労働安全衛生総合研究所

行動分析学との遭遇(5)

 今回で「行動分析との遭遇」シリーズも最終回です。今回は、現在私が行っている研究内容をお話しいたします。

 行動を形成する手続きには「レスポンデント条件付け」と「オペラント条件付け」の二種類があります。レスポンデントとオペラントとは、それぞれ「respond(反応する)」と「operate(はたらきかける)」からの造語であり、行動分析学の創始者である、B.F.スキナーによる分類です。以前、行動分析との遭遇(3)の中で「レスポンデント条件付け」の話が出てきましたが、現在私が行っている研究は広い意味で「レスポンデント条件付け」に分類されるものです。

1.レスポンデント行動


 「レスポンデント条件付け」によって形成される「レスポンデント行動」には反射と本能行動があります。反射や本能行動というと「食べ物が口に入ると唾液が出る」というような、生まれつき備わっている生理的反応と思われがちですが、経験から学習し、後天的に獲得する反射(例えば、梅干が酸っぱいと学習し「梅干を見ただけで唾液が出る」)もあります。唾液が出るためには食べ物や梅干の存在が必要です。「レスポンデント行動」を生じるには、行動が引き起こされるための特定の誘発刺激が必要です。

 「レスポンデント条件付け」場面では、自分の意思に関係なくある反応(無条件反応)を引き起こす誘発刺激(無条件刺激)と何の関連もない刺激(条件刺激)が対になって提示され、条件付けが成立するとその後は条件刺激のみでも無条件反応と同じ反応(条件反応)が生じるようになります(詳細は行動分析との遭遇(3)参照)。

 「レスポンデント条件付け」の典型的な例として「乗り物酔い」が挙げられます。本来、車やバス等に乗って気分が悪くなるのは振動によるものなのですが、「振動」(無条件刺激)と「乗り物」(条件刺激)がペアになっているときに「気分が悪く」(無条件刺激)なるために「乗り物」を見ただけでも「気分が悪く」という状態になります。この時の「乗り物」を見たときの「気分が悪くなる」反応が条件反応であり、「レスポンデント行動」です。「レスポンデント条件付け」は、誘発刺激が強い恐怖や不安といった情動反応を引き起こすものであれば、時には一回でも成り立ちます。犬に突然咬みつかれかけて非常に怖い経験をした場合、その犬ではないとわかっていてもすべての犬に近づくと動悸が激しくなるという事態も「レスポンデント条件付け」です。このような一回で成り立つ行動はなかなか消えることがありません。引き起こされる行動が受動的、つまり自分では制御できない行動であるということも「レスポンデント行動」の特徴です。

2.味覚嫌悪学習(ガルシア効果)


 ある食べ物を食べた後に、不快な(腹痛、吐き気、嘔吐等)の経験をしたことがあり、以来その食べ物が嫌いになった人もいると思います。この現象のことを味覚嫌悪学習と言い、「味覚嫌悪条件付け」手続きによってその食べ物の摂取を回避するようになったと捉えます。「味覚嫌悪条件付け」は、「レスポンデント条件付け」の特殊な形と言われています。味覚嫌悪学習を初めて発見した人の名を取って「ガルシア効果」と呼ばれることもあります。

 1955年、ガルシアの研究の本来の目的は、放射線照射が脳や細胞組織にどのような影響を与えるかを動物(ラット)で調べることでした。研究開始後すぐにガルシアは、実験に使用していたラットの体重減少に気が付き、飲水量が減少したため乾燥飼料の摂取量が減り体重が減少していたことを突き止めました。ラットは、放射線照射用ケージのプラスチック製の給水ビンからではなく、飼育ケージのガラス製の給水ビンからほとんどの水を摂取していました。ガルシアは、放射線照射用ケージの給水ビンから水についたプラスチックの風味と放射線照射によって引き起こされた体調不良(消化器系の不良)が結びつき、ラットがプラスチックの味に対する嫌悪を獲得したのではないかと仮定しました。確認のため、放射線照射用ケージの水に人工甘味料(サッカリン)ではっきりと味を付け、次に飼育ケージでサッカリン溶液を与えたところ、通常ならば普通の水より好んで飲むはずのサッカリン溶液をラットはほとんど摂取しませんでした。つまり、ある特定の味と放射線照射をペアで提示したことにより、その味に対する強い嫌悪が形成されたのです。

