労働安全衛生総合研究所

特別研究報告 SRR-No.40 の抄録

  1. 危険・有害物規制の調和のための統一的危険・有害性評価体系の構築に関する研究
  2. 高圧設備の長期使用に対応した疲労強度評価手法に関する研究
  3. 先端産業における材料ナノ粒子のリスク評価に関する研究
  4. 第三次産業の小規模事業所における安全衛生リスク評価法の開発に関する研究
  5. 事故防止のためのストレス予防対策に関する研究
  6. 誘導結合プラズマ質量分析計及びその他の機器による労働環境空気中有害金属元素測定方法の規格制定に関わる研究

No.1 危険・有害物規制の調和のための統一的危険・有害性評価体系の構築に関する研究

序論

SRR-No40-1-0
藤本康弘
 労働安全衛生法は,平成17年の改正においてリスクアセスメントの実施が義務化されたことで,これまでの後追い的な性格のみのものから,先取り的な性格を含むものへと大きな変化を遂げた.
 労働安全衛生総合研究所では,リスクアセスメントの実施に資する情報として,GHSで示されている試験方法を中心に,その妥当性などを検討した.

産業現場における火災・爆発災害とGHS分類 − 引火性液体と可燃性固体の場合−

SRR-No40-1-1
八島正明
 引火性液体と可燃性固体(粉体)を取り上げ、わが国の災害の発生状況を調べ、それら危険性評価の項目を整理し、GHS分類基準と合わせて検討を加えた。液体については、災害発生件数の1/5は引火点が100℃を超える物による。引火性液体を常温で貯蔵、輸送される場合、GHS分類基準の引火点93℃以下は安全管理上、問題は少ないと考えられる。産業現場では、93℃を超えた状態で運用される化学装置は多く、蒸発しやすい状態に置かれる場合もある。そのため、GHSの分類表示のみで判断しないように注意が必要である。GHSにおける可燃性固体は主に粉末状、顆粒状のものが対象である。その危険性については、試料が堆積した状態での燃焼性のみを判定して分類しているにすぎす、危険性の一部のみしか評価していないことに注意すべきである。
キーワード: GHS,引火点,有機溶剤,粉じん爆発,金属粉

市販スプレー缶についてのGHS方式による着火危険性試験

SRR-No40-1-2
板垣晴彦
 スプレー缶は、フロン類の使用が禁止されて以降、爆発・火災を引き起こす着火危険性が問題となっており、実際に火災・爆発事故がたびたび報告されている。GHS分類においてこのスプレー缶はエアゾールに該当し、着火危険性の試験方法が規定されている。そこで、市販されているスプレー缶についてこのGHS方式による試験法により着火危険性試験を実施した。本報告では、その試験結果を示すとともに、どのような市販製品において着火危険性が高いかを考察した。
キーワード:スプレー缶,着火危険性,GHS,LPG,DME

金属粉の火災・爆発で生成する粒子状物質の大きさ

SRR-No40-1-3
八島正明,小野真理子,鷹屋光俊,芹田富美雄
 実験室レベルで火災実験と粉じん爆発実験を行い、基本的な火炎の性状、発生する粒子状物質の粉じん濃度、粒径などを調べた。実験では、マグネシウム、アルミニウム、チタン、鉄などの粉を用いた。実験の結果、燃焼により生成する一次粒子は0.1μmよりも小さく、燃焼前の未燃焼粒子の径よりもはるかに小さいこと、一次粒子の凝集や成長によって粒径が増加するが、浮遊する粒子については概ね5μm以下であり、吸入性粉じんが顕著であること、生成する粒子は針状ではなく球状であり、溶接ヒュームの様であることがわかった。
キーワード: 金属火災,粉じん爆発,燃焼生成物,ヒューム,金属粉

危険物規制の調和のための熱流量データベース構築と熱流量補正の研究

SRR-No40-1-4
大塚輝人
 化学物資を安全に取り扱うための地球規模での取り組みであるGHS を踏まえて、これまで得られている熱流量のデータから汎用性のあるデータベースの構築を行った。熱流量計から得られる大元のデータの登録を基礎とし、そのデータに対する恣意性のない解析・補正方法とをインターネット上で動的に公開することにより、あいまいさの少ない危険性評価結果を広く共有することが可能となった。このデータベースを踏まえて従来のデータベースの持つ問題点を 1) 更新の伝達、2) 各場面に応じた重要事項の抽出、3) 受動的な情報の取得の3点で克服できるような利用方法を提案し試作した。また、本研究によって得られた反応開始温度を分子構造から予見する手法についても検討した。
キーワード:熱量測定,ベースライン,熱流量補正,データベース

化学物質による健康障害リスクの評価におけるJEM(職務.曝露マトリックス)とGHS分類の利用に関する研究

SRR-No40-1-5
齊藤宏之,毛利一平,宮川宗之
 職業病・作業関連疾患対策を立案する上で重要なツールとして,Job-Exposure Matrix(JEM)が挙げられる.
 欧米では複数のJEMが構築され、疫学研究や曝露サーベイランスに利用されているが、我が国ではまだ構築されていない。我々は、フィンランド国立職業保健研究所が構築したFinJEMに着目し、この日本語化を行うと共に、GHS分類の統合ならびに我が国のデータの取り込みを試みた。日本語化は終了し、GHS分類の統合についてもインターフェースを同一のものとして扱える段階までは統合されたが、本格的な統合には至っていない。また、我が国のデータとして作業環境測定結果を用いた取り込みの検討を行ったが、対象物質やデータ構造の差が予想以上に大きく、実際に取り込みを行うまでは至らなかった。今後、我が国においてもJEMの構築を行うことが望まれるが、その際には信頼性のある、規模の大きなデータを利用できることが必要と考えられる。
キーワード:疫学,データベース,JEM,サーベイランス,GHS


