労働安全衛生総合研究所

特別研究報告 SRR-No.52 の抄録

  1. 建築物の解体工事における躯体の不安定性に起因する災害防止に関する研究
  2. トラブル対処作業における爆発・火災の予測と防止に関する研究
  3. 化学物質リスクアセスメント等実施支援策に関する研究
  4. 個別粒子分析法による気中粒子状物質測定の信頼性の向上に関する研究

建築物の解体工事における躯体の不安定性に起因する災害防止に関する研究

研究全体の概要

SRR-No52-1-0
高橋 弘樹,日野 泰道,大幢 勝利,高梨 成次,堀 智仁
 建築物の解体工事において、墜落・転落および崩壊・倒壊に関する災害が多く発生している。解体工事では、不安定になった躯体に、墜落制止用器具の取付設備を設置しても、安全に墜落制止できるかわからないということがある。一方で、解体中に不安定になった外壁が倒壊して、作業者が下敷きになるという災害が発生している。本プロジェクト研究では、建築物の解体工事において、躯体の不安定性に起因する、墜落・転落および崩壊・倒壊に関する災害を防止するため、「建築解体工事における新しい墜落防止工法」と「外壁の倒壊災害防止」について検討した。

建築解体工事における新しい墜落防止工法に関する検討

SRR-No52-1-1
日野 泰道,大幢 勝利,高橋 弘樹
 解体工事を含めた建築工事において、死亡災害の多くは墜落に起因し、その95%以上は「安全帯(以下、「墜落制止用器具」と呼ぶ)の不使用を要因としている。不使用の要因としては、墜落制止用器具の掛け替え作業の多さに伴う使用者の使用忘れ、省略作業のほか、そもそも適切な取付設備が現場で計画・設置されていないことが挙げられる。また、旧安全帯の規格が改正され、墜落制止用器具に求められる基本性能に変更が生じている。そのため、墜落制止用器具の取付設備に求められる基本性能についても、改めて検討が必要な状況となっている。このような問題を解決するため、本研究では、墜落制止用器具の掛け替え作業を大幅に低減する新しい工法の適用可能性について、実物大実験等を通じて、その有効性を明らかにした。また、従来から用いられている取付設備として親綱支柱に焦点を当て、その基本性能と評価基準のあり方について、実物大実験によって明らかにした。さらに、これらの工法で使用する墜落制止用器具の基本性能およびその使用方法のあり方について検討を行った。
キーワード:墜落制止用器具,親綱支柱,安全ブロック.ショックアブソーバ,二丁掛け

建物の解体工事における強風による足場の倒壊災害防止に関する風洞実験

SRR-No52-1-2
大幢 勝利, 高橋 弘樹, 日野 泰道, 木村 吉郎, 甲斐 リサ, 倉田 一平
 最近の台風等の強風時における足場の倒壊による被害状況について調査すると、建物の解体工事等における倒壊災害が多発していることが明らかとなった。建物の解体工事等においては、がれきの飛散を防止するため防音パネルを使用することが多いが、強風時において防音パネルは、メッシュシートのように容易に取り外したり巻き取ったりすることができないことが倒壊災害の要因の一つと考えられる。そこで、本研究では、解体工事で使用される防音パネル付きの足場を対象に、風洞実験により足場に作用する風荷重を測定し、解体工事における足場の耐風対策を検討した。実験対象とした建物は、台風時に倒壊事例も報告されている一般的な団地とし、団地や足場を縮尺1.60 で模型化して風洞実験を行った。その結果、開口部がある場合には、足場の耐風対策を規定する技術指針の値を超える風荷重が観測された測定点が多く確認された。以上の結果より、建物解体時において台風等の強風が予測される時に、防音パネル等の取り外しが困難な場合は、事前に開口部を補強するなどの耐風対策の検討が必要であることが明らかとなった。
キーワード:解体工事,足場,防音パネル,台風,風洞実験,風力係数

