労働安全衛生総合研究所

特別研究報告 SRR-No.51 の抄録

  1. 介護者における労働生活の質の評価とその向上に関する研究
  2. 陸上貨物運送従事者の勤務態勢と疲労リスク管理に関する研究
  3. 大規模生産システムへの適用を目的とした高機能安全装置の開発に関する研究

介護者における労働生活の質の評価とその向上に関する研究

研究全体の概要

SRR-No51-1-0
岩切 一幸, 外山みどり, 高橋 正也, 劉 欣欣, 小山 冬樹, 市川 洌
 高齢者介護施設(以下、介護施設と記載)では、介護職員(以下、介護者と記載)の人材不足が大きな問題となっている。この背景には、介護者のやりがいの喪失や過重な作業負担があると考えられる。これらの問題を解決する一つの方策としては、身体的・精神的な健康保持増進に繋がる、労働生活の質(Quality of Working Life: QWLと以下記載)の向上が必要と思われる。しかし、介護者のQWLを簡易的に評価できる指標はなく、また現在の介護施設において介護者のQWLを向上させる取り組みも十分に分かっていない。そこで本プロジェクト研究では、介護者のQWLを簡易的に評価する尺度を提案し、その妥当性および信頼性を検証した。また、その尺度を用いて、現在の介護施設における介護者のQWLに影響する要因とその要因を改善に導く施設としての取り組みについて検討した。さらに、介護者の健康面において腰痛とQWLが関連したことから、介護者の腰痛要因とその対策についても検討した。これらの結果は、介護者のQWLを向上させる取り組みを手助けするためのマニュアルとしてまとめ、当研究所ホームページにて公開した。

介護者における労働生活の質(QWL)簡易尺度の提案

SRR-No51-1-1
岩切 一幸, 外山みどり, 高橋 正也, 劉 欣欣, 小山 冬樹
 介護職場では、介護職員(以下、介護者と記載)の人材不足が深刻な問題となっている。しかし、介護者の職場定着につながる不満や満足の程度を評価する方法は提案されていない。そこで本研究では、労働生活の質(以下、QWLと記載)に着目し、介護者の仕事への意欲や満足度を評価するのに使用できる、介護者QWL簡易尺度を提案し、2回のアンケート調査により、その妥当性および信頼性を検証した。調査は、特別養護老人ホーム7施設に勤務する介護者139名を対象に実施した。介護者QWL簡易尺度は、妥当性および信頼性が証明されている3つの既存尺度と有意な相関関係が認められ、また2回の調査間にも有意な相関関係が認められた。さらに信頼性分析の結果、Cronbachのα係数は、1回目調査と2回目調査ともに0.80以上を示した。以上の結果より、本研究で提案した介護者QWL簡易尺度は、妥当性および信頼性が得られたと考えられる。
キーワード:介護者,労働生活の質(QWL),尺度

介護者の労働生活の質(QWL)に関連する要因とその対策

SRR-No51-1-2
岩切 一幸, 外山みどり, 高橋 正也, 劉 欣欣
 介護施設における介護職員(以下、介護者と記載)の人材不足が問題となっている。この対策として、働きやすい職場の構築が求められており、労働生活の質(以下、QWLと記載)の向上が必要になっている。しかし、優先的かつ重点的に取り組むべきQWL要因は分かっていない。そこで本研究では、現在の介護施設における介護者のQWLに影響する主要な要因と取り組むべき優先度を明らかにし、その要因を改善に導く組織的な対策について検討することを目的としたアンケート調査を実施した。対象は特別養護老人ホーム504施設、介護者3,478名であった。調査の結果、最も優先的かつ重点的に取り組むべきQWL要因としては人間関係があげられ、次いで作業人数・配置、コミュニケーション、施設からのサポート、労働時間・休み、裁量と続いた。また、介護者の腰痛もQWLに関連した。一方、給与はQWLと関連したが、人間関係などに比べて関連は低く、主要な要因ではなかった。QWL向上のための改善策は、介護者の不満理由から勘案して、上司・同僚との情報交換の促進、労働時間や休暇、メンタルヘルスを相談できる担当者の活用、職場巡視などによる個々の介助方法の確認などが必要と思われた。
キーワード:介護者,労働生活の質(QWL),人間関係,給与,腰痛