No.2 高圧設備の長期使用に対応した疲労強度評価手法に関する研究

序論

SRR-No40-2-0
佐々木哲也,本田尚,山際謙太
 高度経済成長期に製造された圧力設備をはじめとする産業機器には依然として使用可能なものも多いが、長期間の使用によって疲労破壊の危険性は高まっていると考えられる。しかし、従来の疲労強度設計は長期間使用を前提とした疲労強度データに基づいていないため、これらの機器の安全性を十分に評価することができないという問題があった。本研究では産業機器に使用される各種鉄鋼材料の長期間使用に対応した疲労強度データを取得するとともに、溶接継手の疲労強度向上手法などについても検討し、産業機器の安全な長期間使用に資することを目的とする。

鉄鋼材料の長寿命疲労強度評価

SRR-No40-2-1
佐々木哲也,本田尚,山際謙太
 高圧設備をはじめとする各種産業機器に使用される鉄鋼材料母材(素材)について、荷重繰返し数10 7回程度以上の疲労強度特性(超高サイクル疲労強度特性)を明らかにした。また、長寿命領域の疲労試験に使用される各種疲労試験が疲労試験結果に及ぼす影響についても検討した。
キーワード:寿命延伸,超高サイクル疲労,ニッケルクロム鋼,高張力鋼,疲労限

溶接継手の長寿命疲労特性評価

SRR-No40-2-2
本田尚,佐々木哲也,山際謙太,山口篤志
 溶接継手の疲労強度は、200万回応力繰返し数(200万回強度)で評価されるため、疲労試験の多くは200万回で打ち切られ、長寿命側のデータに乏しい。そこで、溶接継手の中で最も疲労強度が劣る面外ガセット溶接継手について、1000万回疲労強度を調査するとともに、溶接止端部の残留応力、応力集中係数を評価することで、面外ガセット溶接継手の長寿命疲労特性を調査した。また、母材の疲労強度が引張り強さに比例するのに対し、溶接継手の疲労強度は溶接形状に大きく依存し、母材の引張り強さに比例しない。そこで、溶接部に超音波衝撃処理を施すことで、溶接継手の疲労強度改善を試みた。
キーワード: 溶接継手,疲労強度,残留応力,応力集中,超音波衝撃処理

鉄鋼材料の長寿命領域疲労破面の定量評価

SRR-No40-2-3
山際謙太,本田尚,佐々木哲也
 破面から破断したときの荷重を推定する手法については、事故調査の分野では重要な役割をなしている。特に、疲労破面からの荷重推定は重要である。疲労破面に観察されるストライエーションの幅から作用応力の振幅は推定できる。一方、ストライエーションのアスペクト比(高さ/幅)は応力比と関係があるが、高さはサブミクロンであり、計測が困難である。本研究では、レーザー顕微鏡を用いてストライエーションの3次元形状を計測し、幅とアスペクト比を評価する手法を提案する。レーザー顕微鏡は非接触で表面形状が計測できることから、従来の切断した破面の断面観察よりは正確にストライエーションの高さを計測することができる。本研究では、ストライエーションの形状に周波数分析を適用することで、破面の周期性を調べ、ストライエーションの幅を目視ではなくて定量的に評価する手法について検討した。また、ΔK 一定の条件下で実施されたアルミニウム合金の疲労試験破面に本手法を適用し、妥当性の評価を行った。その結果、応力比とストライエーションのアスペクト比(高さ/ 幅)に相関が見いだすことができた。
キーワード:フラクトグラフィ,金属疲労,レーザー顕微鏡,3次元形状,周波数分析


No.3 先端産業における材料ナノ粒子のリスク評価に関する研究


序論

SRR-No40-3-0
鷹屋光俊,篠原也寸志,小野真理子,齊藤宏之,甲田茂樹,宮川宗之,久保田久代,三浦伸彦
 ナノテクノロジー産業が発展することに伴い、ナノテクノロジーで用いられるナノ材料に由来する、粒子径が数~数百nmの粉じん粒子(ナノ粒子) に、労働者がばく露することによる健康影響の可能性が指摘されている。ナノ粒子は、いままで労働環境中で管理の対象となっていたサイズがより大きい(µmスケール)の粉じん気中粒子よりも強い有害性を持つのではないかという疑いももたれており、これらナノ粒子のばく露から労働者の健康を守るために必要な研究を行うことが求められている。
 当研究所では、平成19年度から3年間にわたり、労働者がナノ材料にばく露する可能性の有無について、ナノ材料取り扱い事業場へのアンケート調査と現場での測定で調査するとともに、職場環境でのナノ材料由来粒子の評価方法について研究を行った。またナノ粒子の有害性について、細胞実験では銀ナノ粒子について、動物実験では酸化セリウムについて検討を行った。