 「レスポンデント条件付け」で有名なパブロフの条件付けでは、犬に餌を与える際、音を鳴らしてから与えるという操作を繰り返し行うと、やがて餌ではなく音によって唾液の分泌が起こるようになるというものでした(詳細は行動分析との遭遇(3)参照)。

  1. エサの提示→ 口の中の唾液の増加(唾液がたれる)
  2. メトロノーム音の提示→ エサの提示→ 口の中の唾液の増加(繰り返し)
  3. メトロノーム音の提示→ 口の中の唾液の増加

この枠組みで「味覚嫌悪条件付け」を考えると、
  1. 放射線照射→ 消化器系の異常
  2. 味付き水の提示→ 放射線照射→ 消化器系の異常
  3. 味付き水の提示→ 消化器系の異常
となり、「味覚嫌悪条件付け」も「レスポンデント条件付け」の枠組みに当てはまります。しかし、冒頭で「特殊な形」と記述したように、「味覚嫌悪条件付け」は次の点で「レスポンデント条件付け」とは少し異なります。
  1. 通常は何度も「無条件刺激」と「条件刺激」のペアの提示を繰り返さないと条件付けが成立しないが、味覚嫌悪条件付けの場合は、わずか数回、ときには1回で強力な嫌悪が獲得される
  2. 無条件刺激と条件刺激の提示に時間差(数10秒以上)があると条件付けは成立しにくいが、味覚嫌悪条件付けでは数時間のずれがあっても成立が可能である
  3. 消化器系の異常(嘔吐反応)は味覚刺激とはペアになると条件付けが容易に成立するが、視聴覚刺激とは連合しにくい。一方、痛み(電気ショック)は視聴覚刺激(ライトや音)とペアでは条件付けが成立するが、味覚刺激とペアになると条件付けは成立しにくいという条件付けにおける無条件反応と条件反応の選択性がある*1

*1 ガルシアの実験(1966年)で確認された。味付き水を飲む時、ライト点滅と音(視聴覚刺激)を提示し直後に足に電気ショックを与えた。しかし、味付き水への嫌悪は形成されず、視聴覚刺激に対する嫌悪が形成された。また、水を飲む時、放射線照射を行うと(消化器系の異常)味付き水への嫌悪が形成され、視聴覚刺激では形成されなかった。
  • 味付き水/ライト点滅と音 → 電気ショック → 水/ライト点滅と音;摂取量 少
  • 味付き水/ライト点滅と音 → 電気ショック → 味付き水;摂取量 多
  • 味付き水/ライト点滅と音 → 放射線照射 → 水/ライト点滅と音;摂取量 多
  • 味付き水/ライト点滅と音 → 放射線照射 → 味付き水;摂取量 少

 現在、私は味覚刺激(食べ物)を嗅覚刺激(におい)に変えて「レスポンデンド条件付け」が成立するかどうかを研究しています。2004年に、動物が「におい」を認識し記憶するメカニズムを解明した2人の米国人科学者がノーベル賞を受賞して以来、嗅覚刺激と嗅覚機能の関係に対する関心が高まり、次々と新しい発見がなされています。嗅覚刺激に対して「慣れ」や「般化(類似物質にも同様の反応が起こる)」が生じるという特徴があるため、嗅覚刺激を使った行動試験法は困難と言われてきました。そのため嗅覚刺激に関する研究は手薄といっても過言ではない状況と言えます。

3.現在の研究(嗅覚嫌悪条件付け手続きによる実験)