転倒工法における外壁倒壊災害の防止に関する研究

SRR-No52-1-3
高橋 弘樹, 高梨 成次, 堀 智仁
 規模の小さな建築物の解体工事では、ワイヤロープ等を用いて、外壁を引き倒して解体する「転倒工法」と呼ばれる工法が主に用いられている。この工法では、外壁下部を切削する「縁切り」と呼ばれる作業の後に、外壁を引き倒しているが、この縁切り作業中に外壁が倒壊して、災害が発生している。本研究では、転倒工法における外壁の倒壊災害を防止するため、転倒工法を模擬した実験と計算を行った。また、転倒工法の作業中に、外壁倒壊の防止方法が確立されていないことも災害発生の原因と考えられるので、実験により仮設部材を用いた外壁倒壊防止工法について検討した。これらの実験と計算結果に加え、筆者らが行った解体工事実務者へのヒアリング結果を参考にして、転倒工法における安全な作業手順と、適切な縁切り方法やワイヤロープの張り方等の留意事項を示した。
キーワード:倒壊災害,転倒工法,外壁,縁切り,鉄筋コンクリート

トラブル対処作業における爆発・火災の予測と防止に関する研究

研究全体の概要

SRR-No52-2-0
八島 正明, 板垣 晴彦, 大塚 輝人, 佐藤 嘉彦, 水谷 高彰, 西脇 洋佑, 斎藤 寛泰, 熊崎 美枝子
 本研究においては、非定常作業のうち移行作業とトラブル対処作業におけるリスク低減の具体的な措置、安全方策を講じるためのデータを収集し、リスクアセスメントに資する情報を提供することを目的とする。そのため、a)化学物質の熱特性を的確に測定するための技術の開発、b)センサーによる異常発生の検出方法の開発、c)くん焼・燃え拡がり特性、さらに遷移した爆発特性の測定、d)災害事例の分析、爆風や飛しょう物による被害予測・トラブル対処の方法の提示、などに関する項目を調べた。

燃え拡がりに関する粉粒体・ペレット堆積層の特性

SRR-No52-2-1
八島 正明
 本研究では、堆積層(充てん層)内の燃え拡がりにおける基本的な特性データの収集を目的に、空隙率に対する有効熱伝導率(みかけの熱伝導率)、比熱、通気性に影響する圧力損失を測定した。有効熱伝導率の測定はJIS A 1412、ISO 8301 などの規格に準拠する定常法により行った。試料としては、木球や木材ペレット、RPF(プラスチック・紙ごみ固形化燃料)、PMMA、大豆を用いた。ペレット試料の寸法を相当直径で整理した。測定の結果、有効熱伝導率λe は試料寸法とともに増加すること、みかけの比熱 ce の試料寸法への依存性は小さいこと、圧力損失は試料寸法が小さいものほど大きくなり、両対数表記では流速と圧力損失は直線的に変化することなどがわかった。また、燃え拡がり速度を推算する上では、有効熱伝導率に対流の影響を考慮すべきであることがわかった。くん焼の様式で燃え拡がる試料については、堆積層の圧力損失が 20~30 Pa/m を超えると、堆積層内の空気の流れが不十分で燃焼を維持できずに消炎することが推測された。
キーワード:粉体火災,粉体層,充てん層,有効熱伝導率,比熱.圧力損失


可燃性粉粒体貯蔵時の初期火災検知に関する検証実験

SRR-No52-2-2
八島 正明
 本研究では、可燃性の粉粒体を扱う貯槽に取り付ける、火災検知用のセンサに関する知見を得るための検証実験を行った。センサとしては、においセンサ、CO センサ、CO2 を用いた。実験として、熱面実験、燃焼管を使った実験、タンクを使った堆積実験などを行った。実験の結果、においセンサと CO センサがくん焼を呈する初期火炎検知に有効であることが確認できた、また、熱画像カメラは初期火炎検知には不向きであることがわかった。可燃性粉粒体の貯蔵時に堆積層内で発火した場合には、火炎が形成せず堆積層内でくん焼することと、そのくん焼では CO2 の発生が少ないため、初期火災検知に CO2 センサが不向きであることがわかった。燃焼管実験によると、においが先に検知され、次に CO 濃度が増加し始め、CO 濃度が変動しながら徐々に増加する傾向が見られる。このような変化が見られる場合は、堆積物が燃焼や熱分解など何らかの熱的な事象、異変が発生したと判断できる。
キーワード:火災検知,においセンサ,CO センサ,廃棄物火災,サイロ火災