労働現場におけるナノマテリアル取扱いと労働衛生管理事業所を対象としたアンケート調査結果より

SRR-No40-3-1
甲田茂樹
 ナノマテリアルは新素材として産業現場に登場してきたが、ナノマテリアルが実際に取扱われている労働現場における労働衛生管理上の課題について、ほとんど情報が得られていないのが現状である。そこで、本研究では、ナノマテリアルを取扱っている企業を対象に、質問紙によるアンケート調査を実施した。その結果、回答のあった企業で取扱っているナノマテリアルはカーボンナノチューブ(CNT)、金属酸化物、カーボンブラック、金属単体、フラーレンであった。これらナノマテリアルは生産規模がさほど大きくないためか、ばく露する労働者数も少なく、具体的な労働衛生管理をみても、局所排気装置の設置と保護具の支給、MSDSの活用、作業マニュアルの作成や作業環境測定、全体換気などで、ナノマテリアル特有な労働衛生管理ではなく、一般的なものであった。一方、ナノマテリアル取扱いへの不安では、作業者への健康影響、有害性情報の入手が困難、安全衛生情報の不足や外部専門家への相談希望、保護具の適否などがあげられていた。代表的なナノマテリアルであるCNTと金属酸化物について詳しくみていくと、金属酸化物の方が労働者へのばく露の可能性があると指摘している。とりわけ、製造・秤量・装置への注入・回収・移し替え・清掃の各工程で80%以上の企業がばく露の可能性を指摘していた。労働現場で実施されている労働衛生対策は主として粉じん対策であり、保護具(保護手袋>保護メガネ>防じんマスク>保護衣)が最も多く、ついで局所排気装置と全体換気が多く、無人化・自動化は一部のCNT企業にしか認められなかった。
キーワード:ナノマテリアル,労働衛生管理,粉じん対策,CNT,金属酸化物

現場測定によるナノマテリアル取り扱い職場のばく露アセスメントおよび各種ナノ測定方法の評価

SRR-No40-3-2
鷹屋光俊,芹田富美雄,小野真理子,篠原也寸志,三浦伸彦,齊藤宏之,甲田茂樹
 ナノマテリアルを扱っている職場において、実際に労働者がナノマテリアル由来の気中微粒子にばく露されるかどうかについては関心が高いが、実態はよくわからない。またナノ粒子を測定することが可能とされる装置はあるが、実際に工場環境で有効な測定結果を出すかどうかは不明である。そこで、我々は、炭素材料・金属酸化物の双方のナノマテリアル取り扱い職場で、ナノ対応測定装置による測定と、空気中粒子の捕集–成分分析および電子顕微鏡観察を行いナノマテリアルへのばく露アセスメントを行うと共に、作業・材料毎に、上記ナノ粒子測定装置がどの程度使用可能なのかについて評価した。
 その結果、袋詰めを始めとした、ナノマテリアルを粉体として扱う作業場で、ばく露の可能性が高いことがわかった。また、ナノマテリアルは、100nmよりも大きなサブミクロン.ミクロンの大きさに凝集している場合が多く、ナノ粒子測定装置よりもむしろサブミクロンサイズの粒子測定装置の方がナノマテリアル由来の粒子発生をモニターする方法として有用であった。100nm以下のナノ粒子を測定する装置では、バックグラウンド粒子濃度の変化に隠れ、作業に由来したナノ粒子発生を確認できる例はむしろ少なかった。
キーワード: ナノテクノロジー,ナノ粒子,ナノマテリアル,ナノ材料,CNC,SMPS,電子顕微鏡

ナノマテリアルの環境測定の現状と今後について

SRR-No40-3-3
小野真理子
 作業環境の空気中に浮遊するナノマテリアルの測定法の課題をOECDのガイダンスに従って整理した。環境測定法は簡単なガイドラインにはなりにくく、作業場毎のオーダーメイドにならざるを得ない。粒子が小さいこと、小さい粒子はバックグラウンドから来る妨害因子が多いことが、その主たる原因である。しかしながら、バックグラウンド濃度と作業場の濃度の差を丁寧に解析することにより、ナノマテリアル粒子の存在を示し、ある程度の定量性を確保することは可能である。今後はばく露評価が求められるが、大まかな分類をしてばく露評価の方向性を検討した。
キーワード: ナノマテリアル , 環境測定,ばく露測定

炭素系ナノマテリアルのオフライン分析による環境測定 – フラーレンと多層カーボンナノチューブ –

SRR-No40-3-4
小野真理子,鷹屋光俊,芹田富美雄,篠原也寸志,齊藤宏之,甲田茂樹
 作業環境中に浮遊するナノマテリアルの濃度評価法については確立した方法はなく、現状では幾つかの測定法を組み合わせ、使用している製品や取り扱い方法に適した方法を採用するのが通常である。発生源を特定したり発生量や発生する粒子のサイズを見積もるために、リアルタイム計測法は有効である。しかしながら、環境濃度を把握し、曝露量を評価するためには、より定量的な測定法が必要となる。ナノマテリアルは微小で、1個あたりの質量が小さく、質量測定が難しいことから、成分分析が定量的な測定法として期待されている。しかしながら、炭素系のナノマテリアルのフラーレンやカーボンナノチューブは成分が炭素であるために、元素分析による高感度分析が困難な物質である。そこで、本研究では、フラーレンと多層カーボンナノチューブの定量的な測定法を開発することを目的として、それぞれ、分級し捕集を行った粒子について、液体クロマトグラフ/紫外分光法と炭素分析法とを利用して、充分に実用可能な方法を確立し, 現場の試料に応用した。
キーワード:フラーレン , ナノチューブ,環境測定,CNT, EC, 元素状炭素,炭素分析

ナノ材料ばく露における生体影響解析

SRR-No40-3-5
三浦伸彦,戸谷忠雄,久保田久代,高田礼子,篠原也寸志,鷹屋光俊
 ナノ粒子ばく露による生体影響を細胞実験系及び動物実験系にて評価した。細胞実験系では銀ナノ粒子の生体影響解析を行い、銀ナノ粒子はアポトーシスを伴う細胞障害を示すものの、銀イオンほどの毒性は持たないことを確認した。一方、動物実験系では酸化セリウムナノ粒子の生体影響をラットを用いて評価した。酸化セリウム(11nm 又は200nm) の気管内投与により投与14日後に肺組織での炎症反応や肺胞タンパク症が観察され、その程度はサブミクロンサイズの方が強い(11nm<200nm) ことを観察した。電顕レベルでの観察結果もこれらの結果を支持しており、一次粒子サイズのみでは毒性の度合いを評価できないことを示した。
キーワード:銀ナノ粒子,酸化セリウム,炎症反応,肺胞タンパク症,泡沫化,マクロファージ