介護施設における介護者の腰痛とその予防に関する取り組み

SRR-No51-1-3
岩切 一幸, 外山みどり, 高橋 正也, 劉 欣欣, 小山 冬樹
 介護職員(以下、介護者と記載)の主な腰痛要因は、人力での要介護者の抱え上げと無理な姿勢をとることであった。しかし、介護施設では、2014年頃からリフトなどの福祉用具を用いて介助する「ノーリフトポリシー」の方策が徐々に広まっていることから、腰痛要因も変化しいている可能性がある。そこで本研究では、介護者の腰痛要因とその予防に関する取り組みを明らかにすることを目的としたアンケート調査を2018年に実施した。我々は2014年にも同様の調査を行ったことから、ここではそれらを比較しながらその変遷について報告する。調査の結果、2018年には福祉用具を導入している施設が増加し、介助方法や福祉用具の講習・研修を受講している者が増えた。2014年の主な腰痛要因は人力での抱え上げと無理な姿勢であったが、2018年には無理な姿勢のみとなった。これは、福祉用具の使用による作業改善が進められたためと思われる。また、無理な姿勢をとっていない者は、福祉用具に関する講習・研修やその使用指導を受けており、入居者ごとの介助方法を実施している者に多かった。このことから、それらの取り組みにより、適切な作業姿勢を指導していくことがさらなる改善につながると思われる。
キーワード:介護施設,介護者,腰痛,福祉用具,ノーリフトポリシー

(付録)介護施設における介護者の労働生活の質(QWL)向上のためのアクション・チェックポイント

SRR-No51-1-4
岩切 一幸, 外山みどり, 高橋 正也, 劉 欣欣, 小山 冬樹, 市川 洌
(リーフレットはこちらで閲覧可能)

陸上貨物運送従事者の勤務態勢と疲労リスク管理に関する研究

研究全体の概要

SRR-No51-2-0
高橋 正也, 松元 俊, 久保 智英, 井澤 修平, 池田 大樹, 中田 光紀, 黒谷 一郎
 夜間早朝勤務を行う地場の配送トラックドライバーの勤務体制・睡眠と安全・健康の関連について、疲労リスク管理という観点から検証した。1年間のデジタルタコグラフデータの解析によると、不安全運転は午後から夕方出庫の運行で多く、運転中の事故は早朝時刻帯に多く発生していた。ドライバー全員に対する質問紙調査によれば、睡眠5時間未満、低質な睡眠、運転中の眠気の多さに伴って急ブレーキは起こりやすかった。数週間にわたる観察調査より、乗務間インターバルの延長は血圧低下と関連したのに対して、分割睡眠や個人内での睡眠延長は血圧上昇や不安全運転回数の増加と関連した。これらの結果より、本調査対象トラックドライバーの安全・健康確保には、働き方(走り方)の適正化とともに、乗務間インターバルや睡眠の確保という疲労回復を促すための休み方の改善が重要と考えられた。

地場トラックドライバーの労働休息条件と安全・健康の関連性の検討

SRR-No51-2-1
松元 俊, 池田 大樹, 久保 智英, 井澤 修平, 高橋 正也
 夜間早朝勤務を行う地場の配送トラックドライバーの勤務体制・睡眠と安全・健康の関連について、運送会社1社での1年間のデジタルタコグラフデータ解析、トラックドライバー全員を対象とした質問紙調査、2~4週間の観察調査の結果より多角的に検討した。デジタルタコグラフデータより、不安全運転は午後から夕方出庫の運行で多く発生しており、また運転中の事故については早朝時刻帯で多く発生していた。質問紙調査より、睡眠量(5時間未満)と質(低質)ともに不安全運転の急ブレーキとの関連が見られ、運転中の眠気がしばしばあるドライバーでは急ブレーキリスクが高かった。観察調査より、乗務間インターバルの延長が収縮期血圧と拡張期血圧を下降させることが示された。睡眠の分割や個人内での延長は疲労指標を改善する効果を示したものの、反対に血圧値を増大させ、不安全運転回数を増加させた。本調査の結果より、夜間早朝勤務を中心に行う地場トラックドライバーの健康・安全確保には、疲労の発現と進展にかかわる働き方以上に、乗務間インターバルや睡眠量・質といった、回復にかかわる休み方の改善と介入の必要性が明らかになった。
キーワード:地場トラックドライバー,深夜早朝勤務,勤務間インターバル,睡眠,デジタルタコグラフ