自然発火試験装置(SIT)とグレーバ炉による有機物の粉粒体の発火温度測定

SRR-No52-2-3
八島 正明
 本研究では、可燃性粉体・粒体の貯蔵における蓄熱発火の危険性試験に用いられることがある SIT(自然発火試験装置)と熱気流中の発熱・発火の危険性試験に用いられるグレーバ炉を用い、発熱開始・発火温度を測定した。試料として、石松子、木粉(ベイツガ)、セルロース粉、大豆粉、石炭粉・粒、コークス粉・粒などを用いた。SIT の測定では、発火までの誘導時間から活性化エネルギーを求めた。このほか、IEC や ASTM で定まられた熱面発火試験と一般的な熱分析の一つである DTA 測定を行った。海外で使われることが多いグレーバ炉については、その特性に不明な点があるため、発火温度に及ぼす試料量や昇温速度などの測定因子の影響を調べた。測定の結果、グレーバ炉における発火温度が SIT のそれよりもはるかに高いことがわかった。一例として、ベイツガ粉<250 µm(中位径 158 µm)について、発火温度は SIT では 175-185 ℃、グレーバ炉では 282-288 ℃であった。SIT での発火温度が低いことから、可燃物を貯蔵する場合には SIT で測定された温度を参考とすべきであることを提案した。
キーワード:粉体火災,粉じん爆発,蓄熱,SIT,グレーバ炉


貯槽等で発生した災害事例を参考にしたシナリオでの爆発・火災等による影響範囲の評価

SRR-No52-2-4
佐藤 嘉彦
 貯槽等の化学設備で発生した爆発・火災災害に着目し、災害事例を参考にしたシナリオでの爆発・火災等の影響範囲を評価した。評価した項目は可燃性物質及び毒性物質の拡散範囲、開口部からの火炎の到達距離、貯槽等での内圧上昇による貯槽等破裂で発生する爆風圧及び飛散物の影響範囲であった。可燃性ガスが放出する可能性がある貯槽等周辺でトラブル対処を行う際、大きな開口部が生じる可能性がある場合は、被災防止のためにその貯槽等からある程度離れることが望ましく、一酸化炭素が貯槽等内で発生している可能性があり、開口部が想定される場合は、その開口部が小さくても、貯槽等から相当の距離を確保するか、呼吸用保護具を着用すべきであると考えられた。開口部から噴き出す火炎による被災を防止するためには、開口部が生じる可能性がある箇所から一定の距離を確保するか、耐火・耐熱性を有した作業服を着用することが望ましいと考えられた。貯槽等の破裂等で発生する一次破片は人体に対して危険となる十分大きい運動エネルギーを有しており、貯槽等の内圧が上昇している恐れがある際には、みだりにその周辺に近寄ってはならないと考えられた。
キーワード:粉体火災,粉じん爆発,蓄熱,SIT,グレーバ炉


貯槽等で発生した爆発・火災における被害・周辺影響についての検討

SRR-No52-2-5
佐藤 嘉彦, 八島 正明
 貯槽等の化学設備で発生した爆発・火災災害に着目し、災害で生じた現象と被害状況を文献により調査し、関係の有無を検討した。また、粉じん爆発については、爆発の激しさ KSt と危険等級 St クラスに対する爆発の影響について、爆発火災データベースや過去の災害調査をもとに調査し、爆発拡大の要因を検討した。その結果、暴走反応等の意図しない反応による爆発で死傷者数が最も多かった一方、可燃物が原因となる爆発では被害範囲が装置内・周辺にとどまっても死傷者数が多くなる事例が見られた。粉じん爆発については、粉体の危険等級 St クラスが大きいと、事例 1 件当たりの死傷者数、死亡者数が大きかった一方、危険等級が小さい粉体による爆発でも、死傷者数が多い事例が見られた。また、半数の爆発が集じんに関する装置で発生していた。粉じん爆発による影響は、可燃物が同量の場合、ガス爆発による影響より小さくなると推測されるが、実験室の容器サイズで調べられた爆発の激しさよりも、実規模では激しくなる場合があると考えられる。
キーワード:トラブル対処作業,爆発・火災,被災防止,影響範囲


