特別研究報告 SRR-No.55 の抄録
- 吊り上げ用具類の寿命予測手法の開発
- 腰痛予防と持ち上げ重量に関する研究
吊り上げ用具類の寿命予測手法の開発
研究全体の概要
| SRR-No55-1-0 |
| 山際 謙太,山口 篤志,緒方 公俊,本田 尚,佐々木 哲也 |
本研究は、クレーン等の荷役機械で使用されるワイヤロープの破断事故を未然に防止するため、現行の廃基準に代わる、より定量的かつ高信頼な寿命予測手法の構築を目的としている。従来、ワイヤロープの交換時期は表面の素線断線数やロープ径の減少に基づいて判断されてきたが、近年の研究からワイヤロープ内部で先行する不可視断線の存在や、検査者の技能に依存した判定のばらつきが問題視されている。そこで本研究では、新たに開発した往復駆動型ワイヤロープ疲労試験機を用い、クレーンの稼働実態を模擬した変動荷重下でS曲げ疲労試験を実施し、荷重履歴と破断寿命の関係について詳細に分析した。その結果、ワイヤロープへの累積損傷度と寿命との関係は線形累積損傷則で整理することができ、損傷度0.7 程度を交換の目安とすることで十分な安全性が確保できる可能性を示した。
さらに、ワイヤロープ内部の損傷を非破壊で評価する手法として、漏洩磁束法を用いた検出器による実験も行った。疲労試験中に取得した検出器の信号出力と素線断線数、および断面積減少率の間には、断面積減少率が小さい領域では高い線形性が確認され、残存強度の推定が可能であることが分かった。一方、断線が進行し破断直前に至ると線形性が失われるものの、検出器信号から破断の危険性を察知することは十分可能であった。これらの成果から、ワイヤロープの荷重履歴データと漏洩磁束法による非破壊検査データを組み合わせることで、従来よりも客観的かつ信頼性の高い寿命・残存強度評価および交換時期の推定が可能となることを示した。 |
変動荷重下におけるワイヤロープの疲労累積損傷評価
| SRR-No55-1-1 |
| 山口 篤志,緒方 公俊,山際 謙太,本田 尚 |
ワイヤロープの破断寿命や交換時期を推定するためには、実際に稼働しているクレーン等を想定した強度試験の実施が必要である。そこで本報告では、クレーン用ワイヤロープとして主にIWRC 6×Fi(29)を対象に一定サイクルごとにロープ荷重を変動させたS曲げ疲労試験等を実施し、線形累積損傷則の成立の成否を確認している。また、ワイヤロープの破断寿命や負荷履歴データの収集および分析から、ワイヤロープの破断寿命や残存強度を推定する手法を検討している。S曲げ疲労試験により得られたワイヤロープの疲労特性は、損傷度D=1 に対して±15%で収束しており、線形累積損傷則が概ね成立するように見られる。一方で、無負荷の状態を考慮したS曲げ疲労試験から得られる疲労特性はD=0.8 にあり、疲労寿命は低下する傾向が得られた。さらに、破断力試験によると、D=0.6 程度で規格破断力に低下する傾向が見られる。これらの試験結果から、使用履歴から損傷度D を算出でき、かつS曲げを受けるワイヤロープである場合、D=0.6 程度に到達したときにワイヤロープの交換または廃棄の検討を進めるとよい。さらに、D=0.7 に到達するまでに交換または廃棄を実施することで、安全にワイヤロープを使用できると考えられる。また、疲労試験により得られる損傷度、および損傷度と残存強度の関係からワイヤロープの交換時期の推定は可能である。
キーワード: ワイヤロープ,廃棄基準,疲労強度,変動荷重,残存強度. |
ワイヤロープ損傷検出による寿命および残存強度予測
| SRR-No55-1-2 |
| 緒方 公俊,山際 謙太,佐々木 哲也 |
ワイヤロープは複数の素線の撚り合わせからなる.ワイヤロープに引張荷重や曲げ荷重が繰り返し加わることで素線が徐々に断線し、最終的にはワイヤロープが破断する。そのため、素線断線を検出し、適切なタイミングでワイヤロープを交換または廃棄することが求められる.本研究では、ワイヤロープの素線断線の非破壊検査技術として期待されている漏洩磁束法を用いた検出手法について、ワイヤロープ損傷検査の適用範囲や定量評価の実用可能性を検討した.当研究所で所有する疲労試験機に漏洩磁束法による検出器を取り付けてワイヤロープの疲労試験を実施し、素線断線と検出器の信号出力の相関関係を分析した.その結果、疲労試験の繰り返し数の増加に伴い、信号出力が単調増加する傾向が確認された.素線断線数が廃棄基準に近いロープでは、信号出力と素線断線数から算出したロープの断面積減少率との相関が低下し、素線断線の定量評価が難しいことを示した.一方で、素線断線が少なく断面積減少率が5%未満のロープでは、断面積減少率と信号出力は線形性を有し、素線断線の定量的推定が可能であることを示した。
キーワード: ワイヤロープ,非破壊検査,漏洩磁束法,素線断線,疲労寿命. |