ナノ関連情報の収集および研究所Webページによる情報提供

SRR-No40-3-1
齊藤宏之,鷹屋光俊,小野真理子,宮川宗之,芹田富美雄,久保田久代,篠原也寸志,三浦伸彦
  ナノマテリアルに関する研究やガイドラインの公表は国内外において行われている。ナノマテリアルを取り扱う事業者には、各国における規制状況や研究結果を把握したいという要求が強く存在する。一方で、厚生労働省労働基準局より出された通達において、当研究所のWebページ中に特設ページを設け、独立行政法人労働安全衛生総合研究所や各国研究機関の研究成果や、国内外の機関によるガイドラインや規制等についての情報発信を行うことが求められた。これらを鑑み、当研究所のWebページ内に「職場におけるナノマテリアル取り扱い関連情報」という特設ページを開設した。特設ページでは、諸外国の公的機関・研究機関による研究成果・ガイドライン、当研究所の研究成果、当研究所の実施した現場調査結果、関連する研究論文について掲載し、随時更新を行った。
キーワード: ナノテクノロジー,ナノ粒子,ナノ材料,研究成果,ガイドライン,規制,情報発信


No.4 第三次産業の小規模事業所における安全衛生リスク評価法の開発に関する研究


序論

SRR-No40-4-0
甲田茂樹,佐々木毅,齊藤宏之,大西明宏,木村真三,久保智英,梅崎重夫,濱島京子,平田衛,堤明純,吉川徹,遠藤暁,熊谷信二,吉田仁,吉田俊明,宮島啓子
 本プロジェクト研究は(1) 国内外で提案されている安全衛生活動の成功事例の吟味、(2) 第三次産業における職場のリスク評価法の開発の試みと評価、(3) 安全衛生プログラムや教育訓練プログラムの提示と展開、の三つの柱に沿って行われてきた。国内外の第三次産業の安全衛生リスク情報を参考に、安全衛生リスクを評価するチェックリストを作成し、第三次産業の小企業でその有効性を検証した。ついで、多様な安全衛生の課題を抱えている陸上貨物運送事業と医療保健業を対象にして、労働災害や健康障害に関与する特有の安全衛生リスクを評価し、あるいは評価方法を開発し、有効な改善対策を提案・実施し、その効果を検証してきた。とりわけ、宅配ステーションでの危険作業の洗い出し、病院での人間工学・ストレス要因のリスク評価法の開発と効果的な職場環境の改善対策、病理検査室でのホルムアルデヒドのリスク評価と改善対策、薬剤部での抗がん剤のリスク評価と改善対策、安全な抗がん剤調製のチェックリストの安全作業マニュアルの提案とその検証などで研究成果が得られた。

第三次産業の小規模事業所における安全衛生リスク評価法の開発に関する研究

SRR-No40-4-1
甲田茂樹,佐々木毅,齊藤宏之,大西明宏,木村真三,久保智英,梅崎重夫,濱島京子,平田衛,堤明純,吉川徹,遠藤暁,熊谷信二,吉田仁,吉田俊明,宮島啓子
 本プロジェクト研究は(1)国内外で提案されている安全衛生活動の成功事例の吟味、(2)第三次産業における職場のリスク評価法の開発の試みと評価、(3)安全衛生プログラムや教育訓練プログラムの提示と展開、という三つの柱をサブテーマとして立てて研究を遂行してきた。第三次産業はその労働災害の多さや安全衛生リスクの多様さにもかかわらず、これらを的確に評価する手法が確立されてこなかったため、本研究では、論文や報告書などから有用な情報を参考にして、労働職場の安全衛生リスクを簡便に評価できるチェックリストを作成し、その有効性を検証した。ついで、安全衛生面で課題を抱えている運輸業と医療現場を対象にして、労働災害や健康障害に関連する安全衛生リスクを評価し、あるいは評価方法を開発し、有効な改善対策を提案・実施し、その効果を検証してきた。とりわけ、宅配ステーションにおける危険作業の洗い出し、病院職場における人間工学・ストレス要因のリスク評価法の開発と効果的な職場改善対策事例、病理検査室におけるホルムアルデヒドのリスク評価と改善対策、薬剤部における抗がん剤のリスク評価と改善対策、「安全な抗がん剤調製のためのチェックリスト」や「抗がん剤ミキシングマニュアル」の提案とその検証など、様々な研究成果が得られた。ここでは、全体の概要とSRRに単独論文として掲載しなかった「医療現場における電離放射線管理」と「医療現場における感染症管理」についてまとめた。
キーワード: 第三次産業,小規模事業所,医療従事者,リスクアセスメント,チェックリスト,職場環境等の改善対策,参加型産業保健活動

第三次産業の小規模事業所における安全衛生リスク評価法の開発に関する研究

SRR-No40-4-2
齊藤宏之,木村真三,平田衛,梅崎重夫,濱島京子
 我が国では労働安全衛生法においてリスク評価の努力義務が明記されるなど、職場の安全衛生リスク評価の重要性が増してきている。第三次産業ならびに小企業は日本の労働人口の過半を占めているが、小規模事業場の多くは自力でのリスクアセスメントの実施が容易ではない。第三次産業の小規模事業場が容易にリスク評価を行うことが出来るツールの開発は重要である。本研究では、第三次産業の小規模事業場における安全衛生リスク評価法を確立することを目的に、実際の職場で利用可能なチェックリストの作成を試みた。対象業種としては貨物運送業・倉庫業、旅客運送業、販売業、飲食業、医療福祉業を選択し、既存資料や小規模事業場の見学を通して問題の洗い出し及び対策の検討を行うことにより、チェックリストを作成した。チェックリストは現段階では完成されたものではないが、実際に現場で使って貰いながら意見を吸い上げ、完成度の高いものにしていく予定である。
キーワード:小企業,リスクアセスメント,チェックリスト,第三次産業