ガスセンサによる可燃物貯蔵設備内の熱分解ガス検出 —検出性能および設置位置の評価 —

SRR-No52-2-6
水谷 高彰, 斎藤 寛泰
 本研究では、貯蔵設備における可燃性物質の爆発・火災の兆候検知を目的としたガスセンサ選択および検知能力評価方法を実験的に示した。TG-DTA 計測で試料の熱分解開始温度を確認するとともに、試料片の加熱により発生するガスを分析する実験装置を製作し、熱分解開始温度近傍での熱分解ガスの経時変化を FT-IR ガス分析装置で計測した。また、同加熱装置を用いて、センサの熱分解ガス検知性能を評価し、有効なセンサの選択方法および検知性能を明らかにした。今回使用した試料とセンサの組み合わせでは、より低温で兆候を検知するためには空気の汚れセンサが最も有効であった。空気の汚れセンサへの外乱の影響を考慮すると、早期検知のために空気の汚れセンサで検知を行い、誤検知の抑止のために可燃性ガス用のセンサなどを併用することが兆候検知のための良い組み合わせであることを示した。さらに、火災シミュレータである FDS を用いて充填物やガス発生位置とセンサ設置位置の関係がガス到達時間に与える影響の一例を示し、FDS がガスセンサの最適位置の検討に有用であることを示した。
キーワード:貯蔵設備,異常発熱,火災,熱分解ガス,ガスセンサ,FDS


熱量計における熱流束測定時の伝熱遅れの補正法

SRR-No52-2-7
西脇 洋佑, 山下 真央, 大塚 輝人, 佐藤 嘉彦, 熊崎 美枝子
 化学物質を扱う際には爆発・火災につながるような発熱反応に関する危険性を調査し、災害防止策と災害発生時の被害低減策を検討しておくことが求められている。化学反応の発熱に関する危険性を評価するのに有用な熱量計では、ある程度の量を反応させるために容器を大きくする必要がある。結果として熱容量や伝熱の影響が大きくなり、伝熱遅れによって実際よりも低い発熱速度が計測される問題が残っている。そのため、時定数を用いた伝熱遅れの評価方法が確立されているが、一般的には多段伝熱の影響を無視し、分析者の目視での判定に頼る必要があり、危険性の調査時に過小・過大評価を招く恐れがある。そこで、多段伝熱を想定した伝熱遅れ補正に対応可能な式と時定数の最適値の推定が可能な計算式を用いた伝熱遅れ補正法を提案し、精度向上について検討を行った。提案した伝熱遅れ補正法は、労働現場の発熱反応の危険性に関する情報の取得を補助することが期待される。
キーワード:熱量計, 時定数, 伝熱遅れ, ヒートパルス, 熱的危険性, 混触危険性


化学プロセス産業での爆発・火災における作業工程と事象進展の分析

SRR-No52-2-8
板垣 晴彦
 化学工場における爆発火災事故は、労働者や設備への被害が甚大になることが少なくない。事故事例を調べてみると正常運転中に発生した事例が最も多かったが、定期修理時や新設または改造工事中、あるいは、何らかの異常に対処している際など、実時間としては短い作業工程での事例が少なくなかった。そこで、労働安全衛生総合研究所の爆発火災データベースを用い、どのような作業工程のときに多いのか、また事故が起きた際の事象の進展はどのようであるかの分析を行った。その結果、バッチ操作中が半分弱、連続運転中が約 1/4 を占めること、事象の進展は、爆発から火災へは多いがその逆は少ないこと、作業工程によって、事象が多重に進展する確率が異なることなどを見いだした。これらの結果は、事故の防止対策についての有力な情報である。
キーワード:化学プロセス産業,爆発火災,事故分析,事象進展