腰痛予防と持ち上げ重量に関する研究
研究全体の概要
| SRR-No55-2-0 |
| 岩切 一幸,杜 唐慧子,小山 冬樹,佐々木 毅,三木 圭一,泉 博之,田中 孝之,日下 聖 |
| 重量物の取り扱いは、腰痛発生のリスク要因と考えられる。厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」では、この対策として取り扱う重量を男性が体重の40%以下、女性が体重の24%以下に抑えるよう推奨している。しかし、この対策では十分に腰痛を予防できていない。一方、欧米諸国では、ISO 11228-1 にて最大重量値を25kgと定め、さらにリスクアセスメントにより作業内容を考慮した推奨重量上限値(≦25kg)を算出している。我が国においてもこの方法の導入が必要と思われる。しかし、欧米人に比べて体格の小さい日本人において、最大重量値を25kg としてよいのかは不明である。そこで本プロジェクト研究では、日本人の最大重量値を明らかにすることを目的とした、疫学調査および生体力学的実験を実施した。疫学調査では、①労働災害である業務上腰痛の発生状況を分析するとともに、業務上腰痛の重症度と重量値との関係を検討した。②また、Web アンケート調査により、労働者の腰痛と重量値との関係を検討した。生体力学的実験では、③労働現場において労働者の腰部椎間板圧縮力を推定し、④実験室実験において取り扱う位置ごとの最大重量値を測定した。 |
労働者死傷病報告における業務上腰痛の発生状況
| SRR-No55-2-1 |
| 岩切 一幸,三木 圭一,佐々木 毅 |
業務上腰痛が多発していることから、2018 年および2019 年の休業4 日以上を伴った労働者死傷病報告10,208件を用いて、その発生状況を解析した。業務上腰痛の発生件数は、業種別にみると保健衛生業(31.3%)が最も多く、次いで商業(16.5%)、製造業(15.0%)、運輸交通業(13.8%)と続いた。また、就業者10 万人あたりでみると、運輸交通業(61.7 件)が最も多く、次いで保健衛生業(19.1 件)と続いた。発生曜日別では休日明けの月曜日(19.7%)に最も多く、発生時刻別では午前9 時から12 時の時間帯に約4 割が発生していた。事業場規模別では、労働者数10~49 人の事業場(35.9%)において最も多かった。性別は、就業者10 万人あたりでみると、男女ともに同程度であり、年齢別は30 代および20 代で多かった。経験年数別では1 年未満(25.6%)で最も多く、経験年数が短いほど件数が多くなる傾向がみられた。また、経験年数1 年未満においては、20 代~40 代の幅広い年齢層において腰痛が発生していた。起因物別では、起因物なしが全体の約5 割、荷姿の物が約2.5 割を占めた。休業見込日数別では、2 週間以内の休業が全体の約6 割を占めており、1 か月を超える長期休業は16.0%に留まった。業務上腰痛を減らすには、これらの属性の発生状況を勘案した対策を検討し、実施していく必要がある。
キーワード: 休業見込日数,労働者死傷病報告,労働者,腰痛. |
災害性腰痛の重症度と重量値の関係
| SRR-No55-2-2 |
| 岩切 一幸,三木 圭一,佐々木 毅 |
腰痛の重症化を防ぐことは、その発生を抑えることと並んで、重要な労働安全衛生上の課題である。人力による重量物の取り扱いは、腰痛の重症度を高める可能性がある。そこで本研究では、労働者死傷病報告(休業4 日以上)を用いて、持ち上げおよび運搬における重量値が、災害性腰痛の重症度に及ぼす影響について検討した。対象は、2018 年および2019 年における災害性腰痛2,418 件とした。腰痛の重症度は休業見込日数により定義し、4~7 日、8~14 日、15~30 日、≧31 日に分類した。取り扱い重量値は、<10kg、10~20kg、20~30kg、≧30kgに分類した。解析では、多項ロジスティック回帰分析を用いて、休業見込日数と重量値との関係を検討した。その結果、休業見込日数4~7 日と比較して≧31 日のオッズ比は、取り扱い重量値が重くなるほど大きくなった。特に、30kg 以上の重量値において、10kg 未満の重量値に比べ、オッズ比が有意に大きかった(OR:1.75、95%CI:1.11~2.77)。一方、休業見込日数8~14 日および15~30 日では、休業見込日数4~7 日と比較して重量値との間に有意な関係は認められなかった。重い重量物の取り扱いは、災害性腰痛の重症度を高め、休業期間を延長させる要因になると示唆される。
キーワード: 腰痛,重症度,重量値,労働者死傷病報告,休業見込日数. |
体重に対する割合による重量制限と腰痛の関係
| SRR-No55-2-3 |
| 岩切 一幸,佐々木 毅,杜 唐慧子,三木 圭一,小山 冬樹 |
厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」では、重量物取り扱い時の腰痛予防を目的に、取り扱う重量を男性が体重の40%以下、女性が体重の24%以下に抑えるよう推奨している。しかし、この対策による腰痛予防効果は十分に検討されていない。そこで本研究では、体重に対する割合による重量制限が腰痛予防効果に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした、Web アンケート調査を実施した。対象は、重量物の持ち上げおよび運搬を行っている労働者21,924 名(男性14,779 名、女性7,145 名)とした。ロジスティック回帰分析の結果、重量物なしのグループに比べ、推奨値以下の重量物を取り扱っているグループは、有意に高い腰痛のオッズ比を示した。また、推奨値を超える重量物を取り扱っているグループは、さらに高いオッズ比を示した。この推奨値とは別に、段階的に区分した重量値と腰痛との関係を検討した結果、男女ともに、重量物なしのグループに比べ、10kg 以上の重量物を取り扱っているグループは、有意に高い腰痛のオッズ比を示した。一方、10kg 未満においては有意差が認められなかった。これらの結果は、体重に対する割合による重量制限が腰痛を十分に予防できないことを示唆する。また、重量物の取り扱いによる腰痛リスクを抑制するには、10kg 未満に抑えることが有用と思われる。
キーワード: 腰痛,体重,持ち上げ,運搬,最大重量. |
体重との割合で定める重量値を扱った場合の腰部負荷の推定
| SRR-No55-2-4 |
| 小山 冬樹,杜 唐慧子,岩切 一幸 |
重量物の取り扱いにおける最大重量値は、厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」において、男性が体重の40%以下、女性が24%以下に抑えるよう推奨されている。しかし、この体重との割合で定める最大重量値が腰痛予防に有用かは明らかではない。そこで本研究では、この最大重量値の有用性を生体力学的実験により検証した。実験では、男性10 名のデータを用いて、体重の40%の重量物を持ち上げる際の腰部椎間板圧縮力をシミュレーションにて算出した。この計算では、解析プログラム上において、体重を50 kg、70 kg、90 kg に変化させ、それぞれ20 kg、28 kg、36 kg の重量物を持ち上げている状態を再現した。重量物を持ち上げる位置は、頭、胸、腰、膝、脛の高さにおいて、身体から近くまたは遠くの計10区画とした。解析の結果、体重が重くなるほど、腰痛リスクが高まる閾値とされる3400 N を超える区画が多くなった。また、身体から遠い区画、低い区画および床からの持ち上げ作業では、腰部椎間板圧縮力の増加が著しかった。これらの結果から、現在の指針で推奨されている体重との割合で最大重量値を定める方法では、腰痛を十分に予防できないと示唆される。したがって、最大重量値は体重に依存せず、重量物の取り扱い位置を含めて考慮されるべ きと考える。
キーワード: 腰痛予防対策指針,三次元動作解析,腰部負荷シミュレーション,腰部椎間板圧縮力,持ち上げ作業,保持作業 |
持ち上げ作業における最大重量値の生体力学的検討
| SRR-No55-2-5 |
| 杜 唐慧子,小山 冬樹,岩切 一幸 |
厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」は、取り扱い可能な最大重量値を作業者の体重の割合により定めている。一方、英国安全衛生庁(HSE)では、体重に関係なく、重量物を取り扱う高さや身体からの距離に応じて最大重量値を定めており、腰痛リスクが高まるとされる腰部椎間板圧縮力3400 N を超えないようにしている。そこで本研究では、HSE の枠組みを参考に、日本人の持ち上げ作業における最大重量値について検討した。対象者は年齢、身長、体重の異なる日本人男性11 名とし、高さ5 水準と身体からの距離2 水準(計10 区画)において荷物を持ち上げて指定の位置で保持する作業と床から頭の位置まで持ち上げる作業を行った。実験では、三次元動作解析および床反力測定を行い、逆動力学を用いて重量物取り扱い時の腰部椎間板圧縮力を算出した。各区画の最大重量値は、取り扱い可能な重量のうち、腰部椎間板圧縮力が3400 N 以下の重量値とした。その結果、最大重量値は、身体に近い腰の区画において最大となり、それより上下に行くほど、また身体から離れるほど軽くなった。低い位置においては、重い物まで持てるものの、腰部負荷が大きくなり、最大重量値は軽くなった。本研究の結果をHSE と比較すると、最大重量値は腰の位置で軽かったが、身体から遠い位置では重かった。
キーワード: 腰痛,手作業,逆動力学,腰部椎間板圧縮力,最大重量. |