陸上貨物運送業者における労働災害の実態と防止に向けた取組み

SRR-No40-4-3
大西明宏,甲田茂樹,佐々木毅,久保智英
 平成21年の陸上貨物運送業(以下、運送業)における死傷災害発生率は全産業の12.1%を占めており、製造業、建設業に次ぐワースト3位の業種である。第11次労働災害防止計画には運送業における15項目の労働災害防止対策が示されているが、実際の業務は多様であるため個々の事業所等に応じた対策が必要であろう。そこで、運送業者の中でも全国に支店を持つ某宅配業者を対象として、労災の発生状況について分析してその実態を把握し、労災防止対策について検討することを目的とした。その結果、ロールボックスパレットと呼ばれる物流機器の使用中の被災が多いことが特徴であり、とりわけ作業経験の浅い者に集中していることが明らかになった。これら労災を防止するために保護具を独自に開発し、被災のリスク低減に一定の効果をあげているが、今後はさらに使用ルール等の再検討、雇入れ時の安全教育の拡充が労災防止には不可欠になると考えられた。
キーワード:貨物運送業,労働災害,ロールボックスパレット,作業経験,保護方策

医療職場における安全衛生リスク評価法の確立 – 人間工学・ストレス対策プログラム–

SRR-No40-4-4
佐々木毅,甲田茂樹,堤明純
 某病院において労働者自らが参加するグループ討議によって行う職場環境等改善を通じた、いわゆる参加型の人間工学・ストレス対策を実施した。
 10職場から2名ずつファシリテータを選出させ(介入職場)、約1年間で、ファシリテータ研修、並びに各職場でのグループ討議で提案された職場改善事例の報告会を4回開催し、我々が各職場で作業環境測定をしながら巡視し報告した。介入職場からは多くの改善事例が報告され、その改善事例が実施されているという認識は非介入職場より高かったものの、その改善により働きやすくなったという効果は顕著には認められなかった。
 質問紙によるベースライン調査と14ヵ月後のフォローアップ調査結果から、職場環境と心理的・身体的ストレス反応得点との関連が職場特異的に多数認められ、その解析により職場特有の問題点を抽出できる可能性が示唆された。看護師、看護師以外とも介入の有無に関わらず、質問紙による心理的または身体的ストレス反応得点に変化は見られなかったものの、(1)仕事の情報伝達に関する領域の改善対策が盛んに行われていた某介入病棟の看護師では、様々なストレス反応の低減効果が認められ、(2)改善事例があり働きやすくなった者の心理的ストレス反応得点が低い、という知見が得られた。
キーワード:産業ストレス対策,人間工学的対策,一次予防,参加型産業保健活動,リスクアセスメント

病院の病理検査室で用いるホルムアルデヒドのリスクアセスメント手法の確立とばく露低減対策の効果の検討

SRR-No40-4-5
甲田茂樹,佐々木毅,熊谷信二,吉田仁,吉田俊明
 病院の病理検査室で使用するホルムアルデヒドばく露のリスクアセスメントを実施し、ばく露低減対策を提案するために本研究を実施した。まず、病理検査室内におけるホルムアルデヒドの作業環境測定(連続測定を含む)や勤務時間およびホルムアルデヒドを直接取り扱う作業におけるパッシブサンプラーを用いたばく露測定を実施した。二つの病院の病理検査室に勤務する9 名の検査技師を対象に、TWAを想定した勤務時間中のばく露測定を30事例、STELを想定したホルムアルデヒドを直接取り扱う作業の短時間ばく露を11事例について実施し、一日の労働時間やホルムアルデヒドの高濃度ばく露が予想される作業でのばく露時間との関係を検討した。
 病理検査室内でホルムアルデヒドを直接取り扱う作業(臓器の切出しや臓器の水洗作業、写真撮影、標本作製など)の間のホルムアルデヒド連続測定結果では1.5~2.5ppmで推移し、これらは短時間ばく露の許容濃度として提案されている日本産業衛生学会やACGIHの基準を遙かに超える状態にあった。ついで、長時間ばく露を評価するために、病理検査室で働く検査技師の勤務時間中のホルムアルデヒドばく露測定を実施した結果、その三分の二で許容濃度の0.1ppmを超えていた。ホルムアルデヒドのばく露濃度は、ホルムアルデヒドを直接取り扱う作業の時間と有意な高い相関(Pearsonの相関係数=0.791, p=0.000)が認められ、さらに、その取り扱う作業時間が1時間を超える(60.0%)と、1時間以下の場合(6.7%)に比べて許容濃度の0.1ppmを超える比率が有意に高くなっていた(χ2-test、p=0.005)。プッシュ・アンド・プル型の局所排気装置を導入し、その改善対策の効果を判定するために、同様のばく露評価を実施した。その結果、長時間ばく露を想定したTWAでは全てのケースで0.1ppm を下回り、その効果を認めたが、ホルムアルデヒドを直接取扱う作業でのばく露(STEL)では0.33、0.24ppmと0.2ppmを超えており、課題が残った。
キーワード:医療現場,抗がん剤調製作業,ばく露評価,クローズドシステム,安全対策