化学物質リスクアセスメント等実施支援策に関する研究

研究全体の概要

SRR-No52-3-0
島田 行恭, 佐藤 嘉彦, 高橋 明子, 板垣 晴彦
 平成 26 年 6 月 25 日に「労働安全衛生法の一部を改正する法律」(平成 26 年法律第 82 号)が公布され、SDS(安全データシート)の交付が義務付けられている化学物質については、リスクアセスメント(Risk Assessment;以下 RA)等を実施することが義務化された。中小規模事業場においても、該当する化学物質を取扱っている事業場では、その取扱い量や設備規模の大小にかかわらず、RA 等を実施することが求められる。しかしながら、化学物質の RA 等の実施には化学に関する専門的知識や情報が必要とされ、また、異常反応に起因する火災・爆発等発生シナリオの同定及びリスク低減措置の検討は難しいとされている。
 本プロジェクト研究では、具体的で効果があるリスク低減措置を検討・実施することができる化学物質の危険性に対する RA 等実施の推進を目的として、その実施を支援するための具体的な情報の収集・整理と提供、実施支援ツールの開発、異常反応に対するシナリオを検討するための情報・データ集、災害事例の提供などについて検討した。研究成果として、化学物質の危険性に対する RA 等を実施するために必要な情報・資料などを整理し、2 冊の技術資料にまとめた。また、化学物質の危険性に対する RA 等を的確に実施することができているかどうかを確認するためのチェックポイント集を作成した。さらに、取扱っている化学物質に関して異常反応を引き起こす可能性を推測するための参考情報として、反応性物質の DSC、ARC データなどを提供するとともに、反応エンタルピー推計支援ツールを開発した。

化学物質取扱い作業における災害防止のためのリスクアセスメント等実施支援策に関する検討

SRR-No52-3-1
島田 行恭, 佐藤 嘉彦, 高橋 明子
 平成 26 年 6 月 25 日に「労働安全衛生法の一部を改正する法律」(平成 26 年法律第 82 号)が公布され、SDS(安全データシート)の交付が義務付けられている化学物質については、リスクアセスメント(Risk Assessment;以下、RA)等を実施することが義務化された。中小規模事業場においても、該当する化学物質を取り扱っている事業場では、その取扱い量や設備規模の大小にかかわらず、RA 等を実施しなければならなくなった。しかしながら、化学物質の RA 等実施には化学に関する専門的知識や情報が必要とされ、火災・爆発等発生シナリオの同定及びリスク低減措置の検討などは難しいとされている。
 本研究では、化学物質の危険性に対する RA 等を実施するための手法・ツールを調査し、それぞれの特徴をまとめるとともに、化学物質の RA 等実施状況について、いくつかの事業場及び業界団体・災害防止団体を訪問し、ヒアリング調査を行った。また、化学物質の危険性に対する RA 等の的確な実施を支援することを目的として、RA 等実施の参考になる情報や資料を整理し、労働安全衛生総合研究所技術資料(JNIOSH-TD-No.7)としてまとめた。この技術資料では、化学物質の危険性に対する RA 等実施のポイントを 5W1H 形式でまとめるとともに、燃焼の 3 要素の有無に着目した簡易シナリオ同定法などを提案している。簡易シナリオ同定法については、3 種類のシートの作成を支援するツールを開発した。
キーワード:化学物質,リスクアセスメント(RA),シナリオ同定

