労働安全衛生総合研究所

特別研究報告 SRR-No.54 の抄録

  1. 人間特性支援による安全管理及び教育手法に関する研究
  2. 労働者のストレスの評価とメンタルヘルス不調の予防に関する研究

人間特性支援による安全管理及び教育手法に関する研究

研究全体の概要

SRR-No54-1-0
菅間 敦,島田 行恭,高橋 明子,平内 和樹,中嶋 良介,西村 崇宏
 本研究は建設業の高所作業安全性向上を目的とし、人の特性に即した安全管理・教育手法の開発のため、作業者の注視・行動特性及び認知・行動特性の把握に取り組んだ。注視・行動特性支援の安全管理手法として、VR安全教育システムの調査、若齢者の目視・行動パターン分析、脚立作業の姿勢安定性分析、作業手順マニュアルの検討、MRシステムを用いた高所作業体験評価を実施した。認知・行動特性に基づく教育手法では、ハザード知覚スキル獲得プロセスの分析、安全管理者へのインタビュー、360 度映像を用いたハザード知覚訓練の効果比較、経験学習プロセスの分析、訓練ツール選定ガイドの提案に取り組んだ。研究成果は学術雑誌や学会で公表され、中災防機関紙や学術誌を通じて情報提供も行っている。これらの成果は建設業の高所作業安全性向上に寄与し、作業者特性を考慮した効果的な安全管理・教育手法の開発につながることが期待される。

高所作業における行動特性の評価およびバーチャルな高所作業の訓練環境構築に関する研究

SRR-No54-1-1
菅間 敦,中嶋 良介,高橋 明子,平内 和樹,島田 行恭
 本研究は高所作業における安全性向上を目的とし、作業者の行動特性把握とMixed Reality(MR)技術を用いた訓練環境構築について検討を行った。作業指示の違いによる行動特性評価実験では、効率優先の指示下で作業時間短縮と安全確認の減少が確認された。MR 訓練システムでは、ビデオシースルー型HMDと点群データを用いてバーチャルな高所作業環境を再現し、触覚フィードバックを追加して没入感を高めた。システムの妥当性検証では、生理指標、運動計測、外力測定、心理指標を統合的に測定している。これらの成果は、MR 技術を活用した効果的な高所作業訓練システムの開発と作業者の安全意識向上に寄与する重要な知見を提供すると考えられる。

キーワード: 高所作業,MR,身体動揺,生体計測.

360度映像を用いた効果的な建設作業ハザード知覚訓練の検討

SRR-No54-1-2
高橋 明子,三品 誠,菅間 敦
 事前のグループインタビュー調査により建設業ではIT機器や視覚教材の安全教育への利用が期待されていることが明らかになった。そこで、本研究では視覚教材に着目し、360度映像を用いた効果的な建設作業ハザード知覚訓練の方法を検討するため、住宅建築現場で働く新人作業者を想定した若年の建設作業未経験者40名を対象に、メディア形態と提示装置の4つの組み合わせ(①全天球静止画・ヘッドマウントディスプレイ条件、②全天球動画・ヘッドマウントディスプレイ条件、③全天球静止画・PCモニタ条件、④2D静止画・PCモニタ条件)の訓練効果とメンタルワークロードや映像酔いといった主観的負担を比較した。その結果、危険情報の内容の記憶はすべての実験条件で成績が良かったが、ハザード位置の記憶は全天球静止画の2条件が2D静止画・PCモニタ条件よりもズレ幅が小さく作業成績を良いと評価された。映像酔いはすべての実験条件で評価値が低く、酔いの症状はほとんど見られなかった。得られた知見をもとに訓練状況別に効果的な360度映像を用いたハザード知覚訓練の条件について提案するとともに、今後の課題について述べた。

キーワード: ハザード知覚,メンタルワークロード(精神的負荷),360度映像.


労働者のストレスの評価とメンタルヘルス不調の予防に関する研究

研究全体の概要

SRR-No54-2-0
井澤 修平,久保 智英,池田 大樹,吉川 徹,中村 菜々子,赤松 利恵
 2015年12月より始まったストレスチェック制度では、メンタルヘルス不調の一次予防の対策として、セルフケア(本人のストレスへの気づきと対処の支援)の促進と職場環境の改善を位置づけている。しかしながら、具体的なセルフケアや職場環境改善の内容とメンタルヘルス不調の関連について、エヴィデンスは現時点で限定的である。本プロジェクト研究では、様々な業種・職種を含む20,000名の労働者を対象に2年間の追跡調査を行い、日常生活におけるセルフケアや、労働者が経験した職場環境改善とメンタルヘルスの関連を検証した。データの横断的・縦断的な解析をおこなったところ、セルフケアについては、日常的に、ストレスのセルフケアをしている者、会話をしている者、就寝前・起床時の適切な睡眠習慣を有している者、朝食をとり、食事を規則的にしている者、運動を自発的に実施している者はメンタルヘルスなどの健康状態がよいことが示された。職場環境改善については、全般的には、職場の対人関係や相互支援の改善を経験している者ではメンタルヘルス不調のリスクが低いことが示され、また、職場環境改善の効果は業種間でも異なる可能性が示された。本プロジェクト研究では、セルフケアや職場環境改善に関する基礎的な情報を提供しており、今後、この成果を、ストレスチェック制度の推進に役立てていくことが必要である。