医療従事者への抗がん剤ばく露とリスクアセスメント手法の確立 第一報 抗がん剤ばく露の実態解明と安全対策の提案

SRR-No40-4-6
吉田仁,熊谷信二,吉田俊明,宮島啓子,甲田茂樹
 3病院の抗がん剤調製室を測定したところ、程度に差はあるものの、いずれの病院からも抗がん剤が検出された。安全キャビネット(BSC)内空気およびエアコンフィルタ拭き取り試料から抗がん剤が検出されたことから、調製時に飛散した、もしくは室内に残存した抗がん剤が空気中に飛散する可能性が示唆され、また、抗がん剤ばく露低減のためのBSC の重要性が再認識された。クローズドシステムは抗がん剤の職場環境汚染および調製者へのばく露を明らかに減少させたが、クローズドシステム(閉鎖系注入器具)だけでは完全に抗がん剤の汚染とばく露を予防できなかった。そのため、調製室内の清掃等を含めた安全対策が必要となった。BSC内の清掃には消毒用エタノールのみでは不十分であり、水および水酸化ナトリウム液による拭きとりが重要であった。BSCの中と外を往復するステンレストレイはなるべく汚染を少なくする必要がある。特に5FUのカット後のアンプル等で汚染されたステンレストレイは作業台をはじめ、調製室全体を汚染する可能性が高い。3病院とも抗がん剤汚染がみられた作業台および床の適切な清掃方法を検討する必要がある。また、BSC内のみならず調製室内全体が抗がん剤に汚染されている可能性あるため、調製室内に出入りする人への対策が必要と考えられた。3病院いずれにおいても、最も抗がん剤濃度が高かった5FUついては、適切な容器および容量の設定が望まれる。
キーワード:医療現場,抗がん剤調製作業,ばく露評価,クローズドシステム,安全対策

医療従事者への抗がん剤ばく露とリスクアセスメント手法の確立 第二報 チェックリストと安全作業マニュアルの提案とその検証

SRR-No40-4-7
吉田仁,熊谷信二,吉田俊明,宮島啓子,甲田茂樹
著者らは前報において、医療従事者が抗がん剤の調製作業を行う際のばく露評価などのリスクアセスメント評価法を確立してきた。また、現段階でばく露を防止する安全対策として提案されている安全キャビネット(BSC)の導入やクローズドシステムの使用についてその効果を検証してきた。結果的にばく露防止の効果を認めたものの、改善対策導入にあたり、高額な経費がかかること、効果判定の科学的検証に時間と経費がかかることなどから、より簡易で汎用性の高いばく露防止対策が必要であるという認識に至った。そこで、本研究では、「安全な抗がん剤調製のためのチェックリスト」を作成し、医療機関ごとに抗がん剤調製作業の安全対策の有無や度合いなどを確認してもらい、その妥当性について科学的に検証することとした。このチェックリストは、安全に抗がん剤調製を行うために必要な安全設備、院内にて手技や清掃方法を統一化するための文書作成、個人保護具、安全対策キットおよび緊急時対応を評価・判定するものである。さらに、先行研究などから得られた安全手技や器具の取扱いなどを整理して独自に「抗がん剤ミキシングマニュアル」を作成した。これら二つのチェックリストとマニュアルの科学的効果を検証するために、病院E の協力のもとで介入研究を実施した結果、両者の効果が科学的に検証できた。従って、今後、医療機関で抗がん調製作業の現状の危険度を判定し、ばく露防止のための安全対策を検討するにあたっては、(1) チェックリストを用いて現在の病院の状況を点数化、(2) 次の改善に必要な場所の見当をつけてからマニュアルを参考にして安全対策を実施、(3) 再びチェックリストで点数化して評価を行う、という一連作業は、効率的に安全対策を進めていく上で極めて重要だと考える。
キーワード:医療現場,抗がん剤調製作業,安全対策,チェックリスト,安全作業マニュアル


No.5 事故防止のためのストレス予防対策に関する研究

序論

SRR-No40-5-0
原谷隆史,中田光紀,大塚泰正,三木圭一,福田秀樹,井澤修平
 労働者がストレス状態にある場合には,精神的に不安定となり睡眠や飲酒の問題が発生したり,注意不足,乱暴な運転,眠気,居眠り,二日酔いなどにより事故の危険性が増す可能性が高い。しかし,労働者のストレス,心身の健康状態と不安全行動,事故との関連はこれまで十分に検討されていない.
 労働者のストレスや心身の健康状況が事故の発生に及ぼす影響を明らかにし、事故を予防する観点を含め、職場におけるストレス予防対策に係るマニュアルの作成を行った。

職業性ストレスと事故・怪我に関する文献的考察

SRR-No40-5-1
中田光紀
 職場の事故・怪我の発生を予防する有効な対策を立てるために、どのような職業性ストレスが事故・怪我と関連するかについての文献的考察を行った。職業性ストレスと事故・怪我に関する国内外の既存資料をMedlineの文献検索システムを用いて調査した。文献検索用語にはstress (occupational, job, work) と injury/accident(occupational, work) を用いた。労働負荷、仕事のコントロール、職場の支援、対人関係等のストレス要因と事故や怪我との関連が報告されていた。
キーワード:職業性ストレス,怪我,事故,心理社会的要因,仕事の要求度?コントロールモデル,文献レビュー