大規模生産システムへの適用を目的とした高機能安全装置の開発に関する研究

研究全体の概要

SRR-No51-3-0
清水 尚憲, 齋藤 剛, 濱島 京子, 池田 博康, 北條理恵子
 現在,産業用ロボットを含む統合生産システムでは、様々な危険源が存在し,その危険源に対するリスクを低減するために2つの原則に沿った次のリスク低減方策が採用されている。
  • ① 危険領域の周囲に柵を設置することで作業者の安全を確保している(隔離の原則)。
  • ② 作業者が柵の内側に侵入する場合に進入口に侵入検知センサやインターロック式ドアスイッチ等を設けて、柵の内側に作業者がいないことを条件に柵内の機械を稼働することを許可している(停止の原則)。
 現在、複数の作業者が広大な領域で作業を行う大規模生産システムでは、人の資格と権限の未確認や作業者の作業位置が確認されないことによる災害が発生している。また今後、適切なリスクアセスメントの実施を条件として共存・協調作業を行うために安全柵を取り外して全方向からのアクセスを可能にする生産システムも提案されていることから、保護方策を適用した後に残る残留リスクに対するICT機器を利用したリスク低減方策の開発が求められている。
 そこで本研究では、既存のリスク低減方策に加えて、ICT機器を利用した新たなリスク低減方策として3ステップメソッドにおけるステップ2にICT機器を適用する方法とともに、3ステップメソッド適用後の残留リスクに対してICT機器を適用して人の注意力のみに依存しない支援的保護システムの提案を行う。

高機能安全装置の大規模生産システムへの適用と評価

SRR-No51-3-1
清水 尚憲, 齋藤 剛, 濱島 京子, 池田 博康, 北條理恵子
 労働安全衛生規則第150条の4において、「産業用ロボット(定格出力80Wを超えるもの)に接触することにより危険が生ずるおそれがあるときは、柵又は囲い等を設けること」と規定されている。これは、産業用ロボットと作業者は、柵又は囲いにより空間分離をすることで安全を確保するということを示している。現在,産業用ロボットを含む統合生産システムでは、様々な危険源が存在し、その危険源に対するリスクを低減するために2つの原則に沿った次のリスク低減方策が採用されている。
  • ① 危険領域の周囲に柵を設置することで作業者の安全を確保している(隔離の原則)。
  • ② 作業者が柵の内側に侵入する場合に進入口に侵入検知センサやインターロック式ドアスイッチ等を設けて、柵の内側に作業者がいないことを条件に柵内の機械を稼働することを許可している(停止の原則)。
 現在、複数の作業者が広大な領域で作業を行う大規模生産システムでは、人の資格と権限の未確認や作業者の作業位置が確認されないことによる災害が発生している。また今後、適切なリスクアセスメントの実施を条件として共存・協調作業を行うために安全柵を取り外して全方向からのアクセスを可能にする生産システムも提案されていることから、保護方策を適用した後に残る残留リスクに対するICT機器を利用したリスク低減方策の開発とともに事前の定性的なリスクアセスメント評価に対する有効性検証方法が求められている。そこで本研究では、まず、人・機械・環境の情報をCyber Physical System(CPS)で共有することで安全制御を実現する場合の条件として、物理層・データ層・論理層の3つの基本要素から成る簡易的モデル化を検討し、安全の原理の展開を試みた。
 次に、既存のリスク低減方策に加えて、ICT機器を利用した新たなリスク低減方策として3ステップメソッドにおけるステップ2にICT機器を適用する方法として、市販されているBluetooth Low Energy (BLE)タグの安全関連用途への適用を検証する一環として、PFHDを低減する方法論とその実現可能性について検討を行った. その結果、二重化システムの構築やバッテリー充電時のリセットによる機能診断など、適切な安全設計が施すことができれば、安全制御関連システムが要求する危険側故障発生確率をクリアする可能性は高いことが確認された。
 また、3ステップメソッド適用後の残留リスクに対してICT機器を適用して人の注意力のみに依存しない支援的保護システムの提案を行った。さらに、実現場に導入した支援的保護システムと行動分析学の課題分析を組み合わせることにより、作業者とフォークリフトの接触災害によるリスクを可視化できることが確認された。
キーワード:高機能安全装置,支援的保護システム,リスクアセスメント,リスク低減方策,ヒューマンエラー,ICT機器

刊行物・報告書等 研究成果一覧