 職場における化学物質利用時の問題といえば、「爆発火災や有毒物質の大量漏洩等の直ちに人命に影響を及ぼしうる災害の発生」と、「低濃度での慢性ばく露による健康への影響」の二つが挙げられます。以前からラットやマウスを使った動物実験で、化学物質がもたらす「低濃度での慢性ばく露による健康への影響」を調べてきました。特に、「オペラント条件付け」手法を用いて学習機能および脳の形態変化に着目した実験を行っており、これからも引き続きその研究を行う予定ですが、最近になって体にほとんど害のない超低濃度の慢性ばく露でもたらされる健康影響が気になり始めました。なぜなら、通常の人では何も感じない超低濃度の化学物質に対して不快症状(気分不快や呼吸器系の異常、気分障害等)を訴える例が報告されており、その一方で確認のため実験によりそれを再現しようとすると化学物質の提示と不快な症状の出現が一致しないという報告も多くあるという状況が生じているからです。しかし、実際に不快症状が「気のせい」や「精神的」なものとはいえないぐらい深刻な症例も散見されます。今までのアレルギーや免疫系の発症メカニズムでは説明できないため、その病態の原因やメカニズムはほとんどわかっていません。報告される不快症状や過敏症状は多岐にわたり、重篤度もまちまちであることから、おそらくは様々な原因で起きている病態が混在していると言われています。

 化学物質の毒性自体が原因でこのような症状が発生している場合は、その化学物質の許容濃度や管理濃度を決定する際に当然考慮されなければならないのですが、その前に混在している病態のひとつひとつを明確に分類することが先決です。このことにより、対策や予防の糸口も見えてくるのではないかと考えています。

 症状を訴える人の多くが「におい」が発症や症状の増悪のきっかけになったと答えています。そこで、病態の一つとして、化学物質の嗅覚刺激がきっかけとなって生じる「レスポンデント条件付け」が生じている可能性に思い至り、従来行ってきた「低濃度での慢性ばく露による健康への影響」の研究の特殊な例として、「嗅覚刺激嫌悪条件付け」手続きを研究に取り入れてみました。つまり、初めは「においのある化学物質」へのばく露がきっかけとなり不快症状や過敏症状が生じていたものが、後には健康影響をもたらさないぐらいの超低濃度(においとしてしか感じない程度)の化学物質に対しても同じような不快症状や過敏症状が喚起されている事態です。この病態を確認することができれば、条件反応(不快反応や過敏反応等)を消去手続きによって改善することが可能になります。

 実験方法は、嗅覚刺激(低濃度のにおい物質:条件刺激)を提示した直後に、ラットに対し腹部不快感を伴うような刺激(無条件刺激)を与えます。この条件付け手続きを繰り返すことによって、ラットは条件刺激について嫌悪的な反応を示すようになるかどうかを調べています。その結果、嗅覚刺激に対しても条件付けが成立することがわかりました。また、必ずしも激烈なばく露経験が過去にあったわけでもないのに、いつの間にか不快症状や過敏症状が生じるようになってしまった人が多くいるため、腹部不快感等の不快な症状が軽度であっても、繰り返されれば条件付けが成立するのかを現在検討しています。さらに今後は、いったん条件付けが成立すれば、異なる嗅覚刺激についても同様の条件反応が(無条件刺激が無い状態で)生じるか否かを調べようと思っています。

 この研究は、今までの化学物質の低濃度ばく露の影響を調べる研究とは異なる切り口であり、なぜそのような現象がみられるのかという発症メカニズムを行動実験から解明することに焦点を置いた実験系といえると思います。

 これで行動分析との遭遇のコラムは終了します。最初にコラムの執筆を依頼されたときに、ずうずうしくも「1回では足りないので3回ぐらいのシリーズでやらせてほしい」とお願いしました。常に存亡の危機にさらされている行動分析学という少数派集団、それに加え動物実験という難しい立場にいる自分にとって、その素晴らしさを広くあまねく知ってもらいたいという熱望がいつもあったため、このチャンスに飛びついたわけです。しかし、いざ書き始めると、伝える難しさや表現の稚拙さでずいぶん悩みました。反面、改めて行動分析学の面白さや奥深さを再確認しました。これからも、自分の専門知識を労働安全衛生分野に十分に活かせるように日々努力いたします。いつも長い文章になってしまったにもかかわらず根気よく読んでくださり、ありがとうございました。

(健康障害予防研究グループ 任期付研究員 北條理恵子)

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