立したブレーキ機構(二重系ブレーキ)
  2. かごの移動を感知する装置(特定距離感知装置)
  3. 独立した制御回路(安全制御プログラム)
を具備する一体の設備とされています(図2参照)。これらの装置等の技術的内容は以下を参照してください。
https://www.bcj.or.jp/rating/category/facilities/facilities02/

5.おわりに


 前編のこのコラムではエレベーターが不意に上昇する危険性の原因と、その対策の現状について紹介しました。適切な対策が講じられているエレベーターには安全装置設置済みのマークを表示する運用が始まっております。
http://www.mlit.go.jp/common/000229174.pdf
 皆様が普段利用されている集合住宅や公共施設などのエレベーターにこのマークが表示されていない場合は、エレベーターの所有者や管理者に対応状況を確認していただければと思います。
 次回の後編では労働現場で使用されているエレベーター等の昇降・搬送機械における同様の危険性とその対応について紹介します。

(機械システム安全研究グループ 任期付研究員 岡部 康平 
上席研究員 芳司 俊郎 
上席研究員 池田 博康)

刊行物・報告書等 研究成果一覧