唾液中ストレスバイオマーカーを用いた人の注意機能の評価

SRR-No40-5-2
井澤修平
 心理社会的なストレスはヒューマンエラーやパフォーマンスの低下などに関連しており、また同時にコルチゾールなどのストレスホルモンは人の認知機能や注意機能を阻害することが報告されている。本研究では、ストレス関連物質の中でも、唾液中コルチゾール、インターロイキン6(IL-6)に注目し、これらの物質と特に情動性の注意機能の関連を検討した。実験室において、男性27名を対象に心理社会的ストレスの負荷(スピーチ・暗算)を行い、その1時間後に注意機能を測定する課題をパソコン上で実施した。実験中は唾液採取を複数回実施し、得られた唾液からコルチゾール、IL-6の測定を行った。その結果、ストレス負荷によってコルチゾール濃度、IL-6濃度の上昇が観察された。その際のコルチゾール濃度、IL-6濃度と注意課題の成績について相関分析を行ったところ、IL-6の総分泌量とネガティブ情報に対する注意の引き付け、解放困難の間に中程度の相関が認められた(r = .46 ..60, ps < .05)。またコルチゾールについても注意の引き付けとの関連が認められた(r = .46, p <.05)。これはストレスによって上昇した唾液中のIL-6濃度が情動性のネガティブ情報へ注意の高まりを促進したと解釈できる。本研究では唾液中のバイオマーカーを用いることにより、ストレスによる注意機能の低下を評価できる可能性を示した。
キーワード:ストレス,注意機能,コルチゾール,インターロイキン6,唾液

ストレスによるサッカード・エラーの増加

SRR-No40-5-3
福田秀樹
 注視していた光点(固視点)が消え、それと同時に視野の片隅にもう一つ光点(視標)がつくと、それに対する眼球運動(サッカード)の軌跡は直線的である。このような光刺激に誘導された視覚性サッカードの方向は常に視標と同じ方向である。しかしながら、視標を呈示する100ミリ秒前に、音刺激を視標と反対側から呈示すると、音刺激呈示側へ眼が動き視標にサッカードするというエラーが生じた。このようなサッカード・エラーは、視標の呈示時間と視標の明るさが暗くなるdim時間を短くしたストレス負荷条件で生じやすいことが明らかになった。サッカードしている間は視覚入力が抑制される(サッカード抑制)こと、サッカード・エラーに関する知見、そしてわれわれの眼球運動に関するこれまでの研究結果を考え合わせると、サッカード・エラーの研究は労働安全衛生で言われる不安全状態、不安全行動、事故や怪我の予防の対策を講じるための基礎資料として意味があるように考えられた。
キーワード:ストレス,眼球運動,サッカード,サッカード・エラー,事故

職業性ストレスと事故との関連

SRR-No40-5-4
原谷隆史
 仕事のストレッサー、ストレス反応、緩衝要因等の職業性ストレスの各種要因と業務上の事故との関連を明らかにすることを目的として、業務上の事故やケガの発生が比較的多い製造業生産技能職と給食調理員を対象に職業性ストレス調査票を使用した自記式質問紙調査を実施した。男性製造業生産技能職では、業務上の事故があった群はない群に比べて、グループ間対人葛藤、役割曖昧さが高く、自尊心が低く、職務満足感が低く抑うつが高かった。女性製造業生産技能職では、業務上の事故があった群はない群に比べて、グループ内対人葛藤、役割葛藤が高かった。女性給食調理員では、やけどを6回以上の群は5回以下の群に比べて、仕事のストレッサー、量的労働負荷、質的労働負荷、身体的労働負荷、対人問題、職場環境が高く、仕事の適性は低かった。精神的ストレス反応が高く、活気は低く、怒り、疲労、不安、抑うつ、身体的ストレス反応が高かった。総合満足度、仕事の満足度、家庭生活の満足度は低かった。切り傷を6回以上の群は5回以下の群に比べて、仕事のストレッサー、量的労働負荷、質的労働負荷、身体的労働負荷、精神的ストレス反応、疲労、不安、身体的ストレス反応が高かった。このような仕事のストレッサーや心身のストレス反応の軽減が職場の事故防止に資すると思われる。
キーワード:職業性ストレス,調査票,事故,やけど,切り傷

事故防止のためのストレス予防対策に係るマニュアルの開発

SRR-No40-5-5
大塚泰正
 事故防止のためのストレス予防対策に係るマニュアルとして、「事業場における事故防止のためのストレス対策マニュアル」を作成した。「労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針」、「危険性又は有害性等の調査等に関する指針」、「労働者の心の健康の保持増進のための指針」および米国NIOSH、英国HSE等のマニュアルや報告書などを参考に、マニュアル案を作成した。作成したマニュアル案を現場の安全・健康担当スタッフに配布し、改善点等の意見を求めた。得られた意見を参考にマニュアル案を修正し、「事業場における事故防止のためのストレス対策マニュアル」を完成させた。本マニュアルでは、「1. わが国における労働災害の発生状況」、「2. わが国における事故防止対策とストレス対策の現状」、「3. 事業場における事故防止対策」、「4. リスクアセスメントのすすめ方」、「5。事業場におけるストレス対策」、「6. 事故防止対策を含めたストレス対策のすすめ方」の7項目で構成した。「6. 事故防止対策を含めたストレス対策のすすめ方」では、「Ⅰ. 職場に存在するストレッサーを測定しましょう」、「Ⅱ. どんなリスクが発生する可能性があるかを把握しましょう(健康面)」、「Ⅲ。 どんなリスクが発生する可能性があるかを把握しましょう(安全面)」、「Ⅳ. 検討内容のまとめと対策の立案」、「Ⅴ. 事後評価、見直しの実施」の5段階を取り上げた。
キーワード:: マニュアル,職業性ストレス,メンタルヘルス,事故防止,労働安全衛生マネジメントシステム,リスクアセスメント