労働者の化学物質取扱い時のヒューマンエラー防止に関する検討

SRR-No52-3-2
高橋 明子, 島田 行恭, 佐藤 嘉彦
 本報は、プロジェクト研究「化学物質リスクアセスメント等実施支援策に関する研究」で行った研究のうち、労働者の化学物質取扱い時のヒューマンエラー防止に関する 2 つの調査研究について概要を報告する。1 つ目の「火災・爆発防止のための化学物質リスクアセスメントにおけるヒューマンエラーの考え方と評価手順の提案」では、労働安全衛生総合研究所が 2016 年に提案したプロセス災害(火災・爆発等)を防止するためのリスクアセスメント手法にヒューマンエラーの評価方法を組み込み、引き金事象としてのヒューマンエラーの分類方法や、ヒューマンエラーを「うっかりミス」と「意図的なルール違反」に分けて対策を検討する方法を提案した。また、2 つ目の「現場作業者の GHS 絵表示の理解度と文字情報の確認行動」では、化学物質を取り扱う現場作業者を対象に Web 調査を行い、法令で義務化された化学物質の表示ラベル(GHS ラベル)に含まれる絵表示の理解度と併記される文字情報の確認行動の実態調査を行った。本報では、この調査のうち、現場作業者の絵表示の危険有害性の理解度についての結果と、絵表示の理解度と想像しやすさの評価の関係についての結果を述べ、実施可能な安全対策を提案した。
キーワード:化学物質リスクアセスメント,ヒューマンエラー,うっかりミス,意図的なルール違反,GHS絵表示の理解度

異常反応を考慮したリスクアセスメント等実施のための参考情報の整備

SRR-No52-3-3
佐藤 嘉彦, 島田 行恭, 板垣 晴彦
 化学物質の危険性に係るリスクアセスメント(RA)を実施する際には、化学物質同士の反応を伴う相互作用も考慮する必要がある。化学物質の危険性に係る RA 等を的確に実施するために、災害につながるような異常反応を理解した上で、設備・装置の不具合や不適切な作業・操作を考慮した RA 等を実施できるようにすることが望まれる。そこで、安衛研手法に沿って、バッチ/セミバッチプロセスを対象として、暴走反応及び混合危険に関する検討を行う際に参考となる以下の情報をまとめた。①暴走反応の危険性・混合危険を把握する上での基本的な観点、暴走反応・混合危険による火災・爆発災害事例、化学物質の意図しない反応による危険を把握するためのデータベース・支援ツール(本文 3.1 節)、②発熱反応が生じて熱平衡破綻に至り、暴走反応が生じる際の要因から災害に至るまでの一連のシナリオ(本文 3.2 節(1))、③反応器周辺における混合危険に関するシナリオを検討する際の着眼点のリスト(本文 3.2 節(2))④リスク見積り及びリスク評価のための基準の例(本文 3.3 節(1))、暴走反応での熱平衡破綻の可能性及び熱平衡破綻により生じる設備破壊等の可能性の考え方(本文 3.3 節(2))、⑤暴走反応・混合危険に関するリスク低減措置の例(本文 3.4 節)
キーワード:化学物質,リスクアセスメント,異常反応,暴走反応,混合危険

反応危険に関する参考情報を利用したリスクアセスメント等実施事例

SRR-No52-3-4
佐藤 嘉彦, 島田 行恭, 板垣 晴彦
 化学物質の危険性に係るリスクアセスメント(RA)等を的確に実施するためには、災害につながるような異常反応を理解した上で、設備・装置の不具合や不適切な作業・操作を考慮できるようにすることが望まれる。そこで、安衛研手法に沿って RA 等を実施することを前提として、バッチ/セミバッチプロセスを対象として、暴走反応及び混合危険に関する検討を行う際に参考となる情報をまとめた。その整備した参考情報を利用して、過去の災害事例等を参考にして設定したバッチ/セミバッチプロセスの RA 等に適用した。暴走反応を対象とした事例と混合危険を対象とした事例について検討を行い、RA 及びリスク低減措置の検討ができることを確認した。
キーワード:化学物質,リスクアセスメント,異常反応,暴走反応,混合危険