労働者のストレスのセルフケアに関する縦断的調査

SRR-No54-2-1
中村 菜々子, 井澤 修平, 吉川 徹, 赤松 利恵, 池田 大樹, 久保 智英
 労働者の心の健康の保持増進のための対策として、セルフケア、ラインケア、事業場内産業保健スタッフ等によるケア、事業場外資源によるケアがあげられる。このうちセルフケアについては、労働者自身がセルフケア実施の習慣をもつことや、自分の健康状態を把握してストレスの兆候を早期に気づき上司や事業場内外の専門家に相談するなどの対処を行なうことが重要である。本研究では、労働者のセルフケア実施習慣について縦断的に検討した。1 年の間隔で計3回の調査を行い、全調査に回答した5,850名の労働者のデータを解析対象とした。セルフケア実施習慣の有無は行動変容のステージ(5段階)、メンタルヘルスと仕事のパフォーマンスはそれぞれ標準化された尺度で評価した。① 1~3年目のデータを用いた線形混合モデル分析の結果、K6で測定したメンタルヘルス指標と仕事のパフォーマンスはそれぞれ、行動変容ステージと測定時点との間に交互作用が認められた。K6は無関心期と維持期は共に低かったが、仕事パフォーマンスは無関心期よりも維持期が高く、セルフケア習慣を持つことの重要性が示唆された。② 1年目と2年目のデータを用いたロジスティック回帰分析の結果、セルフケア習慣実施の楽しさ、不調の改善、心身への良い影響を認識すること、メンタルヘルス研修受講はステージの前進を促進し後退を予防する可能性が示唆された。一方時間のなさ、何を行なうべきかわからないと認識することはステージを後退させていた。仕事上のストレスがあることは、ステージを前進させることにも後退させることにも影響していたため、今後さらに検討が必要である。

キーワード: メンタルヘルス,セルフケア行動,行動変容ステージ


睡眠のセルフケアとメンタルヘルスの関連:大規模な労働者の集団を対象とした縦断的調査

SRR-No54-2-2
池田 大樹, 久保 智英, 井澤 修平,中村 菜々子, 吉川 徹, 赤松 利恵
 本研究では、睡眠のセルフケアとメンタルヘルスの関連を日本の労働人口を模した大規模調査により縦断的に検討した。日本の労働人口における性別、年代、業種の構成比率に基づく20,000名を対象に、2022年2月にベースライン調査を実施し、2023年2月に追跡調査を実施した。最終的な分析対象者は7,340 名であった。睡眠のセルフケアとして、寝室の環境(光、温度、音)や勤務時間外のメールチェック、就床前の習慣(寝酒、ニコチン摂取、カフェイン摂取、寝床でのスマートフォン使用)、起床時の習慣(朝の日光)をたずねた。また、メンタルヘルスについては、標準化されたK6尺度を用い、13点以上を精神的不調ありとした。ロジスティクス回帰を行った結果、寝室の環境(光、温度、音)や勤務時間外のメールチェック、就床前の習慣(喫煙)、起床時の習慣とメンタルヘルスが関連することが示された。このことから、睡眠に関するセルフケアを行うことで、労働者のメンタルヘルス不調を予防、改善できることが期待される。今後、介入研究を行うことでこの効果を確かめていく必要があるだろう。

キーワード: 睡眠衛生,睡眠環境,セルフヘルプ,メンタルヘルス


職場環境改善とメンタルヘルスの関連:大規模な労働者の集団における縦断的調査

SRR-No54-2-3
井澤 修平, 吉川 徹, 中村 菜々子, 森石 千尋,赤松 利恵, 池田 大樹, 久保 智英
 ストレスチェック制度ではメンタルヘルス不調の未然防止のために職場環境改善が推奨されているが、職場環境改善の効果については不明な点が多い。本研究では、様々なタイプの職場環境改善の経験について調査を行い、その経験の有無とメンタルヘルスの指標の関連を縦断的に検討した。1年の間隔をあけて2回の調査を行い、7,970名の労働者のデータが解析対象となった。職場環境改善については、24項目のチェックリストによってたずね、メンタルヘルス(精神的不調、プレゼンティーズム、高ストレス)については、それぞれ標準化された尺度で評価した。ロジスティック回帰分析の結果、職場環境改善の総数が多いと、2回目の調査時のメンタルヘルスの不良な状態の割合が低いことが示された。職場環境改善の種類を検討した結果、対人関係や相互支援の職場環境改善を経験していると精神的不調の割合が低いことが示された。また、層別分析から、経験した職場環境改善の種類とメンタルヘルスの関連の有無は、第2次産業と第3次産業で異なる可能性が示された。本研究は、職場環境改善がメンタルヘルスの状態を改善させる可能性を示唆しており、また、これらの職場環境改善とメンタルヘルスの関連は、改善の種類、対象となる労働者の業種、扱うメンタルヘルスの指標によって異なる可能性を示した。今後、本研究の成果を、ストレスチェック制度における職場環境改善の推進に役立てていくことが必要である。

キーワード: メンタルヘルス,高ストレス,職場環境改善

刊行物・報告書等 研究成果一覧