No.6 誘導結合プラズマ質量分析計及びその他の機器による労働環境空気中有害金属元素測定方法の規格制定に関わる研究

序論

SRR-No40-6-0
鷹屋光俊
 労働者を有害物ばく露から守るためにまず、労働者周辺の有害物濃度を知ることが大変重要である。
 我が国では、作業環境測定により、労働環境中の有害物濃度測定を行っている。今後、企業が売り出す製品が、製品そのものの安全性のみならず、製造過程での公正さについても求められる時代になりつつある。生産に係わる労働者の労働衛生対策が十分に取られていることを世界に訴えるためには、日本でおける労働環境の環境管理に用いる分析方法が、日本の法規に従っていると同時に、国際規格に適合していることが望ましい。このような背景を元に、現在規格の作成が進められているISO30011(案)の性能試験に参加すると共に、既にISO規格となっている六価クロム分析(ISO16740)を日本の規格に導入する際に必要な問題点の洗い出し、代替分析法の開発研究を行い、日本の規格をもとにISOとなった金捕集剤を用いた水銀分析法(ISO20552)について、現場の実務者から出された要望を元に改良分析法の評価などの研究をおこなった。

誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)による労働環境空気中有害物質分析のラボ間テストへの参加

SRR-No40-6-1
鷹屋光俊
 種々の新材料の出現および毒性の再評価などで、労働環境中の有害金属元素の濃度をより低濃度まで管理する必要が叫ばれている。その結果、いままで広く使用されてきた原子吸光、誘導結合プラズマ発光分光法(ICP-AES)誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS) を労働環境中の有害金属元素分析に導入する必要がある。労働環境中の無機粒子状物質の分析法の規格化を図るISOの技術委員会 ISO TC146/SC2/WG2 では、同様の目的のASTMのD22.02委員会と共同でICP-MSを用いた労働環境中の金属物質の分析法のISO30011(案)を作成した。このISO案に沿って実際に分析をおこなった場合の精度・確度を検証するために米国NIOSHと英国HSLが中心となって、20の測定機関に標準試料を配布して分析結果の比較を行う、国際ラボ間テスト(ILS)が実行された。安衛研は、欧米以外からの唯一の参加機関として20機関のうちの一つに選ばれ、実際に分析を行った。この結果は、2009年にJournal of Occupational and Environmental Hygiene 誌に掲載され、この結果をうけた規格案の修正などISO化に向けて作業が進められている。
キーワード: ILS, ASTM, ISO,ICP-MS

レーザー気化誘導結合プラズマ質量分析法の試料調製 – 熱収縮による濃縮の応用および光硬化樹脂による固定–

SRR-No40-6-2
鷹屋光俊,芹田富美雄
 本研究では、レーザー気化誘導結合プラズマ質量分析法(LA-ICP-MS)を空気中粒子状物質の分析に適用するための試料前処理方法について以下の2つの方法を研究した。
  1. 現場で、簡便な機器、操作で試料を濃縮し、分析感度を向上する方法を研究した。試料の濃縮方法として、熱収縮プラスティックシート上に粉じん粒子を捕集した後、プラスティックシートを熱収縮させることにより、表面面積あたりの粉じん粒子濃度を上昇させる方法を用いることとした。この方法をLA-ICP-MSに加え蛍光X線分析にも適用し評価した。
  2. フィルター上の気中粒子がレーザーの衝撃で飛散するのを防ぐための固定方法として光硬化樹脂による固定方法の検討を試みた。

キーワード:光硬化樹脂,熱収縮シート,レーザーアブレーション,ICP-MS, 蛍光X線分析,XRF

ISO20552 : 2007(ダブルアマルガム法)における再測定 –冷蒸気原子吸光計からの水銀蒸気の回収–

SRR-No40-6-3
鷹屋光俊
 金アマルガムによる水銀捕集–熱脱着によって空気中の水銀分析を行うISO20552:2007(ダブルアマルガム法)は、高感度、簡便な操作、有害な分析試薬を使用しないという数々の利点がある反面、捕集した試料の全量を一回の測定で使用するため、分析値を後から検証できない欠点が指摘されている。本研究では、測定装置の排気部分に、試料捕集管を取り付け、測定後の水銀蒸気を回収することにより、単一試料を複数回測定可能とすることを試み、標準試料を用いた検証実験を行った。
 その結果、作業環境測定に対応するのに必要だと考えられる捕集水銀量1ngから25ngの範囲内で回収率が101~95%±2%程度となり、水銀回収・再測定に用いる捕集管の流路抵抗の個体差バラツキに起因する誤差も実用上問題ない範囲であり、ISO20552:2007法での再測定が可能であることが分かった。
キーワード:ISO20552:2007,水銀,ダブルアマルガム,熱脱着,試料の回収 , 冷蒸気原子吸光

高感度六価クロム分析法(ISO16740)における各種イオン交換カラムの性能評価とキャピラリー電気泳動(CE) による代替法の開発

SRR-No40-6-4
鷹屋光俊
 近年六価クロム(Cr(Ⅵ))の有害性が見直され、より低濃度まで管理する必要性がでてきた。そこで、従来Cr(Ⅵ)の分析に用いられていたジフェニルカルバジド吸光光度法にかえて、イオンクロマトグラフィーを用いた方法が、米国より提案され、ISO16740国際規格にもなっている。この方法は、提案国の米国製の装置以外で分析した例がなかったため、本研究では、国内3社のイオンクロマトグラフ用カラムを用いてISO16740が実施可能か評価した。その結果、分析そのものは可能だが、妨害物質との分離が十分に行えない可能性があることがわかった。この他、キャピラリー電気泳動を用いた分析も検討し、ISO法とほぼ同等の濃度までCr(Ⅵ) 管理を行える可能性を確認した。
キーワード:六価クロム,Cr(Ⅵ),クロム酸,二クロム酸,イオンクロマトグラフィー,キャピラリー電気泳動

刊行物・報告書等 研究成果一覧