個別粒子分析法による気中粒子状物質測定の信頼性の向上に関する研究

研究全体の概要

SRR-No52-4-0
山田 丸, 鷹屋 光俊, 緒方 裕子, 小野 真理子, 篠原 也寸志, 加藤 伸之, 韓 書平, 小倉 勇
 粒子状物質を吸入することによって発症する,じん肺、がん、中毒症などは労働衛生の分野において、また社会的にも大きな問題である。これらの疾病は古くから知られているが、科学技術の進歩にともない発生した新たな素材、たとえばナノマテリアルや、半導体で利用される高純度の結晶質シリカ粒子などに対しては、従来の作業環境測定による気中粒子状物質の測定法で作業環境やばく露状況を十分に把握できるのか問題視されている。また、毒性研究の進展にともない、たとえば溶接作業で発生するヒューム等も近年より厳しい規制による管理が必要とされるようになった。このように、新規物質や従来の物質でも新たな知見に基づいて健康影響が懸念される物質については、リスク評価の観点から、より精密な測定法が求められる。そこで本研究では、電子顕微鏡を利用した個別粒子分析に基づく気中粒子状物質の測定法について検討を実施した。電子顕微鏡による分析は、直接的に個々の粒子のサイズと形状を把握でき、さらには含有する元素及び粒子内での元素の偏在を観察可能という利点がある。これらは、作業環境中での粒子状物質の動態を把握する上で重要な情報であるとともに、体内に入った際の粒子の挙動についても必要な知見となる。このようにメリットの多い分析法であるが、定量的な評価を行う場合にはまだ課題が残されている。そこで、本研究を通じて個別粒子分析法の基礎的な検証から現場調査での活用まで包括的な検討を行った。

ナノマテリアルの飛散状態とばく露評価 —カーボンナノチューブとカーボンブラックについて—

SRR-No52-4-1
小野 真理子, 山田 丸
 カーボンナノチューブ(CNT)とカーボンブラックは、樹脂に電気的特性を与える目的で使用されている。いずれも一次粒子が 100 nm 以下のナノマテリアルであり、吸入による有害性が懸念される。そのため、曝露対策や曝露測定が必要であり、その飛散状態の知見を得ることは重要である。本研究では、模擬的に発生した CNTやカーボンブラックのエアロゾルを衝突型の多段インパクターで捕集して、飛散粒子の質量粒径分布と走査型電子顕微鏡観察による形態の情報を得た。CNT とカーボンブラックはともに凝集粒子として飛散することが多いが、本研究により、CNT の種類によっては単独の短い繊維が微小粒子として飛散すること、造粒したカーボンブラックからは衝突によってナノサイズの粒子が発生することを観測した。凝集粒子を多段インパクターで捕集する際の留意点を明らかにし、以前提案した CNT やカーボンブラックの定量法の妥当性を確認した。
キーワード:カーボンナノチューブ,Carbon nanotubes, CNT, SEM,シウタスカスケードインパクター,カーボンブラック

SEM観察に用いる気中粒子捕集用ポリカーボネートメンブレンフィルターの表面捕集効率の評価

SRR-No52-4-2
緒方 裕子, 山田 丸, 小野 真理子, 鷹屋 光俊, 小倉 勇
 ナノ粒子などの微粒子を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察する際に用いるポリカーボネートメンブレンフィルターの捕集効率および表面捕集効率に対するフィルターパッドの影響を評価した。測定には静電分級器で分級した塩化カリウム粒子(30~400 nm の単分散粒子)を用い、フィルター通過前後の粒子数濃度を凝縮粒子カウンター(CPC)で測定して捕集効率を求めた。また、粒子を捕集したフィルターを SEM で観察してフィルター表面に捕集された単位面積当たりの粒子数を求め、CPC で測定したフィルター通過前の粒子数濃度と比較して表面捕集効率を求めた。その結果、孔径 1.0 µm のフィルターでは、100~150 nm 付近の粒子の捕集効率が最も低く、吸引流量が 2.0、1.0、0.8 L/min と低くなるほど捕集効率が全体的に上昇した。表面捕集効率を 0.8 L/min で測定した結果、50~100 nm の粒子の表面捕集効率が最も低くなり(約 0.2)、粒径が大きくなるほど表面捕集効率は上昇した。また、フィルター単体での表面捕集効率の測定結果とサポートパッドを用いた際の測定結果がほぼ一致したことから、孔径 1.0 µm のフィルターでは表面捕集効率の測定にサポートパッドを用いた評価が可能であることが確認できた。
キーワード:ポリカーボネートメンブレンフィルター,SEM,気中粒子,表面捕集効率,サポートパッド

