労働安全衛生総合研究所

技術資料 TD-No.2 の抄録

トンネルの切羽からの肌落ちによる労働災害の調査分析と防止対策の提案

TD-No.2
吉川 直孝,伊藤 和也,豊澤 康男,堀 智仁,玉手 聡

 現在,多くの山岳トンネルは,ナトム工法(NATM; New Austrian Tunneling Method)により建設されている。この工法は,1964年にオーストリアのラブセビッツ教授によって提唱された。日本では1978年頃にこの工法が採用され,それ以降,トンネル建設工事中の死傷者数は減少した。しかしながら,依然としてトンネル建設工事中の労働災害は,全建設業のそれよりも高い災害発生頻度を示している。特に,切羽からの肌落ちは,トンネル建設工事に特有の災害である。

 本資料では,このような特殊性を有するトンネル建設工事中の肌落ちによる労働災害を対象として,一般社団法人日本トンネル専門工事業協会が収集した死傷災害等を調査分析するとともに,肌落ち発生のメカニズム,ナトム工法の考え方を参考にし,肌落ち災害防止対策を提案した。

 本資料の内容を要約すると,以下のとおりである。

  1. 肌落ちによる労働災害は,山岳工法,特にナトム工法によるトンネル施工中,切羽での装薬や支保工建込作業中に多く生じていることが明らかとなった。また,肌落ちの平均的な大きさは,長辺1.0m,短辺0.6m,厚さ0.3m程度であることから,比較的小規模かつ少数の岩塊が落下し災害に至っていることがわかった。
  2. 施工段階で実施可能な肌落ち災害防止対策として,鏡吹付,鏡ボルト,浮石の除去(コソク),導水・さぐり削孔,切羽変位計測,切羽監視員の配置,十分な照度の確保,労働者の防護対策を挙げ,表-3に提示した。
  3. 施工段階で実施可能な肌落ち災害防止対策のうち,鏡吹付は,地山の緩みを抑えること,地山の曝気を防ぐこと,新たに発生した亀裂や地山の変状を視認しやすくさせること等の効果がある。これに加え,鏡吹付の実施は,施工性や経済性の面から優れている。しかしながら,鏡吹付を施していても,吹付厚不足や湧水により付着強度が弱まったことが原因で,災害に至った事例もあるため,その他の対策と併用することが望まれる。
  4. 鏡吹付の実施だけでなく,地山の性状や作業の実情に応じ,十分な照度下における切羽の監視,浮石の除去(コソク),切羽変位計測等,複数のものを併用することにより相乗効果が得られるため,3.4に示した「施工上の留意事項」に留意の上,適切にこれらを実施することが重要であり,労働安全衛生規則第384条において義務付けられた肌落ち災害防止対策の確実な実施に資するものと考えられる。
  5. 施工段階でも対応可能な対策を実施しても肌落ちの危険性が高い場合には,発注者と施工業者が協議の上,フォアパイリング,フォアポーリング,水抜きボーリングの「設計段階から考慮する対策」やその他の補助工法を取り入れることが望まれる。

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