走査電子顕微鏡を用いた個別粒子分析によるナノマテリアル凝集体の粒子密度推定及び形状のキャラクタリゼーション

SRR-No52-4-3
山田 丸, 鷹屋 光俊, 小野 真理子, 緒方 裕子
 ナノマテリアル粉末取り扱い時に気中に飛散する粒子は主に凝集体の形をとる。凝集体の粒子密度(内部の空隙を考慮した密度)とその形状は、ばく露測定及び体内動態の正確な評価にとって重要なパラメータである。本研究は、既知の空気動力学径で分級した単分散粒子の走査電子顕微鏡(SEM)観察を通じて、粒子形状のキャラクタリゼーション及び粒子密度を見積もる方法を検討することを目的とする。本研究では、2 種類の二酸化チタンナノマテリアル粉体をエアロゾル化したものを計測に用いた。エアロゾル化には、ボルテックスシェーカー発じん法を用いた。凝集粒子の密度及び形状を評価するために、空気動力学エアロゾル分級装置(AAC)で二酸化チタンを 400, 600, 800 nm に分級し、それをポリカーボネートフィルターでろ過捕集し、SEM により粒子像の観察を行った。AAC による分級粒径と SEM 観察によるその形状情報から粒子密度を推定し、二酸化チタンの真密度に対して凝集体の粒子密度はおおよそ 1/4~1/2 であることが示唆された。本研究では、サブミクロンのナノマテリアル凝集体の粒子密度を推定する方法を提案した。包括的なばく露評価には個々の粒子の情報が必要であり、今回提案した粒子測定の評価方法はその足がかりとなると考える。
キーワード:ナノ粒子,二酸化チタン,凝集体,SEM,粒子密度

ステンレス鋼フラックス入りアーク溶接工程から発生する粒子状物質中の金属元素のSEM-EDSによる分析方法の検討

SRR-No52-4-4
加藤 伸之, 山田 丸, 小嶋 純, 鷹屋 光俊
 溶接作業によって発生する溶接ヒュームは、 作業者に職業性じん肺などの疾病を引き起こす可能性があり、 溶接条件によって様々な化学組成と形態をとる。 溶接ヒュームの表面は、 これらの疾病に影響を与える重要な要因である。 本研究は、 溶接ヒュームばく露リスクの評価のための CO2 アーク溶接工程で生成する溶接ヒュームおよび溶接スラグの特徴に焦点を当てた分析法の確立を目的とする。 特に、 フラックス剤入りの溶加材から発生させた溶接ヒュームの表面近傍の元素分布と粒子径との関係に着目した分析を行った。 この際、 溶接ヒュームは個人サンプラーを用いて採取し、 その後、 溶接スラグも採取した。 溶接スラグと溶接ヒュームの表面近傍のフラックス剤元素分布(例:Bi)を走査型電子顕微鏡とエネルギー分散型 X 線分光法によって分析した。 ヒュ―ムの表面において、 フラックス剤が起源の Bi が特徴的な分布パターン(凝集体中に点在する)を示した。溶接スラグの Mn 含有量は溶接ヒュームの Mn 含有量に依存していた。 スラグは層構造を形成しており、 下層は、 Ti、 Al および C で構成され、 その上を Mn が覆い、 最上層を Na 酸化物が覆っていることが確認された。 溶接ヒュームおよびスラグの表面分析と粒子径の計測から導かれたこれらの結果は、 溶接ヒュームばく露の新たな評価モデルを構築する際に有用な知見である。
キーワード:溶接ヒューム, 粒子径, 元素含有率, SEM-EDS, 元素マッピング

刊行物・報告書等 研究成果一覧